機体を洗浄している間、アキレスはずっと物思いにふけっていた。
あり得ない仮説にNOを突き付けようとして、それが出来ない。
かと言って、それを相談しようとしても根拠が足りなさ過ぎて他人にも話す気になれなかった。
『坊主、聞こえてるか。坊主!』
「…あっ。すいません。」
彼は思考にふけっていて通信に気づいていなかった。
『洗浄終わったぞ。調子でも崩したか。』
「すいません。考え事してて…大丈夫ですよ。」
そのままハンガーに機体を固定し、アキレスは機体から降りる。
キャットウォークを歩くその足取りはいつもに増して定まらない。
彼の仮説、それは…
「どした、また壁にぶつかったか。」
跳ねるように顔を上げる。
彼の前に表れたのはストレイドだった。
ストレイドはどこか呆れに近い顔をする。
「全く、一般人から無理やりレイヴンになってそれに戸惑って慣れ始めた自分が怖くなり、それが落ち着いたら幼馴染が誘拐され、今度はなんだ?」
それに対してできるだけ何事もないように答える。
「ただの妄想に引きずられてるだけですよ。そのうち落ち着きますから心配なさらず。」
そう言って彼女達の横を通り過ぎていこうとした。
しかし、その肩をがっしりとストレイドに掴まれる。
「まあ、そういう勘は嫌な時に当たる。経験談だ。」
そう言ってアキレスに向ける目はどこか優しげだった。
アキレスはそっぽを向いて押し黙る。
「妄想に囚われた状態で正しく物事を見れる気がしないんです。」
「それを覚ましてやるのは私達みたいなやつだ。」
その言葉にアキレスは揺らぐ。
恐る恐る振り返った。
口を開く。
「笑わらないですか。」
「保証はしない。あまりに酷かったらな。」
その言葉に思わずガクッと来るアキレス。
しかしストレイドは続ける。
「笑い飛ばせるならぶっ飛びすぎた、それだけでよかったってなるじゃないか。相談するならただ、ってな。」
でも、こう返されたほうが信じられるのはこの人の人柄ゆえなのか。
そう思ったアキレスは打ち明けることにした。
「あのACの搭乗者のことなんですけど…。」
◇
アキレスの話は確かに根拠に欠けた部分は多い。
だが、逆に否定する要素というとそれほど多くない。
正直、笑い飛ばせたほうが彼にとっては良かったのかもしれない。
しかし私は笑えなかった。
私もそうではないかとなぜか思えてしまったから。
そして私にはさらにもう一つの嫌な想像をしてしまう。
このままでは、アキレスは死ぬ。
「すまない、明確な答えはこっちからも出せない。ただありうるかもしれないがいいところだ。」
当たり触りのない答えを出すしかない自分に歯がゆさを感じずにはいられない。
「そうですよね、すいません。付き合わせてしまって。」
「気にするな。絡んだんはこっちだ。」
そこまで言って思った。
大分こいつに肩入れするようになったな。
正直言って彼はイレギュラーとはあまり思えない。
彼は傭兵らしくない。
彼はいまだに常識の枠の中にいる。
常に勝ち続けた特異点でもない。
かつてのイレギュラーと違う点は多い。
さらに挙げれば、イレギュラーはだいたい孤独の傭兵であることがほとんどであった。
だが彼は最初は企業に縛られ、今でも私達という勢力に身を寄せている。
それでもなお私達はこいつを見捨てていない。
まだ、期待を寄せているのか、あるいは…
そうしてふと思いついた。
こいつ、私達にとっては例外なのかも知れない。
いままでたどって来た邪魔者を排除し続けた私達という存在から、どこか外れた存在。
で、ありながら伸びしろを見るに私達に追いつき得る存在。
こいつなら面白い未来を見れるかもしれない。
そう思い、彼に告げる。
「もし、お前の予想通りで、どうにもならなくなったら私達、そうでなくともほかの人を頼ればいい。」
「いきなりどうしたんですか。」
「いや、思うところがあってな。」
そう言うとアキレスは少し陰のある顔で話を続ける。
「でもこれは俺の問題です。あまり周りに迷惑はかけられません。」
「それでこっちが迷惑被ったら変わらんだろ。」
「いや、それは、そうですけど…」
意地悪な笑みを浮かべたストレイドに、困惑するアキレス。
