リペアー
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火星軌道上での戦いの後、ギャラルホルンが追撃してくる気配は無かった。
おそらく、コーラルが積み重ねた不正の後始末や部隊の再建でそれどころではないのだろう。地球航路に乗った辺りで、またちょっかいをかけてくるに違いない。
マクギリスがそう言ってたからな。原作で。
「カケルさん。装甲の補強ってモビルワーカーと一緒でいいの?」
「いや………ここにマニュアルをまとめてあるからこれに従って作業してくれ。基本的には鹵獲した〝グレイズ〟の装甲を無理やり加工する形になると思うけど」
「カケルさん! リアクター周りのチェックも………!」
「ちょっと待った。………よし、今〝ラーム〟のリアクター整備マニュアルを呼び出したから、これを参考にできる所まで頼む!」
〝バルバトス〟やモビルスーツが佇む格納デッキにて。
俺はタブレット端末を、〝バルバトス〟の胸部に取りついていたヤマギに向けて流す。格納デッキの無重力空間でしばし遊泳したタブレットは、やがてヤマギの手に収まって、「ありがとう!」と少年兵2、3人と作業へと戻っていった。
そんな光景に雪之丞は、
「はぁ~助かるぜ。こちとらMW専門でMSを弄るなんてガキの頃以来だからよぉ」
「このモビルスーツって大昔に造られたんでしょ?」
無重力でふわりと浮かぶタカキが〝バルバトス〟を見上げる。
ああ、と雪之丞も相槌を打ちながら、
「昔も昔。〝厄祭戦〟の頃に造られた骨董品だ。もっとも、ギャラルホルンが使ってるモビルスーツ以外は大抵は骨董品だがな………」
「〝ヤクサイセン〟って………?」
「300年も前に地球で起こったデカい戦争のこった。話にゃ、それこそ地球をぶっ壊すぐらいの数のモビルスーツが、ドンパチやりあったそうだ」
脚部の駆動系パーツの交換に取りかかりながら、俺も補足した。
「火星や木星圏の独立運動が原因とも、モビルアーマーと呼ばれる自律兵器の乱用や
暴走が原因とも言われているけど、原因ははっきりと公表されていないんだ。このモビルスーツは厄祭戦末期に造られた72機の〝ガンダムフレーム〟のうちの1機で、専用設計のツイン・リアクターによる大出力が持ち味。ツイン・リアクターの技術は今ではロストテクノロジーになっているから、アビオニクスが少々脆弱でもパワーの面では十分現行の機体にだって………って、一度に言っても分からないよな。ゴメン」
すっかりポカン………となったタカキや他の少年兵らを前に、思わず気まずくなってしまった。
「おめぇ………よくそんなトコまで知ってんな」
「こいつのお陰ですよ」
と、俺は自分の髪をかき上げ、額全体に一本線、刻まれた傷跡を見せた。
雪之丞がそれを見て、顔をしかめた。
「そいつァ………情報チップか」
「ええ。大抵の情報は、この中に入ってるんです。広く浅くって感じですけど、それでも結構役に立ちますよ」
「だがそいつァ、脳に副作用が………」
「詳しくは分かりませんが、手術してくれた人が優秀だったみたいで、特に今の所副作用はありませんね。寿命は縮んだかもしれませんが。そうじゃなかったら、こんな満足に動けてませんよ」
とりあえず、それらしく適当な言い訳を立てる。「なるほどなぁ」と雪之丞らは納得したのか、それ以上特に追及されることもなかった。
今頃〝イサリビ〟のブリッジでは、今後の方針についてクーデリアとオルガら鉄華団の面々らで議論が交わされているはずだ。
俺は……本来なら参加するべきなのだろうが「クーデリアの方針に従う」と参加を辞退した。〝バルバトス〟の整備や修理の方に注力したかったからだ。それに、原作通りなら結論はもう決まっている。
それから、しばらく作業が続く。原作に比べて、進捗はそれなりに順調で、駆動周りもだいぶ改善されてきた。もっと本格的な施設で専門家による整備と改修を受ければ、製造当時に近い性能を発揮できるのだろうが………。
「お弁当でーす!」
と、アトラが格納デッキへと入ってきた。三日月や、クーデリアがその後に続く。
「おう。ありがてぇ」と、しかめ面だった雪之丞の顔も思わず緩んだ。
「おーい! 区切りのいい所で飯にしようや!」
格納デッキ全体に聞こえるよう雪之丞がどやしつけると、「了解!」「やった、メシだ!」と、わらわら整備や雑用係の少年兵らが集まってくる。まだ前線に立つことのできない、年端もいかない子供たちだ。
アトラとクーデリアが、一人一人にお弁当を手渡ししていく。
「みんなの分もちゃんとあるから」
「どうぞ」
