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4時間後、タービンズの強襲装甲艦〝ハンマーヘッド〟がブルワーズ艦を牽引しながら〝イサリビ〟へと近づいてきた。
そしてすぐに名瀬とアミダが〝イサリビ〟へと乗船してくる。
ブリッジには当直のメリビットやチャドの他に、オルガとビスケット、三日月。俺は近くの手すりに腰を預けて、遠巻きに見守る形になった。
「悪ぃな、遅くなっちまって」
「いえ。……こっちこそ面倒かけちまって、すみませんでした」
ブリッジを訪れた名瀬に、オルガは軽く頭を下げる。名瀬は気取ったように笑いかけながら、
「気にすんな。それにしても、やってくれたなぁあのお嬢さんは………っと」
噂をすれば。ちょうどクーデリアがブリッジに入ってきた。
「お待たせして申し訳ありません」
「……フミタンのこと、気に病むんじゃないよ」
気遣うようにアミダがそう声をかけ、「はい……ありがとうございます」とクーデリアは少しだけ笑ってみせたが、
「それで、出発はすぐにできるのですか?」
「ん……ああ、それなんだが………」
問いかけられた途端に、歯切れが悪くなる名瀬。
彼は一同をブリッジ後部のコンソールに集めると、モニターに地球周辺の航路を表示させつつ、
「予定では、地球軌道上にある2つの共同宇宙港のどちらかで降下船を借りて、地球に降りる手はずだったんだが………お前たちの動きはギャラルホルンにきっちりマークされちまった。もうこの手は取れねぇ」
「!………じゃあ、どうすればいいんですか……!?」
思わず声音が荒くなったクーデリアを見、ムッとしたユージンが口を開こうとする。
俺は片手でそれを制しつつ、
「名瀬さん。地球には独自に降下船を手配できるような民間業者はいないのですか?」
「ん? そりゃあ探せばいるだろうがな。今から探すとなると結構な時間と、それに金のほうが………」
「私には責任があるのです………!」
俺と名瀬が目を向けると、クーデリアはコンソールの上に置いた手をギュッと握りしめていた。その手が震えている。
「責任……?」と三日月は首を傾げた。
「私を信じてくれる人とたちのために、私は……わたし自身の責任を果さねばならないのです………!」
俺は返す言葉を思いつくことができず、ビスケットが「それはわかってるんですか………」と気まずそうに言葉を濁すだけで、
だがその時、ブリッジに警告音が鳴り響いた。
「エイハブ・ウェーブの反応……船が近づいてきます!」
メリビットの報告に話し合いを一旦中断し、オルガは艦長席に、ビスケットは火器管制コンソールへ、ユージンは操舵席へとそれぞれ飛び込んだ。
オルガの傍らに立ちつつクーデリアは緊張した面持ちで、
「ギャラルホルンですか?」
「なら1隻ってことはないだろう」
「接近する船から通信が届いていますが」
更なるメリビットからの報告に、オルガはふと背後にいる名瀬と視線を交わす。名瀬は小さく頷き、通信を開くよう促した。
「正面に出してくれ」
通信が開かれ、正面のメインスクリーンに一人の男の姿が映し出された。だが少々風体の奇妙な姿で、
「うおっ!」
「な、なんだあの……」
「お面か?」
間近でその姿を目の当たりにし、戸惑った様子のチャドとユージン。
金色の仮面で顔の上半分を隠したその男は………
「こいつ………」
思った通り。このタイミングで来ると思ったぜ。
仮面の男モンターク………またの名をマクギリス・ファリド。
『突然申し訳ない。モンターク商会と申します。代表者とお話がしたいのですが』
こちらの混乱に構わず、モンターク商会を名乗る仮面の男はそう切り出してきた。
代表者…この場において最も最上位の男、名瀬が一歩進み出た。
「タービンズの名瀬・タービンだ。その貿易商とやらが何の用だ?」
『ええ。実は一つ、商談がありまして』
怪しい風体と雰囲気を纏っているが、地球商人とのコネは惜しい。さらには挨拶代わりとしていくつかの取扱商品を提供したいという。
