鉄と血のランペイジ   作:芽茂カキコ

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寄り添うかたち

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 戦闘の後、鉄華団とタービンズとの間に和解が成立したようだった。

 原作通りなら、名瀬に対して誤った情報を伝え、さらにはこれまでの子供たちに対する非道から彼の怒りを買った元CGS社長マルバ・アーケイはタービンズ所有の資源採掘衛星へと放り込まれることになる。戦闘でかかった費用をその体で払ってもらうという訳だ。

〝バルバトス〟〝ラーム〟〝グレイズ改〟それに〝流星号〟は母艦〝イサリビ〟へと帰還。どれも酷い状態だが原作程ボロボロではなかった。それでも、すぐにでも本格的な修復と整備を受ける必要があるだろうが。

 

 

 

 

 

 

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「お疲れ」

「おう!」

 

 着艦し固定された〝流星号〟。

 コックピットハッチ横に立ち、差し出されたヤマギの手を、シノが元気よく握り返すして立ち上がる。まだ元気が有り余っている様子だ。

 その前には昭弘の〝グレイズ改〟が駐機する。コックピットがせり上がり、立ち上がった昭弘は、自機の頭部を見上げて、どこか満足そうな笑みを浮かべていた。

 

「大丈夫かぁ? 三日月」

 

 上がってきた〝バルバトス〟のシートに座す三日月に、雪之丞が声をかける。

 うん、とそう答えながら、三日月はすっかり湿っぽくなったヘルメットを脱いだ。

 

「悪かったなぁ。半端な機体で無理させちまってよ」

「おやっさんのせいじゃないよ。………で、結局どうなったの?」

「今、オルガが嬢ちゃんとビスケット連れて、ナシつけに行ってるよ」

「………そっか」

 

 すっかりボロボロになった〝バルバトス〟を見上げ、三日月は小さく息をついた。

 と、

 

「おい!〝ラーム〟のコックピット、潰れて動かねーぞ!」

「ハッチの駆動部がイカれてる!」

「作業用クレーンだ! 早くしろっ!」

 

 ひと際損傷が激しいのは………カケルの〝ラーム〟だった。分厚い装甲はどこもボコボコにされ、頭部の一部はすっかり抉れている。手持ちの巨砲も奇妙に曲がっており、火器としてはもう使い物にならないだろう。

 

 雪之丞ははぁ、とため息つきながら、

 

「ひでェなありゃ。出た時には新品同然だったのによ」

「敵、強かったからね。仕方ないよ」

 

 やがて、クレーンを使って半ば強引にハッチが開け放たれ、中からカケルが這い出てきた。

 

「はぁ………てて………」

「だ、大丈夫すか?」

「ああ。ちょっと腕を強く打ったみたいだ。足もなんか………」

「俺に掴まっていいっすよ」

 

 悪い。と、寄ってきたダンジの肩に手を回しながら、カケルはダンジに肩を借りる形で格納デッキを後にした。

 

「はぁ~。どこをどう直してやればいいことやら………」

「〝バルバトス〟とは違うの?」

「フレームは同じ〝ガンダムフレーム〟なんだがなぁ。………ただ、あのガトリングキャノンはもうダメだな。砲身がすっかり歪んでやがる」

 

 肩部にマウントされた巨大なガトリングキャノンは、砲身が半ばから曲がり、確かにもう弾を発射できるようには見えなかった。

 

「ふぅん。ま、頑張って」

「お前なぁ………」

 

 気楽な調子で雪之丞にそう言うと、三日月は〝バルバトス〟の胸部を蹴って、自分もその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 医務室で簡単に包帯を巻き、とりあえずの応急処置は済んだ。

 打撲とはいえ骨折には至っておらず、多少痣ができた程度だ。だが………

 

「やっぱりこの船、船医はいないんだな」

「当たり前じゃないすか? そんなの」

 

 何の気なしにダンジはそう返してくるが………医学に心得のある者の有無は、これからの状況を左右すると言っても過言ではない。

〝イサリビ〟にはメディカルナノマシンベッドがあるが、誰もその使い方を知らないのが現状だ。これでは、重傷者が出た時、効果的な治療を行うことができない。下手すれば見殺しだ。

 

