ミューズの頑張り物語   作:月日星夜(木端妖精)

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第五話 やさぐれ少女、青雉に癒される

――徹底的な正義。

 

 非情なる大将赤犬はデッドオアアライブの海賊を全て討ち取る。

 海賊になった時点でもはや更生は不可能。監獄に送る必要も無し、この場で裁くまで。

 彼の下についている私もその信条を背負って海兵生命を歩む事になった。

 

「…………」

 

 偉大なる航路(グランドライン)でも新世界でも、殺せば敵は等しく悪で終わる。

 それだけの話だから、以降戦いの日々に代わり映えはなく、楽しくも面白くもない。

 

 私は大佐になった。

 昇進が早い。どうしてなんて聞かれても、赤犬に聞けとしか言えない。

 彼が私に海賊を寄越すから、私は海賊を殺さなくちゃならない。

 そうすると勝手に階級が上がる。簡単な話。

 

 適正な階級にするためにそうしてるんだろうなとなんとなく気付いていたけど、文句を言う気はなかった。もとよりそれは私の考えに沿っている。

 さっさと上にいって海賊になるだけだ。それまでは何人でも殺す。できるだけ賞金の高い奴。

 

 そうすると赤犬がくれるのだけじゃ足りなくなるから、自分の足で探しに行く。

 幸いこの海には口だけでかくて他に何も成し遂げられない海賊がごまんといる。石を投げれば海賊船に落ちるのがこの大海賊時代だ、刈り取れる海賊は後から後から湧いて出てくる。

 

「…………」

 

 最初の実戦では結構引け腰だった私だけど、慣れれば戦いって訓練と大差ない。

 むしろ訓練の方がためになる。だって、実戦じゃ敵が脆すぎる。

 ちょっと指で貫くと死ぬから私の成長に繋がらない。

 功績になるから時間の無駄とまでは言わないけど、海賊名乗るならもっと功夫積めと思う。

 

「…………」

 

 能力者も変わらない。

 期待外ればかり。どいつもこいつもただ能力の性質をそのまま使っているだけ。

 覚醒してるやつは一人もいない。自然系(ロギア)もいない。

 訓練にすらならないから、海賊を殺す時はもはや無心だ。

 

「…………」

 

 大佐になったから正義のコートを羽織るのも、私服で過ごすのも許されるようになった。

 特権階級というやつ。

 最近はもっぱら海にいるから特権なんて使う暇もないんだけど。

 

「…………」

 

 青い空の下、私の船に私の部下を連れて海へ繰り出し、てきとうな海賊を見つけては飛んで行って殺す。

 デッドかアライブか、良い海賊か悪い海賊か、そういうのは気にしない。

 降伏勧告なんかしてる暇があるなら一人でも多くの悪を潰す。そうしろって赤犬が言ってたような気がする。

 

「…………」

 

 家に帰ってシャワーを浴びる。

 湯が血を洗い流してくれる。むせるような臭いを全部消してくれる。

 でも気怠さは消えない。なんか、最近ずっとついて回る不調。

 

 人の命を奪うたび、私の中の何かが別のものに変わっていく。

 それって良い事なのか。成長してるの? それとも悪い事なのかな。

 わかんないけど、誰にも聞けないし聞く気も無いから、毎日同じ事を繰り返している。

 そろそろまた階級が上がりそうだ。民間人をよく襲うっていう海賊を殺したからかな。あれで億越えは冗談だと思った。

 

「…………」

 

 カツカツと靴音を響かせて本部の廊下を行く。

 真っ白で眩しい、綺麗な廊下。行き交う人達もみんな真っ白な制服を着ている。あまり私服って人は見ない。

 最近食欲がなかったけど、なんとなくクリームソーダが食べたくなったので食堂に向かっている。

 

「よっ」

 

 青雉と会ったのは、その道の途中でだった。

 

 

 

 

「目覚ましい活躍じゃない。噂は聞いてるぜ」

 

 今から飯か? 奢るから、一杯付き合ってくれるかい? お嬢さん。

 下手なウィンクつけて誘われたので、黙ってついて行けば本部から出てこじんまりとしたお店に通された。

 レストランとかじゃなくて定食屋。というより屋台。四人か五人も座れば満員な、あまり女の子を連れてくるような場所じゃないとこ。

 鉢巻したおじさんが忙しなく動いておでんを作っている。

 

「どうよ……海兵生活は」

「…………」

 

 大将がわざわざなんのつもりで私なんかを誘ったのかは知らないけれど、世間話は鬱陶しい。

 ここにはクリームソーダも無さそうだし、今はおでんって気分じゃない。

 ……書類仕事終わらせて海に出るか。もう一人くらい億越え殺せば特進できるかもしれない。

 

「まあそう急ぐなよ」

 

 椅子を鳴らして立ち上がった私の肩を青雉が掴んだ。

 声に滲む色は怒りか。なんとなく私に向けられたものではない気がしたけれど、肩の布部分が丸々凍ってしまったのが不快。手で払えば、大きな動作でわざとらしく身を引かれた。

 

「……そんな顔すんなって。かわいい顔が台無しだ」

「…………?」

 

 ……かわいい?

