結城友奈は勇者である 〜勇者と武神の記録〜 作:スターダストライダー
さぁ、市川 晴人の戦いに、刮目せよ!
「全部で12体……。こいつはさすがに骨が折れそうだな」
気絶した園子を須美に任せた後、晴人は1人、海の上に僅かながら突き出ている木の根の上に着地する。眼前には、完全体とまではいかないが、徐々に見覚えのある外形になりつつある生命体『バーテックス』がこちらに向かって来ている。その存在感は、圧巻の一言に尽きる。
ゴクリと息を呑む晴人。敵はまだ不完全だが、それでも圧倒的な物量に圧されると、対処が厳しいかもしれない。晴人は呼吸を整えながら自分のすべき事を考える。
「今は、確実に一体ずつ潰していくしかないな……。あのデカい獅子型は後回しにして、周りのやつから倒す。そうすれば、本当にお役目も終わって、もう誰も犠牲になんかならない……!」
晴人は満開ゲージに目をやる。もう少しで満タンになりそうだった。このまま戦闘に入ればすぐに満開を行使する事も可能だろう。その力があれば、バーテックスといえど倒す事も絶望的ではない。
「……けど、それじゃダメなんだ……!」
晴人はそう否定する。脳裏に浮かぶのは、壁の外に出て、そこで現実を目の当たりにした後で園子の口から告げられた、自分達の身に降りかかる事。即ち満開とその後に付いてくる代償。
「(満開を使えば、その後は体のどこかを供物にされて、その機能を失う……! そうやって勇者は、武神は、体を犠牲にして戦っていくしかない……!)」
それは、勇者システム並びに武神システムにおける、悍ましい部分。皆を守るには、自分が犠牲になる事も可能だ。しかし、晴人はそれを否定する。
「そうやってあいつらを退けても、戻ってきた時、俺の体を見てあいつらを泣かせちまう……! それだけは、もう嫌なんだ……!」
あの日、3体のバーテックスを退け、世界を守った代償として、胃の半分を失い、身体中に傷が生じた。その時に須美達が流した涙を忘れてなどいない。あのような悲しい顔をさせたくない。
ならば……。
「満開は……使わねぇ!」
晴人はそう宣言し、手に持っていたハチマキを頭に巻く。満開のシステムは、自分が使う意志を示さなければ発動しない。無論、満開なしで戦う事になればそれだけバーテックスを倒すのも苦労が伴う。
大丈夫だ、今の自分は、師匠譲りの負けん気と根性がある。今まで培ってきた実力で、全てを終わらせる。晴人は自分にそう言い聞かせながら、ハチマキをギュッと握りしめた。
額には日の丸が刻まれており、この世界を、そしてそこに生きとし生けるもの達を背負う覚悟が露わとなっている。
「いくぜバーテックス……いや、神様の使い!」
人一倍気迫のこもった声を震わせ、前方に向かって叫ぶ晴人。今までと違って、隣には共に支えてくれる仲間の姿はない。が、その後方には目には見えない、繋がりがある。その人達から受け取ったバトンは、こうして1人の武神を後押ししてくれる。無限に力が溢れてくるようだ。
「お前らが、俺達人間を襲おうとする理由はよく分かるぜ……! けどな! だからってこのまま指咥えてばっかじゃないのが、人間のスゲェ所だ! だから絶対に諦めねぇ!」
薙刀を強く握りしめて、一振りしてから再び叫ぶ。
「神樹館小学校6年1組を代表して、この市川 晴人が、人間の底力を、見せてやるぅ!」
友達を、皆を、守る為に。
市川 晴人は勇者になる。
「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」
飛び上がった晴人に向かって、最初に仕掛けてきたのは乙女型。晴人にとって、初めて相手にするバーテックスだった。それもそのはず。乙女型は武神達がお役目から一時的に外れている間に、残された3人の勇者だけで戦った相手なのだから。尻尾からいくつもの卵型の塊を飛ばして、晴人を近づけさせないようにしてきた。