「………さて、俺はもう一人で大丈夫だ。悪かったな、付き合わせて」

「別にいいっすよ。カケルさんはここのパイロットなんだし。お手伝いするのは当然っす」

 

 それじゃ! とダンジは分かれ道から格納デッキの方へと戻っていった。

 俺は、食堂でなんか腹に入れてから部屋で少し休むか。

 

 と、

 

「まさか火星の運転資金が、底を突きそうだなんて」

「もう少し持つかと思ったんだが………」

「ギャラルホルンに目を付けられてちゃ、まともに商売なんてできないもんね。何とかしないと………」

 

 展望室に、オルガとビスケットの姿が見える。タービンズの〝ハンマーヘッド〟から戻ってきたのか。

 

「何か問題でも?」

「あ………えーと………」

「カケル、と呼んでもらえれば」

「あ。ビスケット・グリフォンといいます。クーデリアさんの傭兵さん、ですよね?」

 

 こくり、と頷く。ビスケットは帽子をかぶり直して、

 

「実は………鉄華団の火星の営業資金が底を尽きそうなんです」

「ギャラルホルンの〝グレイズ〟は? 新品のリアクターならそれなりの金に………」

「そうですけど、馴染みの業者じゃ到底………」

「タービンズに相談するしか、ないだろうな」

 

 オルガがそう言いながら、よっ、と腰を預けていた手すりから身を起こす。

 

「次のシャトルでもう一度〝ハンマーヘッド〟に行ってくる」

「一緒に行くよ」

「俺も、いいですか?………それと、相談したいことが一つ」

 

 

 ん? とオルガとビスケットがこちらに振り返った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

タービンズの強襲装甲艦〝ハンマーヘッド〟。

 シャトルで乗りつけると、すぐに応接室へと案内された。白いスーツの男、名瀬・タービンが「よう」と気さくに片手を挙げて出迎えてくる。

 

「一人、知らねえ顔がいるな?」

「蒼月駆留といいます。クーデリア・藍那・バーンスタイン女史の護衛モビルスーツパイロットとして、鉄華団と共に雇われました」

「ああ、あの青いモビルスーツのパイロットだな? アミダから聞いたぜ。何でもいい所まで俺の嫁を追い詰めてくれたそうじゃないか」

「あんなの、ただのまぐれです。………本気で来られていたら、秒殺されていたのは俺らの方です」

 

 ほう………、と名瀬の目が鋭くなる。先の戦い、殺さない程度に手加減してたのを見抜かれたことに、内心驚いているようだ。

 考えてみるといい。アミダ・タービンと言えば、かのラスタルの秘蔵っ子ジュリエッタをメタメタに叩きのめした、鉄血世界最高峰のパイロットと言ってもいい女性だ。数と弾幕で圧倒していたとはいえ、あれだけ長時間膠着状態を維持できるなんて、奇跡以外の何物でもない。もし、彼女が本気でこちらを殺しにかかっていたら、三日月共々殺されていたのは間違いない。

 

「ま、いっか。………で、何だ? 改まって話ってのは?」

 

 促され、名瀬と向かい側のソファへと座ったオルガとビスケットが、一瞬目を合わせて頷き合う。俺は、その後ろでしばらく静観していることにした。

 ビスケットが差し出したのは、一枚のタブレット端末。名瀬はそれを受け取り、「これは………」と内容に少々驚きを隠せない様子だった。ビスケットが補足するように口を開く。

 

「僕たちが火星で、ギャラルホルンから鹵獲した物のリストです」

「………かなりの量だな。まさかギャラルホルン火星支部のモビルスーツ全部ぶっ壊してきた訳じゃねえだろうなぁ?」

「あ、あはは………まさか………」

「話というのは、それを売却できる業者を紹介して欲しいんです」

 

 切り出したオルガに、名瀬は端末上のリストを指でスライドさせながら、

 

「馴染みの業者はいないのか?」

「CGS時代から付き合いのある業者はいるんですが………物が物です。並みの業者じゃ扱いきれないんじゃないかと………」

 

 ま、確かにな。と名瀬はテーブルの上にドン! と足を置いて組んだ。一瞬ビスケットがビクリ、と身を震わせる。だが、意を決したように、

 