 そんな言葉をかけられたのはいつぶりだろう。

 いいや、私が海兵になってからはさほど時間は経ってない。

 もう何十年もこうして過ごしていたような気がするのに、両親と死別してから半年程しか経ってないのか。

 

 

――私のかわいいミューズ。

――僕たちの女神。

 

 

 思えば「かわいい」と言ってくれたのは両親だけだった。

 今日まで誰も私をかわいいなんて言わなかったから、本当はかわいくなんかないんだって気付いたんだけど。

 ……でも青雉は、私をかわいいって言った。

 なんでだろう。

 

「いや、かわいいもここまで行くと目に毒だな。俺はこれほどの美人に出会った事がねぇ」

「…………」

「ウッ……くらっときたぜ。まるで覇王色の覇気……! その美しさ……いやかわいさに懸賞金を賭けるとしたら5億……10億、いや5億ベリーは軽くいくな」

「……………………5億かー」

「!」

 

 5億。

 それはたしか、月にいる神様がこの海に降りた時にかけられるだろうっていう数字。

 神様とおんなじなのは、ちょっと嬉しい。

 それに、さすがの私も5億なんて懸賞金のかかった海賊は殺した事が無い。

 やっぱり強いのかな。倒せば何か変わるのかな。

 

「あー……ハァ、ガラじゃねえな」

「?」

「いや、独り言。気にせず何か頼め。金の心配はするな。時間の心配もな」

 

 目の前に広がる横長のおでんの容器へ長い指を近づけた青雉は、それぞれ具材の名前と共に感想を言い始めた。いきなりだけど、何か意図があるのかと思って座り直し、耳を傾けてみる。

 

 がんも。少し色が変わってきてるやつが味が染みててうまい。巾着。宝箱に似てる。毎回何が入ってるか気にしながら口に入れては一喜一憂。はんぺん。キライ。俺はこのもにょっとした感触が嫌なんだ。

 

「大将にも、苦手なものはあるんだ?」

「あー、まあ、そうだな。うん。いや大将ってのはやめてくれ」

 

 子供みたいな言い方がおかしくて、口に手を当てて笑いを殺せば、青雉は後ろ頭を掻きながらそう命令した。

 「大将」って私が言ったら、おじさんが反応しちゃったからだと思う。

 海軍の大将とおでん屋さんの大将が同じ……ふふ、変なの!

 

 殺しきれなかった笑みが漏れてしまうと、青雉も口の端を吊り上げて静かに笑った。

 それから、具材の説明に戻る。

 

「たまご。こいつは天敵だ。中身が熱くて食えない。冷まそうと息を吹きかけると凍る」

「ふふっ、あはは!」

「ちくわぶ。正直ちくわと何が違うのかさっぱりわからん」

「あは、ええー? 全然違いますよ?」

 

 ちくわとちくわぶは……あれ? ええっと……何が違うんだっけ?

 どっちも同じ練り物だよね。お魚さんからできてる……。

 あれー。おっかしいなぁ。

 

「……さっぱりわからんです」

「だろ!」

 

 頭がこんがらがってきて、首を傾げながらオウム返しに言えば、青雉は同志を見つけたみたいな明るい顔して体を寄せてきた。

 ひんやりとした空気が服越しに肌を撫でる。

 私の体の中もずっと冷たいのに、なぜかその冷気が暖かい気がして、良い気分になった。

 

 それから青雉は、全部の具材の感想を言って、私に共感を求めた。

 どうやら彼はこのお店の常連さんで、もう全品目制覇してるみたいだ。

 ならなにが一番美味しいかもわかってるだろうし、ここは彼にお任せしてみるとしよう。

 

「へいお待ちっ」

 

 彼おすすめのおでんセットを出され、割りばし片手に戦闘態勢に入る。

 うなれ黄金の右手。あ、でもまずは、ふーふーしなくちゃ、とっても熱そう……。

 

「どうだ。美味いだろ」

「んっ。……はふ」

 

 餅巾着がとっても美味しい。でも熱いから、火傷しないようにはふはふしていれば、青雉がそっと溜め息を吐くのが見えた。

 何か悩み事ですか、と世間話を仕掛けてみれば、今解決したところ、とよくわからない答え。

 でもま、解決したならいいか。

 

 それにしてもここのおでん、ダシも美味しい。クリームソーダには及ばないけども。

 あ、クリームソーダ食べたいんだった。明日は絶対食べようっと。

 

 

 

 

 青雉は、ずっとその少女を見ていた。

 赤犬の下につくなど正気の沙汰ではない……とまでは言わないが、あんな子供が「徹底的な正義」に耐えられるとは思えなかった。

 その予想は半分当たっていて、半分外れていた。

 

