鉄と血のランペイジ   作:芽茂カキコ

29 / 78
第7章 それぞれの旅路
フミタンとクーデリア


▽△▽――――――▽△▽

 

 盆栽を手入れするわずかな音をかきけすように、端末からの音声がマクマードの部屋の隅に響いた。

 

『ドルトコロニーの騒動もひと段落ついたようで』

「あんたにとっちゃあ、とんだ番狂わせだったんじゃないかノブリス・ゴルドンさんよぉ? ギャラルホルンの作戦は失敗。労働者は蜂起に成功、しかも経済圏の干渉まで許して、特にアリアンロッド艦隊のメンツは丸潰れときた。あんたとギャラルホルンとの太いパイプも………」

 

『はは、は。そういじめてくださいますな。むしろ収穫は大きかったと、貴方同様喜んでおりますとも。クーデリア・藍那・バーンスタイン………マクマードさん、あなたのおっしゃる通り、コロニーで死なせるには惜しいお方だ。当然、援助は続けさせてもらいますよ。火星のより良い未来のためにね』

 

「ふ………。火星随一の大商人サマがえらく殊勝な心掛けをするじゃないか。まあ、これからお互い忙しくなりそうじゃないか」

『ええ。今後とも末永いお付き合いを期待したいものですなぁ。マクマード・バリストン様とも、クーデリア・藍那・バーンスタインとも………』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

『ドルトコロニーを巡る一連の騒乱は、労働者組合側とドルトカンパニー本社の労使関係の見直し合意によって一つの終着点を迎えました。しかし、ドルト4、5などの工業コロニーでは未だに破壊活動や略奪が後を絶たず、現地のギャラルホルン駐留部隊が対応に追われています。ギャラルホルンのグレナー報道官は………』

 

 

 高画質のモニターに映し出されるニュース映像。各所で黒煙が立ちこめる工業コロニーの街並みや破壊されたギャラルホルンMW、負傷した労働者の様子などが次々と画面の中で流れていく。

 テレビモニターから視線を移すと、向こうには展望窓が。どこまでも続く宇宙空間がその先で広がっており、時折見える光点は、入出港する民間の宇宙船だ。

 フミタン・アドモスは広大なラウンジで一人、自分が乗ることになる定期船の搭乗開始時間を待っていた。

 

 

―――――嫌いだった。

―――――何も知らない、ただまっすぐな彼女の瞳が………

 

 

 思い起こすのは過去の回想。初めて出会った時、もっとたくさんのことを知りたいとせがまれた時、火星のスラム街でフミタンとはぐれ……ようやく見つけて泣きじゃくったクーデリアを落ち着かせるために抱き締めた時………そして今日に至るまでの軌跡が、まるで走馬燈のように思えて、フミタンは一人自嘲した。

 ふと、再びモニターを見ると、クーデリアが労働組合の者と握手を交わすニュース映像が流れていた。ギャラルホルンを退け、労働者の権利を勝ち取ったクーデリアは、今や時代が認めるヒロイン。もう、自分が世話していた世間知らずのお嬢様はいないのだ。

 

 

 と、

 

 

「………フミタン」

 

 静かに自分を呼びかける声に、フミタンはスッと、座っていたソファから立ち上がった。

 そして振り返ると………そこにはクーデリアの姿が。周囲をごまかすためか、目深く帽子を被って多少の変装をしているが、テレビモニターの姿と比較されれば一目瞭然だろう。

その傍らには、彼女が雇った傭兵、蒼月駆留がボディーガードよろしく油断なく一歩下がって立っていた。

 

「お嬢様………」

「本当に、行ってしまうのね………」

「申し訳ありません。私にはお嬢様のお傍に使える資格などなかったのです。最初から」

「そんなことっ! フミタンは私の、いえ、私たちの家族の一員よ。それは変わらないわ」

 

 その、澄んだ瞳を直視することができず、フミタンは思わず視線を逸らした。

 

「………その目は、ずっと変わらないのですね」

「えっ?」

「私は、ノブリス・ゴルドンのエージェントでした。任務はバーンスタイン家の監視と……クーデリア・藍那・バーンスタイン暗殺の手引き。事が問題なく進めば、あなたはここで殺されるはずだったのです。………こんな裏切り者の私を、まだ家族と呼んでくださると?」