「もちろん! 仲介料はお支払いします! ………お願いできないでしょうか?」

「できなかねぇがよ。………お前ら、そんなに金に困ってんのか?」

 

 その問いかけに言い淀むビスケットに「正直。困ってます」とオルガはあっさり答えた。

 名瀬は、オルガの方を静かに見据えて、

 

「なら、何で俺が仕事紹介してやるって言ったときに断った?」

「………え?」

「あん?」

「え……いや、だって。あの話を受けたら俺たちは、バラバラになっちまうって」

「なっちゃいけないのか?」

 

 畳みかけるような名瀬の問いに、オルガはしばし考え込む。自分の中の言葉を慎重に、丁寧に組み立てていくように。

 そして、

 

「俺らは、離れられないんです」

「離れられない? 気持ちわりぃなァ、男同士でベタベタと」

 

 からかうような名瀬の調子に、オルガは少しムッとした様子だったが、「………何とでも言ってください」と静かに返し、

 

「俺らは………鉄華団は離れちゃいけない………!」

「だから! 何でだよ?」

 

 テーブルで組んでいた足を再び床につけ、座り直して少々苛立たしげに声を荒げる名瀬。オルガは、少し拳を握りしめながら、

 

「………つながっちまってんです、俺らは」

「あん?」

「死んじまった仲間が流した血と、これから俺らが流す血が混ざって………鉄みたいに固まってる。だから……だから離れらんねぇ。離れちゃいけないんです。危なかろうが、苦しかろうが、俺らは………!」

 

 ジッと名瀬の方を見るオルガ。その真っ直ぐな瞳を、しばし名瀬は受け止めていたが、ふと立ち上がった。

 

「………マルバに銃を突きつけた時、お前、言ったよな? 〝アンタの命令通りに、俺はあいつらを………!〟」

「っ!」

「その〝あいつら〟ってのが、その死んじまった仲間のことか?」

 

 オルガは、自分の手で反対側の腕を握りしめ、しばらく答えない。名瀬は構わず続けて、

 

「離れられない。そりゃ結構。だがな、〝鉄華団〟を守り抜くってんならこれから先、誰もお前に指図しちゃあくれない。ガキどもがお前の命令一つで死ぬ。その責任は誰にも押し付けられねぇ。………オルガ。団長であるテメェが、1人で背負えんのか?」

 

 今、オルガにはいくつかの選択肢がある。

 クーデリアの護衛任務を他社……おそらくテイワズに委託し、鉄華団を解散し、仲間たちが名瀬の紹介するまっとうな仕事に就けるよう計らうこと。自分たちはそれで助かるだろうが、世界は変わらない。タービンズの保護があるとはいえ、どう転ぶかは分からない。また、消耗品やゴミのように使われる日に戻るかもしれないのだ。

 もう一つ、このまま〝鉄華団〟を守り抜き、クーデリアの護衛任務を完遂すること。護衛任務に成功し、さらにクーデリアの交渉がまとまれば、火星の経済は上向く可能性が出てくる。自分たちだけでなく、世界を変えることもできるかもしれないのだ。それに、自分たちの人生や可能性も、より広げることだって。

 だがその恩恵に浴することができるのは、〝生き残った者〟だけだ。仲間たちの屍を重ね、踏み越えた先にある未来だ。

 俺は、ふとソファに座すビスケットの方を見下ろした。

 原作では彼は死に、鉄華団躍進の礎となった。このまま進み続ければ、原作同様の運命を辿るかもしれないのだ。

 

 オルガは沈黙し………だが顔を上げた時、瞳には決意の色がありありと宿っていた。

 

「覚悟はできてるつもりです」

「………ほう」

「仲間でも何でもねぇヤツに、訳のわからねぇ命令で、仲間が無駄死にさせられるのは御免だ。アイツらの死に場所は………鉄華団の団長として俺が作るッ!」

 

 オルガ………と掠れたようにビスケットの口から言葉が零れる。

 オルガは、スッと立ち上がった。

 

「それは俺の死に場所も同じです。あいつらの為なら。俺はいつだって死………ッ!」

 

 バシン! という音が聞こえ。額をデコピンされたオルガがよろめいてソファの下に崩れ落ちてしまった。

「お、オルガ!?」と慌ててビスケットがそれを支え起こそうとする。名瀬は、テーブルに片足乗せた状態で、その様子を見下ろしていたが、

 

