結城友奈は勇者である 〜勇者と武神の記録〜   作:スターダストライダー

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ハッピーバレンタイン! (そしてリア充爆ぜなさい)


今回は、いわゆるクールタイムです。


22:夏期休暇のひと時

夏。

それは、日差しが最も照らされ、暑さを引き立たせる季節。

それは、かき氷やバーベキューをより美味しく堪能する季節。

それは、人々に開放感を与え、癒しを求める季節……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世間一般で言われる『夏休み』に突入してから早2週間。

この日、讃州中学勇者部の面々が訪れていたのは、校内でもなければ、自分達の住む地域内でもない。そこは、大赦の管理下にある旅館の近くに位置する、国内有数のビーチスポット。

夏休みに入る前に人知れず繰り広げられていた、人類の敵、バーテックスとの死闘の末、勝利を収めた勇者部。全12体を撃破したという事は、人類滅亡の危機を救った事に他ならないとし、彼らをサポートしていた大赦が手配したのは、合宿先の用意。

勇者といえど、中身は育ち盛りの中学生。一泊二日といえど、海で遊べたり、ご馳走にありつけたり、温泉でゆっくり浸かれるとあっては、断る理由もない。

 

「そんなわけで、私達は今、太陽がいっぱいの海にいます!」

「友奈、お前誰に向かって話してるんだ……?」

 

砂浜にて、隣を歩いていた兎角が意気揚々に語っている友奈に疑問を投げかける。

そんな2人を他所に、ビーチ専用の車椅子に乗った東郷を、遊月が後ろから押しながら悠然と進んでいた。

 

「しかし、人類の平和を守ったとは言っても、些か大袈裟な気もするんだよな。ここまで至れり尽くせりで良いのか?」

「病院で寝ていた分くらいは、遊んでも良いんじゃないかしら?」

 

珍しく肯定的な意見を出す東郷に、へぇ、と関心しつつ、遊月は周囲を確認する。

 

「それもそっか。よぉし、進行方向に人影もなさそうだし。加速するぞ!」

「ふふふ。遊月君たら」

「おっ、待てまて〜!」

 

いつも以上にはしゃぐ様子を見せる遊月は、力を込めて走り出す。向かい風が肌を撫でて、灼熱の日差しなど気にもならないほどだ。

 

「ククク……。はしゃぎおるわ、後輩どもめ」

 

東郷と遊月の後を、友奈と兎角が追いかける光景を、拠点となるビニールシートの上でかき氷を食べながら見つめているのは、眼帯をつけた風を初めとした勇者部の面々だった。

 

「ここで大将が落ち込んでいたら、部員の指揮に関わるわ。エンジョイしていかないとね!」

「ふーみん先輩は常日頃からエンジョイしてるよね〜」

「園子も人の事は言えないだろ」

「てへへ〜」

「今も普通に楽しんでるし」

「ありゃ、バレた?」

『私も楽しい!』

「オイラもッス!」

 

2人の後輩のウキウキした姿を見て、部長と副部長も安堵した表情を見せる。

 

「そういえば、銀ちゃんと夏凜ちゃんは?」

「お2人は準備運動という事で、先に海岸沿いでランニングをしてましたよ。そろそろ戻って来る頃だと思いますけど……」

 

真琴が辺りをキョロキョロしていた、丁度そのタイミングで、2つの人影がこちらに走り寄ってくる姿が確認された。

 

「おーい! お待たせ!」

「風! こっちの体は出来上がってるわよ!」

「いつでも良いぜ!」

「さぁ、3人で競泳勝負よ!」

 

水分補給をしっかり摂った銀と夏凜からの挑戦状とあっては、部長も黙っていられない。立ち上がって何故かセクシーポーズ(らしきもの)をとって、自信満々に口を開く。

 

「……しゃーない。『瀬戸の人魚』と言われたあたしが、格の違いを見せてあげるわ」

「えっ? そうなんですか?」

『自称です』

「だと思った……」

 

