ミューズの頑張り物語   作:月日星夜(木端妖精)

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長くなったので分割します。
次話は近いうちに更新します。




第二十二話 戦う花嫁

「奴は動かず、こちらばかりが消耗していく……守りに徹する事がこれほどまでに手強いとは……!!」

「そこどけよ!!」

 

 飛び上がったルフィさんが足を天高く伸ばし、巨大化させて振り下ろす。黒色に染まった踵落としは、掲げられた腕一本に受け止められた。ドデカ騎士はびくともしない。

 しゅたっと下り立ったルフィさんが片膝と片手を地面について荒い呼吸を繰り返す。先程から打ちかかっては後退し、勢い付けて殴り掛かっては下がるのを繰り返しているウルージさんも、笑顔ではあれどかなり疲労しているようだった。

 

「効かんなぁ……まるで響かん!」

 

 一方的に攻撃してるのは彼らの方なのに、何もしてないドデカ騎士の方が優勢に立っている。

 なんという打たれ強さだろう。パンチもキックも"見えない鎧"に阻まれてダメージを与えるどころか傷一つ付けられていない。

 そんなに凄い覇気なのか。

 よーし、じゃあ私の覇気と力比べしてみよう。覇気通しのぶつかり合いって好きなんだよね、私。

 

「……ん?」

 

 まあその前に、頭を使った攻撃もしよう。小手調べって大事だからね。

 着物の裾を掴んで太ももまで引き上げ、露わになった足をぐいっと斜め上へと突き出す。下着穿いてるから恥ずかしい事なんてなんにもない。私に羞恥心を取り戻させてくれた魔女さんに感謝。

 太ももに括り付けられたペンライト型"黄猿のレーザー"も、もちろんその他の戦闘機械と同様改修済みだ。ピピピピピ……とチャージすれば光が溜まり、その眩さにドデカ騎士が注意を引き付けられて私を見下ろした。

 足の裏とかに光が集まる訳じゃないからあんまり格好つかないけど……まずは小手調べ。ビームキック行ってみよう!

 

「それー」

「!? ぐオ!!?」

 

 ズム! とドデカ騎士の頭を飲み込んだ爆発に、彼は仰け反りながら両腕をばたつかせた。

 足を下ろし、屈伸して力を溜め、悶える騎士のお腹目指して超速突進。覇気を纏わせた拳を前にめり込んで行けば、むむっ、たしかに硬い手応え。鎧に罅すら入らない。

 

「ぐ、その程度──」

「"大神撃"」

「オウッ!!? がふ──」

「"大神撃"っと」

「!?!?」

 

 叩きつけた腕から放たれる究極の衝撃が巨体を揺らす。おお、ほんとに一歩も引かない。なのでもう一回大神撃。

 この技ぶっちゃけノーモーションで放てるから、相手が動かないと連続で叩き込めるんだよね。

 

「うん、じゃあもう十発いってみようか」

「え!? や、やめ」

「"大神撃"」

「ぎゃあああああ!!!!」

 

 あ、鎧砕けた。秒速で叩き込むとこんくらいのダメージになるのか。

 上から降ってきた血の塊を、腹を蹴って後ろへ飛ぶ事で避ける。タタンッと空気を蹴ってお次は顔狙い。

 

「なんっ、何がどう──!?」

「おりゃあ!」

「ブ!!?」

 

 混乱している様子の騎士さんの顎を蹴り上げざまに大神撃を放てば、ぐわんと巨体が浮いた。お、追撃のチャンスだ。思いっきり両手に覇気をこめて竜の爪を作り出し、地面へ叩きつけるべく胸元へ突っ込んでいく。

 

「"超竜神撃"!!」

 

 交差させた腕が鎧やら骨やらなにやら砕く感覚があって、城門を破壊しながら倒れ込んだドデカ騎士はもはや声もなく、私が地面に下り立っても立ち上がる気配はない。

 ……あれ、終わっちゃった……? なんかもっとタフそうな感じしてたんだけど……。

 

「驚いた、なんて強さ……!! 見覚えのある童女と思っていたが……その揺蕩う羽衣は、"天女"か!」

「やるなーミューズ! おれの攻撃じゃびくともしなかったのに! それに、さっきのってビームだよな!?」

「あの、はいっ。ビームです……ぇと、頑張りました、です……えへへ」

 

 ルフィさん達がいくら攻撃しても倒れないから、相当タフなんだと思って思いっきりやったらあっさり倒せてしまった。拍子抜けというかなんというか……褒められて照れ照れしつつ、なんとなくコーニャさん達の方を見れば、セラスさんが呆然としていた。コーニャさんは半目で表情がわからなくて、魔女さんはあらあらーって笑ってる。とりあえず勝利のVサインを向けておいた。魔女さんが目元に横ピースを当てて決め顔した。……これで子持ちかー、にわかには信じがたい。

 

「さぁーみんなぁ、堂々と元気よく、入り口から入りましょー!」

「はっ。正当性はこちらにあり、です」

「……! なあ、入り口から入んのおまえたちだけでいいんだろ?」

 

 いつの間にか手にしたフラッグを振ってツアーのガイドさんみたいに笛を吹く魔女さんが私達を促すと、ルフィさんがそんな事を言った。見れば、お城の上の方を見ている。視線の先を辿って確認するより早くゴムの両腕が外壁を掴み、風の音を残して遠く見える王城へと飛んで行ってしまった。かすかに聞こえる窓の割れる音に、あらー、と暢気そうな声を出す魔女さん。

 

「じゃあ、気を取り直して行きましょー!」

 

 ……ルフィさんについていこうって思ってたけど、置いていかれてしまったので無言で魔女さん達の後ろにくっついていく。倒れていたドデカ騎士を引きずって進行方向から退かしてくれたウルージさんもついてくるみたい。なんか、さっきのじゃ借りを返せないって言ってた。ほーん……そういう関係?

 

 魔女さんを先頭にセラスさん、コーニャさん、ウルージさん、私の順でしばらく歩き、入城。

 ホールにはわらわら騎士さん達がいて忙しなく動いていた。

 

「さっきの揺れで宝物庫の方が酷いらしいぞ」

「急げ! もたつくな!」

「うっ、き、来たぞ!!」

「あ、あの御方達は……!?」

 

 侵入に気付いた者が声をあげ、しかし王女様の姿を認めると動きを止める。 

 私の意識は宝物庫って声の方に向いた。……宝物庫かー。そこに戦鬼くんあるかなあ? ジャシンが持ってるのかな。

 

「ええい怯むな貴様ら! たとえ相手が王女様方であろうと職務を全うせよ! 我らの忠誠は王国にあり!」

「ははっ!」

 

 階段の上にいるなんか偉そうな人の一喝で動きを取り戻す騎士達に、コーニャさんがレイピアを抜く。魔女さんが二度手を叩くと、その頭上に光の円板が作り出された。縦向きのそれからワッと妖精達が溢れ出す。あっという間に天井付近は色とりどりの女の子で埋め尽くされてしまった。

 

「さぁみんなー、お掃除開始よぉ」

 