「てめぇが死んでどうすんだ。指揮官がいなくなったら、それこそ鉄華団はバラバラだ」

 

 厳しい顔で見下ろされ、オルガもビスケットも縮こまざるを得ない。

 だが、「まァ、でも………」とふいに表情が緩む。

 

「血が混ざってつながって、か。そういうのは仲間って言うんじゃないぜ。………〝家族〟だ」

 

 驚いたように名瀬を見上げるオルガとビスケット。名瀬はふと、遠い目で明後日の方を見上げ、また二人に視線を戻した。

 

「ま、話はわかったよ」

 

 それだけ言うと、名瀬は扉へと向かい、通路へ出ていこうとする。

 ビスケットは慌てて「あ、あの!」と呼び止めたが、

 

「悪ィようにはしねえからよ」

 

 それだけ言うと、ゆったりとした足取りで、オルガ達を置いてその場を後にした。

 俺はすかさず、閉まり始めた扉からその後に続く。

 

「お願いします!」

「お、お願いしますっ!」

 

 という名瀬への二人の挨拶は、名瀬自身に聞こえたかどうかは分からない。

 俺は、いつの間にか通路の角まで進んでいた名瀬に駆け寄った。

 

 

 

 

 

「あの、タービンさん………」

「ん? ああ、さっきのか。まだ何かあるのか?」

 

 歩きながらの名瀬に続きながら、

 

「はい。オルガとも話をしたのですが………〝イサリビ〟は今、船医がいない状態で航行しています」

「ほう………確かに、危なっかしいな」

「はい。ですので、これから向かう〝歳星〟で鉄華団の船医になってくれそうな方を紹介していただけないでしょうか? こちらも、鉄華団として最大限、タービンさんには仲介料と、船医となる方にはできる限りの報酬を用意したいと、オルガが………」

 

 船医ねぇ。と、しばし思案する名瀬。

 それに付け加える形で、

 

「できれば………阿頼耶識システムに理解のある方が望ましいと思います。鉄華団員はほとんど全員、阿頼耶識持ちですし………手術時の不衛生な環境による後遺症が、これから出ないとも限りません。我がままとは承知していますが………」

 

「医者で………阿頼耶識に理解があって………お、いい奴を紹介できるかもしれないぜ」

「本当ですか!?」

 

 ああ、と名瀬はエレベーターの呼び出しコマンドを押しながら頷く。

 

「〝歳星〟で寂れた個人病院を持ってる外科医なんだが、阿頼耶識システムの研究のためにわざわざ規制の厳しい地球から木星圏くんだりまでやってきた変わり種だ。案外、うまくやれるかもしれないぜ。〝歳星〟に着いたら、話をしておいてやるよ」

 

「ありがとうございますタービンさん。それで………」

「これぐらいで仲介料なんていらねえよ。あと、俺のことは名瀬って呼んで構わないぜ」

「すいません、名瀬さん。何から何まで………」

「いいってことよ。………これからはもっと面倒を見ることになるかもしれないんだからな。………だが、会って驚くなよ?」

 

 

 そう悪戯っぽく笑みを浮かべると、名瀬はエレベーターへと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 やがて、木星圏の開発を手掛ける巨大コングロマリット〝テイワズ〟の本部たる大型惑星間巡航船の姿が見えてきた。全長7キロの威容を持つというが、ここからではまだちっぽけな点だ。それでも、徐々にその姿が明らかになっていく。

 

「ここまで来たか………」

 

〝イサリビ〟であてがわれた自室へと戻り、ぼんやりとこれまでのことを思い起こす、そしてこれからのことも。

 これから、鉄華団の面々にとって苦しい時が続く。ある者は生き別れた弟と死別し、ある者は家族のように慕っていた近しいものを喪う。戦火によって人は死に、積み重なった屍の先に、地獄からの突破口がある。

 

 俺がやるべきこと、結末を知る者としてやらなければならないこと。

 一つ一つ整理し、実行して、悲劇を一つでも多く防いでいかなければならない。

 

 

 

 それこそが、俺自身が望んだことなのだから………

 

 

 

 


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