時刻は5時を少し回った頃。冬が来た東京のこじんまりしたアパートで、樹は目覚ましの音もなく目をさます。
一つ伸びをすると布団から起き上がり、兄に挨拶をする。
「っくあ〜。はよ、兄貴」
キッチンから顔を覗かせる兄ことヴァサゴ。
「おう、今日の弁当当番お前なんだからさっさと予習やるぞ」
棚坂家の朝は早い。
学生3人暮らし(正確には1人は半同棲だが)のため、どんなに前日遅く起きていようと6時には起床。1時間ほどヴァサゴ指導のもと予習をしつつ、朝食はヴァサゴが作る。弁当は3人分、交代で作る。今日は樹の日である。
きっかり1時間後、玄関のドアが開き、予習でわからなかったところをヴァサゴに聞くために参考書片手の詩乃が学生服を着て顔を見せる。
「おはよ」
「うぃー」
「おはよう」
それぞれ挨拶をしてヴァサゴの作った朝ごはんの並べられた食卓に座る。
ヴァサゴは料理を覚え始めたのが日本に来てからなので意外にも和食が得意である。
本日は味噌汁、納豆ごはん、さんまの塩焼き、小松菜の和え物である。
「相変わらず顔に似合わず和食得意ですよね」
「こればっかりは父さんと母さんに感謝だな」
「別に俺が作ってもいいんだがねぇ」
因みに樹の得意料理は洋食である。中でも洋菓子はかなりの腕で、かなり美味しい。
「お前は高校生なんだから勉強しとけ。大学はまだマシだから」
「へいへい」
朝の団欒もいつも通り和やかに、学校へ向かう詩乃と樹。今日はヴァサゴの大学は午後からだ。
「そうだ、今日は送ってってよ」
「えー。……構わんが、なら遅れらんないし、そこそこ飛ばすぞ?」
「やった!」
樹の自転車の後ろに座りながら小さくガッツポーズを取る詩乃。
樹はたまにはいいかと思いつつ自転車を漕ぎだす。
天気は快晴。すっかり冷たくなった朝の風を受けつつ、学校へ向かう。
「詩乃、学校はどうだ?」
「うん、まだ絡んでくるやつらはいるけど、前までひどくはないよ。……あんたらのおかげでね」
若干の皮肉に苦笑を浮かべる樹。
それは詩乃を樹たちが救ってから少しして。未だになくならない詩乃へのいじめに対し、棚坂兄弟がいじめっ子たちを完膚なきまでにボコボコにした事件である。
どのくらいやばかったかと言うと、通報を受けた警官もついでにボコボコにする勢いで。
「いやー、あの時はすごかった。逃げてる時、振り返るたんびに追っ手が増えていったんだもの」
「いや、覆面して中学生をボコボコにする男なんて見たらそりゃ厳戒態勢にもなるわよ」
「でも、あれ以降なくなったろ?」
「私がヤバい組織の中枢って噂はできたけどね」
「…………まぁ、必要経費?」
「んなわけないでしょ!」
そう言い合っているうちに詩乃の学校前まで着く。
校門前で詩乃を降ろすと、何人かの生徒が一気に挨拶していく。
「あ!棚坂センパーイ!」
「おーす」
呼びかけられた声ににこやかに返す樹。ちなみにここは母校でもなんでもない。
たまに詩乃を送るようになり、ついでに中学生と交流するうちについたあだ名が『センパイ』なのである。
因みに樹のおかげで(下世話だが)詩乃に新しく友達が少しながらできたりしている。
「じゃ、俺も行くわ」
「ええ、いってらっしゃい。…………あ、ごめん。時間」
「え?……わわっ!やばっ!」
とんでもないスピードで自転車を動かし、あっという間に見えなくなった樹を見送り、学校に入る。
「ねぇ、朝田さん。棚坂センパイ、いい加減気づいた?」
「……ダメよ、きっと可愛い妹程度にしか思ってないわ」
そんな会話があったそうな。
***
「棚坂。遅刻の言い訳は?」
樹の通う高校で、現在樹はクラスメイトの視線のもと、床に正座させられている。
