結城友奈は勇者である 〜勇者と武神の記録〜 作:スターダストライダー
国土 亜耶さんの中の人が休業となり、ゆゆゆいにも収録済みのものしか入ってこないようです。
心配ではありますが、無事にあの可愛い声で帰って来てくれる事を、皆さんで神樹様に祈りましょう。
放課後、風からの指示で2手に分かれて、仔猫を引き取りに向かう事となり、2年生一同と3年・1年の合同組に班分けされ、港町に足を運んだ。
嫌々ながらもスマホを片手に進んでいく夏凜を先頭に、友奈達も後に続く。やがて工場地帯に足を踏み入れた所で、夏凜が不意に立ち止まり、たじろぎ始めた。
「……っていうか、ここどこ⁉︎」
どうやら自分達が今いる場所に見当がつかないようだ。スマホを覗き込みながら、東郷は右側に指をさした。
「この住所なら、あっちね」
「……わ、分かってたわよ! ま、まだこの辺りの地理に慣れてないだけよ!」
「気にすんなって。意地張る必要ないぜ」
「ち、違……⁉︎」
兎角の指摘を受けてなおも狼狽する夏凜を見て、一同はニヤニヤが止まらない。
ひとしきり笑った所で、友奈が懐からある物を取り出す。
「そうだ、みんな! 協力してほしい事があるんだ!」
『?』
彼女以外の面々が頭の上に『?』を浮かべる中、友奈が見せたのは、ボールペンと1枚の用紙だった。
同時刻。
風達は堤防沿いにある家の前に到着していた。この家で拾われた仔猫を引き取り、要望のあった飼い主の所に引き渡すのが、今回のミッションだ。
「ここッスね」
「すいませーん! 讃州中勇者部でーす!仔猫を引き取りに来ましたー!」
そう言って風が扉に手をかけようとしたその時、藤四郎の声がそれを遮った。
「ちょっと待て。何か聞こえて来てるぞ」
「えっ?」
藤四郎に待ったをかけられ、他の3人も黙り込むと、確かに扉を挟んだ向こう側から、少女とその母親らしき声が聞こえてきていた。それも、穏やかさを感じさせるものではなく。
『絶対ヤダ! この子を誰かにあげるなんて! 私が面倒を見るの!』
『でもね……。うちでは飼えないのよ』
これを聞いて、4人ははたと悩んでしまう。
「もしかして、仔猫を連れていくの、嫌だったのかな」
「あちゃ〜……。もっとよく確認しておけばよかった……」
「どうするんスか? ずっと泣き続けてるし、このままにしておくわけにはいかないッスよ?」
各家庭にも事情があり、仔猫を飼うのが困難だと判断すれば、いくら子供が反対しても簡単には引き下がれないのが母親の心情だろう。しかし、それだからと言って子供の必死な懇願も無碍にはできない。
どうすればいいのか。迷う一同の中で最初に顔を上げたのは、藤四郎だった。
「何とかしよう」
「そうね。このままじゃ何も解決しないし」
「な、何とかって……」
風も藤四郎に続いて、この事態に対処するべく一歩前に踏み出す。表情を整えた後、改めて扉に手をかけて、横に引いた。
「失礼します! 讃州中学勇者部の者ですけど……」
「あの家のお母さん、仔猫の事考え直してくれて良かったね!」
「……うん」
「兄貴と風姐さんのお陰で喧嘩にもならなかったし、さすがッスよ!」
「引き取ってくれると言ってくれた人には、申し訳ない事をしてしまったがな」
チュッパチャプス(コーラ味)を口に咥えながら、これからの事を考える藤四郎は、他の3人と共に橋を渡っていた。
話し合いの結果、仔猫は引き取る事なく、引き続きあの家で面倒を見てもらう事となった。母親も最初のうちは難色を示していたが、上級生達の説得の末、子供の意見を優先する事となった。藤四郎が言っていたように貰い手の要望を蹴る形となってしまった為、後日、事情説明と謝罪の為にもう一仕事するのは確定だが。
そして現在、別行動をとっている2年生と合流して、報告しあう為に部室へ戻る途中であった。気がつけば辺りは夕日に染まっており、説得に相当時間をかけていた事が分かる。
そんな中、空のゲージを持って歩く風の表情は、昼間と打って変わって影が差してした。やがて足を止めて、ポツリと一言。
「……ゴメンね、樹」
「? 何で謝るの?」
「……樹を、勇者なんて大変な事に巻き込んじゃったから」
「ね、姐さん?」
唐突に謝られても、困惑するしかなく、思わず呆然となって立ち止まる下級生達。
「さっきの子。お母さんに泣いて反対してたでしょ?」
「そうッスね」
