赤髪のヤベーやつが美の神に誘われるらしい。
その発端はオラリオ最強との邂逅から始まった。
今日も今日とて宴を開くつもりであった赤髪は、金が底をついたとふと気付く。ならばならば。今日は白兎たちを連れ回して冒険ついでの金稼ぎ。と行こうと思ったのも束の間で。
目の前に、オラリオ唯一のレベル7。
「よおオッタル。悪いが酒はないぞ。というか金がない」
「俺がいつ酒を飲みに来た。毎回貴様が巻き込んでいるだけだろう。俺の意思で宴に参加したことなど一度もない」
「なら今日は何の用で来たんだ?」
「フレイヤ様が貴様をお呼びだ。たまには一緒に酒でも、と」
「ほお、そりゃいい。俺もたまには、神様の馳走に預かるか」
「……着いてこい」
赤髪は、フレイヤに集るような面持ちだ。猛者の慧眼はそれを一瞬で見抜いた。しかしこれが初めてのことではない。既に数回は過ぎたこと。猛者が何を言ってもこの赤髪、態度は一向に直らなかった。
瞳を閉じて振り返り、見て見ぬ振りして歩き出す。フレイヤ大好き猛者オッタル。この男にこんな真似を出来るのは、世界広しと言えども赤髪のみ。
そして赤髪は着いていく。その足取りは軽やかで、とてもオラリオ最強に着いていき、更にはオラリオをロキファミリアと二分する最大級ファミリアが主神フレイヤと会うなど、その能天気な面貌から誰が想像出来ようか。
猛者と赤髪が通りを進む。
目指すはオラリオの中心地。そう言っても過言ではないバベルである。
世界でオラリオのみが有するダンジョンの、その大穴を塞ぐための建造物。この世界にて最も地より離れており、最も空に近い塔。50階からなる摩天楼の施設である。
このバベル。ギルドが保有しているものの、20階から上階全てはオラリオ在住、かつ有力ファミリアの主神たちが住居として使用している。
そして最上階、バベル50階層。そこに今回、赤髪を呼ぶため遣わした猛者を有するファミリアが主神。美の女神フレイヤが住んでいる。
オッタルの後を追い歩き続けた赤髪。その足が遂に止まる。辿り着いたのだ。バベル最上階。
フレイヤの居城へ。
「久し振りね、シャンクス」
「久し振りだな、フレイヤ」
邂逅一番、穏やかな挨拶。
フレイヤは赤髪を招き入れ、優雅に椅子へと誘導する。部屋の中には猛者。そして神々随一の美貌を纏う美の女神。その二人を前にして泰然自若とした様相で椅子へと座る赤髪は、流石は四皇と言えるだろう。
美の女神フレイヤ。
神々随一の美貌で持って。
「うふふ……。気付いていたんでしょう?私が貴方を見ていたこと」
「そりゃあれだけ穴が空くほど見られてたんだ。誰だって気付くさ」
「あら、でもそんなに気にしてないように見えるわ」
「見られることには慣れてる」
「ふふ。そういう器が広くて深いところ、好きよ」
フレイヤの視線は熱を持ち、赤髪へと注がれる。幾多の男を落としたそれを、しかし赤髪は気にしていない。大胆なのか鈍感なのか。よもや若気なわけでもあるまいに。
おもむろにフレイヤは立ち上がり、直ぐ側に用意していたグラスとボトルを持ってくる。そしてボトルを傾けグラスの中へ。中を満たしていた液体が、並々と移し入れられた。
「私が手ずからお酒を灌いであげるなんて、貴方以外にはしないのよ?」
「ほう、なら俺は相当恵まれてるらしい」
クスリと笑い、熱視線はそのままに。
「貴方が私のものになれば、全てを与えてあげるわ。貴方の望む全てを。今の恵みなんて襤褸切れ同然に感じる程に」
安い殺し文句だ。フレイヤ自身がそう思う。
しかし神の全て。
それは人にとって如何程の殺し文句になろうか。フレイヤの御眼鏡に叶わなければ、金も、貢物も、地位も、いくら積み上げようと無駄に終わる。神の全て処か、その一端さえ手に触れることは叶わない。
「悪いな。欲しいモノは自分の手で掴み取りたい性分なんだ」