真琴が妹に確認し、その返答を見て肩をすくめる藤四郎。そんなやり取りに目も暮れず、3人は砂浜へと歩を進める。

 

「でも水泳は得意よ。幼稚園の時、5年くらいやってたから」

「幼稚園に5年もいないでしょ!」

 

樹も彼女達に続いて海に向かおうとするが、不意に立ち止まって、その場で足踏みを始めた。どうやら日差しの暑さを吸い取った砂場に触れてしまい、耐えきれなくなったようだ。

 

「ん? どしたの? 暑いの?」

「心頭滅却よ!」

「……!」

 

無茶言わないでください、と言わんばかりに首を横に振る樹。このままではマズいと思った冬弥が駆け寄って、その腕を掴むと、一気に砂浜を駆け抜ける。

 

「樹、急いで消火ッス!」

「消火って……」

 

誰かからのツッコミを無視して、ようやく水のある場所へとたどり着いた2人は、両足を海水に浸からせた。ホッと一息ついた樹は、隣に座った冬弥にペコリと頭を下げて、お礼を告げた。

 

「んふ〜。樹は家でも砂浜でも可愛いわねぇ」

「とーやんもナイスフォローだよ〜。メモメモ〜」

 

風と園子がニヤついていると、先ほどまで砂浜を駆けていた兎角達が、風達を見つけて交流を果たした。

 

「おっ! 遂に風先輩と勝負するの?」

「優れた戦士は、水の中でもイケるってところ、またまた見せてあげるわ!」

「頑張ってね、夏凜ちゃん!」

「が、頑張るのは当たり前よ!」

 

真琴に応援されて、顔を紅くしながら叫ぶ夏凜。ここ最近は、真琴から声をかけられる度に、顔を紅くしている印象が強い夏凜である。

一方で、樹と冬弥もクールタイムを終えて、海で泳ぐ準備を始めた。

 

「冬弥も樹も泳げるのか?」

「オイラは全然平気ッスよ! 樹は?」

 

冬弥は自信満々に胸を張り、樹は少しだけ、とジェスチャーで答える。夏休みに入る前に特訓として行われていた伝達方法が、少しばかり役に立ったようだ。

 

「2人とも泳げるのね。優秀だわ。勇者部の未来は安泰ね!」

 

東郷が感心する中、風が胸元を抑えて不意に辺りをキョロキョロし始めた事に、銀が訝しんだ。

 

「……何してんだ?」

「いや、あんま女子力振り撒くと、ナンパとかされそうだから注意しないと……」

「何言ってんだか」

「隙ありぃぃぃぃぃぃぃ!」

 

というが早いか、一目散に海に飛び込んだ風。

 

「こら待てぇ!」

「汚ねぇぞ⁉︎ 負けてたまるかぁ!」

 

完全に出遅れた銀と夏凜が闘志をむき出しにして、その後を追いかけるように飛び込んだ。3人が泳ぎ始めたのを皮切りに、友奈達も海に入る事に。

 

「始まったようだな」

「よぉし! こっちも行こう!」

「こっちも準備万端だ」

 

そうして友奈達も、涼しい世界を堪能し始めた。

友奈と兎角、遊月、昴、園子、樹、冬弥は普通に泳ぎ、東郷は前もって大赦から手配してもらったダイバーの手を借りて、車椅子に乗ったまま海に入る事に。

そして藤四郎、巧、真琴は事前に膨らませておいたビニールボートに乗って、海の上を優雅に進み始めた。この3人、決して泳ぎが不得意ではないのだが、合宿当日になっても、依然として藤四郎の左手、巧の右足、真琴の右手の機能が回復しなかった為、泳ぎを諦めて船をこぐ事に専念したのだ。

普段見慣れない世界を楽しむ一同。そんな中で、東郷は漂っていた海藻を拾い上げて、友奈に手渡した。

 

「友奈ちゃん。これ、押し花に使えるんじゃない?」

「あ、本当だ! 深い所に生えてたやつかな? 綺麗! ありがとう、東郷さん!」

 

