やっぱりみんなには生きててほしいよね。
「ったく兄貴のやつ、人をまるで槍投げかってくらいの勢いで投げやがって」
俺がブツブツぶつけた首をさすりながら–––尤も、痛みはないのだが–––言いながら歩いていると、どこかで聞いたことのある声が聞こえてきた。
それは第1層で聞いた、とても綺麗な歌声だった。
「この歌声は……」
俺は声のする方に足を運ぶことにした。
そこにいたのは歌を歌っている少女と、それに耳を傾けている俺の知り合いの血盟騎士団団員の少年だった。
満月の下、歌う少女の姿はとても美しいものだった。整った顔立ちと美しいその声に少女を見ている彼も俺も、半分見とれているようなものだった。
すると突然。
ゾクリ、と。
突然背中に詩乃の絶対零度のジト目が刺さったような気がして俺は後ろを振り返りながら正気に戻る。当然、誰もいなかった。
……怖えよ、詩乃。
自分の片思いの相手の行く先に不安を感じながらも、正気に戻った俺はその知り合いに話しかける。
「よう、ノーチラス。久しいな」
するとその話しかけた知り合いの少年はこちらを見て若干驚いたような顔をしてからほおを緩める。
「あ、タナトス君か。そういえば最近攻略会議で見ないね。こんな下層にいたんだ」
そんな彼の言葉に肩をすくめる。
「まぁ野暮用でな」
彼の名はノーチラスといい、剣の腕は血盟騎士団の中でもかなりのレベルなのだが、アバターに理性よりも生存本能が優先して伝達され、強敵を相手にすると足が竦んでしまうフルダイブ不適合症を患っていたため、攻略組を外されてしまっていたのだ。だからこんな下層にいるのだろう。
彼と交流がある理由としては、“ノーチラス”という名前にジュールベルヌの本が好きである俺が反応したからだった。
残念ながら、海底二万マイルは結局関係無かった。
すると少女も歌うのをやめてこちらにきた。
ちょっと惜しいことをしたかな、と思わせるほど彼女の歌声は美しかった。
「えー君の知り合い?」
少女は優しい表情をした可愛らしい子だった。と言っても会話の内容からリアルの友達、幼馴染としてノーチラスと同じ年、16歳だろうか。
と言うよりえー君て誰だ。ノーチラスの本名なのか。
するとノーチラスは俺の予想通りの紹介をした。
「今はノーチラスだよ。彼女はユナ。僕のリアルの幼馴染だね」
それが《歌姫》ユナとの出会いだった。
聞くところによると彼女は範囲内全てのプレイヤーにバフを掛ける《吟唱》スキルの保有者で、スキルレベルをを上げるためによく歌っていたらしい。
「いやー、第1層で君の歌声聴いてさ、会いたかったんだよね」
「そうなんだ!ありがとう!」
まるでアイドルのような受け答え。しかしその答えは素の反応なのだろう。すごく笑顔が眩しい。また背中に視線が刺さった気がした。
「にしても《吟唱》スキルか……俺もギター弾くために《音楽》スキル自体は取ってるけど、初めて見るなぁ、それ使うプレイヤー」
するとユナは俺がギターを弾くことに食いついてきたのか、今度一緒にライブしようと言ってくる。
ぼっちには色々と難易度が高いのと攻略組、主にクラインの風林火山の連中やアスナやアルゴに見つかったら確実に噂になるので断ったが。
「むー……」
「はは、悪いな。……そうだ、お前ら、ウチくる?飯くらいならご馳走するよ?家でなら多少セッションくらいならできるだろうし」
***
ホームに帰り、軽い夕食を作って上げると、なぜかユナに悔しがられた。聞くと女子力負けた、とのこと。
ノーチラスが冗談交じりに顔も女子っぽいしな、と言ってきたので軽く殴っといた。
「次ふざけたこと抜かしたらクラインってあだ名つけてやる」
「ごめんなさい」
よろしい。
「それにしてもすごい美味しいよね、これ」
ノーチラスが料理を食べながら俺に言う。
「まぁ、マスターこそまだまだしてはいないがこれまでの間に出来る限り自炊してたからな。当然のスキル熟練度だ」
