赤髪のヤベーやつがヤベー事態を理解してないらしい。
そこは人気の少ない酒場。昼から深夜まで営業するその店に、猛者を無理矢理連れてきて酒を飲む赤髪の姿がある。赤髪がフレイヤから了承を取ったとはいえ、猛者は余り乗り気ではない様子だった。
「貴様、先まであれほど
「だからこそってもんだ。あんな旨い酒を飲んだ後にダンジョンで金稼ぎなんて出来るか」
おどける赤髪に猛者の視線は厳しい。やはりフレイヤの側を彼女からの命令でもないのに離れるのは嫌だったらしい。
そんな二人はカウンターに並んで座り、目の前に置かれたグラスを煽る。コトリ。音を立てて置かれたグラス。その直ぐ横。赤髪のグラスの横に一冊の本が置いてあった。
それはフレイヤから渡された
”この魔導書は貴方にあげるわ。魔法を覚えれば貴方は更に誰にも手の届かない太陽になる。そして───“
─────そんな貴方を私が手に入れる
挑発的なセリフと共に渡された一冊へ赤髪が目を向け。
「それで、どうするんだ」
言葉を放ったのは猛者。
「どうすると言われてもな……。俺には読めないんだ。どうしようもない」
そう。この赤髪はこちらの世界の文字が読めなかった。今まで特に困ったこともなかったため放置していたのだ。言葉が通じたための弊害であろう。今さら文字を学ぶ気もない。フレイヤから魔導書は渡されたものの、どう考えても宝の持ち腐れである。フレイヤの思惑も何のその。どうやらフレイヤの望みも叶いそうにない。
「そうだオッタル。お前が読まないか」
「いらん世話だ。俺には必要ない」
「そうか……」
最初から予想していた。赤髪の顔を見ればそう書いてある。魔導書の扱いに困ったため、砂粒のような望みを懸けてオッタルに言ってみた、というところだろう。だが少し残念そうな表情でもあった。
「そこまで扱いに困るなら、フレイヤ様には申し訳ないがいっそのこと売ってしまえばいい。それは既に貴様のものだ。誰も何も言わん。……もし売れば一生困らん金が手に入るだろう……貴様なら一年も持たんだろうがな」
ふん。
鼻を一つ鳴らして猛者は言った。どうせ宴で金が飛ぶように無くなるのだろう。そんな猛者の予想。当たりである。赤髪の頭の中では魔導書を売った金で宴を開き、毎日騒ぐ姿が浮かんでいた。余り今の生活と変わらない……。
赤髪は良いことを聞いたと目を輝かせた。
「なら当分はダンジョンで金を稼ぐ必要もないか。いやだが彼処も中々に面白い処だ。ちょくちょく潜るのもアリか」
「ダンジョンを面白い、か……。そんなことを言うのは貴様くらいのものだ」
ダンジョン。それは赤髪にとって遊具が多種多様に揃った公園のようなものなのだろうか。かなり軽く言う赤髪に、猛者も口角が上がっている。その瞳はギラギラと輝いて今すぐにでも戦いたいと言わんばかり。オラリオ最強の名を欲しいがままにしてきた猛者だが、その自分より強い者に出会った彼の内心は初邂逅から今まで猛り続けている。歓喜という感情が暴れ狂っているのだ。
しかし今は酒を飲む場。見た目に反して場を尊重することが出来る彼は、自身の戦いの気を静めていく。むしろそれが出来なければ、フレイヤファミリア団長にしてフレイヤの御側付きなど出来はしない。逆にフレイヤも強さだけの者を御側付きに任命することなどない。強さだけの者を欲するほど軽くも安くもないのだ。
欲しいと思った者には軽くも安くもなるのだが。
「いやオッタル。ダンジョンに行く度にモンスターが強くなるんだ。そりゃあ面白いってもんだろう」
「……何?」
猛者が怪訝だと言うように眉間に皺を寄せた。
赤髪へ確認するように、猛者は疑問を口にする。
「下の階層へ行く毎に、ではなくか」
いや詰問と言っても過言ではない口調だ。
赤髪は少し不思議そうな顔をした後に答えた。
「ああ、そう言ったが……」
「……ダンジョンに行く度。そう言ったのか」
今度こそ確認のような言葉。その顔は険しくなっている。一体何が可笑しいのか。赤髪は理解できない。この世界の人間ではないから。この世界のことを其ほどに知らないから。ダンジョンについて詳しくないから。
「ああ、そう言ったんだ。同じモンスターでも最近はよく色違いが出てくるんだが、こいつが普通の奴より強くてな。いや、いつかは俺より強いモンスターが出てきたりするのか。そう考えると年甲斐もなくワクワクする」
そう言い可笑しそうに笑う赤髪。モンスターの色違いとは恐らく異常種のことであろう。それがよく出現するなど本来は有り得ない。赤髪が最初に出会した異常種は黒いゴライアス。ゴライアスがレベル4相当のところ、黒いゴライアスはレベル5相当。異常種とはそれだけ強さに差がある。それらとよく出会すなど、普通の冒険者からすれば堪ったものではない。
そしてもし普通の冒険者にそんなことが起これば、事態の異常さに即座に気付くことができるだろう。それはオラリオ最強の猛者とて変わりなく。彼も、気付いた。
横から音が鳴る。
ガタリッ!