友奈がお礼を言っていると、潜っていた樹が地上に顔を出した。その頭には海藻が乗っかっており、お茶目な後輩を見て再び笑いが生まれた。

 

「なら、今度は俺も潜ってみるか!」

「私も〜。みもりんの喜びそうなものを拾えるか、勝負しようよ〜!」

「それなら僕も行きますよ!」

「私も!」

「それでは姫、今しばらくお待ちください」

 

遊月がにこやかに敬礼すると、皆と共に海の底へと潜っていった。

 

「友奈ちゃんの作る押し花、いつも綺麗で上手ですよね」

「クラスでも時折、そういったものを作ってきてほしいと依頼を受けてる姿を見てるな」

「貰った栞、使うのがもったいなくて、つい飾っちゃうのよね」

「その気持ちは分かるな」

「リクエストがあれば、何でも作ってくれそうだからな、友奈の場合は」

「そうですね」

 

各々がどのようなものを拾い上げてくるのか、楽しみに待つ東郷達であった。

遊泳をたっぷり楽しんだ一同は陸に上がって小腹を満たした後、砂浜での遊びを満喫する事に。

今現在、真剣な表情を見せる友奈と夏凜の目線の先には、うず高く積もった砂の山の頂点に木の枝が真っ直ぐ立っている。友奈が腕を伸ばし、砂を流れるように掬い取ると、あっという間に山が崩れるか崩れないか、といった感じで砂が残された。

 

「そ、そんなにいっぱい……⁉︎」

「えっへん!」

「す、凄いです友奈ちゃん!」

「そりゃあ、相手はあの友奈だもんな」

「友奈ちゃんの棒倒しは、子供達との砂遊びで鍛えられてるから」

「いや、俺としてはな。そういうお前がどこでこんなスキルを身につけたのかが1番気になって仕方がないんだが……」

「まぁ色々と……」

「いよいよ不気味ッスよ!」

『すごー! 高松城!』

「クオリティ高いですね」

 

その傍で東郷が制作していたのは、砂で作った高松城。緻密に象られたそのオブジェは、部員のみならず、通りかかる観光客からも注目の的となっている。

その一方で、達人よろしく意気揚々と胸を張る友奈。

 

「……砂がね、どれくらいまで取って大丈夫か、語りかけてくるんだよ」

「嘘こけぇ! ちょっと黙ってなさい集中するから……!」

 

そう言って普段から集中力の欠片もない夏凜が、指を震わせながら砂に手をかけるが、何もかもが無謀すぎた。

 

「ギャアッ⁉︎」

「よっしゃあ!」

「まぁこれに関しては、相手が悪かったと言うべきか」

「友奈、あんまり夏凜をいじめちゃダメよ」

 

後方で苦笑いしながら注意する風だが、すかさず樹がスケッチブックにこう書き込んだ。

 

『自分は泳ぎで負けたクセに……』

「……オホン。楽しみのあまり、睡眠不足でね……」

「その言い訳は苦しいだろ……」

 

やれやれと呟く藤四郎。

 

「このままじゃ終われないわ!もう一回よ友奈!」

「かかってきんしゃい!」

「友奈! それ終わったら次はあたしとな!」

「うん!」

 

銀も交ざり、興奮冷めやまぬ間に再戦が始まった。そんな様子を……特にゲームに熱中している夏凜を見て、朗らかな表情になる風達。

 

『カリンさん、凄く楽しそう』

「そうですね」

「初めて部に来た時が懐かしいぐらい」

「これも、皆さんのおかげです。改めて、お礼を言わせてください。夏凜ちゃんを支えてくれて、本当にありがとうございます!」

「そんな事ないわよ。あんただって十分頑張ってきたんだから、シャキッとなさい」

「夏凜も、お前の支えがあって、素直になりつつあるんだからな」

「……はい!」

 

そうして砂の高松城を完成させ、棒倒しも友奈の圧勝に終わった所で、遊びを変えて、夏らしいイベントに取り掛かった。

 

