鉄と血のランペイジ   作:芽茂カキコ

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お待たせしました。


カケルとクランク

▽△▽――――――▽△▽

 

 指定されたのは、ドルト3宇宙港の荷下ろし場の一角。無重力区画で無数のコンテナがどこまでも積み上げられ、広大なスペースを埋め尽くすように並んでいた。

 

「指定されたのはここのはずだけ、ど………」

 

 まだ来ていないのか、静まり返った荷下ろし場には誰一人として人影を見出すことができなかった。

 とりあえず「よっ」とキャットウォークの手すりに腰かけ、相手が来るのを待った。

 すると、

 

「遅れてすまなかった。何か飲むものでもあればと思ってな」

 

 野太い声に振り返ると―――ちょうど俺の背後にクランクが降りてきた所だった。両手にはドリンクのボトル。そのうちの一つを、俺に向かって流してきた。微糖コーヒーのロゴが貼られている。

 ふわふわと漂うそれを俺は受け取りながら、

 

「ど、どうも………」

「まさか実働部隊一筋の俺が、諜報部の真似事をさせられるとはな。頼まれてた地球・アーブラウの情報、手に入ったぞ」

 

 俺と同じく手すりに腰かけ、クランクは俺に一台のタブレット端末を差し出した。

〝イサリビ〟から下艦させる前、クランクにはクーデリアの演説が入った情報チップとは別に、地球・アーブラウの情報を集めてほしいと依頼していた。正直、自分で調べた方がいいと思ってたところだったが、律義に調べ上げてくれていたのだ。

 手渡された端末の画面に表示されていたのは、

 

 

【アーブラウ代表・蒔苗東護ノ介氏 辞任! 贈収賄疑惑が背景か!?】

【アーブラウ政財界の大物失脚劇 次期代表の椅子は誰の手に?】

 

 

「地球の新聞記事がコロニーに来るのは2、3日遅れでな。しかも一定以上の富裕層にしか配信されていない。世話になったドルトの公共放送の人間に頼んで、これを手に入れた」

「助かりました。ありがとうございます、クランクさん」

「………だが、この記事の通りなら、クーデリア・藍那・バーンスタインの交渉は………」

「すぐにクーデリアさんにこのことを伝える必要があります。………本当に助かりました。ギャラルホルンに復帰された身なのに」

「いや………ギャラルホルンには正式に除隊願いを出し、受理された」

 

 クランクは、どこか吹っ切れたような晴れた表情で、天井を仰いでいた。

 

「………良かったんですか? ギャラルホルンっていったらエリート組織なんですよね」

「そうだな。だが、俺は元々上から色々と疎まれていてな。出世街道からはすっかり遠のいていた。それに今回のことではっきりした。………ギャラルホルンにいては、俺は俺が正しいと思った道に進むことができない、とな」

 

 実際、原作では意に添わぬ少年兵たちへの虐殺を強要されそうになり、苦肉の策として鉄華団に個人での決闘を挑み、敗れ、死んだ。

 それとはまったく異なる未来を、クランクは歩もうとしているのだ。

 

「これから、どうするんですか?」

「しばらくはドルト2で世話になろうかと思う。モビルスーツ、モビルワーカーは一通り扱えるからな。後のことは、こちらに来るアイン共々考えよう」

 

 こちらに来る?

 思わず首を傾げた俺に「おお、そうだった」とクランクは俺に渡した端末を横から操作した。

 画面が移り変わり、

 

 

『クランク二尉! お元気ですか? ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。この通り意識も戻りましたので、これからテイワズの高速船に乗ってクランク二尉が乗っていらっしゃる船が寄港されるドルト3へと向かいます。このメッセージをクランク二尉が乗船されている船を所有する組織に託しますので、どうかドルト3でお会いできますよう………』

 

 

 映し出されていたのは、すっかり回復した様子のアイン・ダルトンだった。船の一室らしい場所を背景にしている。

 

「アインさん、意識が戻ったんですね」

「ああ。俺たちが歳星を出てから意識を取り戻したようでな。2、3日のうちにこちらへ来るそうだ」

「アインさんもギャラルホルンを抜けるんですか?」

「それはアイン自身に決めさせる。家のこともあるだろうし、俺のように決めることは難しいだろう。だが、アインには自分が正しいと思う道を歩んでほしいと思っている」

 

 

 そうですか。と俺はぼんやり返事しつつ、ドリンクのストローを加え、中身を少し吸った。コーヒーの苦みが、口の中で広がって、液体を嚥下してもしばらく余韻を残す。

 そんな俺にクランクさんは、

 

 

