完結です。
こちらは同時投稿の2話目となっております。まだ1話目を読んでいない方はそちらを先にお読みください。
アインクラッドは完全に崩れ落ちていった。
茅場も消え、もはや残された時間は少ない。
俺たちはそれぞれ顔を見合わせ、頷く。
俺と兄貴は後ろを向く。キリトとアスナはキスをする。
──彼らはバカップルだもの。だいたいなにしたいかわかる。
そして暫くして。
「さてさてお二人さん。一時的にお別れな訳だ。しかし、ここで永遠のお別れじゃ物足りないだろう?」
兄は離れた2人と何事もなかったかのように肩を組む。
「もう時間ないから、さっさと本名教えろ。あと年齢と、どこらへんに住んでるかもついでにな」
そこまでいうと兄は俺の隣に並び、自己紹介を始めた。
「まずは俺から。棚坂ヴァサゴ、22歳だ。東京で樹と二人暮らししてる。実家は神奈川」
「歳くったなぁ兄貴。……棚坂樹、18歳だ」
俺たちの自己紹介を聞いた2人はわずかに戸惑った顔をした。
うん、確かに、別の名前で別の生活を送っていたのが遥か昔のように感じるのだろう。
割とプライベートな話をしていたファミリーといえど、本名までは詳しく明かしていないし、何より詩乃のことをペラペラ喋っていた俺ですらなんだか違和感を感じるほどだ。
当然ながら詩乃との日々に帰りたい気持ちはあるが帰れるとなると実感が湧かない。
本名を言う。
その意味をしっかりと理解して、キリトからその名を口に出していく。
「桐ヶ谷……桐ヶ谷和人。16歳だ。埼玉県に住んでる」
それを聞いてアスナはちょっと複雑そうに笑う。
年下かー。と笑っていた。
キリト、いや和人は大人びているから意外に思ったのだろう。
「私はね、結城、明日菜。17歳です。東京都住みです」
2人の本名を聞いて、失われたかと思った時間の針が蘇って動き出した。そんな気がする。
ようやく俺たちは日常に帰れる。
きっと和人は妹さんと仲直りできるように頑張って、明日菜はお母さんと分かり合えるように頑張るのだろう。
兄はどこかの学校に就職して、俺も大学かどっかに進学して詩乃と楽しく生活していく。
そう思うとあれ、なんだか目頭が熱くなる。
「あぁなんか泣ける……なんでだこれ」
「ふふっそうだねキリトくん、じゃないや、和人くん」
「結城さん……あの結城さんかぁ!いやー和人こっからが大変だろうなぁ。お母さん厳格そうだったしなぁ」
「ヒェッ」
結城母と面識のある俺の言葉に和人がみるみる青くなる。
「ちょ、ちょっと!タナああ違う、樹くん!いや、さん?」
「くんでいいっての。あー、俺たち学校とかどうするんだろうなぁ。あ、俺のバイクちゃんと母さんとかメンテしといてくれてるかなぁ?大学受験とかどうするんだろう?」
「やめて!現実に帰る前に現実を押し付けないで!」
和人が悲鳴をあげる。
それを見て明日菜も兄も楽しそうに笑う。
俺たちに湿っぽい別れは不要だ。
そして4人でニヤリと笑って、拳を突き合わせる。
これからの人生はきっと今まででは想像できないほどに笑顔に溢れるだろう。
そんな
だから俺たちが交わす言葉は決して別れの言葉なんかじゃない。
「「「「It's show time」」」」
***
「……」
空気を感じた。
ああ、なんだか懐かしい匂いだ。喧嘩後とかによく嗅いだ、消毒液の匂いだ。
跳ね起きようと思ったのだが、体はピクリともしない。
耳をすませて見ると、わずかに聞こえる機械の駆動音。低いうなり声、空調装置だろうか。
そうか、やはりここはアインクラッドではないのだな。
いかなる鍛治職人だろうと機械は作れない。馬鹿みたいだが、そうやって俺はここが現実世界だと理解した。
全身に力が入らない。体が重い。
それでも頑張って首を持ち上げようとすると頭を固定されていることに気がついた。