「……それてさ、思ったんだ。樹を勇者部に入れろって、藤四郎を通じて大赦に命令された時、あたし、やめてって言えばよかった。さっきの子みたいに、泣いてでも……」
そう独白する風の手は震えており、次第に声も震え始める。
少女がそうしたように、自分も姉としてのプライドを捨ててでも、樹を戦場に駆り出す事に、反対の声をあげ続けるべきだったのでは。危険だと分かっていれば、もっと強い覚悟が自分に備わっていれば。言い出したらキリがなさそうに、風は語り出す。隣にいる藤四郎は何も語らない。
「そしたら、少なくとも樹は、勇者にならないで、普通に」
「何言ってるのお姉ちゃん!」
不意に樹の声が、それを遮る。風の視界の先には、初めて勇者に変身しようとした時と酷似した、強い眼差しを向ける妹の姿が。
「お姉ちゃんは間違ってないよ」
「そ、そうッスよ!」
「でも……!」
「私、嬉しいんだ。守られるだけじゃなくて、お姉ちゃんと、みんなと一緒に戦える事が」
夕日を見つめながらそう語る樹の表情は朗らかで、凛々しいものを感じさせた。逆に呆然となる風に対し、この2人からも言葉をかけられた。
「樹の言う通りッス! だから風姐さんは、もっと部長らしく、んでもって姐さんらしく、ドーンと構えてればいいんスよ! おいら達もそれに続くッス!(んでもっていつかは、兄貴達の隣に……)」
「まぁ、巻き込んだって意味じゃ、俺だって同じだからな。とやかくは言えないが、あまり気負いすぎるなよ。不安で押しつぶされそうになるってんなら、その時は俺が、俺達がカバーする。……要するにお前は1人じゃないって事だ」
「藤四郎……、冬弥……」
3人の言葉を聞き、自然と肩の力が抜けていく風。ものの数秒もしないうちに、笑みが戻っていた。
「ありがと」
「えへへ。どういたしまして」
「……フフッ。樹ったらなんか偉そう!」
「アハハ!」
「さてと、じゃあ立ち話もアレだからな。そろそろ兎角達も戻ってきてるだろうから、暗くならないうちに戻るか」
「そうね。部室に戻ったら、樹は歌の練習ね」
「アゥ……! そうだった……。が、頑張る!」
「その意気ッスよ樹!」
部室に戻った後の事を話し合いながら、再び歩き始める一同。風達の後ろ姿を見つめながら、藤四郎は残り少なくなったチュッパチャプスを解かしながら、心の中で呟く。
「(こいつらといると、本当に退屈しないな。……竜一、お前だったら、きっとそう思うだろ?)」
そして迎えた、歌のテスト本番。
クラスメイト達は多少の緊張こそあれど、これといったミスもなく、最後まで課題曲である『早春賦』を歌い上げた。勿論冬弥も例外ではなく、難なく課題をクリアしていた。
そうして次々とクラスメイト達が歌い終える中、現時点で問題の多い樹の出番は刻一刻と迫っていた。
「(大丈夫……! 昨日だってちゃんと練習したんだし……!)」
「はい。次は犬吠埼さんね」
「は、はい!」
上ずった声を出しながら立ち上がり、黒板の前へと向かう樹。道中ですれ違った冬弥から「ファイトッス」と背中を押されながら、クラスメイトを見渡せる位置についた。
冬弥を含めた何十人もの生徒達の目線が向けられ、その事が樹の心臓の鼓動を早めた。震えの抑えが利かなくなりつつある。
「(あぁ、やっぱり……! 無理……!)」
せっかくほぐれかけてきた緊張がぶり返し、自信を奪っていく。段々と意識が遠のきつつある中、ピアノの音が鳴り始め、否が応でもテストが始まってしまった。慌てて丸めていた教科書を広げたその時、閉じられていた教科書のページの合間から、1枚の紙がヒラリと舞い落ちた。
身に覚えのない用紙の登場に戸惑う樹。先生に伴奏を止めてもらい、落ちてきた紙を拾って中を確認する。
「……え」
驚いた表情を見せる樹。
そこには、筆跡の異なるメッセージがいくつも書かれていたのだ。
『テストが終わったら打ち上げでケーキ食べに行こう!』(by友奈)
『自分に正直になれよ』(by兎角)
『周りの人はみんなカボチャ』(by東郷)
『成せば大抵何とかなる!』(by遊月)
『勇者は根性!』(by銀)
『頑張れ』(by巧)
『いっつんの歌は癒しのリズム〜!』(by園子)
『気合よ』(匿名だったが、消去法でby夏凜)
『人前で緊張する気持ちは僕にも分かります! そんな自分を受け入れて、前に進みましょう!』(by真琴)
