鉄と血のランペイジ   作:芽茂カキコ

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ブルワーズ編とドルトコロニー編の間の挿入話です。



第5章 心の鎖
残陰


▽△▽――――――▽△▽

 

 デブリ帯を突破し、次の目的地であるドルトコロニーまでの所要時間は、おおよそ38時間。

〝イサリビ〟艦内は誰もが平常通り、オルガやユージン、ダンテ、チャドら幹部組がブリッジを交代で守り、雪之丞ら整備組はモビルスーツやモビルワーカーの整備に余念がなく、タカキやライド、ダンジら年少組が雑用で艦内中を走り回り、それぞれの仕事を果たしていた。

 

「うーん………」

 

 最悪、何か操作ミスでってことでこのコンテナ開けちまうか………?

 

 俺は今、貨物デッキに整然と積み上げられているコンテナの一つの前に立っていた。

 テイワズから与えられた初仕事。このコンテナ群をドルトコロニーの一つ、ドルト2へと届けることだ。ヘマしないように兄貴分である名瀬からも念を押されている。

 だがこいつらの中身………原作通りならUW-33型、通称〝ユニオンモビルワーカー〟と呼ばれる新型戦闘用MWのはずだ。それに新品の携帯用火器も。当然、そういった武器の地球圏への持ち込みはご法度。見つかればギャラルホルンに逮捕される。

 原作通りに進めば………鉄華団が運んできた武器を背景にドルト2で酷使されている労働者らがデモを展開し、武器供給元であるGNトレーディング…火星の大商人ノブリス・ゴルドンのダミー企業の一つ、から事前の情報を受け取っていたギャラルホルンによって鎮圧作戦が始まり、おびただしい数の死傷者が出る。

 その中には、クーデリアの従者であり彼女にとっては家族同然の女性…フミタン・アドモスも………。

 

「何やってるんすかぁ? カケルさん?」

「コンテナ、さっきからボーっと見てるけど」

 

 貨物の異常有無をチェックしている年少組らから抜け出してきたタカキとライドが、こっちにやってきた。テイワズから託された貨物は、タカキら年少組が管理している。

 

「いや。そういえば、この貨物の中身ってさ………」

「工業用資材って言ってましたけど」

「ブルワーズの戦闘で、中身がダメになってないか開けてチェックとか………」

「何言ってんだよカケルさん。ダメに決まってんだろ」

 

 タカキとライドに言っても無駄か。

 確かに、輸送中の貨物を開けるなどご法度だ。そんなことをすれば鉄華団の信用問題にも関わる。本当の中身が分かっていてもだ。

 だが、モノがモノなだけに、このままだと鉄華団はドルトコロニーの騒動に巻き込まれることになるだろう。

 

「そっか………。タカキ、こっちで何か手伝えることあるか?」

「大丈夫ですよ。もう、チェックはあらかた済んでるんで。俺たちに任せてください!」

「そうか。じゃ、俺は飯にするか。お前らも交代で飯食っとけよ」

 

 うーっす! という応えを背に、俺は床を蹴って貨物デッキから立ち去った。

 そのまま、無重力区画の通路を、時折壁を蹴って勢いをつけながら進んでいくと、

 

「それでさ。ライモンったら………あっ!」

 

 会話しながらよそ見して無重力デッキの通路を突き進んでいた少年兵の頭が、ちょうど俺の胸に突っ込んできた。

 

「おっと………」

「あ………すいませんっ!」

「ああ、大丈夫だ。手狭になってるから、気を付けてくれな」

「は、はい! 失礼しましたっ!」

 

 ペコリと頭を下げて、二人の少年兵が「な、何やってんだよ」「お前が話振ってくるから」等々言い合いながら通路の角に消える。

 鉄華団のズボンにブーツ、上は濃紺のタンクトップ………彼らはブルワーズで加わった元ヒューマンデブリ組だ。

 

 ブルワーズから救い出したヒューマンデブリ達は鉄華団に保護され、人間としての地位と尊厳を回復し正式な団員として新たに加わることとなった。

 だが、その数の多さから制服の供給が間に合わず、何とかズボンとブーツだけはお古も総動員して全員に行き届かせたが、タンクトップとジャケットはどうしても数が足らず、多くが先ほどのようにブルワーズ時代のタンクトップをそのまま使っていた。