「好きな女の子へアタックしてて遅れました」
キリッ、とある種のかっこよさを漂わせながらサムズアップを決める樹。
担任はため息をつく。
「正直でよろしい。あとで職員室な」
「のおおお…………」
「恋せよ少年。お兄さんには言わないでおいてやるから」
「いええす!」
現金なやつ……というクラスメイトの視線ももろともせず、ガッツポーズをする樹。
連絡に関してはヴァサゴに知らせた結果、正門あたりでボロ雑巾にされている樹が目撃されて以来、よっぽどの問題を引き起こさない限り家には連絡しないというのが教師の間の不文律となっている。
樹本人も、不良とは言え聞き分けはそれなりにいいし、こういう風に機嫌がいいと教師陣も助かるというものである。
尤も、その当時は樹もやり返していたため、巻き込まれた人間は多数いたことは言うまでもない。
そしてそれを見て樹の友達が減ったのも言うまでもない。
***
代わり映えのしない退屈な授業を終えると船を漕いでいた樹は席からさっさと立ち上がり、身支度を整える。
もともと彼は部活に入っていないため、割と早く帰れる人間である。今日は特にバイトもないので自転車を押しつつのんびり帰る。
いつもなら自転車に乗ってさっさと帰るところだが、今日は最近はまっているソーシャルゲームのガチャで好きなキャラのピックアップ。加えて今回から確率が上がるとのことで魔法のカードを買うべく近くのコンビニに寄るのだ。
と、そこでコンビニに見慣れた少女を見つける。
「詩乃」
片手を上げて挨拶すると彼女は微笑んで樹と同様片手をあげる。
「ああ、やっぱり来たのね。あんた、あのゲームハマってたから。きっとまた課金するんでしょ」
「ご名答」
「ヴァサゴさんに怒られるわよ?」
「いーんだよ、兄貴はもっと確率辛いのやってるんだから」
詩乃の言葉に肩をすくめつつ、コンビニに入り、手早くカードを取るとレジに並ぶ。
それなりに並んでいたので詩乃に向き直る。
「なんか欲しいのあったら奢るぜ?そのくらいの甲斐性はあるつもりだが」
「あら、いいの?じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうわね」
詩乃は即断即決でコンビニスイーツを樹に渡すと一緒に並ぶ。
樹は彼女のこう言うところが本当に助かると常日頃思っている。
もともとドライと言うかあまり物事に頓着しない性格の樹と詩乃はある意味似た者同士なのかもしれない。
無事買い終えるとのんびり自転車を押しつつ、2人は並んで帰る。
樹は空を見上げると、ポツりとこぼす。
「いやー、今日はいい天気だねぇ……」
会話の話題に困ったわけではない。
ただ今日の雲ひとつない空を見て、ふとこぼれたのだ。
「そうね……。あ、そうだ。今日の晩御飯なんだけど」
「お?スーパー寄るか」
察しのいい樹に詩乃はくすりと笑うとそうね、と答えた。
「今日は鍋よ?」
「お、マジ?いいねぇ、鍋は冬の代名詞だよ」
「こたつとかも欲しいわね」
「だなぁ……」
その並んで談笑する2人の歩く姿は微笑ましく、そして心の底から幸せそうであった。
しかし。
その時は、2人は思いもしていなかった。
この変えがたい日々が、奪われるなんて。
運命の日まで、あと少し。
ほのぼのをほぼ初めて書いてみたのですが、やはりこういうほのぼのメインの二次創作もいずれ書いてみたいと思う今日この頃です。
バンドリとか、そういうのも面白いなぁ、なんて妄想を膨らませつつない文才を振り絞りました。
……モカ、当たらなかったなぁ……。
感想、評価等いただければ幸いです。
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