▽△▽――――――▽△▽
「………いや~っ!!! こ、これはすごい! 素晴らしい! 完璧な………完璧な阿頼耶識システムじゃないかッ! ナノマシンの精度、手術方法、神経適合………どれをとっても完璧!! こ、これはもはや医学ではない………そう、芸術だッ!!」
等々、大興奮している男相手に、俺は………上半身裸になってベッドの上でうつ伏せになっていた。
ボサボサの長い黒髪に縁が割れた眼鏡をかけ、白衣を着た中年の男………新たに〝イサリビ〟の船医となったホレイシオ・ノーマッド氏は、何故か俺を上半身の服を脱いだ状態で冷たいベッドの上にうつ伏せにさせ、背中から突き出る阿頼耶識システムのヒゲ端子を見分し始めたのだ。
「間違いない。君が処置を受けた阿頼耶識システムは、他の者に取り付けられたものとはだいぶ違うものだ。………そう、まるで厄祭戦の技術を再現しているかのような………!」
「今、一般に広まっている阿頼耶識システムは不完全なものしかない、と聞いたことがありますけど」
「うむ! その通りだッ! そもそもナノマシンやインプラント機器、手術に関する技術自体が厄祭戦後に一度散逸し、現代に至るまでに辛うじて一部が再現できたに過ぎないのだ。厄祭戦時代以前には、さらに効果的な肉体・機器間の情報交換技術があったに違いない。………全く、この厄祭戦後300年間、技術の復興にのみ費やしていれば、これほどまでにテクノロジーが散失し文明が荒廃することなどなかったというのに………!」
むぐぐ~っ! と拳を自分の顔の前で覆って、身悶えするような意味不明な踊りを始めるノーマッド。
思えば、先日、出航の〝イサリビ〟に彼が現れた時から、………印象がひどかったのをよく覚えている。
『わ、私は阿頼耶識システムの適合率と双子の相関性について研究しているのだがね! どうだろう? しっかり麻酔は施すから、背中の切開を………!』
と、到着早々、目にしたエンビとエルガー兄弟を捕まえて、ノーマッドはそう詰め寄ったのだ。可哀想な幼い双子がすっかり怯えきって医者嫌いになったのは言うまでもない。
さらには、ブリッジ、食堂、格納デッキの各地に出没しては問答無用で少年たちの服をめくって背中を見ようとし、特にヒゲを3本も持つ三日月には矢継ぎ早に質問を繰り返して殺意のこもった目で見返され………ついにはシノとユージンの手で強引に医務室に放り込まれてしまう。
それで、彼が勝手に医務室から出ないよう当座の話し相手として、俺が選ばれたのだ。
新参の組織に来る以上まともな人物は来ないだろう、とオルガもある程度は腹をくくっていたのか、追い出すとかそういった話にはならなかった。
「確か先生は、阿頼耶識システムの研究をされてたんでしたよね?」
「うむ、その通りだ。阿頼耶識システム単体、というよりも肉体・機器間の情報交換関連技術だがね。………ここに来た時にも説明したが、私は阿頼耶識システムの施術をしたことは一度も無い。阿頼耶識システムは不完全で危険な技術であり、ヒポクラテスの誓いを立てた私は、そのような危険な手術を患者に施すわけにはいかないからね。地球でも、木星でも私はそれを押し通してきた。その上で研究を進めているのだ」
ヒポクラテスの誓いの4番目「私は自らの能力と判断の限り、患者にとって利益となる治療法を採り、有害となる方法は決して取らない」か。
だが、阿頼耶識システムの施術をしたことがないという彼の言葉は、名瀬自身も請け負っており、鉄華団の面々の信用を一応は得る一助になった。以降のマッドサイエンティスト丸出しの行動で全て台無しになったが。
「………だが阿頼耶識システムは人類文明の、いや人類自身の進歩に欠かせない重大な技術なのだ! 人と機器の融合は最終的には肉体を超越した人類の進歩を促し、人が持つ可能性を無限大に広げることができるのだ!! ………ギャラルホルンとかいうケチで、無様で、無能で、愚かな、ケチな無能共の集団は地球圏に対して肉体と機械の融合に対する誤った宣伝を続けているがね。おかげで地球ではまともに資料を集めることすらできなかった! 事故で腕を切断した患者に神経接続しないただの義手を取り付けることすら難しかったのだ!」
ドクター・ノーマッドの大演説は続く。阿頼耶識システムが持つ人類進化の可能性についてから、徐々に〝ケチ〟なギャラルホルンや、地球経済圏に対する罵詈雑言に変わっていくが………
しばらくは、ここにカンヅメだな。
▽△▽――――――▽△▽
「メリビットさんって、大人の女って感じだよな~!」
「そうそう! これから俺たちと一緒に地球まで………」
ようやく医務室から解放され、ジャンプスーツを着なおして通路に出ると、年少たちが2人、浮き足立った様子でワイワイ騒ぎながらこちらへと歩いていた。
すれ違いながら………そうか、もうメリビット・ステープルトンが来たのか。
原作なら、テイワズから派遣された財務アドバイザー兼監視役、それに医療技術の心得もありタカキや多くの団員がこれから命を救われることになる。
とりあえず格納デッキへ行こうとエレベーターへ。すると………
「………好きも嫌いも、上の命令には従う」
この通路の階で止まったエレベーター。ドアが開かれ、オルガが隣の女性………メリビットにそう言い捨てると、静かな足取りでエレベーターから立ち去る所だった。
「お疲れ様です」
「おう」
