▽△▽――――――▽△▽
「最初から、怪しい奴だと思ってましたよ」
非難するような傍らのクーデリアの視線も構わず、俺はそう言い放った。
通路の向こうで、オルガたちも事の次第を見守っている。
黒幕に鉄華団の動向を流している人物がいるはず。俺はそうオルガに言って、その候補者としてフミタン・アドモスを挙げた。
ノブリス・ゴルドンのエージェントである女性。責任は俺が取るとそう言い含めて、俺はクーデリアを油断させる囮に、証拠の確保に乗り出した。
「鉄華団は少年兵………悪い言い方をすればゴロツキどもの寄り集まり。そんな危なっかしい環境にいて、何故こうまで平気でいられるのか。普通の付き人じゃあ考えられない」
「私は普通じゃない付き人だと?」
「その前に持ってる銃を渡してもらいます。さあ」
逃げ場はない。
フミタンは冷めた目で俺を見返しながら、持っていた拳銃を俺に差し出した。俺は、素早くそれをひったくって通路の向こうに放った。
「壁によってください。そこから動かないで」
言われる通り、淡々とフミタンは壁際に下がった。慎重に拳銃を向けながら俺は、目的のアイテムであるタブレット端末を手に取る。
そして、近づいてきたオルガにそれを渡した。
「それを解析してください。フミタン・アドモスの裏切りの証拠が出てくるはずです。それとブリッジの通信システムも調べたほうがいい」
「ああ。………ダンテの所に持っていけ」
オルガはそれをユージンに渡すと、「わ、分かった」とユージンはタブレット端末を手にその場を駆け去っていった。
フミタンは、それを視線で追いながら、
「………それで、私をどうしますか? 殺しますか?」
「必要なら」
俺は、向けた銃口を動かさなかった。
だがその時、
「やめてください!」
突然だった。
クーデリアが俺とフミタンの間に割り込んできたのだ。
「フミタンは私の家族です! 本当の姉のように今日まで過ごしてきました!」
両手を広げ、庇う姿勢を崩さないクーデリア。
「貨物室の武器を見、あなたの話にも耳を傾けましたが、これ以上の暴言は許せませんッ! フミタンが裏切り者などと、その言葉、取り消してください!」
「………フミタン・アドモス。あなたは疑惑を否定しますか?」
いずれ証拠が上がってくる。
彼女に逃げ場などどこにもない。
しばらく沈黙が続く。が、最初に口を開いたのはフミタンだった。縋るようなクーデリアの瞳から、彼女は視線を逸らしながら、
「彼の言葉は本当です」
「………!」
信じられない、という風に瞳を震わせながらフミタンに振り返るクーデリア。フミタンは瞑目し、それ以上何も答えようとはしなかった。
その瞬間を逃さず、俺はクーデリアの腕を掴み、こちらへと引き寄せる。
「きゃ………っ!」
「お嬢様………!」
「彼女を人質にされたら困るんでね。………あなたにはしばらくここで大人しくしてもらう」
それだけ言い放つと俺は、荒っぽく端末を叩いて外部から扉を閉めた。
離しなさい! ともがくクーデリアからパッと手を放すと、彼女は2、3歩後ずさりながら、
「何なんですか………何なんですか! これはッ! 一体………!」
「フミタン・アドモスはあなたを死地へ誘うよう、本来の主人であるノブリス・ゴルドンから命令を受けていました。おそらく、バーンスタイン家に仕えたその時から、その指揮下にあったのでしょう。表では資金援助しつつも、裏でエージェントを使って監視しながら、効果的に暗殺する絶好の機会を探っていたのです」
「裏が取れたぜ。………【クーデリアはコロニー内の暴動の中心となり、ギャラルホルンの凶弾によって死すべし】。出所は不明だがそういうメールを受けていた。アリアドネを使って暗号通信を繰り返していた形跡もある」
オルガの言に、打ちひしがれたように力なく足の力を失ってしまうクーデリア。
オルガ共々、慌ててそれを抱き支えながら、
「………どうか、お気を確かに。まだ、フミタンをこちら側に留める方法はあります」
「え………?」
「ノブリス・ゴルドンと交渉を。更なる活動の対価として、援助とフミタンの身柄の安全を要求するのです」
原作でもドルトコロニー騒乱直後、マクマードとの会談や、自身を殺そうと画策した人物と認識しつつ直に取引を持ちかけたクーデリアの姿に、さらなる利益追求の可能性を見出したノブリスは、さらなる援助を彼女に与えている。
今後の展開が見通せている以上、最大の利益をこちらが上げることは、不可能ではなかった。