それに対し、晴人はリーチの長い薙刀で一つ一つを斬り伏せて、爆発によるダメージを回避する。乙女型はなおもゴリ押しとばかりに塊を飛ばして、晴人の動きを阻害する。
「先ずは、お前だ!」
埒があかないと考えた晴人は空中で蹴って加速し、塊を避ける形で一直線に乙女型に突撃し、刃を乙女型に向ける。
乙女型は回避する間もなく頭を貫かれ、脳天が割られた箇所から光が天高く昇り、体は砂となって消滅した。
「ッシャア! 先ず一体!」
だがまだ終わりではない。続いて向かってきたのは、最初のお役目で戦った水瓶型。水球を飛ばして晴人の身動きを封じようとしていた。
「クッ……!」
一旦地面に着地してから、限られた足場を使って最小限の動きで、薙刀を振り回して水球を弾き飛ばす晴人。そこへ双子型が晴人を挟み込む形で突進してくるのが見えた。危険と判断した晴人は飛び上がるが、ハッと気づいた時には、山羊型の4本ある角の一つを飛ばして、晴人に直撃させていた。
悲鳴をあげる間も無く吹き飛ばされる晴人。ダメージそのものは目の前に現れた精霊、伊弉波が張ってくれたバリアのお陰で入らなかったが、衝撃だけは打ち消される事なく、水面をバウンドしながら陸地に足をつけた。
「……ッ! やってくれるぜ……!」
海の水で濡れた顔を拭いながら、再び飛び上がり、山羊型めがけて突撃を試みる。が、不意に水瓶型が直線上に立ち、晴人めがけて体ごと攻め上がってきた。マズイと思った晴人が回避しようとするが、突然どこからともなく突風が吹いてバランスが崩れた。見れば、天秤型が勢いよく回転を始めて、暴風を起こしている。強風に煽られている姿を見て、水瓶型は右腕の巨大な水球に晴人を閉じ込めた。
水中の中でも暴風が吹き荒れており、体を揺さぶられながらもがく晴人だったが、不意にカッと目を見開いて、薙刀を両手に持って天秤型が起こした風に乗るように自ら回転を加える。すると、晴人を中心に小型の竜巻が発生。その竜巻は水瓶型の右腕にあった水を巻き込み、巻き上げられていく。
「〜〜〜〜〜〜!」
そしてその回転を維持したまま、水瓶型の胴体めがけて突撃し、粉々に砕き、しばらくしてから崩れるように砂となり、光が昇天していった。周囲に水がなくなり、再び突風に晒される晴人だが、
「へッ! お前の弱点はもう分かってんだ! ここだぁ!」
倒し方が分かっている相手ならば、という事もあってか、強気な笑みを浮かべて再び自ら回転を始める晴人。天秤型の中心部まで高く舞い上がり、頭部めがけて急降下し、一直線に砕いた。前回ならここで破片が飛び散って多量の切り傷が生じた所だが、今回は精霊バリアによってその心配もない。天秤型も難なく消滅させて、再び地に足をつけた。
「ハァッ、ハァッ……!」
自分でも何回転したか分からないほど、スタミナを消費した晴人の吐息は荒い。そんな彼に御構い無しとばかりに、山羊型が4本の角を収束させて、回転させながら晴人を潰しにかかる。
「まだまだァァ!」
勢いよく反動をつけて飛び上がった晴人は山羊型の攻撃を回避し、付け根の部分めがけて薙刀を振り下ろす。角を繋いでいたワイヤー部分が千切れてバランスを崩す山羊型。チャンスとばかりに一刀両断した晴人は、消滅する前に崩れていく山羊型の胴体を足場にして更に飛び上がる。向かう先には牡牛型が。牡牛型も狙われている事に気付いたのか、頭上のベルを鳴らして晴人の進行を阻害する。
「くぅ……! いつ聞いても嫌な感じだぜ……!」
数分前にも味わった攻撃を前に顔をしかめる晴人。すると横手から黄色くて鋭く尖った針のついた尾が接近し、晴人に突き刺さる。
「グアッ……⁉︎」