結局〝ハンマーヘッド〟の方にモンタークなる男が訪れる運びとなった。
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〝イサリビ〟〝ハンマーヘッド〟、それに牽引されているブルワーズ艦の間に割り込むように1隻のビスコー級多用途船が姿を現した。民間仕様の船で赤のカラーリングが施されている。
モンタークなる仮面の商人は〝ハンマーヘッド〟へ。俺も、クーデリアやオルガ、ビスケットに同行する形でそちらへと向かった。
そして、タービンズにおいて客人が真っ先に通される品のある応接室にて、
「モンターク商会と申します。初めまして、クーデリアさん」
「………」
軽く頷くように会釈を返しつつ、向かいのソファに座すクーデリアは警戒の色を崩さなかった。その背後に立って控えるオルガやビスケットも同様だ。俺も、ビスケットの隣で黙って事の次第を見守ることにした。
「で? 商談ってのは………」
挨拶もそこそこに早速切り出す名瀬。モンタークは特に気分を害した様子もなく、
「私どもには、地球降下船を手配する用意があります」
ピンポイントにクーデリアや鉄華団が欲しているモノを提示してみせたモンターク。オルガは思わず「はぁ?」と呆けたような声を上げてしまった。
モンタークはさらに、
「他にも、地球での移動手段……船や航空機。ギャラルホルンとの対立に備えてモビルワーカーやモビルスーツ用装備も提供できます。必要とあらばロディ・フレームや〝ゲイレール〟程度の中古モビルスーツも。格安、もしくは無償で」
ん? 思わず俺は怪訝な表情を顔に出してしまった。……原作の第18話『声』でここまでモンタークは言ってたか? 〝ゲイレール〟だなんて、初登場は2期の………
「パトロンの申し込みかぁ? こいつは商談じゃなかったのか?」
警戒を露わにする名瀬。ノブリスやテイワズに加えて、この奇妙な商人をクーデリアの背後に加えることによって取り分が削られることを意識してのことだろう。さらには何故ここまでクーデリアに肩入れするのか、推測しかねているのだろう。
モンタークは静かに続けた。
「もちろん商談です。革命成功の暁に、ノブリス・ゴルドン氏とマクマード・バリストン氏が得るであろうハーフメタル利権………その中に、私どもも加えていただきたい」
「………!」
驚きを隠せないオルガら。確かにこの男、どこまで知っているのだろうか?
クーデリアは訝しむ表情を隠すことなく、
「………まだ始まってもいない交渉が成功すると?」
「少なくともドルトコロニーでは、その兆しが見えました」
返事はいつまでに? 今度は名瀬が問いかける。
モンタークは、仮面の奥で薄く笑いかけながら、
「あまり時間はありません。なるべく早いご決断を」
その他、「挨拶代わり」として無償提供する物資の目録をモンタークから手渡され、2、3事務的なやり取りがあった後、この場はお開きとなり、モンタークは〝イサリビ〟にてオルガらと共に提供物資の納入に立ち会うこととなった。
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「オーライ! オーライ!」
ダンジが声を張り上げ、コンテナを掴んだ作業用クレーンを誘導する。モンターク商会のエンブレムがあしらわれた赤色のコンテナが次々と〝イサリビ〟貨物室に運び込まれ、整然と積み上げられていく。
目録一覧をタブレット端末で確認している雪之丞に、作業から一時離れたタカキが傍らに飛び降りて、
「すごい量ですね………」
今の鉄華団の資金力では逆立ちしても賄えない程の物量だ。これで鉄華団は当座の物資の心配をする必要が無くなった。雪之丞はタブレットモニターに表示される目録一覧を指でスライドさせながら、
「モンターク商会からのあいさつ代わりの品ってことらしいぜ。………ミサイルに弾薬、消耗品がわんさかだ」
「バルバトス用のパーツまで」
タカキとは反対側から目録を覗き込んだヤマギが驚きの声を上げる。目録の備考欄には【モビルスーツ用格闘重兵器】【ガンダムバルバトス用装備】と。
