棚坂兄弟と始まる地獄
キリトから逃走を図り、成功した後。俺たち兄弟はフィールドでレベル上げをしていた。
モンスターの突進を軽くいなしながらふと時計を見ると、時刻は5時25分。
「よっ……と。兄貴ー、そろそろ終わりにして、一旦詩乃の飯でも食いにいく?」
「あー、そうだなぁ……。うん、そうするとするか……よっ、と……手応えなさ過ぎてつまらなくなってきたしっな!」
片手剣ソードスキル《レイジスパイク》を敵モブである青イノシシに叩き込み、ポリゴン片にさせながら兄に問いかける。
短剣を突き立て、敵を倒しながら兄はそれに同意し、一度落ちることにした。
右手を軽く下に降り、ウインドウを開く。
横長の長方形をしたウインドウには本来、メニューの一番下に、《LOG OUT》と言うボタンがあり、それを押せばログアウトできる–––筈だった。
「……あれ?」
「……お前もか?」
ログアウトボタンが–––なかった。
二人の時間が丸々数秒止まり、そしてまた動き出した。
「GMコールは?」
兄の言葉に少し時間を置いてから黙って首を横に振る。
「手応えなし……か。どうするんだこれ?」
「うーん、詩乃が『何してたのよ‼︎』ってブチ切れて小一時間ほど説教されるのが目に見えてんだよな」
「確かに……。ただでさえあいつだけ当たらなかったってのに加えてずっと戻ってこなかったらキレるだろうなぁ。
それにしても、開発運営元の《アーガス》も、珍しいミスするよな」
「ああ。いつもはユーザー重視で信用を売ってきたってのに、本当に珍しい」
ぐちぐち文句を言っていた、そこに。
リンゴーン、リンゴーンと、鐘のような、あるいは警報音のような、大ボリュームのサウンドが鳴り響いた。
「「⁉︎」」
驚き、飛び上がった瞬間、俺たちの体をブルーな光の柱が包み込んだ。
これは移動用アイテム、《転移結晶》を使用すれば見える光で、ベータテスターである俺はその光をなんども目にしていた。
しかし、アイテムを握ってもいないのに転移が起きた。
何かが起こった。
そう咄嗟に感じ取った俺はその瞬間、転移させられた。
石畳や、街路樹。そして正面遠くに見える宮殿。
見間違えるはずがない。そこは《はじまりの街》中心広場だった。
「一体何が起きたんだ……?」
兄貴が呟く。
どーなってんだよ……と腰に片手を当ててもう片方の手で頭をかきながら空を仰いだとき、100メートルほど上空に突如真紅の市松模様が発生し、空を染め上げていった。
「兄貴‼︎」
俺の呼びかけに兄も空を見上げ、口笛を鳴らした。
「まるでエヴァみたいだな」
「あー、そーだな。『第1種戦闘配置……』って感じだなぁ……うわ、なぁんか出てきたぁ」
その“なんか”とは、身長20メートルはある、真紅のフード付きローブをまとった巨大な顔のない人の姿だった。
それはベータテスト時代によく見た、ゲームマスターが来ていた服そのものだった。
プレイヤーのざわめきを制するかのように右腕、左腕の順で動き、そして喋り出した。
『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』
あ……?私の世界?
その言葉に兄の眉がピクリと動く。
「私の世界……Ahh, that's what you mean.あいつ、茅場晶彦か」
相変わらずの理解力です、お兄様。
眉をひそめる兄の呟きが他のプレイヤーにも聞こえたのか、他のプレイヤーにざわめきが広がっていく。
『私の名は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』
俺はものすごく嫌な予感がした。脳裏によぎった最悪の予感。まるで漫画の展開のような、現実にされたら最悪という言葉では足りないその予感が外れることを祈りつつ、その先の話を聞いた。
さて、先に言おう。
俺の予感は的中することとなった。
茅場晶彦が言ったことを簡単にまとめると。
ログアウトできないけど、それはSAO本来の仕様である。
ナーヴギアの強制停止、解除をした場合、内部のバッテリーから発せられる高出力マイクロウェーブで脳みそがチンされる。
HP0になってもチンされる。
……と言った具合か。
「死ねばいいのに」
「チッ、I think so, too.」
と、茅場への恨み言を呟いているうちに、茅場からアイテムの支給があった。
なんだ、手鏡……?