踏ん張る晴人。突き刺さった部分は伊弉波がバリアを張って守ってくれている。蠍型が奇襲を仕掛けてきたようだ。蠍型は力任せに尾を押し出して、晴人を空中に吹き飛ばす。空中でバランスを整えた晴人は落下しながら薙刀を構え直して蠍型に挑む。再び尾を突き出す蠍型だが、もうその手は晴人には通じない。
薙刀で弾きながら胴体を切り刻み、顔の部分に突き刺すと、蠍型のバランスが崩れた。薙刀を引き抜いた晴人は一旦飛び上がり、薙刀を振り下ろすと、蠍型を下方めがけて押し倒した。丁度蠍型が落下する地点には牡牛型の姿もあり、巻き込まれる形で衝突。牡牛型のシンボルとも言えるベルが、蠍型の鋭い尾で粉砕されるのを確認した晴人は薙刀を握る手に力を込める。
「気合いだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
勢いよく2体のバーテックスを地に伏せた晴人。牡牛型と蠍型は同時に砂となって消滅した。
「!」
ホッと一息もつかぬ間に、新たな攻撃が迫ってきた。正面から降ってきたのは青白い無数の針。薙刀を振り回して弾き飛ばすが、それで全てを防ぎきれずに、針が晴人の全身を襲う。更には晴人の両脇をすり抜けていった針が、現れた反射板に跳ね返され、背後からも針による一撃が襲いかかり、冗談抜きに息が止まりかけた。バリアの加護もあり、体を貫く事はなかったが、一つ一つの衝撃を直に浴びてしまい、意識が飛びかける。それでもどうにかして自身を奮い立たせ、顔を見上げる。
射手型と蟹型が晴人を挟み込む形で佇んでいる。
「……ヘッ。そういや、お前らには随分と世話になったな」
当時の事を振り返る晴人。今の攻撃も、この2体が揃ってこその連携であり、その恐ろしさは、重症を負ったその身を以て知っている。故に彼といえど震えが止まらない。だが、臆してばかりもいられない。乗り越えなければならない壁である事は、彼が一番よく分かっている。
「根性の見せ所だな!」
一度見た事のある相手だからか、それともあれから鍛え直した事による自信なのか分からないが、今の晴人には恐れをなしている様子は見受けられない。
降り注ぐ針の嵐を掻い潜るように突き進む晴人は、射手型の真下にたどり着き、一気に飛び上がる。そこならば針が届く事がないのを知っているのだろう。
「今の俺なら……負ける気がしねぇ!」
射手型が胴体を動かして口の部分を真下に向けようとする間にも、晴人は薙刀を突き出して射手型を吹き飛ばした。蟹型が尾についた鋏を突き出してくるが、ヒョイとかわして足場にしてから飛び上がり、ある程度距離を詰めたところで薙刀を投げて突き刺す。そして追いついてからそれを掴むと、横一直線に引き裂いた。射手型は真っ二つに割れて、そのまま落下する。斬り裂かれた射手型の胴体は巨大な質量の物体として、蟹型の視界を遮り、上から奇襲をかけてくる晴人の存在に気づかなかった。
「くらぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
咄嗟に蟹型が突き出した反射板を砕きながら、顔面めがけて薙刀を突き刺した晴人。亀裂が入り、遂には粉々に砕け散った蟹型が、先に倒された射手型と共に消滅していくのにそれほど時間はかからなかった。
ここまでで晴人が満開を行使せずに、便宜上ではたった1人で倒してきたバーテックスは8体。半分は討伐できた事になっている。それだけでも奇跡に近い業績だ。事実、晴人の全身を構成している骨という骨が悲鳴をあげているのだ。先ほどの射手型の攻撃が影響しているようだ。
「ッ、ハァッ……! まだ、マダァ……! どこに、いる……!」
それでもまだ終わりが見えてこない事を、否、恐らく一生終わりがこないかもしれない事を、彼は知っている。だからこそ、今はまだ動ける自分が敵を倒すべく、次の標的を探す晴人。
