鉄と血のランペイジ   作:芽茂カキコ

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第6章 ドルトコロニー騒乱
暴露


▽△▽――――――▽△▽

 

………結局、今日もあまり眠れなかった。

 

 フラフラと、おぼつかない足取りでクーデリアは自室から出た。両手をダランと前に投げ出し、猫背になって。レディとしての振る舞いを叩き込んだ家庭教師やフミタンが見れば思わず卒倒してしまいそうな、あまりにらしからぬ姿だ。

 

………というか………

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 原因は、ブルワーズ戦が終わった後、展望室での出来事だ。

 ヒューマンデブリの少年兵たちの救済に、また鉄華団に犠牲らしい犠牲も出ることなく危険なデブリ帯から抜け出したことに安堵していると、ふいに三日月が現れたのだ。

 もう深夜時間も遅い。本来なら休まなければならない時間であるだろうに。

 

―――――三日月、眠れないのですか?

―――――いや………いる?

 

 差し出された一粒の火星ヤシに、火星で最初に口にした時のあの苦みや酸っぱさがまざまざと口内で蘇ったが、せっかくの好意を無下にするわけにもいかず「で、では………」とおずおず両手を差し出した。

 

 コロン、とクーデリアの両掌に火星ヤシが一粒乗せられ、恐る恐る口に。思わず過日の、〝ハズレ〟だという火星ヤシの凄まじい苦みと酸味が脳裏に思い浮かぶ。

 だが、今クーデリアが口にしたそれは、微妙な甘みが妙に心地よい、レーズンにも似た味をしていた。

 

―――――少しだけ、甘いですね。

 

 咀嚼しながらふと三日月の方を向くと、三日月はどこか、心ここに在らずといった表情で展望ガラス越しの宇宙空間を見上げていた。

 

―――――三日月………?

―――――さっきの戦い、オルガに殺すなって言われて殺さないよう倒したけど、何か………すごいムカムカして、イライラした。普通に戦えば、そんなことなくて、むしろすっきりするのに。………俺、人を殺すのが好きなのかな?

 

―――――三日月………っ! そのようなことは………!

 

 だが、否定しようとしたそこでクーデリアは気づく。戦いに赴く三日月が何を思い、何を考え、そして何を感じているのかは、〝イサリビ〟でただ守られているだけの自分には到底知ることのできない領域であることを。

 今のクーデリアには、三日月の双眸を傍らで見やる他ない。その瞳は、いつにない深みをもって、じっと外の光景を見つめ続けていた。

 三日月にもあるのだ。無意識のうちに溜め込んでいた思い………苦しみや悲しみ、悩みが何かの拍子で表出化する時が。

 

 クーデリアはふと、昔のことを思い出した。

 小さい頃、悲しかったり怖かったりした時、フミタンの下へ飛び込んだものだった。

 フミタンは、少し戸惑いつつも、トン、トンと優しく幼いクーデリアの背中をたたいてくれたのだ。それまでの悲しみや怖さがそれですっかり無くなってしまったのを、今でもはっきり覚えている。

 

 三日月を前に、クーデリアは心の中で意を決すると、自分の指先に怪訝な視線を向ける三日月を………彼はクーデリアより少し背が低いので、若干かがみながら、優しく抱きしめて背中をポン、ポン、と叩いた。

 

―――――は?

―――――あ、あの! 昔フミタンがこうしてくれて、それでちょっと落ち着いたので………

 

 

 その、すいません………と赤面しながら三日月から離れる。自分でもあまりに突飛な行動に、すっかり耳まで真っ赤にしてしまっていた。

 だが三日月は、先ほどの行動に戸惑った様子をわずかに見せたが、ふいに………

 

 

 不意に、クーデリアの口に、静かに口づけをしたのだ。

 

 

―――――な、な、何………!?

―――――かわいいと思ったから。名瀬さんが、かわいいって思ったらキスするんだって。ごめん。嫌だったか?