クーデリアが差し出したお弁当を「あ、ありがとう」と一人の少年兵が照れた様子で受け取った。アトラより、クーデリアの方が人気だ。年少の子供たちがどんどん彼女の周りに小さな人だかりを作る。
「ダンジ。俺の分も取ってきて」
「うっす!」
排気システム周りの調整が今いい所なので、とりあえずダンジに2人分取りに行かせる。
三日月がふと雪之丞の方を見上げて、
「俺もこっち、手伝おうか?」
「ああ、力仕事になったらな。今、細けぇ調整やってっからよ。オメー、字読めねえだろ?」
「そっか。分かった」
「三日月……あなた字が読めないの?」
「うん?」
「うん、って………だって、こんな複雑そうな機械を動かしているのに?」
クーデリアは驚いた様子で、三日月と〝バルバトス〟を見やっていた。
阿頼耶識システムは、直感的に機械を操作するためのデバイスだ。学習による習熟は、ほとんど必要とされない。より長く接続して、システムとの同調に慣れることによってより練度を上げることができるのだ。肉体的な鍛錬の方が役に立つ場合もある。
「カケルさん! お弁当っす!」
「ああ、ありがと。………ダンジは学校とか行ったことあるのか?」
「俺っすか? いや………なんつーか、生きるのでギリギリっつーか………」
まあ、そういう子供たちばっかりだろうな。ここは。というか、地球以外は社会福祉なんてすっかり破綻しているであろうこの世界は。
弁当箱を浮かばせながら、中のサンドイッチをつまむ。
味がしっかりしていてなかなか旨い。が、足りん。………〝ガンダムラーム〟同様、俺って燃費が悪いんだなとつくづく痛感する。
再度見れば、学校に行ったことがないという三日月に、クーデリアは熱意をもって、読み書きの勉強をしないかと提案している所だった。
「私が教えますから! 読み書きができれば、きっとこの先役に立ちます。本を読んだり、手紙や文章を書くことで、自分の世界を広げることもできます」
「そっか………。いろんな本とか読めるようになるんだよな」
「ええ! そうですよ」
「俺、やってみようかな………」
いいなー! と話を聞いていたタカキや双子のエンビとエルガー、それにトロワといった年少の子供たちが駆け寄ってきた。
「俺も読み書きできるようになりたいっス! 一緒にやってもいいですか?」
「俺も俺も!」
「俺にも教えてよ!クーデリア先生っ」
先生、という子供たちの言葉にクーデリアは恥ずかしそうに戸惑った様子だったが、「ええ……! 私でよければ、みんなで勉強しましょう!」と力強く頷いた。
喜び、はしゃぐタカキや子供たち。〝バルバトス〟の胸部の出っ張りに手を伸ばしながら、そんな微笑ましい様子に、遠くで見ているこっちにも笑みが移りそうだった。
「ふーん」と傍らにいたダンジが、何となく羨ましそうな様子で、そんな光景を見下ろしていた。
「ダンジも、行ってきたらどうだ?」
「お、俺っすか? 俺は別に………」
「この先、状況はもっと過酷になるかもしれない。その時に役に立つのは力と、そして知識と兼ね備えた人間なんだ。自分の将来のためにも、今勉強することは役に立つと思うぞ」
「でも、将来なんてさ………」
「もう、CGSの頃みたいに大人にこき使われるだけじゃないんだろ? 自分の未来は、自分で掴み取っていいんだ。そのために教養は、絶対役に立つ。……行ってこいよ」
そう背中を押してやると、ダンジもニッと笑って「あ、俺も俺もっ!」とタカキの方へと飛んで行った。
さらに何人かがクーデリアの教室へと行くことになり、格納デッキはすっかり寂しくなってしまう。
雪之丞も「ったく………」とぼやいたが、止めることはせず、
「俺らも少し休憩にすっか?」
「そうですね。その後〝ラーム〟の相手をしますよ。そろそろ〝弾薬作り〟をしないといけないんで」
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〝ガンダムラーム〟の100ミリガトリング弾は、当然特製の弾丸だ。
それを製造するのがバックパックにある小型の兵装製造自動工場だ。厄祭戦時代は、独自のマテリアル・カートリッジから材料を抽出・原子レベルまで分解して再構築し、弾丸を作っていたようだが、必要な資源さえあれば何でもいい。例えば、モビルワーカーに使う弾丸でも、最終的には分解・ガトリング用弾に再構築するので問題ないのだ。
そろそろ、手持ちのマテリアル・カートリッジが底を尽き始めたため、雑用係の少年兵らに頼んで、〝ラーム〟の傍らにMW用の弾薬を積み重ねてもらっていた。