赤髪が視線を向ければ音から連想させる通り。木製の椅子から勢いよく立ち上がった猛者の姿が。その顔は先程よりも更に険しくなっている。
「……用事ができた。悪いが帰らせてもらう」
「おいおい、いきなりどうした」
目を丸くして問い掛ける赤髪。緊張感は全くなく。それは猛者とは真逆である。それに猛者は答えず。
「店主」
猛者が一つ呼び掛け、おそらくヴァリスが入っているだろう袋を投げ付けた。その袋は綺麗に店主の胸元へ飛んで行き、慌てて受け取った店主によりジャラリと音を立てた。
「ではな」
赤髪へ一言。そのまま店を出ていこうとする猛者へ、赤髪からも一言。
「いや悪いな。酒代持たせちまって」
その言葉に猛者がピタリと止まった。
「ふん、何を今さら。最初からそのつもりだっただろう」
そして出ていく猛者。
「おっと、バレてたか」
そして笑いながらグラスの酒を飲み干した。
この男、今日の出会い頭に猛者へ言った言葉を忘れていた。金がない、そう言ったのだが。このオラリオにて猛者に酒を奢らせるとは、なんとも大胆な男である。
そして赤髪も立ち上がり、魔導書を持って店を出る。赤髪は店の外で魔導書を見ながら立ち止まり、少し悩んだかと思えばある方向へと歩き出した。
歩いて数十分もすれば直ぐに目的地へ到着。
そこは城と呼んでも差し支えのない建造物がある場所。オラリオにて有名処を挙げろと言われれば高確率で挙がるだろう、道化師が主神を務めるファミリアの本拠。
そう。ロキファミリア本拠である。
赤髪は門番へ挨拶をし、勝手知ったるなんとやら。堂々と門を潜り抜けてしまった。
そしてそのまま城へ入りロキの部屋へ一直線。扉を開けて邂逅一番に一言。
「というわけでコレを買い取ってくれ」
魔導書を目の前に掲げて言うのだった。
「……いや、いやいやいや!乙女の部屋にノックも無しに入っていきなりそれはあらへんやろっ!」
ベッドに寝転がっている状態のまま、一瞬停止したあとに言うロキ。その言葉は紛れもない正論であった。
ロキはその後数分間を喚き散らし、途中で正気に戻り深々とため息を吐く。
「……はぁ~~~。そんで?何を買い取ってほしいん?」
「この本だ」
ロキは赤髪が掲げたその本を穴が空くほど見てから仰天した。
「……自分それ魔導書ちゃうんかいな!?」
「多分それだ」
「多分て!何処で手に入れたんやこないなもん!億は下らん代物やで!?」
「フレイヤがくれたんだ」
「あの色ボケ……」
顔を手で覆いながら天を仰いぐロキの心境とは一体。
「まぁええわ。ちょっと待っときぃ。今リヴェリア呼んできたるさかい」
そして自室から出ていくロキ。
数分もしない内にロキファミリア副団長をリヴェリアを伴い戻ってきた。
「事情は聞いた。我々ロキファミリアはダンジョン最深層を目指しているからな。有用な魔導書であるなら買い取ろう」
そう言ってリヴェリアは赤髪から魔導書を受け取った。査定である。魔導書とは一度読むだけで効力を失い白紙に戻ってしまうため、それ相応の者でなければ価値の細かいところまでは分からない。
魔導書。ファルナを授かった者の中から、極稀にレアアビリティ【神秘】もしくは【魔導】のどちらか発現し、かつ極めた者にしか作成が出来ない。
リヴェリアはレベル6にしてレアアビリティ【魔導】を発現している。それもオラリオ及び世界で頂点に立つ魔法使いに相応しい度合いの高さで。魔導書の査定を頼んで間違いはない人選である。
そのリヴェリア。顔を険しくしながら魔導書をおもむろに開いてしまった。凡ミス、というわけではないだろうが、それを見て焦る者もいるわけで。
「ちょっ!?何してんねんリヴェリア!?」
ロキが薄く目を剥いて驚愕した。だがリヴェリアは特に焦ることもなく言い放った。
「慌てるなロキ。この魔導書はとっくに効力を消失している」
「……えっ。ちゅうことはぁ……」
ロキが思い起こすのはフレイヤ。赤髪はフレイヤから魔導を貰ったと言った。そのフレイヤは効力を失った魔導書を渡すような間抜けではない。結果的に目を向ける対象は決まっていた。
「おいシャンクス。ここに来るまでに誰かに読ませたりしたんか?もしくは自分で読んだとか」
「ああ、一度読もうとは思ったんだが……」
「だが?」
「文字が読めなかった」
「……え~、つまり魔導書を開いたっちゅうことか?」
「そうだ」
「けど文字は読めんかったと」
