ちょっと今回あまり時間が取れず短めです。申し訳ないです。
翌日の朝、アスナに叩き起こされた。
「き、キリト君、キリト君ってば!」
「……おはよ。どうかした?」
まだ覚醒しきっていない頭で目をこじ開け、アスナのベッドへ向かう。
彼女の体越しに少女を覗き込むと、少女がハミングをしていた。
「歌ってる……⁉︎」
「う、うん……ね、起きて……目を、覚まして」
アスナが優しく揺するとハミングが止まり、少女がゆっくりと目を覚ました。
「あ……う……」
少女の声は儚く、美しい響きでだった。アスナは少女を抱いたまま体を起こし、声をかけた。
「……よかった、目が覚めたのね。自分がどうなったか、わかる?」
少女は首を振る。
名前を問う。
少女は首をかしげると、
「ゆ……い。ゆい。それが、なまえ……」
「ユイちゃんか。いい名前ね。私はアスナ。この人はキリトよ」
「あ……うな。き……と」
たどたどしい発音だった。
少女は見た目は少なくとも8歳前後。しかし少女──ユイの発音は、まるで物心ついたばかりの幼児のようだった。
心的外傷後の幼児退行。
真っ先に浮かんだ可能性はそれだったが、まずは彼女から何か聞き出せないか試す。
が、ユイはアスナのなぜ22層にいたかの質問、両親に関する質問に対し、わからないと返してきた。
まさか両親は──
最悪の可能性が頭をよぎる。
ユイをアスナが抱き上げて食卓の椅子に座らせている間に俺が手早く温めて甘くしたミルクを作り、ユイに勧める。
受け取ったユイは少しずつ飲み始めた。
そこから少し離れたところで俺とアスナで意見を交換することにした。
「ね、キリト君。どう思う……?」
「記憶がないのに加えて、あの様子だと……」
精神になにかしらの負荷がかかったらしい。退行するほどの、なにかが。
アスナの顔が今にも泣きそうな、悲痛なものになる。
「この世界ではたくさんひどいことがあったけど……こんなの……残酷すぎる」
俺も一瞬、顔が歪むがアスナの肩に手をかけながら優しく言い聞かせる。
「大丈夫だ、アスナ。俺たちにも何かやれることはあるよ」
「そう、だね」
俺は食卓に向かい、ユイの横に座ると明るい調子で話しかける。
「やあ、ユイちゃん。……ユイって呼んでいい?」
ユイはこくりと頷く。
「そっか。じゃあ、ユイも俺のこと、キリトって呼んでくれ。呼びやすい呼び方があったら、それでいいけど」
「きいと、きいと……むー……」
呂律の回らない舌で何度か俺の名前を呼んだのち、ユイは長い時間考え込みはじめた。
空になったカップをアスナが取り上げ、ミルクを満たして目の前においても動じない。
すると。
「……パパ」
ついでアスナをみて。
「あうなは……ママ」
それは本当の両親と間違えているのか、リアルにいる両親に重ねているのかあるいは──いや、きっと彼女の両親、または親代わりはどこかにいるだろう。俺たちはそれを探し出すだけだ。
アスナは何かが込み上げてくるのを全力で押さえつけ、そして微笑みとともに頷いた。
「そうだよ……ママだよ、ユイちゃん」
今まで生気を感じさせなかった人形のような顔に光が戻ったように見えた。
その姿を見て俺は決意を新たにする。
「アスナ、おにーさんを訪ねよう。タナトスやアルゴは流石に呼べないけど、ノーチラスやユナもいるし」
俺は朗らかに笑うと、
「俺たちは、1人じゃない」
アスナはあっけにとられたのち、「ママ?」と無邪気に尋ねるユイを抱きしめる。
「──変わったね、キリト君」
「まぁな。じゃ、ご飯食べたら行こうか」
食いしん坊なところは変わってないんだね、と笑うアスナにうるさいと反論しつつ、俺たち3人は同じ食卓についた。
***
「で、ユイが俺の食べてる激辛のサンドイッチを真似して食べてなぁ」「キリト」
「それがとっても可愛らしくて」「惚気も娘自慢もいい加減にしろよぶっ殺すぞ!」
起こったことを一から十まで懇切丁寧に話したところ、主に最初と最後がおにーさんの逆鱗に触れたらしい。
ふーっ、ふーっ、と肩で息をするおにーさんに首を傾げて問いかける。
「彼女作れば?」
「出来りゃ文句はねぇよ!俺のモテ具合はクラインとどっこいどっこいでなぁ、この前もいつ──タナトスに弄られたばっかなんだよ!」
「嘘つけイケメンだし絶対モテてるだろ……まぁいいや、そういえば今日はタナトス来てるのな」
「?ああ、多分すぐ戻るよ。じゃないと俺たちの評判落ちるしな。血盟騎士団や聖龍連合に期待できない今、俺たちが攻略組の舵取りをしてかなきゃならないから大変らしい」
落ち着きを取り戻したおにーさんは冷静になって話した。
流石にここでタナトスの手助けは借りれないらしい。
話もひと段落ついたので、ホームの広間に戻ると、ユイが安楽椅子を揺らしながら眠りについていた。
「疲れちゃったみたい」
戻って来た俺たちに気がついたアスナは俺に声をかける。
タナトスたちは既に攻略に戻ったようだ。無理をしないことを願うばかりだが。
メールで『手伝えなくてすまない』ときたがせっかく俺たちのために頑張ってくれているのに謝るのはお門違いだろ、と返信しておいた。
眠るユイに毛布をかけてやると俺たち全員は席につく。
そこは会議用の円卓だ。
タナトスとおにーさんが「やっぱり会議といえば円卓だよな!」と、珍しく子供らしい意見を出したのが俺とノーチラスが大賛成して採用された形となっている。
「ユイちゃんのことだけど、試しにメニューを振って出してもらったところ、名前じゃなくてバグみたいなのが出てて、よく分からなかったんだ」
「アスナ、キリト、いいか?……Thanks……⁉︎」
「おにーさん?」
ユイの手を操作してプレイヤーネームを目にしておにーさんの眉がピクリと動く。
「いや、まさかな。何でもない。……やはり親を探すのが一番だろう。でもこんな子22層では見たことないからな」
おにーさんの言葉の意味を理解した上で俺は続ける。
「ユイの装備的にも普段からフィールドに出てたとは考えにくい。ならやっぱり行くしかないと思う」
おにーさんは顔をしかめる。事情を知っているのか、ノーチラスやユナも微妙な顔だ。
「……今あそこは不安定なところになってる。あそこを統治してる《軍》の穏健派のリーダーの行方がつかめなくなっていて、近々調査班を極秘で送ることも考えていたんだが……」
「いきましょう。それがユイちゃんのためにきっとなるから」
アスナの言葉におにーさんは長いため息をするとノーチラスとユナに顔を向けたのち、俺たちに向き直る。
「わかった、ただし俺とノーチラスとユナもついて行く。危険なことがないことを祈りつつ、行こう。『はじまりの街』に」
キリトの精神的成長がよくわかる回となりました。このキリトはぼっちでも黒猫団を失ってもいないので他人の大切さを理解して頼ることができる人になっています。