こっそり投稿させて頂きます。
side白兎
今、オラリオ中で宴が開かれている。主役はいない。ただただ生きていることを噛み締めて、皆がひたすらに馬鹿騒ぎ。何も考えずに心の向くまま、気の向くままにお酒を煽り、友と語らい、笑い声を響かせる。
誰もが生きていることに歓喜していた。
そして誰もが、伝説をこの目で見たと確信し、現実だというのに夢を魅せられていた。僕もその内の一人。シャンクスさんは誰も至ったことのない高みにいる。なのにそれを見ても誰も絶望していない。諦めていない。
俺もいつかあそこへ行くぞ。私もいつかあの場所へ行くんだ。
誰もにそう想わせる。シャンクスさんは本当に、何処までも不思議な人だ。そして誰よりも凄い人。
僕が思うに。みんなシャンクスさんに憧れていて。でも英雄のようには感じていないんだと思う。近所に住んでる親しいおじさんが、いつのまにか子供たちに夢を抱かせているような。
親しい友と語りあって、その人と同じ景色が見たいと思ってしまうような。そんな感じがするなぁ。
だから尚更にシャンクスさんは凄いのだと、ふと気付くんだ。……僕もいつか────。
脳裏にはシャンクスさんと竜との戦いが甦る。百万というとてつもない数のモンスターたちを喰らった強大な竜と、たった一人の赤髪の男性との戦いが。
無我夢中で戦い続けた中で、僕はいつの間にかレベル5へ至っていた。この身に宿った力は大きい筈なのに、それでも目を凝らしてやっと影が追える程だった。
何度もぶつかり合っていることを示す大音響が聞こえるのに、姿が確りと見えたのは最後だけだったんだ。
恐らく僕の追えた黒い影は、何度もぶつかり合う中で一瞬だけ立ち止まった時のものなんだろう。幾つもの音が重なったかのように聞こえたり、連続して聞こえてきてたけど、姿を見れないくらいの速さで動いていれば納得できちゃったよ。
その音っていうのも金属同士をぶつけ合うかのような音だった。それだけ竜は硬かったんだ。けどそれを倒しちゃったシャンクスさんはもうね。不壊属性の武器だって斬れちゃいそうだよね。
最後の一撃。あれは本当に冗談でもなんでもなく、この世に受け止められるものなんか存在しないって、僕は思ってるんだ。
距離を開けて竜とシャンクスさんが立ち止まって。周囲は地面が砕けて、斬られて、抉られて、吹き飛ばされていた。嵐なんて目じゃない凄惨さだった。
けど誰もそんなことは気にしなかった。傷だらけの竜が力を溜め始めたんだ。竜が僕たちに向けて放ったようなブレスを、シャンクスさんを倒すためだけに。
この時、僕たち冒険者は寒気を覚えた。竜は僕たちに本気なんか微塵も出しちゃいなかったんだ。小石を弾く程の力しか使っちゃいなかったんだ。現に竜の溜めた力は、その波動だけで僕たちを立てなくした。大気を何度も鳴動させて、それだけで冒険者たちは地面にしがみつくことしか出来なかったんだ。
僕はなんとか目を開いてシャンクスさんに目を向けた。多少の傷を負っているようだったけど、竜と比べればどちらが優勢なのかは明白だった。
世界が壊れちゃうんじゃないか。そう思うほどに荒れ狂う大気の中でも、シャンクスさんの大きな背中は頼もしかった。全く萎縮もしていなければ、気負っているようでもなかった。皆が憧れてしまう背中。それはシャンクスさんの揺らがない在り方と同じなんだ。なんだか僕は嬉しくなってしまった。竜はとても怖いのに、シャンクスさんを見てると嬉しくなって、不思議な一時を体験した。
だってシャンクスさんが負けるところなんて想像出来なかったんだ。多分、みんなも同じ。負けるところなんて想像出来なくて、みんなが憧れる背中。それってほら──────英雄譚の英雄と、同じなんだ!
憧れは憧れじゃなかった。夢は夢じゃなかった!憧れも夢も、確かに現実に存在するんだ!英雄譚は存在するんだ!英雄は確かに存在するんだ!