 手に手に箒やらモップやらバケツやらを持った妖精達が方々に散っていく。騎士さん達は大慌てだ。どう対処していいのかわからないらしくおろおろしている。

 

「幼子にかまうな! アップル様方を止めるのだ!」

 

 またも偉そうな人が一喝して騎士を動かす。雪崩れ込んできたむさい男達にはウルージさんが立ちはだかった。

 魔女さんやコーニャさんはもっと先に進む必要があるみたいだから、そこら辺の騎士達は彼が相手をしてくれるって。

 しかし数が数なので漏れがあって、偉そうな……隊長っぽい人が槍を片手に下りてくるのを見て、私も前に出る。

 セラスさんは元より、魔女さん達にもなんか目的というか、やるべき事があるみたいだから、その歩みを手助けしなくっちゃね。まさか放って置いて刀探しに行ったりはできないし。

 

「見よ漆黒の槍を! 我はこの国随一攻勢に秀でた"気合い"の使い手!!」

「ほうほう? "羽衣宴舞"」

「ぬ!?」

 

 突撃してきた騎士さんを引き抜いたDの羽衣に覇気を流して迎え撃てば、硬質なもの同士がぶつかる甲高い音とともにビリビリと反発し合った。彼が驚きに目を見開いたのは、私に止められるとは思わなかっただろうな。

 

「やるな子供よ! 槍一筋三十年のこのおれの刺突を止めるとは……ならばこれはどうか!!」

「よっ」

 

 大振りに槍を振るい、穂先が鞭のようにしなる打ちかかりに合わせて羽衣を振るう。うーん、覇気同士のぶつかり合い、素敵。びりびりくるぜー。

 さすがに国一番というだけあって、腰を落として思い切り攻撃しても防がれてしまう。

 いいねぇ、強いね! かっこいい!

 しかし……槍一辺倒か。てきとうにやってる私と互角の槍捌きじゃ長くは楽しめそうにない。

 

「つあっ!!」

 

 鋭い突きを右手で握った羽衣でいなし、左手を帯の下側に当てる。小型の水筒から海水をちょびっと取り出して、前方狭い範囲への"撃水(うちみず)"を放つ。"天鈿女(アメノウズメ)の舞い"だ。

 目を見開いた騎士さんが槍を振り回しながら飛び退く。

 

「これは……!?」

「飛び道具はナシなんてルールはないよね? 飛ぶ「指銃」も追加でいくよー」

「ぬぅ、なんのこれしき!」

 

 片手、五指を弾いて放つ複数の「指銃」は天女の型、"天手古舞い"だ。地面を跳ねるようにして足元を強襲する攻撃にやり辛そうにしている騎士さんへ、首に戻した羽衣の代わりに帯から引き抜いた二つの扇を開く。

 広げた扇を合わせて前へ突き出し、ゆったりと舞うように左右へ広げ、一転激しく大きな動作で前方を煽ぐ。

 覇気を乗せた突風は腕でやる「嵐脚」みたいなもの。つまりはこれも遠距離攻撃。いくつもの空気の刃が騎士さんへ殺到する。名称は……"千刃の舞い"とかでいいか。

 

 その身に纏う鎧にいくつか傷を残しながらも、なんとかといった様子で凌ぎ切った騎士さんが膝をつく。

 と、庇うように複数の影が躍り出た。

 

「おのれ! 隊長、助太刀いたします!」

「王国騎士を舐めるな!」

「うおお!」

 

 おおっと一対一じゃなくなってしまった。統一された長い剣を手にした騎士さん達が襲い掛かってくる。乱戦だね、おっけーおっけー。あちこちで起こる戦闘音と気合いの声に、そこら中を掃除しにかかってる妖精達とその傍らでやめさせるべきか攻撃するべきかで悩んでいる騎士さん達というこのカオス。なんかお祭りみたいで楽しいな。

 

「宴舞-"黒足の型"」

「何を回っているのだ!」

 

 "悪魔風脚(ディアブルジャンプ)"やったら突っ込まれてしまった。それ聞いちゃう?

 強化した足を持ち上げ、斬りかかってくる複数の騎士へ向けてとりゃーっと連打する。

 部位は関係なく腹でも膝でも太ももでも顔でも、赤熱した足が何十本にもなって瞬く間に騎士さん達をノックアウト。来た勢いのまま正反対の方向へ吹き飛んでいく騎士さん達から視線を切る。

 

「えー……"お菓子パーティ(バラエティ)・ショット"……!」

「鍛え抜かれた部下達がまるで歯が立たぬとは、やりおるな小娘!」

 

 今考えた技名を呟きつつ残心。言葉とは裏腹にさほど動揺していないように見える騎士さんはやっぱり隊長的な人みたいで、ビュッと空気を裂くようにして槍を振るうと、気迫を伴って構えた。

 地を蹴って突進してくるのに両の扇子で迎え撃つ。リーチが違うけど、ぶつかり合ってみれば……うん、普通に打ち合えるな。一合、二合、三合、嵐のように振るわれる漆黒の槍は確かに重く鋭く速いけど、脅威ではなかった。打ち合うたびに腕や肩に残る衝撃は心地良いけどね。

 

 それにこっちは扇子を開いて振るえば風を起こして攻撃もできる。引き戻されていく槍の穂先に流し目を送りつつ、片袖をはためかせて静かな足取りでステップを踏み、騎士さんを相手にゆったりと舞う。

 再び放たれた突きの乱打に、扇子を添えて槍の軌道をずらしたり、紙一重で避けてみたり。

 

「くうっ……よもやこのような子供におれの"気合い"が通じぬとは……もはやここまでか……!」

 

 "自然系(ロギア)の型"で攻撃を避ければ、よっぽど自分の覇気に自信があったのか、だいぶん勢いが衰えてしまった。あらら。自分を疑ったら負けなのに……。

 自分の容姿と力のギャップが相手の精神をどのように揺らすかくらいは経験則で把握しているつもりだったけど、こういう風に目の前でへこまれるとどうにも悪い気がしてきてしまう。

 自分の力に自信を持っている相手ほど顕著に沈んで、時には彼のように心が折れてしまう者もいる。

 

 こっちは今やっと気分が乗り始めたところなんだよね。急いでるから負けを認めるのならそれでいいんだけど、消化不良だなぁ……なんて考えていれば、消沈していた騎士さんが顔を上げた。その両目はぎらついている。戦意はまだ衰えてないみたい。

 

「まだだ、まだ終わらん! くらえい!!」

 

 低い体勢からの突き上げはどうやら渾身の一撃のようだ。空気が引き込まれるほどの勢いと凄まじい覇気を感じた。

 ──でも、駄目だ。

 

「……!!?」

 

 穂先に足裏をぶつけ、ガリガリと削って地面へと叩きつけ、一思いに踏み折る。目をかっぴらいて驚愕する騎士さんに、今のを踏み込みとして力を込めた掌底を見舞えば、鎧を砕けさせながら吹っ飛んで壁に激突し、ずるずると落ちた。

 

「今の一撃は中々良かったよ。胸がきゅっとした。……あー」

「…………」

 

 ちょっと上から目線かなって自分でも思うような事を告げれば、騎士さんはもう立ち上がる気配もなく砕けた壁に背を預け、体を投げ出してしまっていた。

 ……なんかぬるい!