クーデリアは驚きに目を見張り、
「ノブリスと………!?」
「今は話を通せるとは思いません。ですがドルトコロニーでこれから起こる騒乱を生き延びれば、彼のあなたへの評価は変わるはずです。その時に、どうか」
傭兵としては、あまりに出すぎたマネ、それに発言だ。勘気に触れてクビになっても文句は言えないだろう。
クーデリアは、何も言わなかった。きっと、まだ状況をはっきり把握できていないのだろう。あまりにも事態が進みすぎ、彼女に降り注いだ情報量は多すぎた。
「まずは部屋で休んでください」
それだけ言うと、クーデリアを支えながら、俺はその場を後にする。
やがて、フミタンの部屋はドアが完全にロックされ、監視の団員が2人つく。食事や必要な時以外は、彼女は部屋の外に出ることはできなくなる。クランクと同様に。
後は、真実を知った鉄華団………オルガがどう動くかだ。
▽△▽――――――▽△▽
「状況を整理します。まず、俺たちがテイワズから預かった貨物………その中身は工業用物資などではなく、大量の武器弾薬類でした。依頼元はGNトレーディング。この会社の詳細については分かっていません。ですがこの貨物を配送先であるドルト2に届けた場合、違法な武器取引としてギャラルホルンによる摘発の対象になります」
ビスケットの言葉に、誰もが沈黙して、しばらく二の句を紡ぐことはできなかった。
〝イサリビ〟ブリッジに、鉄華団の主要な面々…オルガ、ビスケット、ユージン、シノ、それにメリビットがブリッジ後方のブリーフィング用コンソールを囲むように集まっていた。チャドやダンテは操艦に集中しているが、時折興味深そうにこちらに視線をチラチラ向けている。
「………俺たちには今、2つの選択肢がある」
コンソールモニターには〝イサリビ〟の現在位置と、近づきつつある目的地…ドルトコロニー群が表示されていた。オルガは、それを見下ろしながら、
「1つ。このままテイワズからの荷物を持っていき………ドンパチに巻き込まれるか」
「こんな所で巻き込まれたら、クーデリアさんを地球に送るなんてできなくなる………」
ビスケットも緊張した面持ちで、コンソール上の表示を見下ろしていた。
オルガはさらに続ける。
「2つ目。荷物を届けるのを諦める」
「途中で放棄すればテイワズの信用にも傷がつく。テイワズを敵に回すことになるぞ」
俺はそう指摘した。行くも地獄、戻るも地獄。鉄華団は今、袋小路に追いやられたネズミの群れも同然だった。
沈黙が続く中、それを打ち破ったのはオルガだった。
「俺たちは今、テイワズに………マクマード・バリストンに試されている」
「オルガ………」
「ここを、俺たちの力で乗り切らなけりゃ、晴れてテイワズの一員とは認められねぇ。そういうってんなら………」
「俺たちだけなんて、無茶だ! 正面からぶつかってギャラルホルンに勝てる訳が………」
オルガとビスケットは、珍しく意見を対立させ、激しくぶつかっていた。シノやユージンは話の推移についていけないようで、
「………てかさ。武器運んで問題ある訳?」
「はァ! 大問題に決まってるだろうが!」
「何で?」
「そりゃ………ギャラルホルンが気に入らないからに決まってんだろ」
「だから何でだって」
「んな細かいこと俺が知る訳が………!」
「民間人の武器所有は4大経済圏全てにおいて法律で制限されている。戦闘用モビルワーカーやアサルトライフルなんてもってのほかだ」
とりあえず俺はユージンに助け船を出すことにした。
「無法地帯も同然の火星の事情は詳しく知らないが、地球圏ではギャラルホルンの支配体制が行き届いていて、当然法の執行も厳格だ。違法なことをすれば、すぐにギャラルホルンが飛んできて捕まる」
「なら………火星の時みたいに蹴散らしてやりゃあいいじゃねえか!」
あくまで血気盛んなシノだったが、「無理だ」と俺は首を横に振って、
「鉄華団と地球圏のギャラルホルンじゃ………装備、兵員数、所有艦船数、練度、何もかもが違いすぎる。コロニー群の治安を守る月軌道統制統合艦隊アリアンロッドといえば、ハーフビーク級戦艦だけで40隻以上。モビルスーツなら、数百機は保有しているだろうな。一個分艦隊が相手でも、今の鉄華団じゃ手も足も出ない」
「そんなにすげェのかよ………」
敵に回す存在の強大さに、シノもユージンもしばしの閉口を余儀なくされた様子だった。