そしてその相手は自分から攻めてきた。
「……⁉︎」
地面から飛び上がるように体当たりをかましてきたのは魚型だった。地面に身を潜めて反撃のチャンスを伺っていたのだろう。
「マジかよ……! こいつ潜れるのって水の中だけじゃなかったのか!」
まさか陸地まで潜れる範囲だと気づけずに舌打ちする晴人。再び地面に潜り込まれる前に対処しなければ、と考えながら体勢を整えて降下しようとするが、それを阻むように、双子型が急接近して双方から飛び蹴りを放つ。
「グァッ……!」
海の中に位置する、小さな陸地に叩きつけられた晴人は双子型に踏みつけられる形で羽交い締めにされた。更に双子型の上空からは牡羊型が接近してきて、電撃を小さな的めがけて放つ。庇うように現れた伊弉波が張った精霊バリアによって電撃そのものは届いていないが、衝撃だけは阻止できず、全身が打ち付けられ続けていた。ある程度放電を終えた牡羊型が突進を仕掛けてきた。同時に魚型も海中から飛び出して、牡羊型と共にタックルを仕掛けてきた。どうにかして体を起こして脱出を試みる晴人だが、双子型に行く手を阻まれてしまっている。
大きな轟音と共に、2つの巨体が晴人のいた地点を覆い被さるように粉砕した。煙が舞い上がり、晴人だけでなくバーテックス達の姿も確認できない。
「守るって、決めたんだ……!」
だが、土煙の中から聞こえてきたのは、気迫のこもった少年の、力強い一言。刹那、薙刀の一振りで土煙は払われ、巻き込まれた双子型が一瞬で切り裂かれ、2体同時に砂となって消滅した。魚型も牡羊型もその一撃で怯んだのか、後退を始める。
「人間として……!」
逃すまいと、目線を鋭く尖らせて、牡羊型に直進するとすれ違いざまにその首を両断。そして振り返りざまに振るわれた刃が牡羊型の頭部を粉砕し、消滅した。
魚型が2人海中に潜り込もうとするが、それよりも早く、晴人が薙刀を魚型の胴体に突き刺して、引っ張り上げるように薙刀を振り上げ、上空に飛ばす。
「戦うって……!」
薙刀が魚型の胴体から離れて、魚型が宙を舞っている。そこで一旦着地してから足に力を込めて、勢いよく飛び上がると、薙刀の柄を強く握りしめて、下からすくい上げるように刃で切れ込みを入れる。
「セイヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
火花を散らしながら魚型の胴体を滑るように斬りつけて、文字通り一刀両断して、魚型を撃退。砂になりながら、胴体は海の藻屑となっていった。
魚型の消滅を見届けた晴人は、地面に足をつける。が、すぐに両足が震えて膝をついてしまう。
「ハァッ……! ハァッ……! これで、後は……⁉︎」
極度の体力消耗でぼやけ始めた晴人の視界に捉えたのは、小型の太陽のようなものを形成し始める獅子型。辺りに熱気が立ち込めてくる。どうやら星屑を出して時間稼ぎをするつもりではなく、速攻で神樹を破壊しようとしているようだ。
「! させるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ジャンプするというよりも、反射的に飛び跳ねるように舞い上がったのと、小型の太陽が発射されたのはほぼ同時だった。どれだけ視界がボヤけていても、太陽の明るさぐらいは確認できる。震える手に力を込めて、薙刀を突き出す。直線上には間に合わないが、下からすくい上げるところには届いている。今の体力では、薙刀を突き出しただけではビクともしないだろう。そこで晴人は、自身の体ごと太陽にぶつかっていく作戦に出た。精霊バリアがあれば、火傷する事もない。パートナーである伊弉波を信じ、吠えながら突撃する晴人。
「……ッ!」
結果は、ある意味で見え透いていたと言えよう。