 思ったより実力のあった少女はそのせいで戦いについていけてしまう。

 そしてやはり、正義という重圧に潰されかけていた。

 

 元気で気楽な少女だった。

 敬遠する周りにめげずに話しかけに行く純粋な子供だった。

 強くなる事に貪欲な姿勢は自分の若い頃を思い出させる。眩しいくらいに身も心も綺麗だと思える子だった。

 赤犬の思想に染まるまでは。

 

 海から戻るたび、階級が上がるたび、少女の顔に影が差す。

 口数も減って、誰かと積極的に話さなくなって、表情が固定されて、時折聞く声は平坦になって。

 居た堪れなかった。食べ物を口にする時でさえ緊張を保ち笑みも浮かべないその姿は、もう普通の子供ではない。

 そうなるよう、道が整えられている。『上』は偶然手に入れた卵に金を生ませるか、それとも黄金にするか、如何様にもできる少女を弄ぶように流れへと乗せている。

 

 青雉はこうなる事を危惧していた。それなのに、強引にでも自分の下に引き入れなかった事を後悔した。

 何もこんな子供を使う必要などないはずだ。しかし現実はそうではない……。

 

 せめて誰かが彼女の傍にいてくれたならと思わずにはいられない。

 だが悲しいかな、常に彼女と共にいたのは赤犬だけだ。

 だからこそ少女は染まった。行き過ぎた正義を背負ってしまった。

 

「乗り掛かった舟か……」

 

 ガラにもなくこんな事を考えてしまうのは、あの日ガープ中将に呼び寄せられてしまったからだ。

 関われば、関わりきりたくなる。面倒でもそういう心情になる。

 ただ、あれこれ考えを巡らせるのは億劫なので、適当に飯処にでも連れていって心を()かせないか試してみる事にした。

 もっぱら凍らせる事が得意なのに、融かすなどどうすればいいのかいまいちピンとこないし、子供の相手は得意ではない。……一筋縄ではいかなそうだ。

 

 そう思っていたが、食事処に連れ込んだ少女は普遍的な言葉に照れた笑みを浮かべたし、普通の言葉で笑顔を取り戻した。

 

(この子に必要なのは、単なる日常か……)

 

 そうとわかれば話は早い。

 一番良いのは赤犬から引き離す事だが、それは不可能に近い。

 彼女自身もそれを望もうとはしないだろう。

 

 ならば定期的にこうして日常をもたらしてやればいい。

 そうすれば、この子は普通の子に戻る。その状態を保てる。

 誰かにとって都合の良い人形にはならないだろう。

 

 青雉は、なんとなくミューズを気に入り始めていた。

 理由はわからない。小さな義務感や何かだけじゃなく……ただ、そうなるだけの理由が彼女にある気がした。

 

「その時は攻め時だって思ったんだ。だから言ったのさ、「俺が冷蔵庫の代わりにお前の傍にいて、野菜でもなんでも冷やしてやる」ってな」

「ばか! すごいばか!」

「いやあ、イケると思ったんだよなあ……」

 

 ……寒いジョークや下らない恋愛話に本気で笑ってくれるからかもしれない。

 青雉にとっても、彼女との時間はそう悪いものではなくなった。

 やがて彼女がどう成長していくのか、親兄弟ではなくとも近い位置で見守りたいと思うくらいには……。

 

「クザンさん女の子のことなんにもわかってないんですね! もうナンパはやめた方が良いんじゃないです?」

「そこまで言うか……お兄さん傷ついちゃうぜ」

「その時の女の人の心境を考えると私まで寒くなってきましたよ」

「…………」

「ほんとつら」

「…………」

 

 氷のハートにヒビが入る音を聞きながら、青雉は隣で涙が出るほど笑ったり、シラーッと白けた顔をしたりする少女を窺い見た。

 こうしてみるとどこまでも幼く、まだ他者との線引きもできていない。

 未完成の危うさが、ある程度年のいった者を惹きつける秘密なのかもしれなかった。

 あるいは……その魅力が逆に、赤犬を染め上げるかもしれない。

 

「ふっ……」

 

 大概な妄想に自嘲した青雉は、ダシまで飲み干して完食した少女の頭に手を置いて、ぐりぐりと撫でてやった。

 目を細めて気持ちよさそうに身を預けてくる彼女は、やはり子供で……ああ、だからこそ……本来ならば守るべき対象だから、気にかけてしまうのだと気が付いた。




TIPS
・やさぐれ
殺戮マシーン。
力を持ち、無垢な子供の正しい運用法。
どことも知れない出身なので死んでもなんの問題もない。

・癒され
殺戮に傾いた天秤を元に戻すには癒しを与えれば良い。
まだ子供だったのが幸いしてあっさり戻ってきた。

・おでん
古代兵器。

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