ごめんなさい。
ごめんなさい(二度目)
赤髪のヤベーやつが事態を把握するらしい。
その日、赤髪が目覚めたのは早朝などとっくに過ぎた時間帯。寝床から身体を起こして、真っ先に感じたのは少しの頭痛。
「……昨夜は飲み過ぎたか」
どうやら性懲りもなく宴を開いていたらしい。金は無くなり二日酔いが残るのみ。赤髪の私生活を知るものが知れば、理解に苦しむ者も多かろう。
しかし海賊とは大なり小なり多かれ少なかれ、後先考えずその日暮らしを好む部分がある。冒険者の方がまだ明日のことを考えているだろう。
「今日はダンジョンに行って金稼ぎか……」
いや赤髪も明日のことを考えているのだろうか。普段の能天気な部分からは考えられないが、有事の際には思慮深さを見せる男だ。可笑しくはあるまい。
「酒を買う金すらないんだ。しょうがないか」
否。ただ明日のことすら考えず宴で散財し、金欠に陥ったことが頭に過ったまで。有事の際に見せる思慮深さは金銭面では見られぬようだ。
男一人宿屋に泊まっている赤髪。手早く準備を済ませれば木戸を開いて部屋を出る。なにやら静かな宿屋。恐らく宿泊客は既に陽の下なのだろう。朝とはいえ働き始めるには少し遅い時間帯なのだ。それも当然だろう。一人納得して宿屋を出ていく。店主たちが居なかったのも気にはなったが、宿泊代金は前払いであったため、まぁいいかと直ぐに頭の片隅へ。
「……?」
街中を進みダンジョンへ向かう途中、周囲を見て首を傾げる。何やら住民たちが慌ただしい。何をそんなに慌てているのか。
少し気になった赤髪は、比較的余裕がありそうな中年の男性へ声をかける。
「少しいいか?」
「ん?ああ構わんが」
どうやら話を聞いてくれるようだ。これ幸いと疑問を投げかける。
「住民たちが慌ただしいようだが、何かあったのか?」
「なんだ、知らんのか。ギルドからのお達しなんだがな、モンスターがオラリオに攻め込もうとしてるらしい」
「なるほど、それでか。様子を見るに中々の大事のようだな」
「はははっ、そう受け取ってんのは若い連中くらいのもんだ。深刻に受け止めるほどでもないさ」
「ほう、そりゃまたどうしてだ?」
「さてはアンタ、最近オラリオに来た口だな?簡単なことさ。今までもオラリオに攻め込もうとする奴等はいたが、みんな冒険者たちに小っ酷くやられてすごすご引き下がってきたんだ。今回も同じだろうよ、人かモンスターかの違いはあるがな」
代表的な例で言えば、過去に五度オラリオへ戦争を仕掛けてきたラキア王国。闘神アレスが統治する国家にしてファミリア。国民は60万人。兵士や軍人は全て
その戦闘員の数はオラリオの抱える冒険者より遥かに上だ。しかし質の面でオラリオの冒険者はアレスファミリアを凌駕する。
オラリオの外ではレベル3にもなれば英雄扱い。とても稀有な存在だ。だがオラリオにはそのレベル3以上が何百何千と存在する。時に数は質に勝る。だが質で勝るオラリオ冒険者たちが徒党を組めば、アレスファミリアは敵となり得ず。いとも簡単に惨敗を喫する結果と成ったのだ。
「ギルドからの避難勧告も、一応って感じだったしな。まあ、あんまり気負うなってことだろうさ」
「そうか。いや悪いな、時間を取らせた。礼をいう」
「おう。アンタも早めに避難しときな。一応、何があるか分からんしな」
そう言い男は歩き去った。言葉通り、余り危機とは感じていない足取りであった。
「…………」
戦争、なのだろうか。
話を聞いただけでは現在の状況を詳細に把握すること叶わない。だがもし戦争ならば、赤髪に良い感情は生まれ得ない。闘争に狂った者か、野望を胸に秘めた者か、若しくは死にたがりでもなければ良い感情など持つ筈もない。
赤髪の脳裏に過るのは、あちらの世界の偉大なる海賊王が残した次世代。いや、次世代となる
食べた者に悪魔の力を授けるという海の果実。その中でも最強と名高い
そして赤髪自身とも縁のある若者だ。偉大なる海賊王から託された麦わら帽子を預けた少年、モンキー・D・ルフィ。火拳のエースとはその兄でもあるのだから。
過去が脳裏を過り、同時に苦い思いも去来する。
だがどんな思いや力があろうと過去を変えることは出来ず。
故に赤髪は直ぐにその記憶も思いも仕舞い込み、目の前の出来事を直視する。
見聞色の覇気。
誰しもが秘めている力。然れど行使できる者は極僅か。その力を持って現況を見据える。