これを、格納デッキの作業アームを操作して、弾薬が満載のコンテナを吊り上げ、バックパックの真ん中にぽっかり空いた穴……マテリアル・カートリッジ挿入部の上で傾ける。次々、弾薬が流れていった。
限界まで入れ終えると、自動的に蓋が閉まり、ランプが輝く。内部で、MW用の弾丸が原子レベルで分解されているのだ。そして、ラーム〟の特製ガトリング弾へと再変換される。
これが、厄祭戦時代のロストテクノロジーの一つだ。
「さて………」
弾薬の製造作業も、給弾作業も終わり、次の戦いを待つ〝ラーム〟をふと見上げた。
今頃は、オルガとビスケットが鉄華団の方針を巡って対立している辺りだろうか。三日月も文字の書き方で悪戦苦闘し、それぞれ思い思いの時間を過ごしているのだろう。
人員のほとんどが〝バルバトス〟の整備に充てられているため〝ラーム〟に取りかかる者は今、自分以外にはいない。寂しい限りだが、ほとんど新品同然の機体であるため現状、それほど整備や修理が必要な所は無かった。
「そろそろか」
原作通りに進んでいるなら、じきに〝タービンズ〟との接触。そして戦いが始まる。
原作に比べて〝バルバトス〟の状態は良好、〝ガンダムラーム〟もある。それに〝グレイズ〟も………
そして、警報が鳴り響いた。
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木星圏を支配する複合コングロマリット〝テイワズ〟が直参組織。
名を〝タービンズ〟という。
その代表を務める男、名瀬・タービンはさっきから通信相手……CGSの〝ウィル・オー・ザ・ウィスプ〟号改め〝イサリビ〟と名乗る強襲装甲艦のブリッジ………にギャンギャン喚きたてる男、マルバ・アーケイを半ば強引に脇へと下がらせた。
そして、丁寧に事情を説明し、マルバから持ち逃げした資産の返還と、今後の身の振り方については自分が面倒を見ると説明したつもりだったのだが………マルバの資産を元に自分たちで作った組織〝鉄華団〟のリーダーを名乗る青年…オルガ・イツカは、
『さっき言った通りだ。アンタの要求は飲めない。アンタの要求がどうだろうと、俺たちにも通さなきゃならねぇ筋がある』
さっきから聞いてりゃ、「仕事を途中で投げ出すわけにはいかない」だの、やけに横に広いガキは「航路を使わせろ」だの………火事場泥棒のクソガキのくせに一人前の口をききやがる。
ただマルバに対して「俺らを見殺しにした」という言葉。ここが気がかりだ。後でマルバを問い詰めてやるとしよう。名瀬は内心そう決めつつ、まずは目の前の「悪ガキ」にお灸をすえてやることにした。
「………それは、俺たちとやりあうって意味でいいんだよなァ?」
『ああ。俺たちがただのガキじゃねぇってことを教えてやるよ』
ガキの癖して、いっちょ前に啖呵を切りやがる。タービンズ………ひいては〝テイワズ〟を怒らせるとどうなるか分かっていないのか。それとも、それだけ肝が据わっているか………。
『マルバ! てめェにもな!!』
「あァ!?」
『死んでいった仲間のけじめ、きっちりつけさせてもらうぞ』
「何だとォっ!?」
激高したマルバがさらに喚きたてようとするが、名瀬はそれを遮るように静かに、
「………お前ら。生意気の代償は高くつくぞ」
これまで〝テイワズ〟ひいては〝タービンズ〟に喧嘩を売って、無事だった組織は一つもねェんだよ。
こちらから通信を切り、名瀬は座乗するタービンズの強襲装甲艦〝ハンマーヘッド〟の艦長席に深々と座り込んだ。
「悪ぃ、アミダ。こうなっちまった」
名瀬の傍らには、浅黒い肌の、蠱惑的な肉体を持つ女……名瀬の第一夫人のアミダ・タービンがいる。美人で、心配りができて、それに強い。他の妻たちに聞かれたら怒られるかもしれないが………最高の嫁だ。
アミダは、名瀬にフッと笑みを投げかけながら、
「やんちゃする子どもをしかってやるのは大人の役目だよ」
「ホント、いい女だよ。お前は」
さて、ここからは〝お仕置き〟の時間だ。
恩人の資産を、ドサクサに紛れて持ち逃げした、恩知らずのクソガキどもにな。
「ラフタにノーマルスーツを着るように伝えな!」
アミダが手慣れた様子で指示を飛ばしていく。「はい! 姐さん!」とオペレーターのエーコが応え、手際よく戦闘準備を進めていく。
「総員戦闘準備だ! 全員持ち場に着きな!」
そして、すぐ傍に控えていたもう一人の女……アジー・グルミンにアミダは振り返る。
「アジー。私と出てもらうよ」
「はい。いつでも」
このタービンズ最強のコンビ相手に、勝利をもぎ取ることができた者は一人もいない。
いつも通りの余裕の勝利を確信し、名瀬は一人不敵にほくそ笑んだ。