―――――い、い、嫌とか、そういう問題ではなく………それ以前にこういうのは………

 

 

 その後から部屋に戻るまでの間のことは、よく覚えていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 というか! 眠れるわけが………!

 

 未だに残っている三日月との口づけの感触。

 それに「かわいいと思ったから」という三日月の言葉。

 その行為が、そしてその言葉が年頃の少女にたいしてどれだけの破壊力を持っているか、三日月は理解していない様子だった。

 クーデリアも、考えれば考えるほど三日月のことが………

 

 その時、ブーツの靴音が、クーデリアの方へと近づいてきていた。

 顔を上げるとそこには………

 

「ん………?」

 

 トレーニングの後なのだろうが、汗を滴らせた三日月がクーデリアの前を通り過ぎようとして、立ち止まった。

 途端にクーデリアの心臓がビクリ! と跳ね上がる。

 まざまざと蘇る先日の出来事。

 それにその時の感触まで………!

 

「おはよ」

 

 だが当の三日月は、まるで何事も無かったかのように平然と朝の挨拶だけすると、歩いて、通路の角へと消えてしまった。

 

「お、おはよ………?」

 

 思わず拍子抜けしてしまうクーデリア。三日月らしいと言えばそうなのだが………

 それより、三日月のあの時の………。

 

 その時、艦内放送からビスケットの声が、

 

 

『あ、あー。クーデリアさん。至急、第1貨物室までお願いします。繰り返します。クーデリアさん、至急、第1貨物室まで………』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「おいおい。こりゃあ………」

 

 ソレを目の当たりに、ユージンは開いた口が塞がらない様子だった。

 

〝イサリビ〟第1貨物室。

 大型コンテナから引っ張り出された1台の新型『戦闘用』モビルワーカーと、小型のコンテナにそれぞれ満載されている数えきれないほどの銃火器・弾薬・爆発物類。

「工業用資材」など、どれにも入ってはいなかった。

 

 今貨物室にいるのはオルガやビスケット、ユージン、シノ、メリビット、ヤマギ。それに、俺だ。

 クーデリアはまだ来ていない。さっき放送で呼んだからすぐに来ると思うが。

 

「モビルワーカー………」

「それも戦闘用の………!?」

「こっちには新型アサルトライフル、あっちには爆弾………」

 

 誰もが、次々コンテナから現れる兵器類に、唖然としていた。

 そして本来の品名とあまりにかけ離れた「中身」に、視線は自然と最も事情を知っているはずのテイワズの人間……メリビットへと集中する。

 だが、彼女も中身については全く知らなかったようで、

 

「リストには工業用の物資としか………依頼票を確認してみます!」

「頼む」

 

 その場からメリビットが駆け去る。オルガはまた視線を眼前のMWへと戻した。

 ユージンは、この異常事態にすっかり混乱したようで、

 

「お、オルガ。こいつは一体………」

「見つけたのはカケルだ。説明できるか?」

 

 誰もの視線が一斉に俺を向いた。

 俺は小さく頷き、進み出てMWの前に立つと、

 

「………最初から妙だとは思っていました」

「妙、だと?」

「そもそもマクマード・バリストンのような大物が、名瀬さんに気に入られたとはいえ、いきなり鉄華団のような新参者を下部組織に加えて、クーデリアさんの後ろ盾にもなって、さらには仕事まで寄こして………あまりにも上手くいきすぎている」

「そりゃあ………俺らのことを高く買ってるってことじゃねえのかよ」

 

 ユージンの言葉に俺は頷きつつも、

 

「今の鉄華団がテイワズの下部組織に足る要素を持っているとしたら、その戦闘力です。団員の大半が阿頼耶識システムの手術を受け、さらには過酷な環境を生き残ってきた猛者たち。………だからこそ、こんな、タービンズのお株を盗むような分野違いの仕事をまずさせられることに、俺は違和感を感じました」

 