「敵影見よ! 目標、2時の方向!」

「つまりは樹から見て右の方向だ」

「ファイトー!」

「もっと右だぞ!」

「そうそう!」

「ちょっとズレたぞ! 少し左に寄れ!」

「夏といえば、これはやっとかないとね」

 

目隠しされた状態で竹刀を持つ樹が向かう先には、大ぶりなスイカが1玉。

それを腰掛けながら見ていた夏凜が鼻を鳴らして一言。

 

「ふぅん……。噂に聞いたスイカ割り。やってみると何とも単調ね……って樹! そこよ振り下ろしなさい!」

「お前が1番くいついてるじゃないか」

 

すかさずツッコミを入れる巧。

そうして周りからの指示もあり、ようやくスイカの目の前まで到達した樹。後は力一杯振り下ろすだけ。しかし表面の硬いスイカを一撃で割るには、今の自分の力では足りない。より強い自分をイメージしなくてはならない。

そうして脳裏に思い起こされるのは、勇者部の事を誰よりも考えて、常に最先頭に立ち、鼓舞してきた、姉の背中。初めて勇者になったあの日もバーテックスという未知の生命体に果敢に挑んでいった姿勢は、今でも忘れられない。

それら全てを一身に集約させた樹は、竹刀を大きく振り上げる。これを見て、風は笑いが堪えきれずに大声を出す。

 

「ギャハハハハハハハ! 樹何よその大袈裟な構えは!」

「何言ってんだ。自慢の姉の真似をしてるんだろ」

「え。あたしってあんなん?」

『うんうん』

 

間髪入れずに、犬吠埼姉妹以外の面々は大きく頷く。

その一方で、覚悟を決めた樹は一気に振り下ろした。さながら大剣で敵を切り裂くように放たれた一撃は、スイカの軸を捉え、一瞬にして真っ二つに引き裂かれたではないか。

 

「1発で決めやがった!」

「やるじゃん樹!」

「凄いね〜!」

「いっつんには底知れぬセンスが眠ってるんだね〜」

「樹ちゃんは磨けば磨くほど、立派な大和撫子になれるね。磨かなくっちゃ! そして何れは、私の思想や技術の全てを伝えて……」

「いや、あの……。思想はちょっと……」

 

流石に看過できないとして、風が注意を呼びかけた。最近の樹は、朝の挨拶を初め、東郷からの指導を受ける機会も多い為、目を離しすぎると、レッドゾーンまで突入してしまう危険性もある為、どうにかしていき過ぎない程度に監視する必要がある事に頭を悩ませている、勇者部の面々であった……。

その後も様々なゲームを交えて砂浜での娯楽をたっぷり堪能した勇者部一同。

楽しい事は時の流れを忘れさせる、と言うが、気がつけば日が傾いて、身支度を始める時間帯に入ってしまった。

 

「なんだかあっという間でしたね」

「楽しかったなぁ」

「けど、お腹空いたッス……」

「私も〜」

「夏凜かじって、我慢して」

「食えないわよ」

「ハムッ」

「本当に食いつくな!」

 

冗談交じりに呟いた風に誘導されるかのように、園子が夏凜の右腕に甘噛みし、すかさずツッコミが入った。

皆が後片付けを進める中、東郷はただ1人、水平線に沈もうとしている夕日のある方角をジッと見つめていた。しかしその表情は昼間と打って変わって、どこか険しさとも寂しさとも似てつかないものを感じさせる。

 

「どうかしたのか?」

 

いち早くそれに気づいた遊月が声をかけるが、本人は何でもない、と告げた。

 

「さぁ、旅館に戻るぞ、みんな」

 

遊月がまた何か声をかける前に、藤四郎の号令で友奈達が集まり始めた為、遊月はそれ以上何かを言う事なく、東郷を連れて彼らの後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

軽くシャワーを浴びてから着替え、旅館に到着した一同が浴衣姿に着替えてから、今回泊まる部屋にやってきたが、そこには彼らが一際目を光らせる光景が。

 