真正面から物理的にアリアンロッド艦隊と戦った結果………原作では鉄華団は壊滅した。このまま戦闘に突入しようものなら、2期を迎えるまでもなく鉄華団はおしまいだ。
だから、
「オルガ団長。俺は、3つ目の選択肢を提案します」
「ほう」
オルガは目を細めた。俺は、その目を真っ直ぐ見返しながら、
「俺たちには今、クーデリア・藍那・バーンスタインという切り札があります。そして彼女は火星の実力者ノブリス・ゴルドンや、テイワズのマクマード・バリストンと深く繋がっている」
「………何が言いたい」
「今回のことに、少なくともテイワズが一枚噛んでいるのは間違いないかと。それに、おそらくはクーデリアさんのスポンサーであるノブリス・ゴルドンも。クーデリアさんを介して、この二人に、俺たちがギャラルホルンの力が俺たちに及ばないよう、働きかけてもらうんです」
原作では、4大経済圏の一つであるアフリカンユニオンを動かして、総攻撃を発令する寸前のアリアンロッドを押し留め、〝イサリビ〟を撃沈の危機から救った二人だ。おそらく、どちらも経済圏に対してかなりの影響力を持っているに違いない。
ですが………、と疑問を口にしたのは、これまで黙って事態を見守っていたメリビットだった。
「ですが、そうすんなりと話を聞いてもらえるでしょうか?」
「今のままでは、無理だと思います。鉄華団は、おそらくマクマード・バリストンが課した試練……ドルトコロニーで起こるだろう混乱の解決と、そして生還を果たしていません」
マクマードはおそらく試しているのだ。鉄華団や、クーデリアが、本当に世界を変えるに足る存在であるかどうかを。そして、利用価値があるかどうかを。
そのために、本来の世界では………コロニー労働者の多くが殺され、鉄華団も、ビスケットが兄であるサヴァラン・カヌーレと決別し、クーデリアの付き人であり彼女が姉のように慕っていたフミタン・アドモスの命が、失われた。
事の結末を知る俺は、どう動きべきなのか………
結局、その場で結論を出すことはできないまま、俺たちはドルト2に向かって針路を取り続けた。
▽△▽――――――▽△▽
フミタン………
内側からロックし、照明も落とした暗い自室で、ベッドの上にうずくまりながら、クーデリアの思考はいつまでも堂々巡りを繰り返していた。
フミタンが裏切っていた。
そんなはずはない。
だけど………
『彼の言葉は本当です』
『【クーデリアはコロニー内の暴動の中心となり、ギャラルホルンの凶弾によって死すべし】………』
クーデリアにとってフミタンは姉であり、自分に向き合ってくれなかった母に代わる存在ですらあった。
そんなフミタンが、ノブリスと繋がっていて………自分を殺そうと画策していた。
どうして………
フミタンは私の………
その時、部屋の呼出チャイムが鳴り響いた。クーデリアはのろのろ、と顔を上げたが、動く気力がわかない。
何度も、何度もチャイムは鳴らされた。オルガ団長なら、自分の権限でロックを解除して入ってくればいいのに………
だが、何度も鳴らされるチャイムに、クーデリアはようやく、重く感じられる腰を上げて起き上がった。そしてドアのロックを解除して………
「………三日月」
いつもの三日月が、そこにいた。
いつもの真っ直ぐな目で、クーデリアをじっと見据えている。
「アトラが心配してたから。大丈夫?」
「え、ええ………私は………」
「大丈夫じゃないみたいだね」
相変わらずのずけずけとした物言いが、今のクーデリアには鬱陶しくてたまらない。
「用がないなら………後にしてもらえますか? 今………」
「止まっちゃダメだよ」
その言葉に、クーデリアはハッとなった。視線を戻すと、三日月が少しだけ笑いかけながら、
「クーデリアが止まったら、俺たち、幸せになれないから」
――――じゃあ、アンタが俺たちを幸せにしてくれるんだ?
――――ええ。そのつもりです。
そして歳星で………
――――わたしの手は、すでに血にまみれています。
――――この血は鉄華団の血です。
――――今わたしが立ち止まることは………彼らに対する裏切りになる。
立ち止まらないと、交渉を成功させ、火星の恵まれない子供たちや、三日月たちを幸せにすると、そう誓ったのだ。すでに多くの、名前も知らない鉄華団の人たちを犠牲に、テイワズのような組織も巻き込んで、クーデリアの戦いは始まっているのだ。
立ち止まってはいけない。
分かっている。
けど………!