「それで………中身を開けたのか?」

「はい。マクマード・バリストンは鉄華団を………危険な戦場へと送り込み、その真価を見定めようとしている。火種を鉄華団に運ばせ、火種の爆発に鉄華団を巻き込み、生き残れるかどうか。もし、この程度のトラブルで潰れるような組織なら、傘下に加えるまでもない。そんな思惑が透けて見えたんです。そしてクーデリアさんも………」

 

「おいおいマジかよオルガ………!」

「まだそうだと決まった訳じゃねえ。だが、俺らが今ヤバい荷物を運ばされていることは事実だ。だが何のためにこれだけ物騒な物がコロニーに………」

 

 それは、と手近なコンテナからアサルトライフルを引っ張りながら俺は続けた。

 

「ドルトコロニーには、低賃金で長時間労働を課せられている労働者たちの不満が高まっています。生産の利潤の大半が地球出身の幹部に吸い上げられてコロニー出身者の労働者階級にはほとんど恩恵が行き渡らない為です。経営悪化のしわ寄せも労働者に押し付けられている。そういった不満が………一部の過激勢力によって武力衝突に発展してもおかしくないかと。問題は、資金にアテのない労働者たちがどうやってこれだけの武器を発注できたか、ということですが」

 

 黒幕はもう分かっている。

 ノブリス・ゴルドン。火星の大資産家にして大商人。コロニー労働者たちに武器を流し、火種の爆発を目論んだ。

 そして、ノブリスと結びつきコロニーの暴動を誘発し、不満分子を一掃すると共に自身の存在意義を強調しようとする、ギャラルホルン。

 さらにはそれに乗じてコネと金を手にすると共に、新参の鉄華団の真価を見定めようとする、テイワズのマクマード・バリストン。

 これだけの巨悪が一致団結して、一つの貧しいコロニーを破壊して利益を得ようとしているのだ。彼らは騒乱によって死ぬ人々の命のことなど考えない。宇宙世紀の地球連邦も真っ青な腐敗ぶりだ。

 

 そして、

 

「そして、このままこの物資を届ければ、受け取り人たち……おそらくコロニー労働者たちはそれを持って待遇改善を訴えるでしょう。最悪、武力衝突も辞さないと。違法な武器の所持を理由にギャラルホルンは弾圧に乗り出し………ノコノコ武器を運んできた鉄華団は、その罪を問われる。テイワズの方は、すでにこちらに罪をかぶせる準備ができているでしょうね」

 

 そうでなければ、鉄華団に武器が満載したコンテナを託すはずがない。

 そして………クーデリアも無事で済むはずがない。

 

「………」

「ど、どうすんだよオルガ! このままじゃむざむざ殺されにいくようなモンだぜ!」

「鉄華団も、クーデリアさんもタダじゃ済まない………」

 

 ユージンがオルガに詰め寄り、ビスケットも、帽子を目深く被り直しながら眼前のMWを見やっていた。

 

「よく分かんねーけど、なら届けなきゃいいんじゃね?」

「そ、そんなことできる訳ないだろシノ! テイワズから預かった貨物なんだから、仕事放棄したら鉄華団にも、テイワズの評判にも傷がつく」

 

 ヤマギの言う通りだ。仕事を放棄するという選択肢はない。荷を捨てれば、テイワズを敵に回すことになる。

 だが、このまま届ければ、原作通りの悲惨な運命が待っていることも事実だ。

 

「お、オルガ………何か考えはないのかよ!? このままじゃ………!」

「少し落ち着けユージン。………まず第一に、テイワズから預かった荷物はきっちり届ける。そうじゃなきゃ筋が通らねえ」

「はぁ!? 筋どころの話じゃねえだろ!? こいつは………」

「だがテイワズや、どこの誰かも知らねえ奴の手のひらで踊らされるつもりもねぇ。そんな奴のために、それこそ死んでやるつもりもねぇ。………だよな、ミカ!」

 

 オルガが振り返った先。クーデリアを連れ、貨物室に入ったばかりの三日月が「ん?」と一瞬不思議そうな表情を見せたが、

 

