SAO まいのりてぃ・うぃんぷす   作:あしひき

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なりたち

 初めまして。ウィンプスです。

 

 僕がこのゲームに来て3ヶ月が経ちました。今日もこうして《フレンジーボア》達の行動観察です。どのぐらいの頻度で攻撃するか、どの程度の攻撃範囲か、索敵範囲はどの程度か、レベルや個体差での誤差はどのくらいか、を今日も一つずつ確認しています。

 

 その攻防の中で攻撃を避ける練習もします。初期装備なので何度も攻撃が当たってしまうとHPが0になって死んでしまいます。ゲームオーバーではなくデッドエンドです。僕は一度でも攻撃されてしまうとパニックになってしまうので、全ての攻撃に対して確実に回避ができるように何度も反復して練習を重ねます。

 

 そんな僕をみんなは臆病者と呼びます。とてもピッタシな呼び名だと思います。

 

 僕はこの世界が怖いです。

 

 モンスターも怖いし、戦うのも怖いし、剣で戦うのも怖いです。攻撃が当たるたび自分のHPゲージが減るのを見るたび、死を明確にイメージしてしまって足がすくみます。それでも襲ってくるモンスター達から何度も逃げました。

 

 いつも朝起きるたび、今日は外へ行くのは止めよう、誰か神様に選ばれたすごい人がこのゲームをクリアしてくれるはず、それまでこの街で待っていようと思います。

 けれど僕の足がそれを許しません。そしてお祖父(おじじ)が夢の中に出てきて僕を叱ります。

 

「ブレるな」

 

 時間を掛けて決め、決めたならブレるな。そんなおじじの言葉が心を奮い立たせます。その言葉にお尻を蹴られるように僕は毎日モンスターへと挑むんだと思います。

 

・・・

 

・・

 

 

 僕は昔いじめられっ子でした。そんなひどいいじめでは無かったです。毎日からかわれていました。元々色んなことでこだわりが強かった僕は今思えば周りから浮いた存在でした。学校と呼ばれる多数派により物事が進む大きな組織に中で、少数派がはじかれ取り残されていくのは当然でしょう。

 

 中学校時代、僕をいじめていたのは穂積(ほづみ)くんでした。いじめと言っても殴る蹴るや無視ではありません。何かを取りに行かれたり買いに行かせたりと、いわゆるパシリというやつでした。

 体も大きく空手をしていて腕っ節も強かったので、逆らうこともできず従っていました。

 

 僕の家庭は父が早くに他界していて、母とおじじの3人家族です。僕はその2人に言うことができず、そんなパシリの日々が続いていました。

 そんなある日の頃、おじじに呼ばれます。

 

「お前はどうしたいんだ」

「な、なにが?」

 

 おじじの部屋に呼ばれ、互いに正座し数十分が過ぎてからのおじじの言葉でした。おじじはとても男らしい人だったのできっとパシリのことがバレて情けないと怒られるものだと思っていました。そこでのいきなりの問いかけに、驚き問い返してしまいます。

 

「いじめられるのもいい。見返すのもいい。やり返すのもいいだろう。お前は今の状況に悩んでいるだろう、それをどうしたいんだ」

「なんで……いつから知ってたの?」

「お前が悩み始めた時からだ。お前のことはお前の父から任されているからな。ほんの少し何か違えばすぐに解る」

 

 おじじの湯呑を割った時も、おもらしを隠した時も、いつだっておじじにはバレていた。昔からおじじには隠し事はできないなと思っていたがまさか学校であったことまでバレているとは思わなかった。

 おじじの真剣な目が心臓を掴む。適当な言葉では終わらない。心から言葉を吐き出すしかない。

 

「僕は誰も傷つけたくない。穂積くんも僕をパシりしなくてはいけない心の弱さがあるから。だから僕は穂積くんも、他の誰も傷つけたくない」

「そうか……」

 

 本心だった。穂積くんも、その取り巻きの子も、みんな何かに苦しんでいるんだ。その吐き出す場所が僕だっただけなんだ。だから僕はそれを受け入れてあげたい。

 

