鉄と血のランペイジ   作:芽茂カキコ

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第9章 地球降下
カルタの宇宙


▽△▽――――――▽△▽

 

 大宇宙に浮かぶ蒼穹の宝玉たる惑星、地球。

 その軌道上に浮かぶギャラルホルン宇宙基地〝グラズヘイム1〟にて――――

 

 

「我ら! 地球外縁軌道統制統合艦隊ッ!!」

「「「「「「「面壁九年!! 堅牢堅固ッ!!」」」」」」」

 

 

 ん~、完っ壁! と、いつにない唱和の一致に、地球外縁軌道統制統合艦隊総司令官カルタ・イシューは満悦した表情で打ち震えた。

ギャラルホルン一佐にして名門セブンスターズの一家門イシュー家の長女でもある彼女の前に整然と並ぶは親衛隊の精鋭たち。カルタ自身がその美貌と技量を見込んで選び抜いたトップエリートたちだ。

 

「………で? 本当に来るのね? その何ちゃらリアって女は」

 

 火星からギャラルホルンの許しも得ずにノコノコと地球に近づいてくるバカな活動家の女と薄汚いその取り巻きたちなど、本来ならカルタの眼中に無かったが………圏外圏に張り巡らされたギャラルホルンの監視網をかい潜ってきた以上、間違っても地球にドブネズミを近づけないのが、地球外縁軌道統制統合艦隊の任務の一つであった。

 親衛隊員の一人がカルタに対して完璧な敬礼を示しつつ、

 

「はっ! クーデリア・藍那。バーンスタインであります!! ボードウィン特務三佐からの報告では、間違いないかと」

 

 そうでなければ困る。とカルタは居並ぶ部下たちの間を闊歩し、〝グラズヘイム〟司令官室の前方へと進んだ。司令室前方にはカルタの玉座たる指揮官席が主の到来を待ち望んでいるかのように設えられている。

 

「セブンスターズのじい様たちにも、………〝あの男〟にも我々の力を見せ付けるよい機会だ」

「特務三佐は戦線への参加を希望しておりましたが?」

「………ああ、ガエリオ坊やはどうでもいい」

 

 戦列に加えろなど、多少の雑音があったような気もするが………まあ、幼馴染のよしみで討伐功績の末席に加えてやらないこともない。

 最も、戦線に加えてやった所であの、ヘタレな坊やが功績を上げるなど、不可説不可説転に一つもあり得ないのだが。

 

「あの万年みそっかすに手柄をとられる心配はない。………これだけ期待させといて! お預けなんてナシよ?」

 

 久々………というより着任して初の本格的な実戦に、カルタは恍惚とした表情でその手を天高く差し伸べた。

 地球に不法に立ち入ろうとする犯罪者の討伐は地球外縁軌道統制統合艦隊の至極当然の任務の一つであるが、ギャラルホルンによって安定しきった情勢下においては、地球まで出張ってくるような犯罪組織などあるわけもなく、その結果カルタら地球外縁軌道統制統合艦隊は大して実戦経験を積むことができず………陰では「お飾りの艦隊」などと蔑称されてきた。

 この戦いは、そんな雑音を一掃するいい機会なのだ。

 ふつふつ、とカルタの胸中に興奮が沸き起こる。武者震いとでも言うべきか。

 

 

「さあ、早く来なさいっ。………捻り潰してあげるから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 鉄華団やクーデリアが地球を目指す間、地球、火星、木星圏でも権謀術数が滅茶苦茶に渦巻いていることだろう。

 アーブラウの実権を握り、権勢を盤石なものにしたいセブンスターズが一家門、ファリド家当主イズナリオ・ファリドとアーブラウ議員アンリ・フリュウ。

 オセアニア連邦に逃れつつも、未だアーブラウに根強く残す政治的影響力を背景に返り咲きを図る蒔苗東護之介。

 火星ハーフメタル規制解放による莫大な利権を手にしようと目論む火星の大商人ノブリス・ゴルドンと木星圏テイワズの首魁マクマード・バリストン。

 そして、ギャラルホルンの失墜による、純粋な力による新時代の到来を目指す―――マクギリス・ファリド。

 