「ええ」

 

 クーデリアは力強く首肯した。

 

「ノブリスにはあなたに手を出さないよう、約束させたわ。もしあなたに危害が加わるようなことになれば、火星ハーフメタル利権についてはテイワズを中心に話を進めると。もう、貴方に指図できる人はいないわ。………私も」

「お嬢様………」

「私には、フミタンを止めることはできないわ。フミタンが私の下を去りたいのなら………私には送り出すことしかできない」

「………」

「でも忘れないで。私にとって、あなたはかけがえのない家族だということを。どうか、それだけは………」

 

 沈黙が、しばらく二人の間を包み込んだ。カケルは、黙って一歩後ろに下がったまま、事の次第を見守っている。

 

「フミタン。お願いがあるの」

 

 唐突に切り出したクーデリア。その瞳には強い決意が湛えられている。

 

「私は、アーブラウとの交渉を必ず成功させるわ。そして、火星ハーフメタルの価格制限を撤廃させて、それを基に火星の経済を立ち直らせる。フミタンには火星で、その下準備をお願いしたいの。私自身が火星ハーフメタル産業に携われるように」

 

 もっと多くのことを知りたいとせがんだ時。

 自分の世界を広げるために火星のスラムに行きたいと頼み込んだ時。

 それと同じ、澄んだ瞳がフミタンを真っ直ぐ見つめていた。そしてそんな目を向けられた時、フミタンはいつも………

 

 

『―――お待たせ致しました。16時15分発火星行きR485便の搭乗手続きを開始いたします。チケットをお持ちのお客様は7番搭乗口よりご搭乗ください。繰り返します。16時15分発火星行き――――』

 

 

 搭乗手続き開始のアナウンス。

 フミタンは踵を返し、手荷物を持って搭乗口に向かって歩き出した。

 クーデリアもカケルも、黙ったままそれを見送る。引き止めたい気持ちを必死でこらえているのは、分かっていた。

 

 許されるのならば、

許されるのならば振り返って、再びお嬢様の傍に………

 

 だが、裏切り者の自分を傍に置けば、ノブリスはまた妙なことをしないとも限らない。鉄華団のあの団長も、裏切り者を大事な顧客の近くに置くことにいい顔はしないだろう。

 そして自分自身が………それを許せないのだ。

 だがもし、その罪を贖える時が来るとしたら――――――――――

 

 フミタンはゆっくりと、振り返った。

 だが、それだけだ。引き返すことは、許されない。

 

 

「………お嬢様のお帰りを、火星でお待ちしております。ご準備の方も必ず。火星にお戻りになられ次第ただちに事業を立ち上げられるよう、手配いたします」

 

 

 いつものように姿勢を正し、フミタンは丁寧にお辞儀をした。

 顔を上げると、クーデリアの表情が輝いているのが見えた。

 思わず、自分の表情がほころんでしまうのを、どうしても止めることはできなかった。

 

 

「必ず、火星に戻ってくるわ。だから………待っていてフミタン」

「承知いたしました。お嬢様」

 

 

 深く再度一礼して、フミタンは搭乗口への歩みを再開した。

 搭乗口で簡単な手続きの後、エアロックから船内へ。

 宇宙港に面した船窓から、ラウンジが見えた。

 クーデリアがこちらへ手を振っている。振り返したいが、後がつかえているために先へ先へと進まなければ。

 そして船室へ。手荷物を簡易ベッドの上に置く。船室は宇宙港とは反対側に面しているために、広がっているのは、どこまでも続く宇宙空間ばかり。

 

 クーデリアは地球へ。フミタンは火星へ。

 一度道は違えども、いつかまた巡り合う。

 

 火星で、お嬢様がやるべきことをスムーズに成し遂げられるように、やるべきことはたくさんある。

 また、変わらず忙しくなる予感に、フミタンは一人、笑みをこぼさずにはいられなかった。

 

 

 クーデリア・藍那・バーンスタイン。

 彼女は人々にとってだけでなく、自分にとっても、ただ一つの希望なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 火星行きの定期船が遠ざかっていく。