 

「彼らの名誉のためにも、遠慮せず蹴散らしてください」

 

 この人も結構強そうだったのに、なんであっさり倒せちゃったんだろうと腕を組んで小首を傾げていれば、コーニャさんが声をかけてきた。

 名誉のため? ……うーん。よくわかんないけど頷いておくか。

 

 しかしさっきから凄いお城揺れてるなー。ぱらぱらと降ってくる埃だか欠片だかが髪についちゃいそう。

 肩なんかをぱっぱと手で払いつつ、ウルージさんが拳を振るって騎士達を吹き飛ばし、突き進むのに合わせて私達も移動を開始する。

 正面にある階段を(のぼ)れば……えー、どこに続くんだろう?

 というかどこ目指してるんだろうね、私達。話聞いてなかったからさっぱりわかんないや。

 

「騒がしいじゃないか。これじゃあおちおち昼寝もできやしない」

 

 階段を上りつつ群がってくる騎士の手を取り足を取り踊るようにして転がり落としてやっていれば、進行方向に新たな敵影を補足した。

 ウェーブのかかった長い金髪がきらびやかな、いかにも王子様って感じの男の人だった。絵本から飛び出して来たみたい……ほわー、かっこいい。

 

「ケミルお兄様……!」

 

 セラスさんが口の中に含むように呟く。けみかる? ……って、お兄さんなんていたんだ?

 そう言われて改めて見上げてみれば、たしかにセラスさんやリンさんと似てない事もない。男と女だからちょっとわかんないけど。

 ていうかこれもあれか。私が聞いてなかった話の一つかな。だいぶん聞き逃しちゃってたんだな……。

 まあいいや。話聞いてなくてもやる事なんて変わんないんだしね。

 

「……? 驚いた、そこにいるのは呪いにかかったはずの我が妹、セラスじゃないか。死んだはずのアップルお婆様まで! どういう事だ? おい、誰かあるか! 説明しろ!」

「もーう、ケミルちゃんって賢そうに見えてぼんやりした子よねぇ。何しに来たか、なんて、一つしかないでしょう?」

「……まさか、また父上から玉座を奪おうと!? ……ハッ、ばかばかしい。忘れたのか? 我らには心強き友がいる事を」

 

 やや歩みを緩め、背後をウルージさんに任せてケミ……なんたら王子様と言葉を交わすセラスさん達。

 あの口振りだとあの王子様は敵方なのか。どうしてセラスさん達みたいに追放されてないんだろう?

 疑問を抱きつつ、私もウルージさんのお手伝いをする。騎士達はそれぞれ同じ色の鎧を纏ってはいるが、軽装か重装かにわかれてはいるんだけど、どの人も軽々跳躍して階段の上へ飛び乗ってこようとする。中には能力者もいるもんだから、殺到されれば結構きつそう。

 

 まあ、"天鈿女の舞い"とか「嵐脚」"雷鳥(らいちょう)"とか、その場でくるくる回るようにして乱れ撃ってたらかなり数減っちゃったんだけどね。

 この何十人もの騎士がそっくりそのまま全員ドフラミンゴだとか七武海クラスにでもならない限りは私が足を止める事はないだろう。

 

 中将クラスでも百人単位でなきゃ大丈夫かな。うむ、私も結構強くなったものだ。とか満足してると足元掬われちゃいそうなので、むんっと気合いを入れ直して両の拳を左右の空気へ叩き込む。覇気を込めた全力の"海振"が生み出す衝撃波と風圧は、非殺傷なれど広範囲に影響を及ぼす。……ウルージさんまで仰け反らせてしまっていた。チーム戦って難しい。

 

「父上を引きずり降ろされては勝手ができなくなるじゃないか。この祭事を終えればさらなる自由を手に入れられる! 阻むというのなら肉親とて容赦はしない」

「あら、おいたは駄目よ? みんなー、ケミルちゃんを捕まえちゃって!」

 

 二度手を打って妖精達へ指示を出す魔女さん。あの王子様がどれくらい強いのかはわからないけど、ジャシンみたいに魔法が効かないって訳でもないだろうから容易く事がすむだろう。

 なんて考えていたら、王子様の拘束に参加した十匹の妖精が、彼が抜いた剣の一振りで草や枝になって落ちてしまった。……何かの能力者かな。……いや、あれは……。

 

「無駄だよお婆様。我が友から借り受けたこの異国の剣は、"天女"と呼ばれる大海賊が使っていた業物……。海楼石製の剣だ。もはやぼくに魔法は通用しない」

「……困ったわねぇ」

 

 妖精達が斬り殺されてしまった事に黙り込んでいた魔女さんは、困った風に言いながらこっちを振り返ってきた。

 たんたんと階段を下りてきたコーニャさんが耳打ちするように「ミューズの剣?」と問いかけてくるのに頷いて返す。ごめんね! 私が刀奪われたばっかりに妖精さんやられちゃった。

 

「ここで引き返すのなら命までは取りはしないよ。仮にも家族だ……ぼくも鬼じゃない」

「その優しさをどうして街の人々に向けられなかったのですか。……ケミルお兄様は、自分の事しか考えていない……!」

「当然さ! 世界はぼくを中心に回っている。まずぼくが楽しめなきゃ意味がない。今の環境はとても心地い……望めばなんでも手に入る。地位相応の振る舞いが許される。そもそもからして民と交わり生きていくなど王族の生き方ではなかったんだ」

 

 セラスさんと王子様が言葉を交わすのを聞きながら電気製造機に触れ、押し込んで、自分の体に電気を流す。

 神様みたいに全身雷に変えられる訳じゃないけれど、私も電気を纏うくらいはできる。そうするとなんかスピード上がるんだよね。人体の仕組みにはそう詳しくないから理屈はわかんないけど、強靭な肉体に強い電気を流すと人は早く動けるようになるらしい。

 

「という訳で「剃刀(カミソリ)」」

「あっ!?」

 

 地を蹴って跳び、人の合間を縫って王子様の下へ到達し、刀を引っ掴んで元居た場所まで戻る。

 遅れて風が動いた時には、ずばずば戦鬼くんを帯に挿し入れ終えていた。

 得意げな笑みを浮かべていた王子様は、自分の手から刀が消えた事に気付くと大きく狼狽えた。

 

「お、おまえっ、いつの間に!?」

「いいわよぉミューズちゃん、ナイスよー」

 

 魔女さんは私を褒めながら再度二回手を打った。そうすると枝や葉が再び少女の姿を取り戻して、細剣を抜こうとしていた王子様に組み付いた。

 小っちゃいのがわちゃわちゃ纏わりつくと、「うわ」とか「ああ!」とか声を出しながら体をよじって抜け出そうとした王子様は、やがて妖精さんの胸に顔を抱き込まれるとくぐもった声を発して倒れ込んだ。

 芋虫みたいに元気に悶えていたものの、十秒も眺めていればぱたりと動きを止めた。そうするとサッと妖精さん達が離れていく。……ちょっと虫みたいだと思ってしまった。

 王子様は縄で簀巻きにされて横たわっていた。むすっとした顔をしている。

 

「はい。じゃあ外に放り出しちゃいましょう。ウルージちゃーん、お願い」

 

 ……ウルージちゃん。……ウルージちゃんかあ……。

 軽い調子で魔女さんに呼びかけられたウルージさんは、気合いの声とともに残っていた騎士を蹴散らすと、のっそりとこちらにやってきた。横を通る際、こっそり表情を窺ってみたんだけど……笑ってるままで何を考えてるかはわからなかった。少なくとも、ちゃんづけで呼ばれて怒ってはなさそう?