 ドロドロの政治劇の渦の中に鉄華団は放り込まれ………このままでは多くの命が消耗してしまうだろう。

 やるべきことは全てやる。そして―――――――

 

「あれ?」

 

 まずは目下、地球降下後のことをクーデリアと話し合いたいと思い、食堂にいるだろうと当て込んで来てみたはいいが………食堂にいるのは年少組の団員が2人、年長組が1人に、ちょうど食事が終わったばかりらしいメリビットだけだ。

 

「あ、メリビットさん」

「あら、カケルさん。何かあったのかしら?」

「クーデリアさんはどちらに? 地球に降りてからのことで色々と相談したいことが………」

 

 ああ……、とメリビットは視線を近くの席に落とした。そして、静かな笑みを浮かべてこちらに向き直りながら、

 

「カケルさん。今は少し彼女のこと、そっとしておいてあげてくれない? フミタンさんのこととか、火星のこととか………今、彼女は色々と背負い過ぎてるみたいだから。少しは彼女も休む時間が必要だわ」

「そうですね………」

 

 クーデリア・藍那・バーンスタイン。

 火星のより良い未来を目指す革命の乙女。火星のみならず、地球経済圏やギャラルホルンの暴政に組み敷かれている宇宙市民たちの、希望の星。

 その細く、頼りない肩はあまりに多くのものを背負い過ぎている。日々もたらされるプレッシャーは相当なものだろう。

 まだ地球降下には日がある。話し合う時間はいくらでも………

 

「あ………」

「? どうしたの? カケルさん」

「あ、いえ。じゃあ俺はこれで」

 

 そういえば、第18話『声』のこの辺りならクーデリアは………

 とにかくも俺は踵を返して、食堂を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

多くの少年団員が乗る〝イサリビ〟だが、特にどこか重要な場所に通じている訳でもなく、人気のない区画も一定数存在する。

推進剤タンク貯蔵室もその一つで、オルガや一部の団員が一人で考え事をしたいときによく訪れているようだった。

そして今は―――――

 

 

「あのねクーデリアさん、その……もっとお話しよう?」

「え?」

「あっ! ごめん、よくわかんないこと言っちゃった……でもね、ちょっと疲れたな~とか、ちょっと辛いな~とか、言ってほしくて! 頼ってほしくてっ!」

 

 一人きりで端末と睨み合っていたクーデリア。

 一人で何でも抱え込もうとする彼女に寄り添おうとするアトラ。

 フミタンと離れ、一人で大仕事を成し遂げようとする彼女のことを自分なりに心配したのだろう。アトラのその健気さが、クーデリアにとってどれだけ救いになることか。

 

「あ………わたしなんかじゃ頼りないと思うけど………」

「いえ………頼りないのは私の方です。本当に、情けないくらいに無力で。私は、変わらなければならないんです。人々を、希望へ導きたいと願うなら………!」

 

 

「十分、あんたはすごいよ。ギャラルホルンの奴らを声だけで止めた。あんなの、オルガにだってできない」

 

 

 ふいに通路の反対側から現れたのは三日月。その手にはランチ箱が握られており、「ん」とアトラへと流した。まだ何も食べていないクーデリアのために、アトラが用意してうっかり忘れてしまっていたランチ箱だ。

 

「あ、お弁当! ………あ、あのねクーデリアさんっ! ドルトでクーデリアさん、すっごくかっこよかった! 私もクーデリアさんと一緒にか、かくめ……? カクメイするから!」

「俺も手伝うよ。俺にできることなんて全然ないけどさ、とりあえず、アンタが地球に行く責任があるって言うんなら俺は全力でそれを手伝う」

 

 アトラと三日月。それぞれの言葉はクーデリアの胸中にどのように響いたのだろうか。革命の乙女としての使命・責務を背負わされたのはクーデリアただ一人。

だが彼女は決して孤独ではない。アトラや三日月、鉄華団の誰もが心から彼女の力になろうとしている。それこそ、命すら投げ出す覚悟で。

 俺も。

 

 俺は、貯蔵タンクの陰でクーデリアやアトラ、三日月の様子をこっそり見下ろしていた。だが、俺の出る幕は無いだろう。

 