本当ならそのまま太陽を消滅させたかったのだろうが、逆に弾かれて、華奢な体は地面に勢いよく叩きつけられた。そして、押された側はルートを大きく逸らされて、神樹ではなくはるか上空へと飛ばされ、見えなくなった。神樹や晴人の後方にいる須美達に届く事は無かったが、その代償は大きい。
「……ッハ……。グフッ……」
ボロボロになり、晴人は樹海の根の上に突っ伏している。息をするのもやっとだ。その全身はバラバラになりそうな苦痛に包まれていた。骨は3、4本折れていてもおかしくない。もう嗅覚がなくなった事も、心臓が動いていない事も、気にならなくなるほどだった。満開を使い続けた際に起きる代償や世界に隠された残酷な真実を知った時の精神的ショック。そしてここに至るまでに倒してきた11体のバーテックスとの連戦。それら全てが1人の無垢なる少年の身に降り積もり、意識も途切れかける。
獅子型は、攻撃が届いていない事を察して、更に接近してきた。このまま侵攻を許せば、世界は死ぬ。それだけは絶対ダメだと、晴人自身も分かっていた。だが、体が言う事を聞いてくれない。
「(ここまで、なのか……? 俺は、結局、こいつらを、全部、やっつける事も。……友達も、約束も、守れない、のか……?)」
薄れる意識の中、段々と諦めモードになる。
園子の推測が正しければ、もうこの世界は終わっている。実際に死にはしないが、死にそうな苦痛に耐えてまで守る価値が、この世界にあるのだろうか。考える事さえ、無駄なのではなかろうか。
目を閉じかける晴人。そんな彼を見下すかのように侵攻する獅子型。
その瞬間、晴人は確かに、声を聞いた。誰かがそばにいるわけでもない。空耳かもしれない。それでも、彼はこんな言葉を耳にした。
ーーーお前達は、何故戦うのだ?ーーー
「勇者、だから……! 武神、だから……! ……人間だからに、決まってんだろぉがァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
声を高く張り上げて、全身の力を振り絞り、立ち上がる1人の少年がいた。もしかしたら、獅子型が問いかけたかもしれない言葉に、晴人は全力を持って答える。
「危うく、諦めちまう、ところ、だったぜ……。そう、だよな。須美も、みんなも、今日まで、俺と一緒に、頑張ってきたんだ……!」
目線だけを後ろに向ける晴人。姿は見えないが、そこには鳴沢 巧が、神奈月 昴が、三ノ輪 銀が、乃木 園子が、そして鷲尾 須美が、自分の帰りを待ってくれている。最後に確認できた段階では、須美の戦意は喪失し、他の4人も気を失っていてまともに戦える状態ではないはずだ。
今、神樹や仲間を守る事が出来るのは、市川 晴人だけだ。だからこそ、ここで挫けるわけにはいかない。
「う、ウゥ……!」
体は重く、目もくらみ、頭が朦朧としている。だがそれでも、まだ生きている。動く事は出来る。仲間との繋がりは、まだ残っている。
ならば、彼は歯を食いしばり、何度でも立ち上がる。
「俺はぁ……!」
晴人は叫んだ。
「俺は……市川 晴人は、みんなが大好き、ダァァァァァァァァァァ……!」
色々と迷惑をかけたかもしれないが、それでもこんな自分を生み、育ててくれた両親と祖母。
幼稚園や神樹館小学校に編入する前まで通っていた小学校の頃、仲良く遊んだ友達。
神樹館小学校のクラスメイト。
指導してくれた安芸や源道。
うどん屋の店員達。
行きつけのジェラート店を初めとした、イネスで働く店員達。
四国で暮らす人々。
そして……鷲尾 須美、三ノ輪 銀、乃木 園子、鳴沢 巧、神奈月 昴。