ゆっくりと両手を動かし、硬質のハーネスを解除する。
なんだか重いものをかぶっているがそれでも頑張って首を持ち上げる。
そしてゆっくりと目を開けるとそこには彼女がいた。
俺の病室の花瓶の水を換えている少女。
俺の愛しい人、朝田詩乃。
少し女っぽくなったか?幼さがなくなってさらに美人度が増してるなぁ。
「……はよ、……の」
2年も喋らなければさすがに声も出なくなるか。
それでも声は詩乃に届いた。
「────え?」
花瓶を置いた詩乃はこちらを見てピシリと固まる。状況が理解できないのだろうか。
『なんだよ、樹さんのおかえりだぜ?』
『会いたかったよ、詩乃』
頭の中では色んな言葉が浮かんでくるけど言葉にならない。
やっとこさ体を起こし、へらっ、と笑って見せる。
詩乃は涙を浮かべて俺に抱きついてくる。
涙を浮かべながら俺のナーヴギアを外し、頰に手を当てて何度も頷いている。
「ったくもう、全然、笑えてないわよっバカ……」
表情筋も固まったかぁ。
「ふっ……わる、いな……晩め、し……食べそこ……ねて……」
それは詩乃との最後の会話。
よく覚えてるその話を出した詩乃はくすりと笑って見せる。
耳に入ってくるラジオの歌が本当にこちらの世界に帰ってきたんだなという感慨を浮かべさせる。
偶然か必然か、母の影響で何度か聞いたことのある曲だった。
「また作ってあげるわよ」
「そりゃ、嬉しー……なぁ……」
このゲームに囚われてから、もう3度目の冬。
あいかわらずそばにいてくれる同じ笑顔。
「私は、あんたのバイクにまた乗ってどっか行きたいかな」
「お、いいねぇ……リハビリ、頑張ら……なきゃな」
あの頃バイクで飛ばしたあちらこちらへの道。
今はこうやって病室の中から出られないけど、また君と出かけたい。
「なぁ、詩乃……」
「なぁに?」
詩乃を離して、彼女の目をしっかり見ると。
紡がれる3文字。
「好きだ」
アイシテルのサイン。
「っ……もう、ムードもへったくれもあったもんじゃないわね」
「んだよ……2年間もの……眠り、から覚めた。……これ以上のムー、ドがあるかい?」
きっと。
何年たってもこうして変わらぬ気持ちで過ごしていけるんだろうなぁ。
「あなたとなら、どこまでもいけそうな気がするわ」
ああ、俺も、君とだから。
「私も、大好きよ、樹」
あなたと思い描く未来予想図は──。
「ふふっ、ああ、幸せだなぁ……」
ほら、思った通りに叶えられていく。
***
『あいつら……俺のこと忘れてやがるな?』
兄弟なら、そりゃ病室も同じですよね。
ヴァサゴは、その重たい体を動かして、病室のカーテンをわずかに動かしたところで抱擁→告白→再度抱擁→キスまでしっかり目に焼き付けてしまった。
『なんだか、妬ましいやら嬉しいやら複雑な気持ちだぜ』
ふっと微笑む。
『おめでとう、2人とも』
声に出さないで2人を祝福するヴァサゴ。
その姿に、かつての人の不幸を願ったスラムの少年の姿はなく、1人の兄がそこにあった。
というわけで閲覧、お気に入りや評価してくださった皆様、ありがとうございました。
今回でこの『ソードアート・オンライン〜戦闘狂兄弟が行く〜』は完結となります。
続きは別の小説を作るか、それともこれの続きを投稿するかまだ未定でですが、とりあえず予定は未定ということでお願いします(とくにALOとかぶっちゃけタナトスたちの入る余地が少なすぎる)。
こうやって一つの小説を完結まで持って行けるなんて初めは思ってませんでしたし、ここまで小説書くの面白いとは思いませんでした。
ひっどい駄文を晒して黒歴史を残したかもしれませんが、今自分はとても達成感に満ちています。
繰り返しになりますが、今まで読んでくださった皆様、そして評価、感想、お気に入り登録してくださった皆様、本当にありがとうございました!