それを赤髪はバッサリと。少しの逡巡すら見せずに断った。フレイヤはそれを予見していたのか、残念がる素振りを全く見せない。
「残念だわ」
口ではそう言うフレイヤが、コトリと二つのグラスを置く。
「さあ飲みましょう。貴方のために良いお酒を用意しておいたの」
「おお!そりゃありがたい!」
先の殺し文句より上機嫌な反応。どうやら赤髪にとって、旨い酒とはそれほど嬉しいことらしい。美の女神よりも自身の好きな酒を取る。なんと赤髪らしい選択か。
キンッ。
グラス同士が当たることで小気味良い音が鳴る。それが始まりの合図である。グラスをクッと傾けて、口内へ酒を含めば目を見開く。
「こりゃあ旨い……!」
「でしょう?あまり市場には出回らないお酒なのだけど、喜んで貰えたようで嬉しいわ」
「確かに、こんな酒は初めて飲んだ。一体なんて名前の酒なんだ?」
「神様のお酒。名を
「神々の酒か……通りで旨いわけだ」
貴重な神酒をどんどん飲み進める赤髪。その姿を見つめ続けるフレイヤ。その口元を微笑が彩る。
この神酒。実を言えば、断じて只の人が飲める代物ではない。
一口飲めば、忽ち廃人同然となってしまう。
魅力的で魅惑的。抗うことは赦されず。しかし酒故、酔いはいつか醒めていく。また欲しくなり手に入れる。どんな手を使っても手に入れる。そして飲んでは深みに嵌まる。脱け出せぬ泥沼に、その全身が浸かりきるまで。
だがどうだ。この赤髪は神酒に抗える領域、レベル5でも6でもなく。それどころか
フレイヤは試したのだ。
この赤髪を隠れて見続け、その実力が計り知れないことを知った。その精神の折れず曲がらぬ気高さを知った。
ならば次は、その魂。
今もフレイヤの瞳に映る、赤く燃え上がるその魂。まるで太陽のごとく燃え上がり、日光のように光輝くその魂。
誰もを見守り、誰もを殺す。穏やかなのに、然れど激しく。暖かいのに、然れど冷たく。
フレイヤが初めて目にした魂。
全ての矛盾を包み込んだかのような。だというのに、そこに矛盾はなく。あるのは人の生の中で培ったであろう調和。
欲しい。欲しい欲しい欲しい!
試したい。試したい試したい試したい!
二つの感情が織り成すフレイヤの心境。しかしそれも遂先程に変化した。
”ああ、やっぱり。
気付けばフレイヤの美貌は恍惚とした表情に様変わり。
それに気付かず、神酒を煽り続ける赤髪は上機嫌であるようだ。美の女神フレイヤの、見たものを欲情させてしまうであろうその表情。悲しきかな、赤髪の眼中には全くない。
どれほどの時間が経ったのか。ふと赤髪の手が止まる。
「悪いことをしたな。貴重な酒を飲み干してしまったみたいだ。すまん」
どうやら神酒が無くなったよう。ボトルの中の一滴まで、全てが赤髪の胃の中だ。
その時にはフレイヤの美貌も元に戻り、何もなかったかのように口を動かす。
「構わないわ。貴方のために用意したお酒ですもの」
ねえ、それよりも。フレイヤは続けて言う。
「貴方、魔法に興味はあるかしら?」
「魔法……?そういえばこっちじゃそんな代物があるんだったな」
酒がいい具合に回ってきたのか、少し赤らめた顔で赤髪は唸りながらも魔法について考える。がよく考えれば赤髪。其れなりの期間をこちらの世界で過ごしたというのに、それほどの種類を見たことがなかった。真っ先に頭に浮かぶのが白兎の使っていたファイアボルトという魔法。あれが最初に見た魔法であった。その他は剣姫のエアリアルという魔法が印象深いか。
なるほど。
自身で魔法が使えれば、それはとても面白そうだ。だが戦闘では使えない。何故ならば剣で切った方が早いから。風はいいにしても、火の玉を出す程度なら正直キャンプファイヤーくらいでしか使い道がない。いやお前マジか。
結論。
「興味はあるが……。そうだな、酒を無限に生み出す魔法があれば欲しいもんだ」