神話の怪物だって存在するけど、それを打ち破る存在がいるんだ。僕たちが小さな頃に夢想して抱いた想いは、強く強く僕たちの心に甦った。僕たちが寝物語で心躍らせた憧憬は、深く深く瞳の奥へと刻み込まれた。
世界を滅ぼす一撃が放たれて、シャンクスさんは剣を頭上へ構えた。
世界を滅ぼす一撃が目前に迫って、シャンクスさんは気付けば剣を降り下ろしていた。
全身全霊、間違いなく本気で剣を振るったんだろう体勢。その結果は劇的だった。
視界を覆い尽くす程のブレスが、縦に切り裂かれて霧散していく。竜はブレスを放ったとき、反動で吹き飛ばされないよう地面を深く掴んでいた。だから気付いたときには避けることなんて出来なかったんだ。
剣から生み出された斬撃が、竜の正中線を通り過ぎて行く。そのまま背後の平地を裂きながら進み、山を真っ二つに割りながら視界の外へ。恐らく山の向こう側も同じような光景が続いているんだろうと思う。
それを見届けながらも、僕は竜を視界に捉え続けた。竜はシャンクスさんを恐ろしい眼光で睨み付けながらも、その足はガクガクと震えている。震えは段々と大きくなり、遂には地面へと膝をついた。そしてその衝撃によってか、竜の漆黒の鱗に線が入る。
───竜の眼光が、消えた。
グシャリと耳に響く音。竜は二つの身体と成り果てた。……静寂が耳に痛い。耳鳴りがするような気がした。皆が目の前の光景を信じられなかった。シャンクスさんのことは信じていたのに、それでも戦争が終わったことは半信半疑だった。
誰かがポツリと漏らす。
「勝った……んだよな……?」
自信なさげな言葉だった。けれど目の前の光景はそうとしか捉えようがない。ジワジワと勝利の実感が広がっていく。最初は小さな小波だったものが、次第に大きな津波のように皆の心情をガラリと変えた。
それからは大歓声。ついで戦の後処理もせずに宴を開くことに。あれよあれよと決まった流れに反対する者など居なかった。今はただ生きていることを全力で感じていたい。そんな思いが一人一人からヒシヒシと伝わってきた。
そして現在。
大きな木の枠組みを設置し、そこに火が点されて完成したキャンプファイアがそこかしこで行われている。周囲には大人数が集まっていて、そこには酒を片手に、幾人かと肩を組んで躍るシャンクスさんの姿も見える。
僕が今いるオラリオの広場の中心には、あの竜の魔石が存在感を放っていて、その大きさは人頭ほどもある大きさだ。皆は戦の後処理はせずとも、今日の戦果とも言えるソレを確りと持ってきたようだ。
黒い輝きを放つ魔石。今まで見たことない大きさの魔石。それが存在するだけであの戦いは現実にあったんだと確信できて、胸には不思議な高揚感と歓喜が湧いてくる。
「ベルくん、お疲れ様」
声が掛けられたことで魔石から目を離す。横にはいつの間にか神様が立っていた。
「神様もお疲れ様です。隣、どうぞ」
「うん、ありがとう。お邪魔するよ。……お節介かもしれないけれど、皆には会ってこなくていいのかい?」
「はい、もう少しこうしていたいので。それに今は、神様と二人きりでいたいです」
ビクリと神様の肩が震えた気がした。どうしたんだろう……?何か変なこと言ったかな。
「僕たちのファミリアは最初、神様と僕だけでした。でも今になって、何故だか無性に懐かしくて……。二人でいるとその時のこと思い出してしまって」
広場の隅で賑やかな宴をボーっと眺めてそう言えば、神様はなぜか落ち込みながらも言葉を返してくれた。
「そうだね。全部ベルくんのおかげだよ。ありがとう、ベルくん。……二人きりだったときのことはね、ボクも懐かしいんだ。今のファミリアも好きだけど、二人きりだった頃のファミリアも好きだったからね。だからさ、ベルくん」
「なんですか、神様?」
「ボクは!いつでも二人きりになる覚悟ができてるぜ!」
「アハハ、神様にそんな思いはさせません。これからももっと頑張って強くなります。ファミリアだって大きくできるよう頑張りますから!待っててください!神様!」