「うわぁ〜! 凄い豪華!」

「これマジか⁉︎」

 

友奈と兎角がそう叫ぶように、テーブルの上に並んでいたのは、新鮮なお刺身を初めとした、豪勢な和食の数々。中でも一際存在感を帯びていたのは、艶やかな紅色をした、脚の長いカニだった。それが14匹も並んでいれば……。

 

『カニです! カニがいっぱい!』

「しかもカニカマじゃないよ! 本物だよ! ご無沙汰してます! 結城 友奈です!」

 

といったように、興奮した友奈がカニのハサミを摘んで握手する光景も、不思議とは言い切れないだろう。

これにはさすがの上級生達も困惑の色を隠せない。

 

「あ、あの……。部屋、間違えてませんか?」

「ここまで豪華なものを頂ける身分ではないと思われますが……」

「とんでもございません。どうぞごゆっくり」

 

女将達がそう言って部屋を後にすると、全員が目を合わせて、近場の席に座り込んだ。

 

「僕達、好待遇みたいですね」

「でも昴の家って大赦の中でもトップクラスなんだろ? まぁそれを言ったら園子も銀も、夏凜も真琴もだけど」

「さ、さすがに毎日こういったものを召し上がってはいませんよ……」

「私も〜」

「あたしのとこだって同じさ。実家もそんなに豪邸じゃないんだから」

「しかし、ここまでされるとは思わなかったな」

「ここは大赦絡みの旅館ですからね。お役目を果たしたご褒美という事じゃないでしょうか?」

 

真琴の説明に、なるほどと頷く巧。その傍では早くも涎が垂れかけている風と冬弥の姿が。

 

「つ、つまり! 食べちゃっても良いと⁉︎」

「お、俺マジ泣きそうッス……!」

 

すると、樹がスケッチブックにこんな事を書き込んだ。

 

『でも友奈さんと銀さんが……』

「あ……」

 

ハッとなる一同。14人いる勇者のうち、満開における疲労の影響で味覚が麻痺しているのが2人もいる。当然ながら、カニの味などこれっぽっちも感じられない事だろう。気まずい雰囲気が漂い始めたその時、友奈が箸に手を伸ばし、イカの刺身を取るとパクリと口の中に入れたではないか。

 

「おぉっ! このお刺身のコリコリした歯ごたえ、たまりませんねぇ!」

「えっ、マジで⁉︎ あたしも!」

 

続けて銀も、同じようにイカの刺身を摘み、口に含むと、幸せそうな表情を見せた。

 

「んまい! このツルツルした喉越し!」

 

最初は唖然としていた一同だが、気を取り直して、東郷が注意する。

 

「もう、2人とも。いただきますが先でしょ」

「そうだった、ごめんね!」

「いやぁ、友奈が美味そうに食べてるのを見てつい……」

「あらゆる手段で味わおうとしてるとは……」

『尊敬します!』

「色々と敵わないな……」

 

藤四郎が苦笑いしながらそう呟く。彼女達と交流の深い兎角と巧も顔を見合わせて、フッと笑みを浮かべる。

 

「それじゃあ改めて……」

『いただきます!』

「って早いな……」

 

開口一番、箸を掴み、我先にと刺身を口の中に放り込む風。藤四郎の中ではとっくに呆れを通り越しているようだ。

食事が始まってすぐは、家族に自慢したり、思い出して味わえるようにと、スマホで写真を撮ったりしており、並んだ御膳や、カニの両端を掴んで口を大きく開ける光景、昴が園子の口についた汚れを拭き取る光景、友奈が鯛の頭とキスしようとする光景、そして全員の食事風景等が、有無を言わさず記録されていく。

皆が思いおもいに食事を楽しむ一方で、中にはこんな一幕も。

 

「場所的に私がお母さんをするから、ご飯おかわりしたい人は言ってね」

「東郷が母親か。厳しそう」

「門限を破る子は、柱に貼り付けます」

「ヒッ……!」

「まぁまぁお前さんや。そこまでしなくても」

「あなたが甘やかすからですよ」

「夫婦かお前ら」

 