その瞳は何処まで見えているというのか。
見聞色の覇気は才能、もしくは鍛え上げることで多様性を持つようになる。
代表的な例で言えば気配の察知。強力な見聞色の覇気であれば国一つを覆うことも可能になろう。同時に範囲内に存在する者たちの読心を行える。人の身でありながら異生物や無機物の声を聞く者まで存在する。果てには未来を見る者まで現れる始末。
さて、現在の赤髪は何を見聞しているのか。何処まで力の行使が可能であるのか。詳しいところは誰にも分からない。だが今までの経歴や行動から、彼を知る者たちは赤髪が卓越した覇気使いであると察しているだろう。
「……さて、間に合うか」
一つ呟き、赤髪は歩を進め始める。その視線を一意に向ける先はオラリオの中心。ダンジョンであった。
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時は遡り、赤髪の目覚める半日以上も前。
夜もこれからのオラリオにて。
ギルドからの依頼により、とある調査に赴いていた冒険者が帰還した。その調査内容とは『オラリオ外で確認されたダンジョンのモンスター発生原因の調査。及びモンスターの種類と数の確認。後、可能である場合の討伐』であった。勿論のこと調査であるが故、第一優先は情報を得ての帰還である。
ことの始まりはギルドの
その冒険者の話によれば、正確な数は分からないがまるで
ダンジョンにて冒険者に死を覚悟させるほどの大群でモンスターが襲いかかってくる現象、通称『
それを思わせる程のモンスターの大群がオラリオの外にいるのならば、調査及び討伐を迅速に行わなければならない。
そして即日に依頼をレベル4の冒険者へ依頼。そのレベル4の冒険者が帰還したのが、依頼をした日から三日後の夜であったのだ。
帰って来た冒険者は深刻な表情で。まるでこの世の存在ならざるモノを見たような顔で報告をした。
曰く、モンスターは洞窟から発生している模様。
曰く、モンスターが多過ぎて正確な調査をすることは不可能だった。
曰く、モンスターの討伐すらも不可能だった。
曰く、モンスターは現在ダンジョンにて確認されている種類のその多くがいた。
曰く、そのモンスターたちは万の軍勢と化していた。
曰く、明日の昼過ぎにはオラリオへ着いてしまうだろう。
その報告はギルドの誰もが予期せざるもの。所詮はモンスターが数十から百数十ほどだろう、と予想していた職員たちには動揺が隠しきれなかった。
職員たちの想定。ダンジョンの中層を最後まで打破しようと思えばレベル2のステイタスC~Sがあれば可能となる。という観点から見て、ホブゴブリンとゴブリンの群ならばレベル2と3のパーティーで事足りるだろうと考えていた。それもレベル4の冒険者が討伐できずに帰還した場合の話である。依頼の前提としての依頼。ダンジョンのモンスターが何故発生したのかの原因究明。そう考えていた。報告を聞くまでは。
事は有り得ない事態。
今までに無かった事態だ。
どう対応するべきか。決まりきっていた。動揺の中からいち早く理性を持ち直した職員が同僚たちへ声をかけ、そこから迅速に事が運ばれる。先ずすることは全ファミリアの主神と団長を集めた後、情報の共有と対策の立案及び実行である。
現在は夜もまだまだな時間帯。
モンスターがオラリオに着くまで、あと一日もない。無駄に使える時間はゼロだ。ギルド職員もギルドにいた冒険者も、その場にいた全ての者を総動員しての全ファミリアへの伝達が行われた。
そしてその伝達により集まった全ファミリアの主神と団長を交えて開かれた会議。そこで今回起こった事態の規模からギルドは一つの決断を下した。ギルドから全ファミリア及び全冒険者へ、
会議に顔すら出さぬ自分勝手な神々でも、無視は出来ないギルドからの
それはオラリオの存亡さえ左右しかねない事態であるからして。それを察することが出来ぬか、もしくはしようともせぬ神も人も、戦場へと強制的に招集される。
彼等彼女等には情報を持ち帰った主神、若しくは団長から全ての事実が告げられて。戦いへの準備を至急整えることになる。
市民にはギルドより一部を伏せての事実が告げられて。昼までの避難が無理往生に近い形で推奨された。
時は刻一刻と迫り来る。
どれだけ準備を整えられたかに関わらず。
事態の理解がどれだけ出来たかに関わらず。
奴等はこの地にやって来る。
混沌がオラリオへ、訪れる。