「お前、俺以外の命令で死ぬつもりはあるか?」

「俺はオルガの命令に従うよ。死ねと言われれば死ぬ。でも、他の奴に死ねって言われても聞けないな」

「ふ………それでこそミカだ」

 

 クーデリアは、まだ状況を完全に把握できていない様子だったが、開け放たれたコンテナから覗く武器弾薬類に「これは………っ!」と息を呑む。

 そして次にオルガが振り返ったのは、俺だった。

 

「どうだ、カケル。妙案があれば聞いてやるよ」

 

 俺は、手にしていたアサルトライフルを元の場所に収めながら、

 

「俺たちが、そして鉄華団がやるべきことはただ一つです。ギャラルホルンとテイワズを出し抜いて、最大の利益を獲得すること」

 

 そのためには………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

―――――知りたいの。火星の人々のことを、もっと、もっと………

―――――フミタン、あなたの知っていることを全部、教えてほしいの。

 

 幼い頃のクーデリアの言葉が、まだ記憶に焼き付いている。

 その曇りのない純粋な瞳。

 その日からどれだけの年月が流れたのか、身体は大きくなっても、クーデリアの瞳の輝きだけは、未だに色あせることを知らないようだった。

 

 自分には、その瞳を向けられる資格など無いというのに………!

 

 クーデリアの付き人であるフミタン・アドモスは疲れたように左腕を額に当てながら、自室としてあてがわれた部屋で、デスクの上に放られたそれを見下ろした。

 

【手はずは予定通り】

【クーデリアを伴い、ドルト2へ入港せよ】

【クーデリアはコロニー内の暴動の中心となり、ギャラルホルンの凶弾によって死すべし】

【火種はこちらで用意する】

 

 フミタン・アドモス。バーンスタイン家のメイドにしてクーデリアの付き人。

 それ以前にはノブリス・ゴルドンのエージェントである女。

 火星の、ゴミ溜めのようなスラムで身寄りも無く、飢え死にを待つしかなかった彼女を、ノブリスの手の者が保護し、使える手駒として教養と訓練を施した。

 そしてバーンスタイン家に入り、その動向を探るようノブリスは命じた。バーンスタイン家当主であるクシュセ自治区首相ノーマン・バーンスタインはギャラルホルンの走狗のような男で、フミタンは淡々と事務的にノブリスの部下と定時連絡をするに過ぎなかった。

 

 その娘、フミタンが世話していた少女、クーデリア・藍那・バーンスタインが火星独立運動の旗頭として担ぎ上げられるまでは。

 フミタンは小さく息をつく。やるべきことはもう決まっている。それ以外の選択肢など無い。

 ノブリスのエージェントとして生まれ変わったあの時から、選択肢など与えられなかったのだから。

 

 その時、ピンポン、と部屋のインターホンが鳴る。

 部屋の端末をオンラインにし、外部カメラを確認すると、そこにはクーデリアの姿が。

 

『………ちょっといいかしら?』

 

 その瞬間、フミタンはクーデリアに付き従う者としての心の仮面を、被り直した。

 さらに端末を操作し、ドアを開いて通路のクーデリアを受け入れる。

 

 開け放たれたドアの先から、沈鬱そうなクーデリアの姿が現れた。いつまで経っても部屋の中に入ってこようとしない。

 

「あの、どうしたので………」

 

 不審に思ったフミタンが一歩前に進み出る。

 がその時、唐突にクーデリアが押しのけられ、二人の間に人影が割り込んだ。そしてフミタンを突き飛ばし、2、3歩よろめかせた所で「動くな」という低くした声。

 彼が持つ拳銃に、フミタンは自然と目を細める。

 

「………なんのつもりですか? カケルさん」

 

 フミタンの心臓部目がけて銃口を向ける男……クーデリアの傭兵である少年、蒼月駆留は冷めたフミタンの物言いに不敵に笑ってみせた。

 

 

 

 


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