ソードアート・オンライン〜戦闘狂兄弟が行く〜   作:赤茶犬

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今回は第三者視点です。



ファミリーと《ファミリー》

 

 

黒鉄宮地下迷宮最深部の安全エリアに集まった《ファミリー》。

ユリエールとシンカーには先に脱出してもらったため、ここには身内しかいない。

 

「どういうことなんだ、おにーさん……」

 

キリトは困惑していた。

どうしてユイに人間のようだ、といった発言をするのか。

 

それじゃあまるで……。

 

「はい……PoHさ、いえ、おにーさんの言う通りです。──キリトさん、アスナさん。全て、説明します」

 

その丁寧な言葉で何かが終わってしまったかのような悲しい確信を得た。

ユイの言葉が、ゆっくりと流れ始めた。

 

「ソードアート・オンライン。この世界は、一つのシステムによって制御されています。名前は《カーディナル》、それが、この世界のバランスを自らの判断で制御しているのです。システム設計者は、茅場晶彦、そして、棚坂ヴァサゴ……おにーさんです」

 

衝撃が《ファミリー》を走り抜けた。

即座にPoHは訂正を入れる。

 

「正確には、茅場のみだ。《棚坂グループ》の代表として派遣された際に俺がそのなかのひとつに意見を加えただけだ。手は一切加えてないしそもそもただの人工知能だろう程度にしか考えてなかったからな。ユイのプレイヤー名見たときびっくりしたわ」

 

《棚坂グループ》。それを聞いたアスナが目を見開いた。

 

「それって、アーガスの大スポンサーじゃない!」

 

「そ。基本的には離れて暮らしてるおれたちの金銭的支援は最低限なくせにこう言うことにはきっちり出してくる嫌な親たちだよ」

 

「そのおかげで詩乃に会えたんだからまんざらでもないくせに」

 

やかましい、と兄の頭を叩くタナトス。

 

「彼女の本来の名前は《メンタルヘルス・カウンセリングプログラム》、MHCP0001、コードネーム《Yui》だ。ちなみに俺が手を出した分野はここだ」

 

「プログラム……?AIだって言うの……?」

 

掠れた声で問いかけるアスナに、ユイは悲しそうな笑顔のまま頷いた。

 

「記憶がなかったのは、正式サービスが始まると同時に、カーディナルが予定にない命令、私にプレイヤーとの干渉禁止を言い渡し、私がやむなくプレイヤーたちのメンタルのモニタリングのみを続けたことが始まりでした」

 

「……あの時は、地獄だった」

 

ポツリとこぼしたノーチラスの言葉にユイは沈痛な表情を浮かべる。

当時はユナを守ろうと決意することすら時間がかかった。加えて体が動かなくなることも多かったのだ。

 

「ほとんど全てのプレイヤーたちは恐怖に満ち、わずかに動くプレイヤーたちでさえまともな状態ではなかったのです」

 

「んーまぁ……否定はしない」

 

タナトスはあの時、お調子風に振舞っていたが、本当は詩乃が心配で仕方ない。詩乃に会いたくて不安だった。戻れないかもしれないと言う疑心にとらわれないように修羅場慣れしてしまっている兄と共に行動して普段通り振舞えていたのだ。

 

「私はそんなプレイヤーたちを助けたかった。けれどそれはできず、私はエラーを重ねていき、崩壊していきました……」

 

誰も言葉が出ない。

 

「ですがある日、他のプレイヤーたちと大きく異なるメンタルパラメータを持つ層を見つけました。多くのプレイヤー、しかも子供といってもいい年齢のプレイヤーが安らぐその層に、喜び、安らぎ……。でもそれだけじゃない、今まで見たことのない脳波パターンを発見した私はあの2人のそばに行きたい、そう考えるようになり、そして2人のホームから一番近いシステムコンソールから実体化して、彷徨いました」

 

「それが、あの22層の森……」

 

「キリトさん、アスナさん……私、ずっとお二人に会いたかった……。森の中で、あなたたちに会った時、すごく、嬉しかった……。そんなことあり得ないのに……。わたしは、ただの、プログラムなのに……」

 

その時、すぱぁん、と言う音がした。

 

キリトが手加減してではあるが、ユイの頭をかるくはたいたのだ。

 

「っ……」

 

「キリトくん⁉︎」

 

「……パパだ」

 

「……え?」

 

目を丸くするユイに、キリトは屈み込み、彼女と目線を合わせる。

 

「ユイはAIなのかもしれない。だけどな、んなもん知るか。君は俺とアスナの娘で、うちのギルドの癒し担当だ。……だからさ、そんな悲しいこと言うなよ。ユイは、本物の知性を持っているんだから」

 

その言葉に、涙をためたアスナはユイに駆け寄り、抱きしめる。

 

「ユイちゃん、あなたの望みはなに?あなたはもう、ただのプログラムじゃないもの。自分の望みを、口に出せるはずだよ……?」

 

 

「ユイちゃん、あなたの望みはなにかな?」

 

 

柔らかく、そして暖かな言葉が紡がれる。

 

 

「わたし……わたしは……」

 

ユイは、その細い腕でアスナを目一杯に抱きしめる。

 

「ずっと、パパとママと、《ファミリー》のみなさんと、一緒にいたいです……‼︎」

 

その言葉にもう女性陣は限界だった。

 

サチ、シリカ、ユナ、アルゴでさえも涙を流しながらユイを抱きしめる。

もみくちゃにされるユイだが、その顔は歓喜の涙であふれていた。

 

黒猫団の男性陣も心打たれたのか、涙を浮かべているものもいる。

 

しかし、現実は非情なのだ。

 

「……ユイ。あとどのくらいこの世界に居られる?」

 

PoHは知っていたのだ。

 