『仲間を忘れるな』(by藤四郎)
『ファイト一発!』(by冬弥)
『周りの目なんて気にしない! お姉ちゃんは樹の歌が上手だって知ってるから!』(by風)
それは、勇者部員からのメッセージ。いつの間にこんなものを用意してくれたのか、そしていつ自分の教科書の中には仕込まれていたのか。疑問が頭の中を駆け巡る中、不意に同じ勇者部員の1人に目を向ける。彼は何かを察したのか、笑顔でサムズアップを見せてきた。
それを見て、自然と肩の力が抜けていくのを感じ取る樹。
「犬吠埼さん、大丈夫?」
「はい!」
先生からかけられた言葉に、元気よく返事をする樹。その声色からは、怯える様子も、緊張している様子も見受けられない。
「(私は、みんなと一緒にいる。勇者としてだって、この歌だって……!)」
伴奏が流れ始め、しっかりと前を見据えながら口を開き、声を腹の底から出していく。
教室に響き渡る、神樹に選ばれた1人の勇者の歌声は、まさに『神に祈りを捧げる』という、音楽のあるべき姿を創り上げたと言えるだろう。クラスメイトや先生がその美声に感嘆する中、樹が堂々と歌い続ける姿を、冬弥はしっかりと耳に刻み、もう彼女なら大丈夫だ、という確信を持った。
「樹ちゃん。歌のテスト、上手くいったかな……?」
「友奈発案のメッセージが冬弥の手でちゃんと届いてれば、大丈夫だと思うが……」
「大丈夫よ。あの子はあたしの自慢の妹なんだから」
「ふーみん先輩の言う通りだよ〜。いっつんなら心配ないよ〜」
「そだな!」
放課後の部室では、先輩達が2人の到着及びテストの結果を今か今かと待っていた。仔猫を引き取る依頼の際に、友奈の発案で部員のメッセージを樹に贈る作戦を実行し、部室に戻ってきた後で樹以外の3人にも説明してメッセージを書いてもらい、それを当日ギリギリまで隠して、その時が来たら見てもらうように、冬弥にこっそりメッセージを教科書に挟んでおくように指示を出していたのだ。
結果が気になる中、ちょうどそのタイミングで、1年生が部室に到着した。
「お、戻ってきたか」
「ど、どうだった2人とも⁉︎」
友奈が緊張しながら尋ねてみると、2人は同時に笑顔を浮かべた。
「バッチリでした!」
「おいらもッス!」
それを聞いて、部室内は歓喜に包まれた。巧も、皆ほどではないが、安心したように微笑している。
「やったね!」
「お疲れ様。冬弥も樹も頑張ったな」
「きっと皆をカボチャだと思ったのが良かったのね」
「そんな事書いてたんですか⁉︎」
「カボチャって……」
「まぁ過ぎた話だし、とにかく合格できたんならそれで良し、だな!」
「夏凜さんも、ありがとうございます!」
「わ、私は別に、その……」
「ほらほら〜、照れちゃってさ〜」
「つ、突っつくな銀!」
樹に手を握られて顔を赤くする夏凜に、茶々を入れる銀。そうして樹は皆とハイタッチしながら、最後に姉と向き合い、改めてお礼を言った後、人一倍元気なハイタッチを決める。姉妹の、喜びに満ちた、活き活きとした姿が、確かにそこにあった。
そして興奮冷めやまぬまま、この日は連絡事項の確認等だけで済み、早めに部活動を終えた一同は帰宅。その道中にて、川沿いで自転車を押しながら歩く犬吠埼姉妹の間でこんな会話が。
「あのね、お姉ちゃん」
「?」
「私、やりたい事が出来たよ」
「えっ、何々? 将来の夢でも出来たって事? だったらお姉ちゃんに教えてよ」
「……秘密♪」
「えぇ〜……。誰にも言わないから、ね?ね
「ダーメ、恥ずかしいもん」
「ちぇー、残念」
心底残念そうな表情を見せる風だが、姉としても無理に聞き出すつもりはなさそうだ。
「……でも、いつか教えるね」
「じゃあ、そのいつかが来るまで、気長に待つわよ」
夕日に照らされながら、そんな約束を交わす姉妹であった。
それから数日後。樹は風に内緒で、とある場所に大きめのカバンを持って出向く事となった。
やって来たのは、歌のテストの練習場として使用したカラオケボックス『MANEKI』。個室を借りて樹が最初に行ったのは、パソコンやスピーカーなどといった機材のセッティング。これから自分の歌声を録音する準備を進めているようだ。
1人内緒でこのような事を始める発端となったのは、歌のテストが終了した直後の事。
『樹ちゃん、歌うまーい!』
『そ、そうかな……?』