唐突に始まった東郷と遊月の、夫婦らしきやり取りにツッコミを入れる巧。

 

「時々言ってるけどさ。園子達みたいに、いつかこういうのを日常的に食べられる身分になりたいわね。自分で稼ぐなり、良い男見つけるなりねぇ」

『後者は女子力が足りませぬ』

 

樹が的確な指摘をするも、風は首を傾げるばかり。

 

「そうかなぁ……? この浴衣姿から匂い立ってこない?」

 

そうしてセクシーポーズ(?)をとっている間にも、夏凜は黙々と刺身に箸を伸ばしていた。

 

「ってかちょっと夏凜! 刺身は人数分なんだから同じの2つとったらダメよ!」

「最初に獣の如く刺身を頬張っていた先輩が言う事ですか……?」

「大体、ブツブツ言ってるのが悪いのよ。……ってか、女子力言うなら、東郷とか園子の所作を見習いなさいよ」

 

そうして夏凜に合わせて目線を向けると、周りに流される事なく、ゆったりと落ち着いた雰囲気でお吸い物を啜る2人の姿が。その姿勢からは、確かに見習うべき点がいくつかある。

 

「普通に食べてるだけなのに、こんなにも俺達と違ってくるか」

『うつくしい!』

「さすがはお嬢様だな」

「やるわね」

「そ、そんなに見られたら食べ辛いです。そうよね園子ちゃん?」

「そうかな〜」

 

羞恥する東郷とは対照的に、マイペースに箸を進める園子。

 

「ま、私もそこそこマナーにはうるさいけど、ね!」

 

そう言いながら筑前煮の里芋に箸を突き刺す夏凜。

 

「それダメですよ⁉︎」

「刺し箸ですね……」

 

真琴と昴が素早くマナー違反を指摘し、気まずくなる夏凜。それを見て、銀は苦笑いしながら口を開く。

 

「まぁ、あたしとかは親に注意されながら食べてきたから気をつけてるけどさ。細かい事なんて気にしなくてもいいんじゃね?」

「そ、そうよ! 銀の言う通り! 食事は楽しむのが1番!」

「最低限のマナーだけ守ってりゃ良いのよ!」

「異議なしッス!」

「おー! そうだそうだ!」

「……こういう時だけ介して団結する勇者部って一体」

「アハハ……」

 

などと賑やかに行われていた食事も、やがて終わりを告げようとしていた。

 

「グァァァァァァァ! あたしの邪眼が更なる生贄を求めているぅ……!」

『ごはん、おかわりだそうです』

「通訳した⁉︎」

「つーか普通に言え」

「3杯目だから遠慮してるの〜……」

「居候か⁉︎」

 

何度も大食感ぶりを目の当たりにしている為、遠慮気味になる理由が分からなかったが、東郷は気にする事なくお椀に白米を盛り付ける。

お椀を受け取り、すぐさま口の中に運んだ風は、テーブルの周りを確認し、おかずが少なくなってきている事を確かめる。そんな中、彼女は目線を少し上に向けて、神棚に供えられている饅頭に目を奪われてしまう。

 

「た、確かお供え物って、時間が経てば自分で食べてしまっても良いのよね……!」

 

そう呟く風の腕は、早くも饅頭に向けられており、飢えたヴァンパイアの如く、むしゃぶりつこうとしている。これにはさすがの友奈と昴も止めに入る。

 

「わぁ⁉︎ それはそうですけど、やめましょうよ……!」

「女将さんの許可なく食べるのはさすがに……」

「あっはっは! 冗談よじょうだん!」

「お前の場合は冗談に聞こえないから、みんな止めようとしてるんだろ……」

 

爪楊枝で歯の掃除をしながら、ジト目でそう告げる藤四郎。

 