「アリとキリギリスが僕は好きなんだ。でもアリがもう少しだけ余裕があったら、キリギリスだって助けてあげられたかもしれないんだ。一緒に仲良く冬を越せたんだ。歌ってばかりいるんじゃない! って説教がしたいんじゃない。ただ小雨が降った時の東屋でいたいんだ」

「よく言った。それがお前の心だな」

 

 おじじは僕の肩を叩いて笑っていた。僕は気付けば泣いていた。安心からか悔しさからか解らない。ただその涙はおじじとお風呂に入るまで止まらなかった。

 

 それからは最悪の日々だった。

 

「パシられるならな、尊敬されるぐらいパシられろ」

「おじじ何言ってるの?」

 

 僕も変わり者だけど、おじじもかなりの変わり者だった。

 

 まずは足腰。そういって僕の日常に朝晩の走り込みが追加された。売店に買いに行くにも、コンビニへ行くにも、最速でたどり着くことが求められる。例えば温かいものが頼まれた時などは更に速さが求められる。

 

「ねぇ……これなんで走ってるの」

「それだけ元気なら筋トレも足そう」

「おじじ……なんで……」

 

 健全な肉体には健全な精神が宿る。パシりと果たして関係があるのかと言われれば疑問が残ったけど、昔格闘技をやっていたおじじの言うことだとやっぱり説得力があって、気付けば言われるまま筋トレも行っていた。

 

「お前なんだか最近男らしくなったよな。あ、焼きそばパンひとつね」

「ちょっと体鍛えててね。焼きそばパンね」

 

 自分でも解るほど筋肉がつき、体育の授業でも息切れをすることが少なくなってきた。さすがに穂積くんも気付いたが、穂積くんは僕への態度を変えることは無かった。

 

「次は人間観察だ。その穂積くんが何を頼んだか、常にメモをとれ。そして次に何を頼むか予想しろ」

「なんでそんなことしなきゃ……やります」

 

 おじじの言うことは解らない。でもとても楽しそうに言うし、実際体は鍛えられて体力もつくと自信もついた。もしかしたら穂積くんと喧嘩すれば勝てるかもと思うこともあったが、戦うことはおじじに禁止されていた。そんなことを頭で考えるだけで、ブレるなと真剣な顔で怒られた。

 

 初めは意味が解らなかったが徐々に穂積くんのことが解ってきた。

 

 穂積くんはまず月曜日は焼きそばパンを頼む。お腹が減っているときはそれにコーヒー牛乳が足される。火曜日は帰りが早く学校にいないことも多い。水曜日はメロンパンなど甘いものが多い。木曜日も帰りが早くすぐに帰っていく。金曜日はソーセージパンやしゃけおにぎりなどを好んで頼んできた。

 

「おう、今日はクリームパンを頼む。それとお茶もだ」

「買ってあるよ。それとお茶ね。濃いのと薄いのがあるけど」

「お、おう。じゃあ濃いのを……」

 

 そんなことを半年続けていると、完璧に穂積くんが頼むものが解るようになった。すると彼がイライラしている時や機嫌がいい時も解るようになった。

 テストが悪かった時や忘れ物をした時、道で100円を拾った時などその細かな感情の機微までが解るようになった。

 

「おう、今日」

「焼きそばパンとコーヒー牛乳でしょ。あと新発売のプリンがあったけど食べるかな」

「お、おう」

 

 これをパシりと呼んでいいものか。そのままおじじに話すと、

 

「そうか。うん」

 

 と喜んでいた。おじじが喜んでいたので僕も喜んだ。多分これでいいのだろう。

 

・・・

 

・・

 

 

 受験が終わり高校生になっても僕の生活は変わらなかった。朝晩走り、筋トレをし、パシる。不思議なことに穂積くんの高校も僕と同じだったのでパシり生活も変わらず継続していた。