「そうだよ! だからね! 一人で抱え込まなくていいんだからね。仲間なんだからっ! 家族なんだから! みんなで一緒に………」

 

 

そう言ってアトラはクーデリアにお弁当を手渡そうとする………と、そこで彼女はクーデリアの周りで、いくつもの滴が浮かんでいることに気が付いた。

 

「う………うっ………」

「な、泣かないで! ああっ、三日月! ほら! 何とかして早くっ!」

「え、俺?」

「当たり前でしょ! 女の子が泣いてたら男の子は慰めたりとか!………そう! 抱きしめてあげたりとか!」

 

 ほら! 早くっ! とアトラに強引に促されつつも、三日月はそっと彼女の傍に近づいて………無重力に少し身体を浮かせながらも、その両腕で優しく、嗚咽を漏らすクーデリアの頭を包み込むように、抱きしめた。

 唐突に包み込まれたクーデリアは「み、三日月。ちょっと……!」と最初は戸惑ったようだったが、やがて縋るようにその身を預け、静かにすすり泣く。

 少しずつ、溜め込んでいた思いを吐き出すように。

 

「偉いね………ずっと………我慢してたんだね」

 

 そんな姿に感化されたようにアトラも自然と涙を流す。三日月はアトラも引き込んで、二人一緒に、優しく両腕で包み込む。

 特にやるべきことのない俺は、そっとタンクの陰から気づかれないように、通路へと去った。

 

 

 

 

 

 

 

 そしてその数時間後、クーデリアは吹っ切れたように元の平静を取り戻し、モンタークなる商人との取引を受け入れることを〝ハンマーヘッド〟にいた名瀬やオルガに伝えた。

 毒を食らわば皿まで。モンターク=マクギリスの思惑に敢えて乗ってやることで地球への足掛かりを手にし、そしてその先の未来を手に入れるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 一方。

 鉄華団やクーデリアが地球降下への準備を着々と進めつつあるその頃。

 未だ各所で混乱が続きつつもようやく少しずつ落ち着きを見せ始めたドルトコロニー群に一隻の、タービンズ所属の高速輸送船が寄港する。

 本来であればテイワズ支社のあるドルト6に直行するところだが、ある乗客を降ろすためにドルト3の宇宙港へと入港した。

 

 降りる乗客はただ一人。黒髪の、ギャラルホルンの制服を着た青年だ。見慣れぬコロニー宇宙港の光景に、キョロキョロと周囲を見回している。

 ラウンジにて、人ごみの中からようやくその姿を捉えたクランクは座していたベンチから立ち上がると、

 

「………アイン!」

 

 呼びかけられた青年…アイン・ダルトンはそこでクランクの姿を見出すことができ、周囲の光景に戸惑っていた様子から一気に表情を輝かせた。

 

「クランク二尉!」

「元気そうじゃないか。もう目を覚まさないのではと思ってしまったぞ」

「ご迷惑をおかけし大変申し訳ございませんでした。この通り回復いたしましたので、いつでも火星の任務に復帰できます!」

 

 いつも通り、生真面目な表情ではきはき答えるアインの姿に「うむ。そうか」とクランクも満足げに頷いた。

 

「期待しているぞ、アイン。次代のギャラルホルンを担うのはお前のような若者なのだからな」

「はい!………あ、あの。クランク二尉は?」

 

 今、クランクが着ているのは、下こそギャラルホルン制服のようなズボンや靴だが、上はシャツの上にセーターといったラフな私服姿だ。いかなる時も軍服を着こなしていたクランクしか知らないアインが戸惑うのも無理はない。

 黙っていても、どうしようもないだけだ。クランクは少し息をつきながら、

 

「俺は………ギャラルホルンを辞めることにした」

 

 その一言に、アインは瞬く間に青ざめた。

 

「な………何故ですかクランク二尉!? あなたがギャラルホルンを辞めなければいけない理由など………!」

「落ち着け。少し、そこに座って話をしようじゃないか」

 