おそらく、今はメリビットの存在が疎ましいのだろう。不機嫌なオルガが通路の角へと消えていくのを見送り、
「………あの、乗られますか?」
「え? ええ。すいません」
メリビットに呼びかけられ、慌てて俺は俺はエレベーターへと飛び込んだ。
「下、いいですか? 格納デッキに行くんで」
「ええ。もちろん」
格納デッキがある階のコマンドを押して、ドアを閉める。エレベーターはゆっくり下へと降りていった。
メリビットは、こちらに視線を移しながら少しためらいがちに、
「あの、あなたは………」
「あ、すいません。申し遅れました。俺は蒼月駆留といいます」
「カケルさんね。メリビット・ステープルトンです」
「テイワズからのアドバイザーさん、ですよね?」
よろしくお願いします。と俺が差し出した手を、「こちらこそ」と笑みを浮かべて握り返してくれる。
そうしている内に、格納デッキのある階へ。「それじゃ」と無重力であるため、壁を蹴って俺はエレベーターを後にした。
その前にロッカールームへ。自分のパイロットスーツに着替え、格納デッキへ向かう。
格納デッキでは、俺の〝ガンダムラーム〟と〝グレイズ改〟、それに〝流星号〟が並び、整備係の少年兵たちが飛び回っている。
「あ、カケルさん」
「ようヤマギ。〝ラーム〟の調子はどうだ?」
「〝歳星〟ですっかり直りましたよ。装甲と消耗パーツの全交換だけで、リアクターの調整とかは特に必要なかったみたいです。それとスラスターとコックピット周りを最新のものに変えて、機動力がアップしてるみたいです」
見上げると、何とか〝イサリビ〟の出航に間に合わせることができた〝ラーム〟が、推進剤補充用のケーブルを繋がれて次の出撃の時を待っていた。
〝歳星〟で大掛かりな修理を施されたらしいが、外見上の違いはほとんど無い。ギガンテック・ガトリングキャノンも、損傷した個所を取り換えて新品同然に磨き上げられている。
それに、機体各所のスラスターが少し変わっている。
「しっかり修理してくれたみたいだな」
「〝歳星〟の整備長さんが大興奮してましたよ。〝こんな完璧な形で現存するガンダムフレームなど見たことが無いッ!!〟って。何か、バックパックだけどうしても調べてみたいって置いてきちゃったんですけど………」
「いいさ。その分弾を入れてくれたわけだし」
ついでに細かく事情を聞いてみると………
~~~~~~~~~~
歳星での兄弟盃之儀の当日。
〝バルバトス〟〝ラーム〟が並ぶ、歳星工業区画のモビルスーツ格納庫にて。
『………ああ! まさか〝バルバトス〟と〝ラーム〟! 伝説のガンダムフレーム2体をこの手でいじれる日が来るなんて! この美しいフレームデザイン! 幻のツインリアクターシステム! メインOSの阿頼耶識システムまでまだ生きてるなんてッ!! そ、それに見たまえッ!! 〝ガンダムラーム〟に至っては300年の劣化を一切感じさせない! こんな完璧な形で現存するガンダムフレームなど見たことが無いッ!!』
『あの~。これってそんなにすごいんですか?』
『すごいも何も!コイツは厄祭戦を終わらせたとも言われる72体のガンダム・フレームのうちの2体なんだよ!? ただ資料が少なくて、今じゃ幻の機体なんて呼ばれてる! そんな機体を予算上限なしで整備できるぅ~! しかも〝ラーム〟に至っては製造当時のデータがバッチリ残ってるときた! さらには背中のバックパック! これは兵装製造自動工場になっていてマテリアル・カートリッジから物質を分子レベルで分解してガトリングキャノンの特製弾を作るなんて! これはロストテクノロジー中のロストテクノロジー! 是非とも! 何が何でも調さ………いや、バラバラに分解しなければッ!!』
ヤマギも雪之丞も、歳星整備長の口から迸る言葉の奔流にただただ唖然とするしかなかった。
『………何か、すごいことになってるんだけど』
『何でも三日月が、テイワズのボスに気に入られて、予算上限なしで改修してもらえるっつー話になったんだが………』
『見ていてくださいっ! 消耗品全交換はもちろん! フレーム・リアクターの再調整! 集められるだけの資料を集めて完っ全な〝バルバトス〟と〝ラーム〟をご覧に入れて見せますよォッ!』
~~~~~~~~~~
とのこと。
背中の、兵装製造自動工場バックパックが無く、新調された大型ドラム弾倉だけが背中に取り付けられた〝ラーム〟は、少々スマートな姿に見えた。刀身の短さがネックだったコンバットナイフは、より長大なコンバットブレードへと置き換えられ、腰部にマウントされている。
手元のタブレット端末によると、アビオニクス関連も新調され、火器管制システムは〝百錬〟にも装備されている最新型に。これで射撃能力がかなりアップしたはずだ。
厄祭戦時代のオーバーテクノロジーが凝縮されたバックパックは、お馴染みの整備長の手で存分に解析・分解されたことだろう。〝バルバトス〟の改修のために後で合流することになった三日月と一緒に、こちらに戻される手はずにはなっているが。
「あ、そうだヤマギ。次の哨戒任務で昭弘の〝グレイズ〟が出るんだろ? それに合わせて俺も出ようと思うんだが」
「カケルさんが?」
「ああ。ちょっと試運転してみようと思ってね。ああそれと、ここからタービンズの方に連絡ってできたっけ? ちょっと向こうにお願いしたいことが………」
間もなく〝イサリビ〟と〝ハンマーヘッド〟は広大なデブリ帯の最外縁に差し掛かろうとしていた。