 ドルトコロニーに到着後、タービンズを経由して制服や衣類を調達するよう既に話は済んでいるらしいが。

 

「結構な大所帯になったな。鉄華団も………」

 

 原作の惨劇を知る者としては感慨深い。何とか全員、火星まで連れて帰りたいものだが。

 やがて重力区画へ。足を着けて、食堂へと歩く。

 と、その時。通り過ぎた扉の奥から、何やら物音と話声が聞こえた。仕切りを隔てて聞こえるぐらいだからかなりの大声だ。

 足を止めて扉の前に立ってみると、

 

 

「………から、よこせって!」

「嫌だ! 知らな………!」

「お前が持ってるのは分かってるんだよ! いいから………!」

「いやだっ! 離せ!」

 

 

 バキッ! という何かが殴られる音、それに何かが崩れ落ちる音。

 

「おい! 何やってんだッ!!」

 

 飛び込むとそこには………3人の年少組ぐらいの少年と、彼らに取り囲まれるように、腫れた頬を押さえてうずくまる、彼らより少し幼いぐらいの少年の姿が。

 そしてその濃紺と白い線が入ったタンクトップ。4人とも元ヒューマンデブリ組だ。

 

「………3対1でリンチなんて、いい趣味してるじゃないか」

「あ、いや………これは………」

「言い訳ならオルガの前で聞いてやるぜ。………お前、大丈夫か?」

 

 3人を押しのけて、俺はうずくまる少年に手を差し伸べた。金髪……というより蜂蜜色と呼ぶべき髪色の、体つきは過酷な環境下に置かれたヒューマンデブリ特有の、線の細い少年だ。

 が、その少年は俺の差し出した手にハッと息を呑むと、次の瞬間、俺の脇をすり抜けて逃げ出そうとした。

 

「お、おい待てッ!」

 

 一瞬呆気に取られたが慌ててその腕を掴む。ぐん! とその少年は「うわあっ!」と悲鳴を上げて後ろにひっくり返り………

 バラバラ………とその身体からいくつもの、栄養バーやら、医薬品ボトルやら、飲料カップ、菓子、ジャガイモ、レンチ、火星ヤシ、それに拳銃が1丁、弾丸、が零れ落ちた。

 

 一体その華奢な身体のどこに、これだけのアイテムを隠すスペースがあったんだ?

 てか………

 

「こんなに、どうしたんだ?」

「………」

「この医薬品ボトル………ドクターが保管してる奴じゃなかったか?」

 

 それに火星ヤシ。確か三日月ぐらいしか食ってるの見たことがないが、彼から貰ったにしては少々量が多すぎる。

 両肩を掴まれ、逃げ場が無くなった少年はぶすくれた表情でそっぽ向いて喋らない。

 代わりに答えたのは、殴った方の少年だった。

 

「そ、そいつ………あちこちで人の物盗んでたんだ! 俺たちはもうやめろって言ったのに………」

「………〝もう〟?」

 

 気になるニュアンスに思わず俺は蜂蜜色の髪の少年の方から顔を上げた。

 殴った……ツンツン頭の少年は気まずげな様子で顔を背けて、口を閉ざしてしまう。

 と、俺に両肩掴まれていた蜂蜜色の髪の少年が急にバタバタ暴れ出し、強引に俺の手を振りほどいた。

 そしてキッと憎々しげな瞳を湛えてこちらを見上げたかと思うと、

 

「………お前らなんか、信じるもんかっ!」

 

 そう吐き捨てて蜂蜜色の髪の少年は、「お、おいクレストっ!」と引き止めようとする他の少年たちを振り切って部屋から逃げ出した。

 追いかけようとしたが、その靴先で拳銃を蹴飛ばしてしまった。「おっと………」と慌てて拳銃を拾うが、その時にはもうクレストなる少年の姿はない。

 

「………な、何なんだ一体………?」

「クレストの奴、たまにブルワーズの時から大人たちから色々くすねててさ、食い物とか薬とか。俺たちに分けてくれてたんだ」

「もう、そんなことしなくていい、って言っても聞かねえんだよ………」

 