その瞬間、俺は青白い光に包まれた。
「「ふぁ⁉︎」」
間抜けな声を兄弟揃ってあげつつ、光が収まってお互いを見ると……。
「?あれ、いつ……タナトス、お前若返った?」
「今リアルで呼びかけたよな……。
兄貴こそ、なんか見慣れた感じになってっけど……」
ふむ、と俺たち兄弟は人差し指を側頭部に持って行き、くるくると回しだす。
ポク、ポク、ポク、チーン。
「「あれ、これリアルの顔じゃん」」
だから今本名で呼びかけたのか。
お互いリアルとそこまで変わってないせいであまり驚いていないが周りはすごいことになっている。まさに阿鼻叫喚。
というか、男女比まで変わっている。ああ、あの人あの歳で女装する羽目になるなんて、可哀想に。
茅場が何か言っているがあえて聞かないことにする。どうせくだらないことだ。
何か重要なことは兄貴が覚えていてくれるだろうし。
そう、全く関係ないのだけれど兄貴はいつもいつも本当に助けてもらっている。
もともと頭が切れることもあってか、教えるのが本当にうまい。教育学部に入ってからはさらに教えるのが上手くなった。おかげで詩乃と俺は学年主席はいつも堅かった。
……おや、詩乃のことを思い出したら胸の奥から熱い何かが目頭の方へこみ上げて……。
–––閑話休題。
俺は高まった感情を抑えながら10000人の怒声と絶叫をBGMに、
***
「どーしてあんなことがあったのにこんなに普通にメッセージを送れるんダ?タナ坊」
俺に話しかけてくるのは金髪で頰に鼠のようなペイントをした女子、アルゴだ。
「あんただって普通に来れてんじゃん、アルゴちん」
「というかタナトスも、おにーさんもあまりリアルと変わんないんだな」
自分の姿にげんなりした様子のキリトがそう俺たちに言ってくる。
確かにキリトはベータテストから見ていたあの男前なイケメンから中性的なイケメンに変わっている。イケメンなんだからいいじゃんよ。
二人の知り合いとはこの二人のことだ。
「あのーキリト……なんとなーくおめぇに付いてきたんだが……どういう状況なんだ?これ?」
バンダナを巻いた野武士面の青年がキリトに問いかける。
「ああ、あんたはあの時のビギナーさんか。
おけぃ、自己紹介といきましょ。
俺はタナトス。ベータテスターだ」
ゆる〜い自己紹介を俺がする。それに続くように他の3人も次々に自己紹介をしていく。
「オレっちはアルゴ。ベータテスターで情報屋をやってル」
「一応俺も、改めて……キリトだ。ベータテスター。こいつらとはベータテストからの付き合いだ」
「俺の名はPoH。たまに英語が出るが気にしないでくれ。何か相談事があったらいつでも乗るからな」
「あ、ご丁寧にどうも……」
こいつ、社会人だな。手が一瞬名刺入れが入ってあるだろうポケットに手が伸びかけてた。
野武士面は続ける。
「俺はクライン。よろしくな」
自己紹介が終わったところで、俺は本題に入る。
「さて……アルゴちんもといアルゴ、ベータテストとの違いはどのくらい見つかってる?」
「アルゴちん呼びがむず痒くなったのカ?……まあいいヤ。んデ、違いだナ?まぁ、確認できているだけでもそこそこあるナ。けどまだまだ情報は足りなイ。こと、このデスゲームになった今ではナ」
「……よし、俺と兄貴が寝る間を惜しんでこれから情報収集アンドレベル上げがてら探索に出る。
キリト、お前はどーせ一人でレベル上げすんだろ?
俺たちの分のアニールブレード取ってこい、2本ずつな」
「は?ちょっとま」
「クラインさん、あなたは他に一緒にやっている方は?」
キリトを華麗に無視し、クラインに問いかける。敬語なのは年上と判断したからだ。
アルゴは分からん。とりあえずタメとして扱っている。
「おう、あと何人かいるな」
「分かりました。その友達に夜の間は出ないように注意を入れといてください。危ないんで」
そこで兄が加えて言う。
「それに加えて、もしヤケになって自殺しそうになっているプレイヤーがいたら止めてくれ。ついでに半狂乱になってフィールドに出ようとする奴も。
他にも、『今ベータテスターがフィールドを駆け回って情報を集めている。安全に狩りが出来る方法が見つかるまで取り敢えず無闇矢鱈にフィールドに出るのはやめたほうがいい』と、伝えておいてくれ」
クラインは伝言を暗唱したあと、ドン、と胸を叩き、
「任せてくれ‼︎」
と言った。こういう頼り甲斐があり、人の懐に簡単に入り込める人材がいてくれるのは助かるな。
「よし、キリト、頼むわ。大変だろーけど、こういうことで一番頼りになんのお前だからさ。
あと、アルゴちん、無理をしない程度にお前も頼む。基本は俺たちが情報収集する。お前はまとめよろしくな」
「了解」
「もちろんダ」
「よし、解散‼︎」
俺たちば別々の方へ散らばっていく。
フィールドに向かう途中、俺は少し気になったことを兄に問いかけた。
「なぁ、兄貴。クラインさんに任せたあの伝言、なんの意味があるんだ?」
「それはだな、ああやってベータテスターの株を少しでも上げておけば少しでもビギナーとの溝を埋められるかな、と思ってな。
間違いなくこのゲーム、序盤はベータテスターのが有利だろう?
だから軋轢を生まないように、だな」
兄のその考えに俺は納得したと同時に何故思い至らなかった、と若干悔しくもあった。
俺たちはデスゲームに臆さず、飛び込んでいった。
***
それから一週間ほど、殆ど飲まず食わず、不眠不休でアルゴに整理のための情報を送りながらレベル上げも並行して頑張った結果、俺は5日目あたりから記憶がさっぱりと抜け落ちていた。
気がつけば俺はしっかり7日目まで仕事をした後、まる1日眠り続けていたらしい。
「あぁタナ坊、目覚めたんだナ」
アルゴが明らかにホッとした様子でこちらを見る。その表情に一瞬心配以外のものがよぎった気がする。
「……キリト、俺何したんだ?」
「……」
ふっと目をそらすキリト。
そこで兄に目を向けると。
「ど、どうしたのかな?我が弟よ?」
本当に何があった。
と、そこで自分の格好の違和感に気がついた。
「あれ、兄貴。この猫耳フード付きパーカー何?」
俺が着ていたのは今までつけていたはじまりの街で購入した軽装ではなく、猫耳付きの黒いパーカーという出で立ちだった。
防御力はかなり優秀。第4、5層辺りまでならなんとか使えそうだ。
「あぁそれ?6日目あたりかな、『なんか猫を探して欲しいっていう子供NPCの依頼を30秒でこなしたらなんか特別にもらった』って
「ら、
……あえてもう一度言おう。
本当に何があったんだ?
ちなみに日本人は4徹が最長記録らしいですね。