「こりゃあ先輩がお供え物に手が届く前に、次に移った方が良さそうだな」

「次って確か……」

『この後はみんなでお風呂です!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして一同は露天風呂へと突入するわけだが、ここでも勇者部らしい一面が垣間見える事に。

 

「はぁ〜、落ち着く〜」

「良いお湯ですね〜」

「疲れがぶっ飛ぶわぁ」

 

各々が海で遊んだ後の疲れを癒してくれる温泉に対する感想を述べていく。

 

「確かに、生き返るわね」

「……つーか何でそんな端っこにいるんだよ夏凜?」

「べ、別に偶然よ、偶然!」

「……はっは〜ん」

「な、何よ」

 

いやらしい目つきになった部長を見て、警戒心を強める夏凜。

 

「女同士で何照れてんだか」

「べ、別に照れてないし!」

 

風が立ち上がって本日何度目かも分からないセクシーポーズ(?)を見せびらかし、目線を逸らす夏凜。

その傍では……。

 

「これだけ広いと、泳ぎたくなるよねぇ」

「お魚さんの気分だよ〜。ユラユラ〜」

 

と呟いているのは、既にゆったりとした遊泳を満喫している友奈と園子。現在、露天風呂には勇者部以外の人は入っていないが、迷惑行為には他ならないので。

 

「ダメよ2人とも」

「「すいませ〜ん……」」

 

東郷が指を使って水鉄砲を2人に浴びせて、撃たれた2人はそのまま沈み込んだ。

不意にねっとりとした視線を感じた東郷が振り返ると、そこには犬吠埼姉妹と銀がこちらを見ていた。特にゲヘヘと薄気味悪い笑みを浮かべながら、一点を見つめている風と銀を見て、引き気味になる東郷。

 

「ど、どうしました?」

「いやぁ〜、へ……へへ。普段何を食べればそこまでメガロポリスな感じになるのか。ちょっとだけでもコツを教えて頂けると」

 

彼女達が注目したのは、湯船に上半分が浮かぶ、2つの塊。それは銀のみならず、風が持つサイズを上回っているのは明白。普段から親父くさい習性のある2人だけでなく、樹も着目しているのは、そういった部分にコンプレックスを感じているからこそ、興味津々なのだろう。なので、東郷といえど、軽くあしらうのは躊躇ってしまうのだ。

 

「こ、これはその……。普通に生活しているだけです……」

「いやいやそんなご謙遜なさらず……」

「まるで果物屋だな! 親父、その熟れたやつを2つくれ!」

「ちょ、ちょっと銀ちゃん⁉︎」

 

腕をしならせて実力行使に出た銀を、腕力だけで対抗する東郷。

そんな騒ぎの中、湯船から出て鏡の前に座ろうとする人影が。

 

「よし、今のうちに……」

「あ、にぼっしーが体洗おうとしてる〜。ゆーゆ」

「は〜い! お背中流しまーす!」

「ギャアァァァァァァァァァ⁉︎」

 

だが、そう上手く事は運ばず。人知れず体を洗おうとしていた夏凜の背中を、タオルでゴシゴシ擦る友奈。

 

「背中流すの上手いって、お母さんに褒められた事もあるんだよ〜。任せて!」

「ちょっ、くすぐったいってばぁぁぁぁぁ……!」

 

賑やかな合宿は、まだ終わる気配を見せないようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「盛り上がってますね」

「夏凜の悲鳴がここまでうるさいとは……」

 

悲鳴やら笑い声やらが飛び交う女風呂とは対照的に、男子達は湯船に肩まで浸かって、騒ぐ事なくくつろいでいた。

 

「いい湯だな〜」

「リウマチが含まれているそうですからね。疲れの解消にはうってつけですよね」

「泳ぎまくったッスもんね」

「こんな風に、皆さんとご一緒に遊んだり食べたりする事が出来て、とても幸せです! 入部当初は不安でいっぱいでしたけど、お役に立てていたなら幸いです。皆さん、ありがとうございます!」

 

縮こまっている真琴が、頭を下げて感謝の意を述べた。

 