「どんな人間でも限界がある。どんな数にも、どんな兵器に勝てる強さをもっても、自分は一人だ。自分のところにいる敵と地球の裏側にいる敵を同時に相手取るのは無理だ。」
そこでいったん言葉を切る。
ストレイドはどこか遠い目だった。
「それに、人間は集まった方が強い。あ、信頼関係が出来てるのが前提な。」
慌てて付け足すストレイドさん。話を続ける
「一人で全てを蹴散らすような【例外】でも、傍に信じられる人がいるかいないかだけでだいぶ違うからな。」
アキレスはその言葉に少し目を見開く。
「少し予想外です。皆さん割と何でも一人出何でもしてしまう印象があるので。」
「まぁ、多少のことは確かに一人でやるけどな。」
その時、彼の端末から小気味良い電子音が鳴り響いた。
メールだ。
◇
それから数日後。
俺は曇り空の下、誰もいない東京を歩いていた。
コジマによって人の住む街ではなくなってしまったが、それでも、汚染の及んでいない場所はある。
例えば俺の小中学校があるあたりとか。
好き好んで汚染の近くで通わせようとする親もいないので、廃校同然だが。
何故、そのようなところにいるか。
あのメールだ。
ーーーーーーーーーーーーーーー
for 練
あなたの通っていた小学校の屋上で待ってる。
一人で来て。
待ってるから。
ーーーーーーーーーーーーーーー
送り主は想像できる。
この前のストレイドさんに話したことが正しいのなら、という前提付きだが。
ストレイドさん曰く、ネクストを支える技術は主に2つ。
一つはコジマ技術からくる莫大なエネルギーと機動性とPA。
もう一つはAMSによる緻密で敏捷なコントロール。
あのACから感じたデジャヴの原因は、恐らく後者だ。
AMSは、搭乗者の細かい癖や普段の身のこなしを反映する。
俺は、暇があればあいつの大会を見ていたりした。
だからか。
母校の校門は開け放たれていた。
桜の木は葉を落とし、夏から管理されていなかった校庭に枯れ草と雑草が不規則に生えている。
校庭を横切り、慣れ親しんだ校舎へ。
みんなと過ごした教室を一度見、そのまま階段を上がる。
今思うと、年不相応なことをしているよな、と思わずにはいられない。
6か月ほど前の自分は新しい生活に期待を膨らませる新中学1年生だったのだ。
それが才能を見込まれて、少年兵同然でレイヴンを始めて、人殺しを始めて、それに慣れて。
秘密組織に参加して、戦って…。
あまりの滑稽さに笑みがこぼれる。
「そんで今度は……」
屋上にたどり着く。
扉を押し開けた。
「罪の清算、か。」
ロングコートに身を包んで街を見下ろす人影があった。
「久しぶりだな。」
「ええ、ほんと久しぶりね。」
その影が振り返る
この数か月で少し髪が伸びたが、そんなことで分からなくなるわけがない。
俺の初恋の相手。
そして、俺のせいで一生癒えぬ傷を負い、人生そのものが狂ってしまった被害者と加害者の関係にある少女。
「で、何から話そうか。紫蘭。」
癖のない髪が風になびく。
その目は真っ直ぐこちらを見ていた。
「いざ、面と向かってみると分からなくなるものだね、練。」
「俺も告白の時はそうやってグダグダになってたからな。おあいこだよ。」
そう言って肩をすくめて見せる。
「じゃあ、敢えて率直にいわせてもらおっかな。」
「構わない、そっちの方が君らしいかもね。」
「…少し変わった?」
前の俺はもしかしたらそんな事言わなかったのかな。
「知ってるか?人が変わるのには1か月もかからない。」
「そっか。私も変わっちゃったよ、そんな私から一言。」
彼女はそう言って上げる左手には、黒光りするものが握られている。
M36-4 レディスミス
既に1世紀も使われながら、護身用として未だに使われる回転式拳銃の女性モデル。
それが彼女の持つ武器であった。
「あなたを、殺したい。」
彼女はスッと表情を消した。
◇
送りだす前は心配だったけど、意外とやるもんだねぇ。
一応効果あったようで何よりだ。
…殺気すごい出してるよ。
これ、アキレスの方が心配になるぐらいだ。ご愁傷さま。
どう出るのかな、見出された例外。
◇
破裂するような音。
学びの舎にあってはならない音が響く。