 その姿が星々の間に混ざり合い、やがてその光輝すら見えなくなっても尚、クーデリアはラウンジの展望窓に片手を当てて、ジッと見やったまま動かなかった。

 

「………クーデリアさん。そろそろ」

 

 俺は、周囲に気を配りつつクーデリアにそっと耳打ちした。

 ドルト市民は赤いドレスを纏ったクーデリアの姿しか知らず、衣装を変え、帽子を目深く被って一応は姿を隠している彼女をクーデリア・藍那・バーンスタインだと、気付いている者はいないようだった。だが、万が一ということもある。

 大騒ぎになる前に、彼女を〝イサリビ〟に連れていった方が無難だ。

 だが、当の本人は動かず、船が消え去った先を眺め続けていた。

 

「クーデリアさん」

「! す、すいません。そうですね、行きましょう………」

 

〝イサリビ〟に戻るには一度、隣のドルト2へ向かう必要がある。

 組合から借りたランチを1機、宇宙港の小型船用ベイの一つに停泊させているのでそれで母艦まで戻ればいいだけだ。

 

「………出航は明日でしたよね?」

「ええ。私たちは行かなければなりません。………地球へ。私を信じついて来てくれた人たちのためにも。フミタンのためにも」

 

 そのためには、地球軌道を守る地球外縁軌道統制統合艦隊の絶対防衛線をかいくぐって地球に降下する必要がある。原作通りの激戦になることは間違いないだろう。

 それに鉄華団への復讐に燃えるガエリオ・ボードウィンも。

 

 と、人影が2つ、こちらへと近づいてきた。

 

「あ」

「クーデリアさんっ! これにカケルさんも!」

 

 何の気なしに歩く三日月とアトラの2人組。アトラはいつものように元気よく、ててて……とクーデリアに近づいて来て、

 

「私たち、今から買い出しに行くんですけど、一緒にどうですかっ?」

「え? ええと………」

 

 原作通りの買い物編をここで入れるつもりなのか………

 だが、クーデリアがドルト中のテレビに映った有名人である以上。目立った真似は、かなりマズい。

 さすがに、それとなく二人の間に割り込んで、

 

「クーデリアさん。今の情勢だと街中での護衛はかなり厳しいです。もしクーデリアさんが街にいることが知られたら………」

「そ、そうですね」

「別に。大丈夫でしょ」

 

 そう言いながら三日月は火星ヤシを一つ口の中に放り込む。

 アトラはふと、不安げな表情でクーデリアを見上げて、

 

「あの………クーデリアさん、今までずっと頑張ってきたから、どこかで息抜きした方が絶対いいと思うの!」

「護衛なら俺がいるし、大丈夫じゃない?」

 

………まあ、サヴァランやノブリスの暗殺者にとっても、彼女を殺すメリットは無くなったことだし。ギャラルホルンが手を出したとしても、イメージダウンに拍車がかかるだけだ。不安は残るが、確かにドルトコロニーに近づいてきたからここ数日、クーデリアが根詰め過ぎているのは間違いなかった。

 

「ね! いいでしょ!?」

「え、ええ。………そうですね。何か気晴らしになることがあれば」

「じゃあ決まりっ! まずは洗剤とかたくさん買わなきゃ!」

「………確かに、これを機に艦内の衛生環境を何とかできれば………」

 

 あ、『希望を運ぶ船』のくだりがここに来た。

 確かに、ドルトコロニーに来て以来買い出しは全くなかったので、艦内は汚れ放題だ。何にせよ日用品は補充する必要がある。………それと、こっそりつまみ食いしたライドの備蓄菓子も、補充しておかなければ。

 仕方ないか。と、俺はすっかりその気になった二人に付いていこうとしたのだが、

 

 

「あ。カケル。そういえば………」

「ん? どうした三日月?」

「前に船に乗ってた人から通信来たってオルガが。カケルに会いたいってさ。カケルに会ったら伝言しておいてくれって、場所とか聞いてるけど、どうする?」

 

 

 

 

 

 




すいませんが、次話投稿については未定です。
ストックが溜まり次第、投稿していこうと思います。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。