 

「ふふ……ふふふ……」

「うん?」

 

 ウルージさんの肩に担がれてお外へドナドナされていく王子様は、不貞腐れた表情から一転して不敵に笑い始めた。何を笑っているのかとウルージさんが顔を動かす。……と、なんだか王子様の体がぶくぶく太り始めたではないか。何あれ。

 丸々としたシルエットはもはや人のそれではなく巨大な動物。ロープを千切り、肥大化した体はとうとうウルージさんより大きくなって、彼はそれに潰される前に前へ投げ出した。

 投げ出された王子様は転がったりはぜず綺麗に着地した。武芸の心得はありそうだ。

 

 四肢は全て地面へ向き、細長くなった顔の額部分からは太い角が天井に向かって反るように生えた。

 ……動物系(ゾオン)の悪魔の実の能力者か。……なんの実だろう。……サイ?

 

「どうだお婆様! 我が友からもらった果実でぼくも魔法の力を手に入れたんだ!!」

 

 見上げる程の大きさになった王子様は、しかし低い位置にある頭を振るって鼻息荒く声を響かせた。

 

「そうねぇ。ケミルちゃん、お姉さんの魔法に憧れてたものねえ」

「そうやってとぼけていられるのも今の内だ。この姿のぼくは鋼鉄でさえ粉砕できる!!」

 

 ぐいっと頭を動かして角でつく素振りをする王子様に、うーんと腕を組む。

 ああいや、彼の言葉に「しょぼくね?」とか考えている訳ではなく、能力者じゃない私でも鋼鉄くらいは壊せるだろう事を考えると、いったい人間ってどこまで強くなれるんだろうなあ、なんて難しい事考えちゃったりして。

 そんなの私がいくら考えたってわかりっこないのにね。

 

「いくぞぉっ!!」

 

 サイっぽいのにゾウの掛け声で突進してきた王子様に、ウルージさんが前に出て巨体を受け止める。

 ザザッと足が擦れて危うく階段を踏み外しそうになっていたけれど、私達の前で突進を押し留める事に成功した。

 王子様の相手は自分が引き受ける! だって。

 そうだね、なんだか急がなくちゃいけないみたいだし、お言葉に甘えさせてもらおう。

 

「おーおー、猛りなさる……! だが、油断なさるなよお若いの。力比べならばそう簡単には負けはしない……!!」

「ぬぅう!! 化け物め、なぜ張り合える!?」

 

 ギリギリギシギシと競り合う二人をしり目に階段を駆け上がり、半開きの大きな扉の隙間へと身を滑り込ませる。そうすると広い廊下に出た。

 

「ミューズ、私達は王の間に向かう。もうここからは護衛はいらない。ミューズはどうする?」

「コーニャさん……そうですねー、リンさんに会いに行きたいんですけど」

 

 護衛はいらないって事は、目的地はもう近いのかな。……廊下の静かさを見るに、この先には騎士はいないのだろうか。そうすると魔法が使える魔女さんに覇気が使えるコーニャさんと超加速して動けるセラスさんがいれば事足りる、と。

 コーニャさんは私の答えを聞くと、数瞬口を噤んで、それから柔らかい表情を見せた。なんだか嬉しそうな、そんな感じ。

 

「団長がいるとするなら、王の間か、寝室……っ!?」

 

 長い廊下を小走りで駆ける中で教えてくれるコーニャさんの声を爆発音が遮った。

 左の方。等間隔で並ぶ窓の外、遠くに見えるお城の上の方の角部屋。その外壁が煙を上げて砕け落ちていた。

 天蓋付きのベッドみたいなのも瓦礫と一緒に落ちていくのに、ああ、寝室ってあそこか、と認識する。

 気のせいでなければ長く伸びた腕が室内へ戻っていくのが見えた気がするんだけど……ルフィさんだよね。

 

「……ミューズ」

 

 小さな声で私を呼ぶ彼女に頷いて返す。私の行き先が決まった。

 だからセラスさんや魔女さんにも一言言おうと思って顔を向ければ、遠くの方で雷鳴が轟いた。

 今度は右の方の窓から外を窺い見る。遠くに見える建物の角部屋、その外壁が砕けて落ちていた。

 見間違えでなければ黄金の槍に絡めとられた金の流動体が形を変えながら部屋の中に引っ込んでいった気がするんだけど……神様、かな?

 

「……ミューズ」

「うん、なんかごめんね?」

 

 再度呼びかけてくるコーニャさんに頭を掻きながら返す。彼女に非難するような意思はないっぽくて、単に思わず私に呼びかけてしまっただけみたいなんだけど……いや、ほら。ツレがお城壊しちゃってる訳だし……。

 それで、ええと、どっちにリンさんがいるんだろう。たぶんルフィさんが暴れてる方が寝室なんだろうけど……そっちかな。

 ええい、そっち行ってみよう。違ったら神様のところ行けばいいんだし。

 

「という訳でセラスさん、魔女さん、いったん離れます!」

 

 たんっと床を蹴って体を宙に浮かせる。まだ外には出ず。両手を後ろに流し、振袖をはためかせながら彼女達の横を飛ぶ。

 

「っ、ここまでありがとうございました! このご恩は必ずお返しいたします!」

「お気になさらず。必要になれば大きな声で名前を呼んでください。すぐに飛んでいきますから!」

「それなら、来てほしい時は花火でもあげるわねー」

 

 パタパタと走りながら固い口調で目礼するセラスさんにつられてこちらも少しばかり固い態度になってしまう。魔女さんは相変わらずふわふわした空気感を伴って低空飛行しながらそう言った。花火か。外明るいけど、音とかでわかるかな?