『聴き惚れちゃった!』
『歌手目指したら? きっとアイドルも夢じゃないよ!』
『私、ファン1号になるから!』
『か、歌手なんて……』
などと、最初はお茶を濁すように会話を繰り広げていた樹だったが、あれから悩んだ末に、『伊予乃ミュージック』が主催するボーカリストオーディションに、自身が作詞作曲した歌を送ってみる事に。姉にも相談せずに、初めて試みる事ではあったが、勇者部で培った勇気を糧に、樹は渾身の一曲を、心を込めて歌い上げる。
そのタイトルは『祈りの歌』。
「……ふぅ」
録音し終えた樹は、ホームページを開いて、曲を入れる手筈を整えていく。マウスを動かした際、机の上に置かれたカバンが床に落ちて、中身が散らばってしまう。
「あ……っと。その前に、先にこっち、っと……」
中身の回収よりも、パソコンの作業を優先する樹。
「(まだこれは、夢なんて言えない。やってみたい事が出来た。ただ、それだけ。けど、どんな理由でも良いんだ。頑張る理由があれば、私はお姉ちゃんの後ろじゃなくて、隣で一緒に並んで歩いていける……!)」
自身に満ち溢れた表情でマウスを持つ手を忙しく動かす樹。
そんな彼女の傍らに、カバンの中から出てきて散らばったタロットカードがあり、唯一表になっているカードがあった。
大アルカナのⅤⅢ(13)、名は『死神』。『破滅』や『衰退』、『終了』を意味するそのカードが指し示す、鳴子百合の勇者が進む未来とは如何に……。
ほぼ同時刻。犬吠埼家では、風が夕日の差し込むリビングにて、自前のスマホと向き合っていた。
そこには、大赦宛に向けられたメッセージの途中書きが。
『連絡。今後の戦闘であたしや藤四郎が戦闘不能になった場合、撤退の』
「……」
そこまで打ち込んだ後、しばらくの静止の後で、メッセージそのものを消去してしまう。
それからため息をついて、不意に数日前の朝の、樹との会話を思い返す。
『そんなの、あたしなりに理由があるからね』
『理由……?』
『……っ』
あの時は、妹を心配させまいと、わざと話を逸らした上で心にもない事を口にしてしまったが、風とて、戦う『理由』は胸の奥に刻み込んでいた。
「(あたしの『理由』は、バーテックスのせいで死んだ、親の仇)」
2年前のあの日、仮面をつけた大赦の面々から告げられた内容が、今もなお脳裏によぎる。あの日から、バーテックスという存在が彼女にとって憎悪の対象になったと言っても過言ではない。無論樹の前ではそんな物騒な事は言えない為、ほんの少しだけ真実をボカして樹に両親の死を伝えた。
「そもそも、凄く個人的な事だしね……」
そういった理由もあり、樹には嘘をついてしまったが、何れは面と向き合って話すべきなのだろうか。こんな時、親友を同じ理由で殺されている藤四郎なら、何て言ってくるのだろうか。
そんな事を考えていたその時、手に持っていたスマホから久々ではあるが、危機感あふれる警報が鳴り響いた。
「……!」
つい先日、藤四郎を通じて大赦から伝えられた件もあり、表情を強張らせる風。慌てて外に出ると、一筋の光が壁のある方に見えて、段々と背景そのものが変わりつつ、こちらに向かってきていた。
「……始まったって言うの? 最悪の事態……」
こうも唐突にその時が来ようとは。風の全身に、不安と連動して、自然と力が込み上げてきた。
「!」
同時刻に、竜一の墓参りに出かけ、水を取り替えようとしていた藤四郎も、懐にしまってあったスマホから『樹海化警報』が鳴り響いてきた事に気付いて、桶を地面に落としてしまう。
姿を見せた夜叉が藤四郎の傍らに立ち、スマホの画面を見せてくる。
「遂に、来たか……!」
大赦が予言した、最悪の事態。世界が巨大な結界に包まれていくのを見据えながら、一度深く深呼吸した後に、一つ気合いを入れる。
「(必ず勝つ……! 竜一と共に過ごした日々を、無駄にしない為にも……!)」
世界の存亡をかけた一戦が、幕を開ける……。
『祈りの歌』はホントに凄いですよね。特に9話のラストでのやつは、ある意味反則級でしょ(泣)。
そして次回から、大決闘の開戦!
〜次回予告〜
「ひと花咲かせるわよ!」
「アレいっときましょ!」
「頼もしい限りだ」
「合体したッス⁉︎」
「敵軍ニ、総攻撃ヲ実施ス!」
「おしおきっ!」
「そいつを、倒せぇぇぇぇぇぇ!」
〜大決闘(前編) 〜満開、発動セヨ〜 〜