「どうした、カケル? 最初に会った時に比べて、ひどく精彩を欠いているように見えるが」

「そ、そうですかね?」

「………悩み事か? 俺でよければ話ぐらい聞いてやるが」

 

 そんな頼もしい言葉に、俺は思わず少し俯いていた顔を上げつつ、

 

「クランクさんは………」

「ん?」

「クランクさんは、人を殺すことについてどう思いますか?」

「やらなければならない時はあるだろう。軍人として、お前のような傭兵として。だが、いかに高尚な理由があれ人を殺めること自体は罪だ。人が人を傷つけ、殺すような世界などあってはならない。だからこそギャラルホルンが存在するのだ。………火星周辺の海賊討伐任務で、海賊と戦い、殺したこともある。罪悪感はそうすぐに消えるものではない」

 

「俺は人を殺すことを恐れません。後悔もしません。躊躇うことも、ありません。気づいたらそういう身体、そういった精神になっていました。目的の為なら障害になる者は全て殺す」

 

 ほう、とクランクが目を細めた。

 構わず俺は続ける。

 

「俺には目的があります。そのためなら、何人だって殺す。何だって破壊する。………けどその先の、俺が行きたい未来に、俺の居場所があるのか……俺が、俺自身でい続けられるのか。先日の戦いからずっと、それを考えてました」

 

 しばらく、沈黙が流れる。

 何も稼働していない荷下ろし場で、遠くの区画での作業音だけが、時折わずかに聞こえてきた。

 やがて、クランクは静かに、

 

「………つまり、道を見失っている、ということだな?」

「そう、かもしれません………」

 

「カケル。俺がお前に代わって、その答えを見出してやることはできない。だがな、自分にとって正しいことを為そうという気持ちは、決して失ってはならない」

「自分にとって正しいことを………」

 

「……アインにもいつか言ったが、人間なんて一人一人違う。もともと、一括りにはできないものだ。人間の数だけ思いがあり、正義がある。自分自身に、何が正しいか問いかけ続けろ。そして、お前という人間の生き方を、この世界に見せるんだ。自分自身の軸がしっかりしていれば、迷ってもいずれ己の正道に立ち直ることができる」

 

 

 何が自分にとって正しいことか。

 何を為すべきか。

 そして自分の軸………

 

 

「俺は………」

「うん?」

「俺には、目的があります。行きたい未来があります。そのためなら、戦うことも、殺すことも、死ぬことも恐れない」

「そうか。ならばそれが、蒼月カケルという男に与えられた〝強さ〟だ。それがお前を導いてくれる。大事なのは目的、どこに行き、何を成し遂げたいのか、それを決して見失わないことだ」

 

 バシン! 軽く背を叩かれ、思わず俺は背筋がピンと伸びた。「はは」と、クランクは軽く笑いかけながら、

 

 

「行け、カケル。望む未来に行き、望む居場所を手に入れろ。決して己の願いを見失うことなく………お前と言う人間の生き方を、見せるといい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 クランクと別れ、宇宙港のストアで少し買い物をした後に、〝イサリビ〟が寄港しているドルト2コロニーへ。

〝イサリビ〟へと戻ると、翌日の出航に向けた準備がひと段落ついたようで、夜勤シフト態勢下で艦内はすっかり静まり返っていた。

 ライドの備蓄菓子を補充するついでに何か腹に詰めるか……と買い物袋を提げて食堂に向かうと、すでに数人の人影が。後ろ頭だけで、すぐに昌弘やアストンら元ヒューマンデブリ組だと分かった。

 ようやく人数分の制服が揃ったらしく、皆、背に鉄華団のエンブレムをあしらったジャケットを羽織っていた。

 

「うは~。食った食った」

「ビトー、食い過ぎだろ」

「しっかり食わねえと昭弘さんみたいにデカくなれねえだろうが」

「あのガチムチ兄貴を目指してるのかよ………」

「………ん? どした、ペドロ。残すのか?」

 

 アストンの言葉に、まだフードプレートに食事を残したままのペドロは「あ、いや……」と少し口ごもりつつ、

 

「何か………今まで死んだ奴らにも、食わせてやりたかったなって………」

「あ………」

 

 俺が知ることはできないだろうが、ヒューマンデブリとして使い潰されていく中で死んでいった彼らの仲間たちのことだろう。気まずい沈黙が、彼らの間で流れる。

 それを打ち破ったのは、デルマの言葉だった。

 

「………あいつらなら、今ごろ、どっかで生まれ変わってるかもしれねぇな」

「? 何だそりゃ?」

「昔さ、ブルワーズの時よりずっと前、聞いたことがあるんだ。人間は、死んだら生まれ変わるって………」

 