 ブルック・カバヤンしかり、クダル・カデルしかり、あんな大人たちの下ではまともな食事にありつくことなどできなかっただろう。わずかに支給される賞味期限切れの栄養バーだけでは、一時的に空腹感を麻痺させるだけで、すぐに栄養失調になるに決まっている。それに怪我や病気で、安い薬すら与えられずに宇宙に捨てられたヒューマンデブリもいただろう。バレたら宇宙に放り出されることを覚悟の上で。

 生きるために、盗みを働いたり人を殺したり、この世界ではあまりにもありふれた………ありふれ過ぎた光景だ。

 

 俺は、床中に散らばった火星ヤシやらボトルやら銃弾やらを一つ一つ拾いながら、

 

「とりあえずお前らは、手が空いてるなら貨物室か格納デッキに行って仕事もらってこい。メシがまだなら食堂な」

「は、はい」

「それと、間違ってもイジメとかするんじゃないぞ」

「うっす………」

 

 3人の少年たちはペコリと俺に頭を下げてタタタ………と立ち去っていった。

 さて、とあらかた拾い終わってポケットに突っ込むか医薬品ボトルは両手に持つ。返すもの返して、クレストとかいう悪ガキと話してみるか。

 この辺りは団員の居住デッキとなっており、大抵の団員が4人1部屋で寝床を共にしていたが、オルガやビスケットのような重要情報を扱うような幹部は小さいながらも個室を持っていた。

 俺も、個室を与えられたが………何故かドクター・ノーマッドが持ち込んだ医薬品やら医療機械の物置と化していた。医務室に収まらない分を、そのまま俺に押し付けたのだ。

 まずは医薬品ボトルを返しに医務室か、とエレベーターがある方へと向かっていたが、

 

 

「………だよ………じゃあ、兄貴は、俺が兄貴のこと待ってる間に一人だけいい目に合ってたのかよッ!!」

 

 

 は?

 聞き覚えのある声に思わず振り返る。

 野太い男の声と幼さを残す少年の声音による短い口論。次の瞬間、近くの扉がスッとスライドして、中から一人………昌弘が飛び出してきた。

 

「ま、待て昌弘ッ!」

 

 昌弘が部屋から飛び出した後、同じ部屋から昭弘が飛び出してくるが、その頃にはもう昭弘の弟は通路の角へと消えた後だった。

 

「な、何だ? どうした?」

 

 声をかけると、「あ、あんたか………」と昭弘が気まずそうに顔を背け、

 

「何でもない………」

「何でもない訳ないだろ? 何言ったんだ?」

「いや………ただ、こんな俺たちにも家族って呼べる奴ができたってことと、これからは一緒にバカ騒ぎして、訓練は姐さんにしごいてもらえとしか………」

 

………おお。

 原作で昌弘が発狂したくだりのセリフじゃねえか。

 

「昭弘それは………ちょっとマズかったんじゃ………」

「何だと?」

「その……昭弘もそうだったと思うけど、昌弘もヒューマンデブリとして、虐待されて苦しんできた訳だろ? それなのに鉄華団が家族とか、バカ騒ぎできるとか………変に誤解されたり、嫉妬されたりしてもおかしくないんじゃないか?」

「そう、なのか………?」

 

 とりあえずもフラフラと弟を追いかけようとする昭弘だったが、「待て」と押し留め、

 

「俺が話してみるから、昭弘は仕事に戻った方がいい」

「バカを言うな。そんなこと………」

「今会っても喧嘩になるだけだぞ。お互い、少し落ち着くべきだ」

 

 そう諭すと、「おう………」と昭弘は少し消沈した様子で自室へと戻っていった。

 どうにも良くないな。

 成長痛のようだと感じるが、例え良い形であれ環境が激変した結果、誰もがピリピリして気が立っているように見える。宇宙ネズミと蔑まれていたとはいえ一応は従業員扱いだったCGS組と、ゴミとして暴力のはけ口や捨て駒として使い潰されてきたヒューマンデブリでは、物事の捉え方や考え方、動き方、戦い方どれを取っても大きく異なるだろう。そういった違いが大所帯となった鉄華団を二極化・分裂させる恐れだってある。

 

 さて、どっちからちょっかいをかけるべきか………

 

 

 

 

 


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