タナトスと別行動を始めてから数日、キリトとPoHは月夜の黒猫団の指導を行っていた。
サチを盾持ちの片手剣使いに転向させることにより、キリトが指導を行いつつなので徐々にだが黒猫団のバランスの悪いパーティバランスは改善されていった。
普通なら二人教師役が加わったくらいではなかなか変わらないはずなのだが、みるみる彼らは上達していった。そう、指導役は二人だけではなかった。
「そこ、脇がガラ空きです!」
栗色の髪が揺れる。
一閃。
月夜の黒猫団の一人が吹っ飛ばされる。
今戦闘形式で月夜の黒猫団を相手取っているのは巷で話題の攻略の鬼という不名誉な2つ名を頂戴しているアスナであった。
「なんでアスナがいるんだ……?」
キリトは本気でそう思っているらしい。
PoHは本気でこの朴念仁を殺したくなって来た。
こちとら彼女いない歴イコール年齢だぞ……なぜあのアスナとサチの好意に気づかないんだよ……!
と、心の中で呪詛の言葉を吐くこの棚坂ヴァサゴ、イケメンの部類の中でも上位に入るであろう彼は、若干他者とはズレたものの見方、即ち合理主義的な部分があるためか、それとも弟があたかも漫画にでも出てくるような不良系男子だからか、彼女が意外にもいないのである。
よってこのアホは殺したくなるのである。
まさかこれ以上フラグ立てないだろうな……。
不安になるPoHだが、自分に言い聞かせて安心する。
まぁ、流石にないか。と。
別の意味でフラグが立った瞬間である。
「ふぅ……とりあえず、休憩としましょうか」
アスナがキリトのところへやってくる。
「キリトくん、やっぱりこのパーティって」
「うん、やっぱりパーティ構成に無理がある、というよりかは人間側の問題だと思うんだよな……サチ!ちょっといいか?」
サチが嬉しそうな顔をしてこちらにやってくる。
キリトはイマイチよくわかっていないような顔をしながらも動きのコツを教えている。日頃からPoHのわかりやすい解説を聞いているからか、非常にわかりやすい。わかりやすいのだが、いかんせん本能で動くタイプの彼はサチに動きを矯正させながら説明するしかないのだ。
そう、サチの体に触れながら解説をしているのだ。サチはもう顔が真っ赤だ。
なぜ気づかないのだ、キリトよ。PoHは頭を抱える。アスナには間違いなく青筋が立っている。
いい加減気づかせようとPoHが動き出すと同時にキリトとPoH、そしてアスナにメールが入る。
アルゴからだった。
それを見た瞬間彼らは走り出した。メロスのように。
それの内容は。
–––バカ暴走。至急集合。
アスナとキリトとPoHは激怒した。
そして転移結晶で飛んだあと、ひた走った。
彼とは違い、邪智暴虐の王として君臨しているであろう弟を止めるために。
***
「ほらほらほらーあと30体倒さなきゃ終わらないよ〜?」
ニヤニヤしながら言う死神、タナトスにノーチラスとユナは図らずも初めて人に殺意というものを覚えた。
ノーチラスもなんども死にかけていい加減慣れて来たのだろう。
フルダイブ不適合症はだいぶ良くなっているのだが、いかんせん二人に光がない。
目が某ヒッキー、あるいは正義の味方になりたかったあの人を彷彿とさせるような死にっぷりをしている。
確かに、本当にやばくなった時は助けてはくれる。しかしうざい。感謝よりも殺意が芽生える。
二人は思った。
–––ああ、神様。なぜ私たちを見捨てたのだ。
その時。
周りにいたモンスターが吹き飛んだ。
モンスターを吹き飛ばし、そこに立っていたのは全身黒ずくめの黒の剣士。
直後、二人は抱きかかえられ、その場から離された。
目をやると、白い鎧に身を包み、レイピアを腰に携えた美少女。
直後、タナトスの体がぶれ、気がつけば数メートル先の空中でクルンクルン回っていた。
「ゴオォォォォォッドォ‼︎キャノン‼︎」
ポンチョを着たイケメンの男性が空中でクルンクルン回っているタナトスに猛スピードで追いつき、前方宙返りからのドロップキックで掛け声とともにタナトスを吹き飛ばした。
救いがきた。
「助かったぁ……」
それをこぼしたのはノーチラスかユナか。あるいはどちらもか。
何れにせよ、悪は去った。
***
ホームにて、椅子にぐるぐる巻きにされたタナトスが尋問をされていた。
尋問官は我らが攻略の鬼、アスナである。
「さぁて、タナトス君、言い残すことはあるかしら?」
「待ちたまえアスナ君。私にも言い分というものが–––」
レイピアがタナトスの横を通る。