「」
「あれ?神様?どうしたんですか?神様?神様?」
神様が何故か白目で寝始めちゃったみたいだ。取り敢えず起きるまで待ってた方がいいのかな。
「ハァ……ベルくんは本当にベルくんだね」
「あれ、寝てなかったんですか、神様?」
「当たり前だろう!全く君ってやつは!」
あれ、なんで僕が怒られてるんだろう。たまに分からないことで怒られるから慣れてはいるんだけど……。
「まぁいい。これも君が生きていてくれてるからこそ出来るやり取りなワケだしね。……本当に、生きていてくれてありがとう、ベルくん。君は今回の戦いでは大金星だった。ボクは君を誇りに思うよ」
「神様……」
モンスターとの戦のことを言っているのはすぐに分かった。正直言って自分でも生きていることが不思議なくらいだけど、神様にそう言われるとなんだかウルッときてしまった。
「ありがとうございます、神様。でも僕なんてまだまだです。レベル5になって、ちょっとだけ強くなった気でいたんですけど、シャンクスさんを見てやっぱりまだまだだなって思いましたし。他にも凄い活躍をしてる人も多くて、本当に僕なんて……」
「あー……ベルくん。一応言っておくけど、その子とだけは比べちゃいけないぜ」
「……?シャンクスさんとですか?」
「うん、そうだよ。彼はね、周囲を凄く威圧したり、気絶させたり、直接触れずに敵を吹き飛ばしたり。そんな力をつかうだろう?あれ、魔法じゃないんだ。威圧するときなんかは、神々が神威を発するときにとても似ているよ」
「えっ、と。……シャンクスさんは実は神様なんですか?」
「いや違うよ。確かに人の子さ。でも、うーん、なんて言ったらいいのかな。彼は人の可能性を極めた人っていうか、神に一番近い場所にいるというか。今回の件も、ダンジョンが神のような人の気配に反応しちゃったのかもしれないぜ。そんなことがあるのか知らないけど、頻繁にダンジョンへ出入りしてたんだろう?彼はさ」
そういえば、言われてみればそうかもしれない。神様たちが
生物は動けなくなるし、気絶してしまうことも多い。その力は大気を伝って、周囲の非生物さえ震えさせていたような気がする。ダンジョンに潜るときに、シャンクスさんは一緒に潜らないかとよく誘ってくれるようになったけれど、その中で見た何度かのその光景。神に一番近い人。なんとなく分かるかもしれない。というかあの自由奔放さは神様たちにとてもよく似ている。
ダンジョンでもそれは変わらなくて、ダンジョンが怒って攻めてきた、とか言われてもちょっと頷けちゃうというか……。
考えてしまうとちょっと際限がないかもしれないな……。ここら辺で打ち切っておこう。シャンクスさんを悪く言いたくない。それにいくら考えても予想でしかないんだし、今は置いといてもいいよね。
そうして顔を上げたとき、その声は聞こえてきた。
「お前らァァァ!!!!飲んでるかァァァ!!!!」
シャンクスさんの声だ。神様と一緒に聞こえてきた方向を向けば、木組みの上に登って酒を掲げながら声を張っている。
「今日まで世話になったなッ!!俺はそろそろ海へ戻るッ!!!!」
えっ……?思わず声を漏らしてしまう。
いきなりあんなことを言い出したシャンクスさん。相当酔ってるみたいだけれど、本気で言っているんだろうか?
いやシャンクスさんを止めても話を聞いてくれないだろうけれど。……そっか。シャンクスさんは今まで、海を跨いで生きてきたって言ってた。なら海へ出るのはしょうがないことなんだ。それはつまり、オラリオから居なくなってしまうということで。………賑やかを取り越して、お祭り騒ぎみたいな毎日は、もう無くなってしまうのかなぁ……。
そうだったとしても、残った時間を大切にしよう。あと少しくらいはある筈の時間を、悔いのないものにしよう。
僕は静寂を感じる心に言い聞かせた。
この次の日から、シャンクスを見た人はいない。
そして、その数日後のことだ。
オラリオからシャンクスさんが居なくなった一報が、この街中を駆け巡っていた。