 変化というと、僕がパシられていることに気付いた他の男子生徒が僕をいじめの標的にしたことだった。僕を小金持ちだと認識した彼らは暴力でそのお金を取ろうと考えた。放課後部室棟の裏に呼ばれた僕は3人に囲まれ暴力を振るわれた。幸いというべきかその日は財布を持っていなかったのでお金を取られることは無かった。ただそれに腹を立てた3人に執拗に殴られた。

 それこそ反撃しようと思ったが、おじじのブレるなという言葉を頭の中で何度も繰り返し、暴力が過ぎ去るのを待った。

 

 家に帰るとすぐにおじじに呼ばれる。だろうな、と思っていたので驚きは無かった。

 おじじに合ったことをそのまま話すと

 

「そうこなくては」

 

 とお腹から声を出して笑った。僕はさすがにおじじは頭がおかしいなと思ってしまった。

 

「よし、明日から組手を足すぞ」

 

 絶対におじじは頭がおかしい。

 

 それから僕の日常には組手が足された。それもひたすら攻撃を躱し、いなす特訓だけだった。

 

「いいか、殴った拳も痛いんだ。だからお前は全部避けろ」

 

 それから毎日、学校で殴られ、おじじに殴られ、パシられ、走る、鍛えるの生活を続けた。ワイシャツの下のアザが少なくなるたび学校で殴られることが減った。アザが全部無くなった時、おじじによくやったと褒められた。その頃には僕を部室棟に呼ぶ人はいなくなっていた。それでも穂積くんのパシりは終わらなかった。

 

・・・

 

・・

 

 

 そんな生活が続いたある日、僕の運命を決定づける出来事が起きる。忘れもしない、夏の暑い日だった。

 その日もおじじの言いつけ通り朝のランニングをしていた。体力がついたこともあり、今ではかなり距離を伸ばして走っている。何となく普段が通らない道を走っていた。車では通ったことのある道だったし広い道だったから迷う心配もなく、いつものようにペースを守りながら走っていた。

 

 まだ早朝の人通りの少ない道路。そんな静かで穏やかな朝を切り裂くようなブレーキ音。ハッと後ろを向いた時には目の前に車があった。

 ガシャンと大きな音を聞きながら、僕の体は吹き飛んだらしい。らしいというのも僕はその時のことを覚えていない。

 

 気付いたときには僕は病室のベットの上だった。事故から2週間経っていたことも驚いたが、何より驚いたのは僕の両足が無くなっていたことだった。

 なんでも車体と電柱に挟まれてしまったらしい。切断せざるをえないとのことだった。と、医師の代わりにおじじが話してくれたのをやはり他人事のような感覚で聞いていた。母が泣いていたのがかなり印象的だった。

 

 しばらくリハビリや検査で入院することになり、個室の病室に一人の夜。窓から曇り空を見ていてふとトイレに行きたくなった。そこで自分が立てないことに気が付き、大声で泣いた。若い看護師さんが寝るまで背中をさすってくれていたのが鮮明に思い出せる。

 

 それからはリハビリとお見舞いに来る母と若い看護師さんとの会話が僕の日常だった。何故かおじじは僕が起きた時以外お見舞いには来なかった。

 

 数ヶ月が経ち、退院し自力で車椅子で移動ができるようになった頃、また学校へ行くべきか、という話がでた。僕と同じ学年だった人たちは穂積くんを含め一つ上の学年になってしまっている。幸い高校はいつでも学校には来てくれていいと言ってくれているのであとはこちらの返事次第だ。

 僕は正直なところをいえば嫌だった。外へ出れば当然視線が集まる。それが知っている人からも見られると思うと堪らなく嫌だった。今までの自分では無い、と突きつけられると思ったからだ。

 相談したおじじは一言、

 

「行け」

 

 と言った。はじめておじじに反抗した。車椅子から転げ落ちながらおじじを殴った。そしておじじは僕を殴り飛ばした。母は僕ら2人になんてことをするの!と声を荒らげていたが、僕らは止まらず殴り合い続けた。

 