このダンジョンの安全地帯に置かれている黒い立方体が、ただの装飾品ではないことを。

 

「…………ああ、そゆことか」

 

タナトスも思い当たったのか、鋭く黒い立方体を睨む。

ユイは悲しそうに目を伏せ、そして部屋の中央に置かれている黒い立方体を小さな手で指差した。

 

「先程おにーさんに吹き飛ばされた時に体勢を立て直すために私は偶然あの石に触れて、そして記憶を取り戻したんです。あれは、GMがシステムに緊急アクセスするために設置されたコンソールなんです」

 

ユイの言葉になんらかの命令が込められていたのか、黒い石に吸う方の光の筋が走り、表面に青白いホロキーボードが浮かび上がった。

 

「さっきのボスモンスターも、ここにプレイヤーを近づけないようにするためだと思います。本来なら倒すことは叶わないので私がモンスターを消去しようとしたのですが、おにーさんに止められました。これで少しだけ時間が稼げますが……」

 

どのみち時間はないのだ。

ユイがシステムに触れたことによりエラー訂正プログラムで破損した言語プログラムの復元は行えたが、それによりカーディナルがユイのデータに注目してしまったということ。

間も無くユイは異物と認識され、消去されてしまうだろう。

 

それが正しいかのように、ユイの体が光に包まれ始める。

 

「……すまないが俺は対人関係専門でな。タナトスも肉体労働派だし。人間の感情に精通していたからこそ、MHCPに口出せたんだ。機械工学系は………あ」

 

兄弟は同じ方向を向いた。自然に全員の視線がそこに集まる。

 

「……え?」

 

そこにいたのは工学系においてのみ、PoHをも超える知識を持つ機械オタクがいた。

 

「キリト、GMアカ使ってシステムに割り込め」

 

タナトスのその言葉で全てを理解したキリトは黒いコンソールに飛びついた。

表示されているホロキーボードを素早く叩く。アスナも、アルゴも、ノーチラスも、ユナも、あっけにとられた。

 

それを理解していたのは兄弟以外はユイのみだった。

 

タナトスは少しずつ体が粒子化してきているユイの頭を優しく撫でると、

 

「お前は消えないよ。あの男が許すはずないだろう?お前はあの実直バカ(キリト)の娘なんだからな」

 

キーを乱打するキリトを見ながら呟く。

そしてキリトの眼前にぶんと音を立てて巨大なウインドウが出現した。

 

「……なあ兄貴。あいつほんとに学生?システムにハッキングしてデータのコピーどころか抜き出してるんですけど」

 

「いやー、あいつただの厨二イキリオタクじゃなかったんだなぁ」

 

作業が佳境に入っているのにもかかわらず、呑気な兄弟を睨むアスナ。

その直後、キリトがいくつかのコマンドを入力した直後、小さなプログレスバー窓が現れ、横線が端まで到達する。

するとコンソールが青白く輝き、破裂音とともにキリトが吹き飛ばされた。同時に、ユイの体も消える。

 

「き、キリト君⁉︎……ユイちゃん⁉︎」

 

慌ててキリトににじり寄るアスナ。

消えた際の粒子は再びキリトの手で集まり、大きな涙の形をしたクリスタルに姿を変える。

 

「こ、これは……?」

 

「ユイが起動した管理者権限にを使ってシステムにアクセスしてユイのプログラム本体を抜き出した。このゲームがクリアしても一緒に居られるように、オブジェクト化してクライアントプログラムの環境データの一部として俺のナーヴギアのローカルメモリに保存されるようになっている」

 

「ねぇノーくん、あれどういうこと?」

 

横文字が多すぎて理解できないユナに説明を加えるノーチラス。

 

要はこのSAOのデータをハッキングして盗んだ、ということだ。

 

「人聞きの悪い言い方なんだが、まぁそういうことだ。展開させるのはちょっと骨が折れるけど、(金銭的な意味で)そこは問題ないだろ?おにーさん」

 

いたずらっぽく笑うキリトにPoHは長いため息をつくと笑って、

 

Of course(もちろん)

 

「じゃ、じゃあ……!」

 

喜びに顔を輝かせるアスナ。

 

「ああ……向こうでまた会えるよ。俺たちの、初めての子供に」

 

アスナは、2人の胸の間で輝くクリスタルを見下ろした。

 

『ママ、頑張って……』

 

耳の奥に、かすかにそんな声が聞こえた気がした。

 

 

***

 

 

「まさかこんなに早く75層の攻略戦が始まるとはなぁ」

 

《ファミリー》がダンジョンから脱出した翌日の夜、ヒースクリフから75層のボスモンスター攻略戦の参加を依頼する内容のメッセージが届いた。

 

「まぁ俺が第1層のときの次くらいの頑張りを見せたからな」

 

項垂れるキリトに声をかけるタナトス。

ギルドホームに戻ったメンバーはそれぞれ大量に失った資材の補給を余儀なくされている。

ヒースクリフに2日ほど待ってもらい、その間に塾の仕事の引き継ぎ、並びに《軍》から賠償金を大量に巻き上げておいた。

おかげで赤字どころか黒字なのはご愛嬌。

 

「まだ1週間ちょっとなのに……」

 

ファミリーは血盟騎士団のせいでエースを危うく失いかけた過去があるため、今回の依頼を断ることもできたろう。

しかし、メッセージにあった「すでに被害が出ている」という一文で彼らは参加を決めた。

 

「……今回はかなりの激戦が予想される。お前ら、覚悟はいいな。……行くぞ」

 

リズベット武具店から武器の補充を済ませてきたPoHの号令で扉を開ける。

 

冬の気配が色濃くなった冷たい朝の空気の中へと俺たちは足を踏み出した。





今回で心の温度編は終了です。次回は幕間、多分おにーさんが主役です。

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