まだ、たったの12年程度しか生きていないが、色々な人に出会ってきた。善人ばかりではない事は、この世界の真実を目の当たりにしてよく分かった。きっと大赦の面々は、この事を晴人が生まれるずっと前から知っていたはずだ。知っていてなお、真実を隠し通したまま、晴人達に武器を支給して戦わせていた。出来れば話してほしかった気持ちもある。知っていれば、モチベーションだって変わっていたはずだ。無論、知らされていても、自分は戦う事を降りなかったはずだ。
守りたいからだ。誰もが一生懸命に生きていこうとする、この世界を生きる人々を。たとえどんな困難がその先に待ち構えていたとしても仲間がそばにいる限り、ずっと。
「だから、絶対に、諦めるもんかァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
その時だった。晴人は自身の体に何かが入り込む感覚を覚える。同時に全身をエネルギーのようなものが駆け巡っているのを実感する。そればかりか、元々短かった髪の毛が急に伸びて、地面にギリギリ付いていないところまで伸びきった。
自分の外観が変わった事に気付き、驚く晴人の姿は、まるで『伊弉波をその身に宿している』かのようなものだと言えよう。
満開とはまた違った意味で、力が溢れてくる。そう確信した晴人は地を蹴り、獅子型へ向かって跳躍する。長髪も無重力で舞い上がる。
姿が変わった晴人を見て、危険を察したのか、獅子型が星屑を召喚する。が、晴人は見向きもせずに首をグルグル振り回すだけで通り過ぎていく。すると、晴人の髪の毛が刃のように鋭くなっており、星屑は微塵切りされて消滅した。そして晴人は薙刀を構えて、勢いよく振り回す。
「オォォォォォォォォォォォォォォ!」
素早い斬撃が、獅子型に確かにダメージを与えていく。獅子型はなおも大量の星屑を召喚し、晴人の全身を覆い尽くすように貪ろうとする。
「お前らの好きには、させねぇ!」
だが晴人は諦める事なく、体を回転させて再び髪の毛だけで星屑を霧散させる。そして勢いを止める事なく、獅子型を切り刻んでいく。その度に逃れようと星屑を出し、その度に薙ぎ払う晴人。
「何百回だろうが、何千回だろうが、何万回だろうが……!」
晴人は切り刻んでいく。その身に精霊を宿した事が関係しているのか、体力の消耗が、今まで以上に激しい。
「何度でも立ち向かう! それが人間だぁ!」
己の体に鞭を振るい、更に加速する晴人。自分でも制御できているのか怪しくなるほど、晴人が織りなす斬撃は獅子型を追い詰めていく。
気がつけば、獅子型は陸地からかなり離れた海上まで後退していた。それでもなお抗おうとする最強格のバーテックス。晴人は空中を蹴るように駆け巡り、攻撃の手を緩めない。段々と薙刀の刃が刃こぼれしているのが見える。両手の感覚はほぼ失われている。薙刀を構えているだけでもやっとのはずだ。時折獅子型が体を動かして晴人を突き飛ばすが、停まる事なく反撃する。
獅子型が、恐れ慄いている。そう思った晴人は、ラストスパートとばかりに更に加速する。体の方がついてきていないのか、悲鳴が上がるが、そんな事を気にせず、本能のままに叫ぶ。
「人間を、なめるなぁ、バーテックスゥ! 人間は、弱くなんか、ない! 『友達』がいるから、強くなれる! 『魂』があるから、挫けない! 『約束』があるから、絶対に諦めなぁい!」
上空へ飛び上がり、ボロボロになった薙刀の刃を獅子型に向けて、狙いを定める。対する獅子型は自らが太陽となり、晴人めがけて突っ込んでくる。晴人は臆せず、全身に力を込める。
「それを証明するのが、この俺! 武神、市川 晴人ダァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
かつて人類を壊滅へと追い込んだ究極生命体と、神世紀286年に生まれ、神に選ばれた1人の少年。
2つの存在が衝突し、かつてない爆発が樹海の一角を埋め尽くす。