 

「コーニャさん、またね!」

「……! うん、また……」

 

 それから、お友達になったコーニャさんには崩した口調で緩く手を振る。振り返してはくれなかったけど、やや間延びした声でしっかり返事をしてくれたコーニャさんの頬には朱が差していたから、きっと恥ずかしがったんだと思う。

 

 外へ目を向け、流れる窓の一つめがけて空気を蹴って跳びこんで行く。一秒後には空中だ。眼下に広がる緑やらを眺める間もなく高度を上げ、バタタッと着物を翻して寝室へ飛び込んで行く。

 

 体を丸めて突入し、室内へ入り込んだところで着地する。そうすると床を擦ってルフィさんが横にやってきた。両足を開き、前傾姿勢で勢いを殺そうとしている形。

 向こう側には……純白の、薄い衣が何枚か重なった衣服を着たリンさんがレイピアを片手に立っていた。

 ……ウェディングドレスかな、あれ。……綺麗。

 

「ミューズ!」

「……」

 

 横に立つ私に気付いたルフィさんに名前を呼ばれるのに、そっと頭を下げて挨拶する。リンさんの方は……不機嫌そうに私を睨みつけるだけだった。

 なぜ二人が戦ってるのかわからない。なんか昨日も今日も事情がわからない事ばっかりだ。二人とも怒ってるみたいだし、なんかあったんだろうけど、ゆっくり経緯を話してもらえるような空気ではない。

 

「んにゃろっ!」

 

 駆け出したルフィさんは瞬く間にリンさんに躍りかかって、どういう訳か容赦なく拳を振るい、蹴りを放っている。黒く染めたレイピアで拳を弾き、蹴りをいなすリンさんはどんどん不機嫌さを増して、不意に天高く剣を掲げると衝撃波を発してルフィさんを吹き飛ばした。

 

 私が入って来た時と同じように横まで後退してくるルフィさんの顔を窺う。下から睨みつけるような……実際リンさんを睨んでいるんだろう、そういう表情に、私はどうしていいのかわからなくなってしまった。下手に手を出したら怒られちゃいそうだ。

 手持無沙汰に帯から扇子を抜いて片手に当て、どうしようかと思案する。

 

「──いい加減にしろ! 助けなど必要ないと言っているのがわからんのか!」

 

 腕を振り降ろして切っ先を地面へ向け、猛るリンさん。

 わー、取り付く島もない。言いたい事があって来たのに、躊躇ってしまう迫力があった。

 

「お前と話す事はもう何もない。帰れ!」

「やだね!」

「あのっ、ちょ、待ってください!」

 

 平行線を辿る会話に、また飛び出そうとするルフィさんの肩を慌てて掴んで止める。

 このままじゃずーっと戦ってそうだ。怯んでる場合ではない。かなり抵抗感あるけど……ううん、私にも話をさせてほしい!

 

 ……鼻息荒くリンさんを睨んでるルフィさんには言っても止まってくれなさそうな雰囲気があったので、このまま話す事にしよう。とりあえず手短に……めっちゃ力強いなあもう!

 

「セラスさんの呪い解けたよ! すぐそこまで来てる!」

「……ミューズ殿、それはもう聞きました」

「そっか……! じゃあみんなジャシンやっつけようと頑張ってるから、リンさんもう結婚なんてしなくていいんだよ!」

「……そうはいきません。そんな簡単な話ではないんです」

 

 さっきのおこりんぼ顔から一転してどこか厭世(えんせい)的な目を私に向けて静かに語るリンさんは、どうしたってジャシンと結ばれるつもりらしい。簡単な話じゃない……? ああ、「恩人だ」とか言ってたもんね。命を救われた恩だっけ。

 けど、それは嘘っぱちだし、そもそもリンさんの命を救ったのはポペペ……アンサさんだ。潜在的にジャシンと敵対してるアンサさんへの恩をジャシンに返す必要なんかない。……そう説明しようとして、それより早くルフィさんが叫んだ。

 

「簡単な話だろ! おまえもみんなもそんなの望んでねぇじゃねぇか!」

「勝手に決めるな! 私の問題だ……口を出すなと言っただろう」

「だから手と足を出してるんだろ!」

 

 ……え、そういう流れで戦ってたの?

 口を出すなと言われたから手を出すって、単純というかなんというか……ルフィさんらしくないというか。

 いや、彼の事をあまり知っている訳じゃないからイメージの話でしかないんだけど、でも、いくら強くても女の子相手に手を出すような人かな? それほど腹に据えかねてるってこと?

 

 思考を巡らせているうち、するりと私の拘束から抜け出したルフィさんが煙を纏って姿を消し、リンさんに殴りかかっていた。振るわれた拳は武装色に染まっている。そんなパワーで殴ったら! と目を覆ってしまいそうになったけど、リンさんは難なく捌いていた。刃と拳が擦れ合って金属質な音を響かせる。ほっ……一瞬悲惨な想像をしてしまった。でもリンさん、そこまでヤワじゃないんだね。よかった……いや、なんにもよくない!

 

 ああもう! あんまりルフィさんの行動阻みたくないんだけど……!

 

 扇を帯に挿し、攻防の合間を突くようにして地を蹴って接近し、ルフィさんの背後をとる。私へぶつかってきた彼の体を抱き止めて羽交い絞めにし、揃って着地する。はっと気づいた彼が体中に力を籠めるのに、こちらも全身を使って押さえ込む。

 

「何すんだ! 離せ!」

「落ち着いてくださいよ! あのっ、もっと落ち着いて話を……!」

「あいつが突っぱねるからこうしてんだ!」

 

 なんて言われましても!

 幸い抜け出そうとはしようとしても、拘束を外すために攻撃したりはしてこないので捕まえておく事はそう難しくない。解放したい気持ちを抑えてルフィさんが暴れられないようにする。

 ルフィさんの肩越しにリンさんを見据えれば、彼女は肩で息をしながらまなじりを吊り上げていた。相当怒ってるな。なんとか静めないと!

 

「リンさんが譲れないのってあいつへの恩があるからかもだけど、命を救われたってやつ、ジャシンが仕組んだ事だって知ってもまだ譲れない!?」

「ええ」

「だよね! ……あれっ?」

 

 ルフィさんを押さえ込みながら声を張り上げ、マッチポンプだって真実を伝える。てっきり「まさか、そんな」ってなって、意見を翻してくれると思ったんだけど……リンさん、全然動じてない。うっそ、これももう聞いた話? いや、それにしたって動揺の一つもないなんて変だ。

 

「ですから、簡単な話ではないのです。彼が私を利用しようとしているのも、命を救われた一連の出来事が謀であるのも承知の上……」

「……わかってて結婚しようって」

 

 ……まさか、リンさん、ジャシンの事が好き……なの?

 そ、そうなると確かに簡単な話ではなくなってくる。うわわ、色恋沙汰とかさっぱりわからない。けど、もし本当にそうならリンさんの頑なな態度には説明がつく!

 

「……何か勘違いされているようですが」

 

 なんだかこっちまで恥ずかしいような気がしてきて、熱くなってきた顔をぶんぶん振るいながら声を漏らしていれば、リンさんは頭痛をこらえる風に額に手を当てて目を伏せた。

 

「そもそも私は結婚などしません。私は……天竜人へ献上されるのです」

「は? テンリュ……なに?」

 

 脳内フィルターがゴミワードを通さなかったために一瞬理解が遅れて間の抜けた声を出してしまった。

 それを気にせず話を進めるリンさんと、ぐにぐにうねうね動いているルフィさん。

 

「天竜人とつながりを持ち、ジャシンはこの国を完全に乗っ取ろうとしています。現実に、半ば掌握されています。けど彼は、いたずらに民を殺したり、虐げたりはしていない。気の触れた王の暴走をも止めた。彼はこの国を運営しようとしているんです。まっとうでなくとも……破綻させようとはしていない。それに、天竜人に目をかけられればこの国はより豊かになれる。国民の生活もまた豊かになるでしょう」

 

 ……はあ。

 ええと……つまり、どういう事だろう。

 リンさん天竜人のとこに行きたいってこと?