どさり、音を立てて練は仰向けに倒れた。
撃った当人はというと
大きくのけ反り、驚愕に顔を染めていた。
「素人…まあ、俺が言えた口じゃないが、なんも訓練してない人間に銃はね。」
練が起き上がる。
彼の右手にも同様に銃が握られていた。
右頬から血が流れ出るが構わず口を開いく。
「何でこういうところで気が合っちゃうのかな。」
M36 チーフススペシャル
奇しくも彼女の銃の派生元であった。
発砲は同時。
紫蘭の放った弾丸は練の頬を掠め、練の弾丸は彼女の銃を打ち据えた。
だが、彼女はまだ銃を握ったままだ。
大きく左手をはじき飛ばされながらも、離していなかった。
再度照準が練へ向けられた。
「大人しく撃たれて。」
「さすがに紫蘭の頼みでもね。」
紫蘭はその顔を無表情から怒りへと染め上げていく。
「私からこの左足を奪って、日常を奪って、夢を奪った人間の言うことなの!?」
紫蘭が堪らず怒鳴る。
容易に想像がつくことだ。
一瞬、頭にこのまま殺られるのもありかもな、と弱気な言葉がよぎるが振り払う。
俺は…
「レイヴンていうのは怨まれて当然。そのレイヴンである俺にまともな回答を求めようたって無駄だ。」
銃声。
撃ったのは俺だ。
紫蘭はそれに事前に気づいて左に走り出して躱す。
俺の真横辺りに来てそのままの体勢でこちらに一発。
そちらを見た俺の左肩を服だけ掠めていく。
それをものともせず負けじと発砲。
その直前に紫蘭は左足で踏み切り1メートルほど飛びあがり、弾丸はコートの右裾を掠めた。
信じられないほどの跳躍をする。
紫蘭が空中で銃を構える。
が、察していた俺は一気に前へ駆け込み紫蘭と地面との間に飛び込む。
その間に銃弾が背中を通り過ぎていくが振り向かない。
飛び込み前転の形となり、俺は体勢を立て直しつつ振り向く。
紫蘭は着地をした後こちらに向き直る。
そして、二人の視線は交差する。
しかし、お互いに発砲するも碌に狙いもつけない弾丸はお互いを捉えずに過ぎ去る。
静寂。
「確か、この前はここで邪魔が入ったな。」
「…気づいてたの。」
「そりゃ、さっきの行動パターンがそっくりだからな。あの機体も左に動く癖があったし。」
勘は正しかった。
こいつがあの紫のACのパイロット。
いや、リンクス、か。
「でもこれで終わり。」
紫蘭が引き金を引く。
その時、俺たちの間を黒い影が遮る。
紫蘭の弾丸はそれに当たりキンと甲高い音を響かせて弾かれる。
「何!?AC!?」
紫蘭は困惑し、動きを止めた。
やってきたACはシャルさんのサルタクロスだ。
その右手が間に割って入ったのだ。
『大丈夫だった?』
「何で割って入るんですか。というかなんでここ知ってるんですか。」
『まり…ストレイドさんを問い詰めたの!また無茶をして!』
ストレイドさん、許すまじ。
しかし、これは面倒なことになるかも。
「さすがに、ACの相手はACでも無いと無理かな。」
紫蘭の様子を見てシャルさんは口を開いた。
『確かに、その左手と左足を奪ったのは彼になってしまうのかもしれない。だけど彼を殺しても元に戻りはしないの。考え直して。』
「元に戻るとかそんな事どうだっていいの。じゃあ、長所を潰されて、あなたは夢破れて、人生を狂わされて、何も思わない訳?」
その瞳は真っ直ぐにシャルさんのACに注がれる。
「私はこの感情を、植え付けた相手にぶつけたいだけ。」
それを見たシャルさんは俺を右手に優しく握り飛び立つ。
紫蘭の居る校舎がみるみる小さくなるのを見て俺は怒鳴りつけた。
「早く降りてください!まだここを離れるつもりはありません!」
『何言ってんの!ネクストを呼ぶって気満々の言葉聞いてたでしょ、ネクストが来る前に帰る!』
そう言って聞かないシャルさん。
俺はさらに言葉をぶつける。
「もとよりそのネクストと戦うことも想定してきてるんです。俺のACがあそこに置きッぱになるんですよ!」
その言葉にシャルさん呆れの一言。
『だから無茶しすぎよ。それに、あれを説得できる訳ないじゃない。』
その言葉を聞いた俺は、思わず言った。
「説得はしても意味はないんです。あいつが俺の命を狙う理由は憎しみだけじゃないんです!!!」
紫蘭の戦う理由とは