「随分と改まってるけど、真琴もここまで一生懸命頑張ってきたのはちゃんと知ってるぜ。これからも頑張ろうな」

「……はい!」

 

それから次の話題は、ある人物に向けられる事から始まった。

 

「……それにしても、遊月先輩の体がこんな事になってるなんて、全然気づかなかったッスよ」

「お風呂に入る時も、1人だけ拒否してたから疑問に思っていたが……。なんか、悪かったな」

「先輩が気にする事じゃありませんよ。隠そうとしてた自分が悪いんですから……」

 

そう呟く遊月だが、湯船に浸かっていない、胸から上の部分には、おびただしい数の傷が見え隠れしているのだ。風呂に浸かっている状態では分からないが、脱衣所では、全身の至る所に同じような傷が見えており、お腹周りには手術した痕も残っていた。

その傷はどうしたものだ、と尋ねると、本人も複雑そうな表情を浮かべる。

 

「2年前、海を漂っていた俺を見つけて、引き上げてくれた漁師の叔父さん達の話じゃ、船に上げてくれた時には全身についていたらしくて……。今はまだ記憶が戻ってないから確証もないんですけど、海に放り出されるずっと前についた傷じゃないかと……」

「記憶、か……。そういえば、巧と昴も同じように……」

「あぁ。銀に東郷、それから園子もな」

「今思えば、不思議ですよね。讃州中学の、それも勇者部に所属する6人が同じように記憶を失っていたり、体の一部に障害があったり……」

「僕も初めてそれを知った時は驚きましたよ……」

「こんな偶然もあるんスね」

「(偶然……か)」

 

冬弥の言葉を聞き、考え込む藤四郎。

冬弥や他の面々は知る由もないが、友奈達と共に入学してきた巧や銀、東郷。秋学期になって病院を退院して編入してきた昴と園子。そして今年の春先にやってきた遊月。それら全てを勇者部に所属させるように命じてきたのが、他ならぬ大赦だった。

今にして思えば、この6人に対して執拗に勧誘するように命じてきた事に、何か特別な事情があるのでは、と疑問を浮かべてしまう自分がいる。適正値が高かったから、と言われればそれまでだが、今となっては素直に首を縦に振れない状態だ。

その原因は、先日の園子の言葉にあった。

 

『大赦を簡単に信用しちゃダメだよ〜』

 

あれ以来、脳裏からその言葉が離れず、大赦を探るような姿勢が多くなったと思っている。もし、遊月達の記憶がなくなっている事と、大赦が直接的に関与しているとしたら、それは一体どれだけの機密を抱えているというのだろうか……。

 

「……んぱい。先輩?」

「!」

「大丈夫ですか? さっきから呼んでたんですけど……」

「兄貴?」

「あ、あぁ。大丈夫だ。少しのぼせたかもしれない。そろそろ出るとするか」

「それなら丁度今、お風呂あがりに売店に寄ろうって話が出てたんですけど、先輩もご一緒にいかがですか?」

 

どうやら藤四郎が考え込んでいる間に、話題は別の事に切り替わっていたらしい。周りに気をつけないと、と思いながら藤四郎は頷く。

 

「部屋に戻ってもやる事ないしな。じゃあ俺もそっちに同行しよう」

 

そうして皆が風呂を出て、浴衣を羽織ってから直接売店で何をお土産に買おうか悩んでいるうちに、藤四郎の中で湧き出た疑問は、心の奥底に沈んでしまっていた。

 

 

 

 




そういえば、一昨日から『リリースザスパイス』のアプリゲームが配信されたそうですが、皆さんはやってますか? 私はとりあえず、モモか雪のSSRが欲しい……。
神樹様、何卒お恵みを……。





〜次回予告〜


「そのポーズに意味は……?」

「際どいのなら任せてください!」

「こ、この声は……⁉︎」

「もう1回言ってください」

「……仕方ないわね」

「大切だったはずなんだ」


〜2人きりの時間〜


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