 生まれ変わる? 思わず重なったビトーやアストンの声に、デルマは小さく頷きつつ、

 

「もう一度赤ん坊になって、母ちゃんの腹から生まれて来るんだと。今までのこと全部忘れて、人生やり直せるって」

「そう………だといいな」

「だからさ、俺たちは俺たちで今、精一杯生きてけばいいんだよ」

 

 デルマの言葉に、ペドロは「うん……そうだね」と、わずかにはにかんで、少しずつ食事を口に運び始めた。

 

「早く食わねーと、そのデカいの食っちまうぞ~」

「ビトーは食いすぎ」

「3人分ぐらい食っただろ」

「う、うっせーな! 今まで全然食えなかったんだから、遅れ取り戻さねーと」

「うまいな、これ」

 

 ワイワイ騒ぐ少年たち………邪魔しちゃ悪いな。

 俺はとりあえず空きっ腹を抱えたまま、まずは格納デッキに向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 格納デッキに足を踏み入れるとすでに整備組の大半が仕事を終えたらしく、数人の夜勤の少年兵だけで、ひっそりと静まり返っていた。

〝バルバトス〟〝流星号〟〝グシオン〟……それに俺の〝ラーム〟も静かに佇み、次の出撃の時を待っているようだった。〝ラーム〟は既に二重装甲の再取り付けが完了し、元のずんぐりとしたフォルムに戻っている。

 

「おう。カケルか」

 

 だみ声に振り返ると、雪之丞がこちらへと近づいてくる所だった。その背後からついてきているのは、

 

「おやっさん。それに、クレストも」

 

 ブルワーズのタンクトップから鉄華団のインナー、ジャケットへと着替えたクレストは、もう年少組の……エンビやエルガー辺りの子供たちと変わらない。

 

「やっとジャケットが来たんだな。似合ってるぜ」

「へへ………」

 

 制服の襟をつまんで嬉しそうにはにかむクレスト。その肩に、雪之丞はポンと手を置き、

 

「ちったぁ感謝してやれよ。お前さんが散らかした〝ラーム〟のパーツを拾うために、〝マン・ロディ〟じゃ燃費が悪いってんで阿頼耶識を積んでねぇ組合のモビルスーツを借りて何時間も飛び回ってたんだからよ、こいつ」

「そうなのか………ありがとな、クレスト」

「うん。でも、全部は拾えなかった………」

 

 ちょっと恥ずかしそうに、クレストは少し俯いてそっぽ向いてしまった。

 できれば俺自身で拾いに行きたかったが、あいにくとフミタンやクランクの件、それにクーデリアの護衛なども重なってすっかり整備組に丸投げしてしまっていたのだ。

 そうだ。

 

「じゃあ、お礼と言っちゃあ何だけど………」

「?」

 

 がさごそと買い物袋をまさぐり………あった。

 俺は一枚の、板チョコをクレストに差し出した。

 

「やるよ」

「………いいの?」

「人数分無いから、他の奴らには内緒な」

 

 クレストはこくこく、と頷いて、おずおずと手に取った板チョコをジャケットの内ポケットの中に挿し入れた。

 雪之丞はそれを微笑ましく見守っていたが、

 

「とりあえずクレストが回収したのと、テイワズが作った予備パーツで〝ラーム〟の二重装甲はバッチリだ。だがなぁ、これからしばらく補充できるアテもねェし、なるべくアーマーパージなんてのは遠慮してもらいてぇんだが」

「そうですね。〝ランペイジアーマー〟モードは、〝ガンダムラーム〟の切り札みたいなものですし。気を付けます」

 

 俺の言葉に、おう、と雪之丞さんは軽く頷きつつ、ふと大きな欠伸を見せた。

 

「……あぁ。ちょっと軽く食って一眠りしてくらぁ」

「あ。じゃあ俺も食堂行きます。俺も飯食ってないし。クレストもどうだ?」

「うんっ!」

 

 身軽な足取りで無重力を蹴って駆けていくクレストに、それに続くようにゆっくり進む雪之丞。

 俺もその後を追おうとして………ふと、背後の〝ラーム〟に振り返った。

 

 

「………一緒に行こうな、〝ガンダムラーム〟。俺が、俺たちが望んだ未来にむかうために、な」

 

 

「………カケル?」

「おい、どうしたぁ? 食堂行くんじゃなかったのかぁ?」

「あ。今行きます!」

 

 床を蹴って俺は、格納デッキの出入口で待つクレストと雪之丞に向かって飛んだ。

 

 

 

――――――俺は止まらない。

――――――俺が望んだ未来に向かって、走り続けてやる。

 

 

 

 






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