冗談っぽく笑って言う赤髪。出たのはなんとも俗っぽい魔法へと願い。いや、それよりも酷いかもしれない。酒を無限に生み出すって、そりゃあ飲兵衛にはたまらないだろうが、もう少し何かなかったのか。
「ふふ。そんな魔法があったら面白いわね。でもその魔法、覚えられると言ったらどうするかしら?」
「おいおい、本当にそんな魔法があるのか」
自分で言っておいてなんだが、赤髪は少し呆れてしまった。
「少しだけ待っていてちょうだい」
椅子から立ったフレイヤが、部屋に備え付けられている本棚へと向かう。そこには隅から隅まで本が並べられている。
その中から一冊を抜き出し、フレイヤは赤髪の目の前に本を置いた。
「これも貴方へ贈りたかったのよ。読むことで魔法の習得が可能になる“魔導書《グリモア》。これはその中でも最上位のものよ。読むことで貴方の想いや願いに直結する魔法を得られるの」
本来ならばフレイヤは、言葉を胸の内に秘める。暗躍することで自身の望む状況を作り出す。というように直接的に動くことは少ない。例で言えば、白兎を自身の望む英雄へと仕立て上げるために裏で動いていることか。しかし赤髪にそれをしないのは何故か。赤髪の在り方が原因と言えるだろう。
既に英雄の領域にある風格、実力、精神性、魂。フレイヤの手駒では思い通りになどならないだろう。故にフレイヤが動く。フレイヤ自身で手に入れ、赤髪を更に高みへ。この魔導書もそのために。
「ほお、そんなモノがあるのか」
赤髪は目の前に置かれた本を見る。
欲しいモノは自分の手で掴みたい。そんな想いはある。だが魔法。それが自身に使えるようになるという。というよりも、酒を無限に産み出せるようになるかもしれないという。
別に魔法自体に執着はない。どちらかと言えば酒が欲しいとは思っている。しかしなんというか、拘りがないと言うべきか。魔法は興味があるだけで欲しいとは思っておらず、酒も自身で手に入れることができる。第一に宴が好きな赤髪は、一人で飲むより大勢で飲むことを好む。一人で飲む高級酒より、皆で飲む安酒の方が旨いのだ。
そこでふと気付いた。
この魔導書とやらを読むことで、魔法を習得できるという。その魔法は自身の想いや願いに直結したものになるという。ならばこの魔導書にて習得した魔法により、元の世界へ帰ることが可能ではないのか?
約束を交わした少年の待つ海へ。仲間たちの待つ船へ。
帰ることが可能となる魔法を得られるのでは?
赤髪自身、なぜこの世界へ迷いこむことになったのか判然としないものの。それでもどうにかして帰らなければと考えていた。
「……試してみるか」
手を伸ばし、魔導書を開いた。
パラリ、パラリ。紙を捲る音のみが、部屋の中に反響する。
フレイヤと猛者は、魔導書から目を離さぬ赤髪へ視線を注いでいる。一体どのような魔法を発現させるのか。先の冗談通り、酒を無限に生み出す魔法か。もしくはもっと別の魔法か。想望の篭った視線である。
暫しの時間が経ち、赤髪は顔を上げる。
そしてゆっくりと、口を開いた。
「言うのをすっかり忘れていた」
「……?……一体なにかしら?」
首を傾げる美の女神フレイヤ。その美貌でそんな仕草をすれば、異性の心を掴んで離さないだろう。しかし赤髪、そんなことなど意にも介さず。
不思議そうなフレイヤへ、赤髪は堂々と言い放った。
「俺は文字が読めないんだった」
寒風が、吹いたようだった……。
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駆け込む一人の冒険者
ギルドへ情報を渡すため
それはオラリオへ帰還した
冒険者は焦りながらも捲し立てる
とあるものを私は見たのだ
何故かは知らぬが奴等がいたのだ
あれはダンジョンのモンスター
そして穴が世界に開いていた