「そうだ」
ロキの酷く残念な者を見る目。ロキにそんな視線を送られるやつがいようとは。
とりあえずロキは視線を切って、顎に手を置いて考えているリヴェリアへ問いかけた。
「……リヴェリア。この場合はどうなるんや?」
「……分からない。文字を読めない者が魔導書を開くなど、恐らく今までになかっただろうからな」
魔導書は最低でも億で取引される。そんな代物を手に入れられるのは財力ある者か、強奪を生業とするものくらい。どちらにしても文字が読めない程の幼子に渡す者など存在しないし、手の届くような場所になど置く筈もない。盲目の者であれば読むことはおろか、文字を認識することも出来ない。
「魔導書は読めば効力を発揮する。それは文字を理解することで発揮されるのか、それとも文字をその瞳で認識するだけで発揮されるのか……。シャンクスの場合は後者の可能性がある。だが効力を発揮しようとして、魔導書に籠められた力が霧散してしまっただけの可能性もある」
「……なるほど。結局のとこ、よう分からへんっちゅうことやな」
「ああ。シャンクスがファルナを宿していれば確認できるのだが……」
「それも不可能やしなぁ」
このオラリオで幾人かの者たちだけが知っている事実。それは赤髪がファルナを刻んでいないということ。世に広く知れ渡ってしまえば混乱を招きかねないが故の隠蔽。
ファミリアに加入せずとも、ファルナを授からずとも、赤髪ほどの高みへ到達できる。それは現在の世の中に真っ向から喧嘩を売っている。人々が神々の元に集い組織化することで、オラリオの人々も神々も金銭面に限らず豊かな生活を送ることが出来ているのだ。オラリオの経済も、ダンジョンの一側面である『資源の宝庫』の恵みを活用しているからこそ、今のように潤滑に回り発展してきたのだ。
この世界にて神々の元に統率されない人々が、神々からファルナを授かることなく、赤髪に少しでも近い高みへと至った場合。間違いなく世界は畝り荒れ狂う。
まるでそう。大海賊時代のように。
そのため赤髪のことについては知らない者が大半。赤髪がうっかり口を滑らさない限りは。……すでに白兎たちに冒険者でないことを言ってしまっているのだが。
幸いなことに彼等が、冒険者ではない=ファルナ授かってない=生身でモンスターに無双、という方程式を導いていないのが救いであろうか。それは未だに、冒険者じゃないけどオラリオの外でファルナは授かってる。という思い込みのお蔭でもある。
この世界ではファルナを授からなければ、人の限界を越えることは出来ない。そんな常識が固定観念として存続する故でもあるのだが。
水が下から上へ流れることはない。誰もが常識として知るそれと同じだ。そしてそれが固定観念である。
……赤髪の世界ではそうでもないのだけれど。
海流が上へと駆け昇るグランドラインの入り口とか。逆流とかそんなレベルではない。頭おかしい。はっきり分かんだね……。
ロキが一つ唸る。
「う~ん……。シャンクスに魔力感じたりとかもあらへん?」
「全く感じないな」
リヴェリア即答である。
「それやったら完璧にお手上げやなぁ」
両手を上に挙げながら言うロキ。リヴェリアも同意しているようで深く頷いた。
ここで赤髪。神妙な顔で口を開く。
「よくは分からんが……この本は売れないということか?」
「せやなぁ」
「そうだな」
頷きが二つ返ってきた。魔導書は既に白紙の一冊と化したのだ。誰にもどうしようもないのである。唯一あるとすれば、レアアビリティ【神秘】か【魔導】を極めた者に新たな魔導書として作り直して貰うことだが、まずそんなボランティア染みたことをしてくれる者はいない。レアアビリティを持っている者が少ないというのに、それを極めた者など更に少ないため、まあまず有り得ない選択肢だ。
そしてロキとリヴェリアはそんな無駄な話をするわけもなく。
悲しい現実に赤髪は目に見えて落胆したのだった。
─────────────────────────────────────
オラリオの外にて見たものは
何故かダンジョンのモンスター
ああ、それだけなら良かったが
ああ、それだけでは終わらない
ギルドは調査に乗り出した
遅きに失した調査によれば
既に生まれた万の軍勢
更に深く探ってみれば
闇が世界に穴を開け
闇は偽りの闇を生み
それが集まり混沌が降る
混沌降るは迷宮都市よ