そこでユナがぽそりと「えー君も家庭的な子の方がきっと好きになるよね、頑張らなくちゃ」と言ったのがかすかに聞こえたので俺は迷わず燃料と言う名の爆弾を投下する。
「で、二人付き合ってるの?」
案の定大爆発。そこからが非常に面白かった。
顔を真っ赤にしたかと思うと両手をあわあわと振り出して否定。
俺が「お互いのことは嫌い?」と聞くと即答で「好きだけどっ!」ってお互いに返したものだから今度はお互いにあわあわ。
もう顔はゆでダコのように真っ赤。完全にラブコメと化している。
初いなぁ。お兄さんニヤニヤが止まらないことですのよ。同い年だけど。
とりあえず一時間後くらいに鎮火はしておいた。
***
「とりあえずこの客間2つを使って寝泊まりしてくれ」
「ありがとね」
ユナは笑みを浮かべて感謝を表す。俺はそれに手をヒラヒラ振って返す。
「ん、構わんよ。ノーチラス、明日はフィールドにでも出るか?兄貴とキリトが今ちょっと不在でな、アルゴもいないし暇なんだ」
「……うん、迷惑かけるかもしれないけど、宜しく」
ノーチラスは少し暗い顔をしていたが、これからは俺の腕の見せ所だろう。
「とりあえず、今日は寝よう。また明日な、や〜すみ〜」
ヘラリと笑い手を振ると二人とも控えめに返してくれた。
「おやすみ」
「また明日」
***
フルダイブ不適合症を治す方法はいたってシンプルだ。
本能のせいで体が動かなくなってしまうのなら、鋼の理性を手に入れればいいのだ。
つまり。
「タナトス‼︎お前絶対に殺してやるぞぉぉぉぉおお⁉︎」
戦闘させればいいのである。
いつもの猫耳パーカーに身を包んでいるがほかの装備を減らし、いつもよりかは軽装の俺は今、隣で《吟唱》スキルを使用し、ノーチラスの敏捷を上げているユナと共に大量のモンスターに追いかけられているノーチラスを見ている。
「ほらほら〜倒さなきゃ帰れま10よ?」
「数が20はいるんですけど⁉︎tenどころかtwentyなんですけど⁉︎」
「ノー君ファイト〜」
「ユナ⁉︎」
「ッ‼︎」
やはり体が硬直してしまう。
モンスターが襲いかかる前に俺が装備していた投げナイフを《投剣》スキルを使って一寸のズレもなくモンスターの目に突き刺してある程度時間を稼ぎ、なんとか恐怖心を押さえ込んだノーチラスが倒す。
「うーん、やっぱこれは数こなすしかないんかね……?」
「……」
すっかり意気消沈しているノーチラス。まぁ別にヘタレなわけじゃないんだし、気にするほどじゃないと思う。
「ねぇ、この戦いって意味あるの?」
ユナは正直な性格なのだろう。ノーチラスが思ったことをそのまま読み取り、俺に伝えて来る。
俺は下手すると大変なことになりかねないためにあまり気乗りできない案を提案することにする。
「……いやな、別に鋼の理性を手に入れたいというのならもう1つ方法がないわけじゃない」
「なら!」
「よし、ならお前はこれから、
…………。と、ノーチラスの時間が止まる。
「俺はね、昔は割と緊張しいでさ。度々緊張で体がこわばってたのね。で、その時兄貴に教えてもらったのが『今まで最も恐怖に思ったことを思い浮かべれば意外とイケる』だったんだ。
まぁ、何が言いたいかと言いますと」
ニッコリと。
それは俺が提示したもう1つの恐怖を封じ込める方法。
“死ぬのが怖いと判断するのなら、それより怖い思いをすれば死ぬくらいどうってことないんじゃね?”
という大暴論の元行う、徹底した戦闘訓練と悪夢のレベリングである。
「いっぺん死ね」
と言うわけで主人公、ユナとノーチラスと接触。
ところで作者はジュールベルヌ作品では「神秘の島」が好きです。
南北戦争中、気球に乗って漂流した五人の男と一匹の犬が辿り着いた無人島を開拓していくと言うお話です。
海底二万マイルとグラント船長の子供達を読むとより楽しく読めます。
ぜひ機会があれば是非。