 それは、ちょっと、理解できないんだけど。

 

「理解などして頂かなくて結構です。国に生きる人のためにこの身を捧げる、それが王族の務め。ジャシンには感謝しているくらいです。市井に紛れ、自由に過ごす猶予を与えてくれた。これもまた……恩であると言えるでしょう」

「……よくわかんない」

「ええ、それならそれで……あなたと話す事ももうない」

 

 いや、私がわかんないって言ったのはさ。

 それ、今やる必要あんの? って事なんだけど。

 王様が変な政治をしたから国が弱ってるとは聞いたけど、セラスさんとかがトップに立てば解決する話でしょ?

 みんなで力を合わせて解決していけばいいじゃん。

 

「というかそれ以前に、天竜人がなんかしてくれるって保証もなくない? いや、何もしないでしょ。むしろ悪影響しかなさそう」

 

 感覚でものを言わせてもらったが、うーん、よく考えてみてもリンさんが天竜人のところに行くメリットが見当たらない。

 万が一気に入られて国が豊かになっても、何を切っ掛けに崩壊するかわかんないよ。

 

「おまえ、本気か」

 

 いつの間にか暴れる事をやめて静かになっていたルフィさんが、不意に問いかけた。

 

「本気だ。……いいんだ。それが私の務めなのだから」

「んー……王女様の?」

「……そう説明したはずです」

 

 ふぅん……。やっぱりリンさん、嫌がってない?

 私、人の心の機敏に(さと)いって訳じゃないけどさ、リンさん見てたらわかるよ。義務感で動いてるんだなーって事くらい。

 ルフィさんも、それがわかってるから怒ってるみたい。嫌そうな顔で言われたらこっちは全く納得できないもの。

 

 私の手にルフィさんの手が触れて、それが離してくれって言ってるみたいだったから拘束を解けば、彼は一歩前に出て「自由にやれよ」って言った。

 押し付けみたいな言い方だけど……しょうがないよ。私だってそう言いたくなる。だってリンさん見てるとすっごいもどかしいんだもん。なんかむずむずする。言ってる事と表情が全然違うよ。止めて欲しいの? そうしてほしいんでしょ。

 

「自由なんて……」

「いいじゃないですか。気楽にやりましょうよ」

 

 今さらとってつけたように敬語で話してみたけど、あーもう面倒くさい。なんで単純にいかないんだろう。

 リンさん嫌なら嫌って言えばいいのに。全然違う事ばかり言うからルフィさんがヒートアップしちゃうんだよ。

 

「何してもいいんだよ。そういうのに縛られなくたってさ」

「そ……無責任な事を言わないでください。私は……王族なのです」

「だからよ、王女とかどうだっていいだろ」

 

 頭を振ろうとしたリンさんは、その半ばで動きを止めてむっとした顔をした。

 「どうだってよくなんかない!」って顔に書いてある。けれどリンさんが何かを言うより早くルフィさんが畳みかけた。

 

「おれはおまえに聞いてんだぞ! あいつの事好きでケッコンするっていうならおれは何も言わねぇ! けどな、そうじゃねぇんだろ? ならそう言えよ! 食わせてもらった分はやってやるって言ったじゃねぇか!」

「だから……結婚じゃないって」

 

 どうにも煮え切らない表情のリンさんに、私は天井を仰いで息を吐いた。

 なんか、気分が悪い。もやもやする。お勉強とかちゃんとやってたら、こういうのスパッと解決できるんだろうか。

 うー。

 

「そもそもリンさんが頑なになってるのはさ、私達じゃあジャシンをどうにもできそうにないからとか、そういうの?」

「……あの男を倒そうだなんて思わないでください。今、この国はあの男が君臨する事で持っているようなものなんです。それに……」

「もー! 国は魔女さんやセラスさんがなんとかするってば! ジャシンもルフィさんがぶっ飛ばすから! はい! そうするとリンさんは自由になります!」

 

 ぺん、と手を打ってリンさんの言葉を打ち切る。そんなもじっもじって話されてもいらいらするだけだよ。

 ……あれ。なんかルフィさんこっち見てる。……か、勝手にルフィさんが倒すって言っちゃったからかな。

 

「なんだよミューズ、おまえは戦わねぇのか?」

「あっ、いえ、あのっ……もちろん戦います! ……あの、戦っていいんでしたら」

「?」

 

 指を突っつき合わせながら弁解するみたいに言えば、彼は怪訝そうに首を傾げてしまった。

 ああっ、きょ、許可なんていらないよね、私はルフィさんの部下とかじゃないんだし!

 ……変な事、言ってしまった。すっごく恥ずかしい。けどまごついたりしたら余計に格好悪いので、気持ちを静めようとしながら背筋を伸ばし、なんてことないように立つ。

 

「んんっ。むしろ、王族の務めっていうなら現政権を打倒して自分が頂点になるくらいしなくちゃ!」

「えっ……」

 

 ついでにこう、勢いでてきとーな事を言ってみる。

 いや、案外妙案かも。ただ、それをするにはリンさんがとんでもなく強くなくちゃいけないんだけど、ルフィさんの覇気パンチいなせるだけの実力があるなら王様倒すくらい容易いんじゃない?

 

「そのような事は……ジャシンに止められるでしょう」

「止められないようにしてあげるから」

「ですがっ……その、そんな」

 

 ああもうっほんとに!

 小走りでリンさんへ駆け寄ってその手を取り、下から顔を覗き込めば、うっと呻いて背を反らされた。

 

「頑張れ!」

「ええっ? え、あのっ、やめ、やめてくださ……」

 

 背中側へ回り込んでぐいぐいと、文字通り背中を押せば、リンさんは戸惑う素振りを見せながらも自分の足で歩き出した。おおっ? あんまり抵抗されてない……?

 ……リンさん、もしかして凄く流されやすい人なのでは。

 

「よし、行くぞ!」

 

 腕を組んだルフィさんのやる気じゅうぶんな声に、私も大きく頷く。いい加減あれやこれやとややこしくって息苦しい。まっすぐ進んでぶっ飛ばす、ができないなんて息がつまりそうだ。だからリンさんをその気にさせるために押せ押せでいく。

 場は打倒王様って雰囲気一色になった。意味のなさない声を漏らして抵抗っぽい素振りを見せているリンさんももう一息で押し切れそう。

 

「今こそ立ち上がれ! 君が国民を救うのだ!」

「っ……! それが……できるならば……私は」

 

 発破をかければ、リンさんはだんだんその気になってきたみたいで、寝室を出た時にはもう押さなくても歩き始めていた。まだ迷ってるみたいに足元見てるけど、もし止まろうとしたらまた背中押すから問題ない。

 彼女の横へ私とルフィさんが並ぶ。ルフィさんはもう怒ってなかった。少なくとも悪い方面から脱出したリンさんに文句はないって感じかな。

 思うところがあるのだろう、リンさんは難しい顔をして考え込んでいる。こうして移動しながらなんだから、その内容は悪いものではないだろう。

 いいぞ、わかりやすくなってきた。その調子、その調子!