 僕は学校へ行くことになった。おじじは母が校門まで車で送ると言ったのを一切許さず、僕は学校まで車椅子で登校した。つらい坂道や段差をおじじが鍛えた腕でのぼる。ほれみろ、と言われているようで腹が立った。

 徒歩の三倍の時間を掛けて学校へとたどり着く。同じ制服を来た人達の好奇の視線が絡みついた。何度も逃げようと思ったが、その度にブレるなと心が叫んだ。もはや意地になってきて、手伝う? と聞いてきた女子生徒の申し出も断って自分の力で学校へと辿りついた。

 

 校門から靴箱がこんなに遠いとは思わなかった。通り過ぎる好奇の視線を無視しながら汗だくになって腕を動かし車椅子を進める。もう少しで僕には必要の無くなった靴箱へとたどり着く。

 

 あともう数メートルというところで目の前に誰かが立ちふさがった。視線を上げるとそこには穂積くんが仁王立ちで立っていた。

 

「……」

「……」

 

 無言の視線が間で絡まる。僕が一番会いたくない人だった。僕のこの姿を、誰よりも穂積くんに見られたくなかった。走ることも出来なくなった、僕を。

 

 耐え切れず僕は視線を切った。アスファルトへと視線が逃げた。穂積くんが鼻で息を吸った。

 

 

「おう、司馬! 月曜日だぞ。焼きそばパン買ってこい」

 

 

 穂積くんは笑っていた。泣きながら笑っていた。僕も泣いた。穂積くんと2人抱き合いながら笑って泣いた。

 

・・・

 

・・

 

 

 ブレない強さ。穂積くんはブレなかった。僕が強くなっても、顔がアザだらけでも、足が無くなっても。

 帰っておじじに報告をした。おじじも笑って泣いていた。2人で笑って泣いた。おじじが泣くところを初めてみた。

 穂積くんはそれから、僕が学校へ行くと必ず校門で迎えてくれる。しかし絶対に手伝うことはない。変わらずに僕をパシりにする。さすがに先んじて用意することはできなくなったけど、売店にコンビニに僕は車椅子を走らせる。

 

 先生や他の人がそれに気付きキツく注意されたこともあった。穂積くんは職員室に呼ばれ停学にされかけたこともあった。それでも僕たちは止めない。ブレない。

 

 ぼくの日常は変わらない。朝のジョギングも筋トレも組手も内容は変わったけど、変わらずに続けている。変わったことといえば、穂積くんがブラックコーヒーが飲めるようになったことくらいだ。

 

 僕はブレない強さと、親友を手に入れた。

 

・・・

 

・・

 

 

 そんな生活の中で母が勧めてくれたのがソードアートオンラインだった。足を失った人でもフルダイヴ環境でなら走ることが出来る、ということで母が持ってきたのだ。元々病院でのリハビリで《メディキュボイド》と呼ばれる医療用の機器を使ったことがあった。それを使えば確かに自分の足でパシられていたあの頃に戻ることができた。

 でも別に今の日常にも満足しているので走れなくなったことは後悔していない。しかし聞けばかなりの競争率のゲームらしい。母がこのゲームを買うのに大変な思いをしたというのなら、ありがたく使わせてもらおう。

 

・・・

 

・・

 

 

 口調が変わってしまってましたね。そんなこんなで僕はこの世界にいます。初めは怒りもしたし、悲しみもしました。でもこのゲームをすることを選んだのは僕です。このままこのゲームに負けて僕が死んでしまってはきっと母が悲しみます。おじじと穂積くんが悲しむかは微妙だけど……。

 

 僕は決めました。このゲームからの開放を待つはじまりの街の人たちのために、僕も戦わなくては。

 

 でも怖いものは怖い! モンスターも死ぬのも怖い! でも僕はブレない! 僕はこの世界で戦うと決めたのだから。

 例えそれが正攻法でなくても、僕は僕の、決めたやり方で。ブレずに真っ直ぐ、この世界で生きていこうと思います。

 

 以上、ウィンプスこと司馬(しば)(ゆう)でした。

 

 

 




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