「オォォォォォォォォォォォォォォ!」
太陽を突き破るように晴人の体がめり込み、勢いよく前進する。視界が薄れていくなか、晴人はオレンジ色の逆四角錐を発見する。少し前に目撃した、獅子型の体の一部と思わしき物体。あれがバーテックスの心臓部であるならば、それを砕くだけ。
目前に迫ったところで、薙刀は砕け、武神姿も解けようとしている。
「イッケェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!」
文字通り最期の力を振り絞り、前へ前へと体を進める晴人。そして、薙刀を失った右手を固く握り締め、思いっきり振り下ろした。
物体に拳が当たり、亀裂が入り、それは全体に広がっていく。
「……!」
刹那、割れ目からほとばしったエネルギーの波らしきものが、晴人を押し返す。気がつけば、眼前に物体はなく、代わりに獅子型の体が砂となって消滅していく姿が、確認できる。
今度こそ、攻めてきた12体のバーテックスは全部倒しきったと確信する。だが、またあの時のように復活する事も十分あり得る。そう思って再びバランスを取ろうとするが、体が全く言う事を聞いてくれない。そこでようやく、力を使い果たして無抵抗のまま自分の体が落下している事に気づく晴人。須美達がいた方向には、これといった被害は見受けられない。守りきれたようだ。晴人は安心する。
もう指の一本さえ、動く事が叶わない。視界が暗くなっていく。このまま目を閉じたら、もう戻ってこれないかもしれない。一抹の不安がよぎる晴人。
「(……あ)」
その時、妙な光景が飛び込んできた。目の前を、人の形をしたものが同じ速度で落下していく。それは段々と距離が離れていく。
「(あれは……俺だ)」
晴人の体が、戦いが始まる前の制服姿の、自分自身の体が落下している。自分の体を第三者の視点から見ている事に違和感を覚えるが、すぐに気づく。
今の自分は精神。目の前に見えるのは肉体。
「(どこへ行くんだ……? 俺の体は、そして俺自身は、一体……)」
そう考えていると、精神の塊となっている『晴人の精神』が温かいものに包まれているように感じた。何かと溶け合っていくような、不思議な感覚だ。
「(神樹様……? 俺は今、神樹様の中に、入って……?)」
直感的に、精神が神樹に取り込まれていくのを悟った。が、不思議と恐怖心はなかった。代わりに浮かんだのは、須美達への謝罪の言葉。
「(……ゴメン、みんな。イネスに行くって、約束したのに……。ちょっと、果たせそうにないな、今は)」
けど、これだけは、言わせてほしい。段々と遠ざかる『晴人の肉体』が、頭から解けたハチマキを右手に掴んでいる姿をボンヤリと見つめながら、薄っすらと笑みを浮かべ、そして呟く。
「みんな……、ありがとな……」
皆がここまで支えてくれた事。一時的とはいえ守りきった事。素晴らしい仲間に出会えた事。それら全てに感謝しながら、安堵の表情を浮かべて、最期の意識を手放す。
そして。
『肉体』は、静けさを取り戻しつつある海に向かい……。
『精神』は、神樹が見える方向へと飛んでいき……。
『市川 晴人』の物語は、一度目の完結を迎えた。
人間として最後まで戦い抜いた勇者、武神達の生き様、いかがでしたでしょうか?
なお、今後はゆゆゆ編に入る前に、いわゆる空白期と称してエピローグを投稿する方針です。一応3話構成です。
また、冒頭でも言いましたが、皆さんにお願いしたいのは、このシリーズのわすゆ編で、『特に一番良かった話』を、コメントを介して教えていただけたらと思っております。
因みに作者としましては、『第22話』と『第23話』はそれなりに力を込めて執筆した所存でございます。
それでは、皆様からの温かいコメントを待ちつつ、エピローグでまたお会いしましょう。