「うちの団長のモノマネをしてもダメよ?どんなに頑張ってもあなたは救いようのないバカだもの。あんな理知的な人にはなれないわ?」
「あんたは雪ノ下雪乃かよ……まぁいいや、ところでアスナはそういう感じのかっこいい年上の男性が好みで?」
キリトの方が無意識にビクッとなる。
ほほーん。
アルゴとタナトスがにやける。
アスナは笑みを崩さず、タナトスに問いかける。
「別にそういうわけではないですが、この犯行に至った経緯を教えてくれるかしら、ファミリー副団長様?」
すると途端にタナトスが挙動不審になりだす。
「そ、そりゃもちろんノーチラスは強いからどうにか力になれないかと思ってだな」
「ダウト。あなたならそこでまずおにーさんに聞くはずよ?自分の独断だけでは不十分だと自分で自覚できている人でしょ?」
アスナの追求は続く。
そこでアルゴが何かに気づいたかのようにニヤニヤしだした。
「まぁまぁアーちゃん、そこはおにーさんとノー坊とユーちゃんが戻ってきてからにしようゼ?」
その言葉でとりあえず3人が戻ってくるのを待つことにした。
すると途端にタナトスが本格的に挙動不審になり始めたのだ。
「どうしたの?」
ドアが開き、ホットミルクを飲みながら入室してきたユナがタナトスに問いかける。
「な、なんでもないですぜ、歌姫ちゃん」
「タナトス、いや樹。お前、どうしてこんな無茶な真似をさせたんだ?」
PoHはタナトスを責めるというよりも本当に疑問に思っているように聞く。リアルネームを出したのはそれだけ真剣な問いなのだろう。
勿論、ここにいる人間を信用した上での発言だが。
「いや、そりゃあんた、兄貴の影響でしょう?こんなやり方しか思いつかないのはさ」
ギロッ。
PoHに視線が突き刺さる。
「いや、あの……ん?まて、それならまずお前の性格からして俺に頼みゃよかったろ?俺なら多少穏便な案もあるのに」
アスナもそこが気になっていた。
どうしてそうしなかったのか。
タナトスを見ると、少しこちらから身をそらし、若干言いにくそうに、衝撃の一言を放った。
「いやだって……兄貴今までずっと働きづめだったじゃん。
その、今回の黒猫団の育成を通して、あの明るい連中と一緒にいて休んで欲しくて……」
空気が凍った。
ノーチラスとユナはホットミルクを取り落としそうになった。
壁に寄りかかっていたアルゴとキリトは転びかけた。
アスナはフリーズした。
PoHは、目をパチクリした。
「「「「「「…………………は?」」」」」」
「いやだから、兄貴にこれ以上負担をかけたくなくて……」
そんなわけがない。
キリトとアスナは思った。
第二層でちょっとした事件があった時、犯人を追い詰めたかと思ったらブチギレて犯人を殺そうとしたこの男が、こんな殊勝なこと言うはずがない。
アルゴは思った。
新しい層にアクティベートしたら、真っ先に美味しい甘味屋さんを探し出し、それを発見した他のプレイヤーの意識を落とし、放り捨てることによって情報を独り占めしていたこの男が、こんな恩返しを考えるわけがない。
ノーチラスとユナは思った。
自分たちを危うく肉体的にも精神的にも殺しかけたこの男が、こんな優しい考えをするはずがない。
「俺はこんなやり方しか知らなくて、ノーチラスとユナには悪いと思ってる」
ストップ。お前そんなキャラじゃないだろ⁉︎
「でも、兄貴には助けられっぱなしだったし、その、感謝してるから……」
やめて!お願いだからやめて!
「だから、不器用なりに恩返ししようと思って…………って、なに⁉︎」
初めはアスナだった。
今までただの戦闘狂系残念なイケメンとしか認識していなかった彼女は、今までの言動を反省して、優しく彼を抱擁した。
次にキリト、アルゴと続き、最後にユナ、ノーチラスが涙を流しながら彼に抱擁した。
「ごめん、勘違いしてた。おにーさん思いのいい人だったんだな」
タナトスのライフはすでに限界を迎えていた。
彼は今まで、割と不良じみたことをやっていたせいか、人のまっすぐな行動というものを苦手としていた。
ことこういう類のものは。
そして彼にとどめが刺さる。
「……ありがとな、やり方はあれだったけど、嬉しかったぞ」
敬愛する兄のその言葉に、タナトスは決壊。
「ウンニャォァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ‼︎⁉︎」
縄を力のままに引きちぎり、大絶叫。
顔を真っ赤にした彼は夜の闇に飛び出していった。
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