 

「リン! ミューズ! おれはあのヘビ止めとくから、おまえらちゃんと王様ぶっ飛ばせよ!!」

「はい!」

「ぶ、ぶっ飛ばすかはわからないが……その、話してみるとか、努力はしよう。……すまない、頼む!」

 

 途中、いくつかある窓の一つに腕を伸ばして飛んでいったルフィさんが、私達に声をかけてから外へと出て行った。そういう約束だったもんね。私もジャシン止めるぞって言った人間なんだけど、リンさんから離れるとまた囚われのお姫様モードに入っちゃいそうなので、私はこのままリンさんと一緒に王の間へ向かう事にした。

 

「ねね、リンさん、国が豊かになったら何がしたい?」

「何、と聞かれましても……そんなの、考えた事もありませんでした」

「なんか自己犠牲の方面に向かってたもんね、リンさん」

「あの……」

 

 きりりと眉を引き締めていたリンさんは、しかし私の言葉にへにゃりと情けない顔になってしまった。あちゃ、余計な事言っちゃったかな。フォローしなくちゃ。

 

「自由なんだよ。何もかかも」

「……自由」

 

 作った声で真面目に言って誤魔化す。ふっ、なんか格好いい声を出してしまった。

 いけないいけない、真剣にしなくっちゃ。

 

「なんでもやっていいんだよ。全部ぶっ飛ばしちゃっていいんだよ」

 

 何もかも吹き飛ばすような、そういう気持ちになっていいんだよー、という意味を含めれば、リンさんは「ぶっ飛ばす……」と私の言葉を繰り返した。さっきのルフィさんとおんなじ言葉。

 そうそう、王様もジャシンもぶっ飛ばせー。さっさと国を正常に稼働できる状態にしてあげようよ。もうそれができる準備は整ってるんだから! あとはリンさんの気持ち一つだ。

 

「……はい!」

「うん、いい返事!」

 

 小さく頷き合う。

 歩きから小走りへ、小走りから駆け出して、そうしていくつかの廊下を走り抜ければ、私達は王の間に辿り着いた。

 豪奢な扉をリンさんが押し開けて突入する。中はとにかく広く、明るかった。

 

 中央奥。階段上に盛り上がる箇所に玉座があって、丸々と太った男性が腰かけている。その数段下に魔女さんとセラスさんがいた。

 

「姉様!」

「リン……」

 

 魔女さん達の下へ駆け寄れば、リンさんはまず最初にセラスさんに声をかけた。お互い向かい合って、けれど数段の距離を開けて止まる。どちらもそれ以上距離を縮めようとはしなかった。

 計画の上とはいえ十二年越しの再会だ、積もる話もあるだろう。けれどリンさんも、セラスさんも魔女さんも、ここには大事な用で来たはず。

 

 玉座を見上げれば、贅肉が半端ない王様は頬杖をついて明後日の方向に目をやっていた。まるでこっちに興味を持ってない様子。……でも、気が触れてるとか、そういう風には見えなかった。ただそこに座っているだけ、って感じ。

 椅子に立てかけられたやたら装飾のゴテゴテした剣は彼の武器だろうか。あの図体で戦えるのかな。昔は戦えたってセラスさんが言ってた気がする。

 

「魔女さん」

「ううん……ミューズちゃん、困ったわぁ……」

「えーと、あー。なるほど」

 

 魔女さんに声をかければ、頬に手を当ててふんわりしたお返事をされるのに状況を理解する。

 困った事って、たぶん魔法が効かないとかそういうのだろう。もうちょっと話を聞いてみれば、やっぱり海楼石製の何かはわからないが、王様がそれを持ってるせいで魔法が通じなかったみたい。能力者対策にはこの上ないもんね、海楼石って。王様が持っててもおかしくはない。あるいはジャシンが寄こしたのかもしれないけれど。

 

 コーニャさんの方を見れば、少し後退して私の横に並ぶと、自分が手を出す訳にはいかないし、話もしないうちにセラスさんが攻撃しちゃうと正当性がなくなるから膠着状態に陥ってしまったって教えてくれた。

 せいとうせい……よくわかんない。ここまで来てこっちから手を出しちゃいけないなんて、なんと面倒くさい。

 

 あそこでぼうっとしてる王様をさっさとぶっ飛ばす訳にはいかないのか。やったるどーって気持ちで来た私としてはもどかしくてしょうがないんだけど。それはリンさんも同じようで、一度大きく肩を上下させて熱い吐息を漏らすと、王様から視線を切ってセラスさんを見上げた。

 

 やや躊躇うような表情を浮かべて体を揺らし、けれど動かないリンさんの背中をちょいっと押す。

 

「あっ……」

 

 そうすれば、つんのめるようにして一段上へ足をかけたリンさんは、その分縮まった距離に観念したのか、緩やかにセラスさんへと近づいて行った。三段分の距離でリンさんとセラスさんの目線の高さが合う。姉と妹の肉体年齢が逆転しているから、少し奇妙な光景だった。

 

「姉様……」

「リン……ごめんなさいね。ずうっとあなたを一人にしてしまっていた」

「いえ。私が非力であったが故の事です。謝るのなら私の……」

 

 姉妹の再会だというのに、二人とも表情を曇らせてぼそぼそと話している。なんか空気が重くなっちゃった。

 お互い負い目があるのはわかるけど、もー、こんなところまでもどかしい!

 とはいえ私は口を挟んじゃいけないので、腕を組んで静観する。

 

「あの、と、とっても綺麗よ? そのドレス」

「は、あっ、ありがとうございます。姉様も相変わらず……お綺麗です」

「今はあなたの方が美人さんだけどね」

 

 お互いの気持ちを探るようにちょこちょこと当たり障りのない会話を続ける二人に、コーニャさんと顔を見合わせる。……コーニャさん、目が潤んでた。

 それから、私達は私達でさっきの話の続きをする。王様には手が出せないからジャシンが止めに来るのを待っていたとコーニャさんは言うけど……えーと。

 ……元々どういう作戦だったかももうわかんないね。そういえば神様が暴れてた方……ああー、ひょっとして神様の相手って。

 

「セラスちゃん? そんなに縮こまらなくったっていいのよー」

「ですが、おばあさまっ……私は、その」

「……おばあさま? あの、姉様、それはどういう──」

 

 怪訝そうなリンさんの声を前に、視線を王様の方へ向ける。

 彼の家族がこんなに揃ってるっていうのに、やっぱり退屈そうに他所を向いている。気が触れているかの真偽はわからないけど、まともじゃなさそうなのはたしかだ。

 すっと右手を差し向け、人差し指を弾いて「指銃」を飛ばす。狙いは豪華な剣の方。王様本人には手を出しちゃいけないみたいだし、剣の方使えなくしちゃおっと。

 