「立ち止まっても、いいと思うよ。オルガもさ、ああ見えてたまに立ち止まったり、悩んだりしてるから」
「三日月………」
暗い部屋からは眩い通路の明かりを背に、三日月はいつものような淡々とした調子で、
「でもさ、これだけは忘れちゃいけないと思う。クーデリアが今何をしたくて、どこに行きたいのか」
「何をしたくて………どこに行きたいのか………」
そこでようやく、クーデリアは自分が、自分が行くべき道を見失っていたことに気が付いた。
フミタンが裏切っていた。そのことが余りにもショックで、何もかもを、考えることも、行動することも放棄しようとしていたのだ。そしてそれは、クーデリア自身が戒めていた、今までクーデリアのために犠牲になった人たちを裏切る行為だ………
「教えてよ。クーデリアが何をしたいのか、どこに行きたいのか。俺、そのためなら、何人だって殺す。それが仕事だから」
どんなに苦しくても、辛くても、三日月は立ち止まらなかったのだろう。だからこそ、強い。強くなければ生き残れない世界で、生き続けてきた彼の強さだ。
彼のように戦いたいと、あの日、CGSにギャラルホルンが2度目の攻撃を仕掛けてきたあの時、〝バルバトス〟の圧倒的な戦いを目の当たりにした時、クーデリアはそう思ったのだ。
モビルスーツを操ることではなく、自分の戦いを、三日月のように強く―――――!
『まだ、フミタンをこちら側に留める方法はあります』
その時、クーデリアの脳裏に数時間前の、カケルの言葉が蘇ってきた。落ち着いてきた思考の中で、ようやくあの時の彼の言葉を思い起こすことができたのだ。
『ノブリス・ゴルドンと交渉を。更なる活動の対価として、援助とフミタンの身柄の安全を要求するのです』
『今は話を通せるとは思いません。ですがドルトコロニーでこれから起こる騒乱を生き延びれば、彼のあなたへの評価は変わるはずです。その時に、どうか』
そうだ。
ノブリスの目的がドルトコロニーの騒乱と、そこでクーデリアが死ぬことにあるのだとすれば、彼は今、クーデリアをコロニーや火星に騒乱を引き起こす火種程度にしか思っていないということだ。
そこに本来の、火星ハーフメタルの価格制限撤廃という、クーデリア本来の利用価値があるということを、ノブリスに認識させることができれば………ノブリスは火星きっての大商人。利に聡い男だ。クーデリアに更なる援助を与え、フミタンの安全を保証させてこちら側に留め置くことだって………!
「………クーデリア大丈夫?」
火星ヤシを口にしながら三日月が問いかけてくる。
三日月の励ましに力を得たクーデリアに、先ほどの焦燥とした面持ちは、もう一切見られなかった。
「ありがとう三日月。もう大丈夫。オルガ団長はどこにいますか?」
「えーと………この時間なら多分ブリッジにいると思う」
「カケルは? 彼にも頼みたいことがあります」
「格納庫にいないなら食堂じゃないかな。いっつも何か食ってるし」
分かりました。とクーデリアは暗い部屋から明るい通路へと足を踏み出した。自身の闇から、ようやく抜け出すかのように。
三日月は「ふぅん………」とぼんやりその後ろ姿を見守ると、またポケットから火星ヤシを取り出して口の中に放り込んだ。
▽△▽――――――▽△▽
「おいおい。こりゃあ………」
〝ハンマーヘッド〟のブリッジで、名瀬はオルガからの報告に、思わず片手で額を押さえた。
メインスクリーン上でオルガとビスケットが、
『テイワズから預かった貨物の中身は、工業用資材ではありませんでした。全部、武器弾薬、それに戦闘用モビルワーカーが満載です』
『このままこれをドルト2に届けたら、違法な武器取引でギャラルホルンから逮捕されるかもしれません。そうしたらタービンズにも迷惑が………』
「こりゃあ、なかなかの大事になっちまったなぁ………」
指揮官席に沈み込みながら、名瀬の頭はこれから起こり得る事態と、取るべき選択肢について目まぐるしく思考を働かせていた。
テイワズが鉄華団に託した貨物には武器が満載。当然、テイワズ代表であるマクマードの親父の耳に入っていない訳が無い。となると、クーデリアや鉄華団を試すために、意図的にこの事態を見逃したと考えるのが自然だ。
おそらくマクマードの親父は、クーデリアや鉄華団がこの事態を乗り越えることができるのか、その真価を見極めようとしているのだ。ここで潰れればそれだけの組織だということ。テイワズの末席に加えるまでもない、という訳だ。
「考えるねぇ。あのオヤジも………」
「それで? かわいい弟たちのために、兄貴は何をするんだい?」
いたずらっぽく傍らのアミダが笑いかけてくる。
そりゃあ………、と名瀬が答えようとした。その時、
『お待たせしてすいません。私に考えがあります』
オルガ、ビスケットの間に割り込むように、凛とした表情のクーデリアが姿を現した。
テイワズ、ノブリス・ゴルドン、ギャラルホルン、鉄華団、ドルトカンパニー、労働組合、モンターク商会………
様々な勢力の思惑と行動が入り交じるドルトコロニー編は、やはり文章に起こすのがなかなか難しいですね。
次話につきましては10/28(土)の更新を予定してます。