「こっちには新品のモビルワーカーが入ってるぞ!」
ダンジが声を張り上げた足下のコンテナ。そのハッチが開かれ、中から磨き上げられた新品の……今の鉄華団が使っているボロとは比べものにならない、大口径砲を備えた新型モビルワーカーが顔を覗かせた。途端に「すげぇ………」「新型じゃん!」と周囲の年少組が色めきたった。
「何か………気味わりーよな。足元見られてるみたいな感じでさぁ」
下のフロアでコンテナの数を数えていたライドがそう言いながら雪之丞らに振り返る。確かに、必要なものが………余りにも的確に揃いすぎているような気がする。足下を見られ、見透かされているような。
雪之丞は目録一覧を睨みながら、
「ただより高ぇもんはねぇっていうがなぁ。………おい! 数はしっかり確認しろよぉ!」
「「う~すっ!!」」
何にせよ考えるのはオルガやビスケットの仕事だ。
雪之丞たちは、それに従って動くのみ。今までそうしてきたように。
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「? 何でチョコの人がいんの?」
〝イサリビ〟艦内重力区画にて。
原作通り、通路でばったりオルガらに出くわした三日月は、オルガ、ビスケット、それに、物資の検分に同行するため俺の背後にいた仮面の男…モンタークの正体を見抜いた。
え!? と唖然とした表情で振り返るオルガとビスケット。モンタークは、フッと不敵な笑みを浮かべて仮面の端のスイッチに片手を伸ばす。
目の部分を覆い隠していたスリットがスッとスライド式に開かれ、奥から碧眼の双眸がこちらを覗いていた。
「双子のお嬢さんは元気かな?」
チョコの人、双子のお嬢さん………ビスケットの脳裏に、瞬く間に火星の農場で出会ったギャラルホルンの将校が浮かび上がったようで、
「え………って! あの時のギャラルホルンの!?」
「何!? まさかアンタ、俺たちを罠にかかけるつもりで……!」
咄嗟にオルガが身構えるが、モンターク扮するギャラルホルン士官マクギリス・ファリドはそれを一瞥して冷笑した。
「君たちを罠にかけて、わたしに何の得があると?」
「じゃあ、何が狙いだ……!?」
「そうだな。………君たちに小細工をしても見破られるだろう」
そう言いながらモンターク=マクギリスは、ふいに俺の方に一瞬視線を向けた。俺はただ睨み返してやることしかできない。
そんな視線の交錯はほんの一瞬で、モンタークはすぐにオルガらに向き直る。
「私は、腐敗したギャラルホルンを変革したいと考えている。より自由な、新しい組織にね。君たちには外側から働きかけ、その手伝いをしてもらいたい」
「な………そんなこと、俺たちにできるはずが………!」
「現にクーデリア嬢と君たちはやってのけた。だからこそ君たちに力を貸す。そう、利害関係の一致というやつだ。………まだ、罠だと思うか?」
そんなの分からないよ、と三日月。肩の力を抜いているように見えるが、その視線は鋭くモンタークを油断なく見据えていた。
と、
「君はどう思う? クーデリア嬢の傭兵君?」
「………俺ですか?」
「私の正体についてある程度察しはついていたみたいだが」
オルガ、ビスケットの視線が今度は俺に集中する。
少なくとも俺は、この男…マクギリス・ファリドがどのような人物なのか、大まかに理解はしている。何を望んでいるのかも。
「……あなたは嘘は言っていない。だが全てを語ってもいない。そして明らかにしていない部分に、あなたの真意がある」
「信用できないと?」
「あなたのいう通り利害関係は一致している。手を組んでお互いに損はない。今のところは」
「ふ………結構」
俺の答えに、マクギリスは一応は満足したようで、
「まあ、よく考えてくれたまえ。ああ、わたしのことは内密に。もし他言したならば………この件は、無かったことにしよう」
そう言いながらモンターク=マクギリスは暗い影と、凄みすら感じる冷たい笑みを俺たちに見せつけた。