「あっ」

 

 放った弾丸は切っ先の方に当たったものの、予想に反して傷一つ付ける事ができず、大きく弾かれた剣は回転しながら宙に身を躍らせた。その落下先が王様直撃コースなのに思わず声が出てしまう。やばっと思う間もなくぎらりとこちらを向いた王様が腕を振るって剣の柄を掴み取ると、脇へ振るいながら立ち上がった。ついでにぶるんとお腹が揺れる。

 

「! お父様……!」

「父上……!」

「ペストリーちゃん……」

 

 王様が動けば、さすがにみんな注目する。魔女さんの呟きで名前が判明したけど、割とどうでもいい事か。

 半ば肉に埋もれた目はそれでも鋭く私達を睥睨して、背中に鉄の棒でも通ってるみたいなスッとした立ち姿は結構威厳があった。

 

「不敬である」

 

 その第一声は見た目に反してそんなに太くない声で、この広い部屋に響くくらいには良く通った。

 

「余の許可なく面を上げる事は千の罪に値する。よって貴様にこの場で死罪を申し渡す」

「お父様! やはり、私が……私の顔がわかりませんか……?」

「不敬である。余の許可なく口を開く事は万死に値する。その首、この神聖剣アウトクラシアで断ち切ろう」

 

 差し向けられた剣先に、セラスさんはぐっと息をのんで体を揺らした。

 二人の会話に親子の繋がりのようなものは見えない。王様と誰か、といった感じで、どうにも機械的で無機質な王様に人形のような印象を抱いた。

 

「姉様、後ろへ」

「リン! 何を……」

 

 そんなセラスさんを庇うように腕を広げて前へ出たリンさんは、すでに細剣を抜いて構えていた。

 

「不敬である。余に刃を向けるとは天に歯向かうも同じ事。愚者よ、己の蛮勇を悔いるがよい」

「だまれ。私はお前を"ぶっ飛ばし"にきた。その玉座、我らが貰い受ける!」

「団長!」

 

 言うが早いか飛び出したリンさんに、コーニャさんが剣を抜いて加勢しようとする。

 

「手を出すな! 私の仕事だ! 私の……やるべき事だ!」

 

 が、それはリンさん自身に押し留められた。彼女の命令に従うほかないコーニャさんは足を止め、唇をかんだ。

 

「不敬である」

 

 黒く染まった細剣は豪華な剣に阻まれて王様には届いていない。剣同士がぶつかり合った風圧がここまで届くほどの勢いだったのに、王様は贅肉を揺らすだけで体勢を崩すような事は無かった。

 ……強いじゃん。

 しかしまいった、リンさんに手出し無用と言われてしまった。いや、言われたのはコーニャさんだけど……私が加勢するのはなんか違う。

 

 幾度も剣をぶつけ合わせ、玉座の前でお互い引かない攻防を繰り広げる王様とリンさん。

 真っ白なヴェールが翻り、磨かれた靴が床を打つ。戦う花嫁……。

 

「老骨と見くびるな。かつてから700年続くこの国を守り抜いた我が剣技を見よ」

「くっ……何が守り抜いただ! 私もお前も何もできていないではないか!!」

「余は尊い血族に名を連ねる決断をした」

 

 不意に、大きく振るわれた王様の剣に弾かれたリンさんが、私達の前に着地する。

 片手で持った剣を額より高くから真っ直ぐ構え、息を荒げる彼女は、王様の言葉に口ごもっているみたいだった。

 尊い血族っていうのが天竜人の事なら、それってリンさんの考えていた事と同じだ。

 ……でも、もう違う。リンさんはちゃんと自分の足でここまで来たんだからね。

 

「っ……私は、お前を倒し、国を取り戻す決断をした!」

「愚かな。余が(たお)れれば国が斃れるも同じ事。貴様の判断は誤りである」

「そっ、……!」

 

 また口ごもるリンさんは、凄く難しい顔をして王様を睨み上げている。

 腕を広げて自信満々に立つ王様に気圧されでもしてしまったのだろうか。間違いなんかじゃないのに。

 

「リン! 気にしないで、後の事は私達に任せて!」

「姉様……はい!」

 

 セラスさんの声と手が彼女の背中を押した。

 ふわり、リンさんの髪が膨らむようになびいて、たぶん、能力をかけてもらったのだろう。超加速。

 そうなるともうリンさんが負ける要素はない。

 

魔法闘技(マジックアーツ)"龍鎧(ドラゴンスケイル)"!」

「……!?」

 

 コマ送りのように突然空中へ移動していたリンさんが剣を構えて急降下する。遅れて見上げた王様は、そこで初めて表情を変えた。

 

「──ストライク、バースト!!」

 

 魔法の風が細剣に纏わり、吹き荒れる空気に髪を押さえる。

 

 王様の体が弾かれて壁に激突した。ずるずると落ちたその体に怪我らしい怪我は見当たらない。が、先程の衝撃で剣を取り落とし、それはリンさんの足元にある。もはや抗う事もできないだろう。

 

「無駄、だ。もはや流れは止められぬ。余を(くだ)そうとこの国の行く末は決まっているのだ」

「なに──」

 

 王様の負け惜しみみたいな言葉に、立ち上がって答えようとしたリンさんの声を破砕音が遮った。

 思わず振り返ってみれば、後ろの方、扉の脇。壁が砕け、瓦礫となって室内に吹き飛んでくると同時に人も転がってきた。

 全身黒尽くめの男性……アンサさんだ。

 

「なあにが"能力だけの男と侮るな"だ三下ァ! レディを泣かせたテメェをおれは死んでも許さん!!」

「どけグル眉! おれがぶった斬る……!!」

「ま、まて……!」

 

 遅れてサンジさんとゾロさんが現れて、途端に賑やかになった。

 というか、アンサさん、まだ戦ってたんだ。ジャシンに反旗を翻すぞって言ってたけど、タイミングが掴めなかったのかな。

 サンジさん達に手を伸ばしながら身を起こす彼を見ると、たぶんそうなんだろうと予想できた。ボロボロだし……離脱も会話もままならなかった感じ?

 

「もはやこれまで……! 戦いは終わりだ……! 同志ミューズ、止めてくれ……!」

「あ? 同志だ? 何言ってやがる」

 

 倒れたまま仰ぐようにしてこちらを見た彼に声をかけられ、肩をすくめる。あらあら~と魔女さんの暢気な声が聞こえた。

 助けを求められたなら、まあ、一応目的を同じくする仲間な訳だし、サンジさん達に彼の事を話して攻撃の手を止めてもらうのはやぶさかではないけど。

 

「貴様……よくも姉様の時間を奪ったな」

 

 どうにも事情が通ってないらしいリンさんがザッと前に出た。

 これは……あらあらーとしか言えない。

 まずは凄く怒ってるリンさんにお話ししないとね。


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