 そう言ってクランクは、自動販売機が傍らにあるベンチを示した。

 アインに座るよう促しつつ、クランクは電子通貨決済で2人分のコーヒードリンクのボタンを押した。ガタン、ガタン、と下の受取口に落ちてきた2本のドリンクボトルを取りつつ、

 

「ほら、アイン。………懐かしいな。覚えているか?」

「はいっ。あの時クランク二尉が、そしてその後も私を対等に扱ってくれて、モビルスーツパイロットとして推薦もいただき、私のような者も友人として接してくれる人を紹介してくれたからこそ………今の俺が存在しています」

 

 アインは地球出身のギャラルホルン士官と火星生まれの女性の間に生まれた、混血児だった。その出自故に純血にこだわる保守的なギャラルホルン士官らから疎まれ、常に謂れのない差別を受け続けてきた。

 それに憤ったクランクはアインを庇い、自信と誇りを取り戻させ、彼が居場所を作れるよう取り計らった。結果としてただでさえ出世街道から遠ざかっていたクランクはこれで栄達の機会を永遠に失ったと言われたが、人間一人の尊厳を取り戻したことに比べれば大した問題ではない。

 

 アイン・ダルトン三尉は今時珍しい質実剛健な優良男児であり、モビルスーツパイロットとしても優れた技量を持っている。………願わくば自分自身で鍛え上げてやりたかったが、

 

「………俺は、俺にとって正しいと思うことを為すためにギャラルホルンに入隊した。だがこの数か月の体験で俺は、ギャラルホルンの中にいては俺にとって正しい道を選ぶことができないことを知った。アイン、お前の初陣のあの任務、覚えているな?」

「はい………」

「そこで俺は、罪もない少年たちを殺すことを強要された。ギャラルホルンの士官として、俺は命令に逆らうことはできなかった。許されなかった。だがコーラルの命令に諾々と従うことは………俺が、俺自身の正しさを否定することを意味していた」

「クランク二尉………」

「もう、階級で呼ぶな。ギャラルホルンを抜けた今、俺はただのクランク・ゼントだ。だが、お前は若い。可能性がある。ダルトン家のこともあるだろう。直ちに火星へと戻り任務を………」

「いえ! その必要はありません!」

 

 バッとアインは立ち上がり、クランクに真っ直ぐ向き直った。そして意を決したようにクランクを見上げる。

 

「クランク二尉がギャラルホルンをお辞めになるのであれば、俺もギャラルホルンを辞めますッ! どうか俺も、クランク二尉が正しいと思う道………正道に連れていってください!!」

「アイン………!」

「今の俺がいるのはクランク二尉がいたからこそです! クランク二尉が俺を支えてくれなかったら、今頃はどうなっていたことか………大恩をこの身、この命を以てお返しするのが、代々ギャラルホルンに仕えてきたダルトン家のならわしです。父も喜んで認めてくださるでしょう。どうか、俺もクランクに……いえ、クランクさんと行動を共にすることをお許しください!」

 

 深く頭を下げるアイン。

 その決意の深さを理解できないクランクではなかった。これほどまでに部下に慕われることは、まさに軍人冥利に尽きるというもの。断じてこの決意、覚悟を無下にしてはならない。

 

「アイン………よくぞ言ってくれた」

「! では………!」

「だが、その前にお父上とよく相談するといい。じっくり考え、熟考の末に出た結論ならば………俺は尊重しよう」

「はい!」

 

 アインが、アイン自身にとって正しい道が俺の目指す道と重なるのであれば………

 

 その時だった。パチ、パチと静かな拍手にクランクとアインは思わず音の方向を向いた。

 

 

 

「まあ、とても素敵なことですわ」

 

 

 

 そう言いながらツカツカ、と近づいてきたのは、上質な赤いレディススーツを着こなす、流れるような美しい金髪、白磁のような肌、絶世の美女と呼んで差し支えない女性だった。

 だがその瞳に、言い知れぬ不気味さを鋭敏に感じ取ったクランクは警戒しつつ、

 

「む。何者だ?」

「これは失礼を。私、モンターク商会渉外部門のエリザヴェラと申します。クランク・ゼント様とアイン・ダルトン様でお間違いございませんね?」

「な、何故私たちの名前を………?」

「よせ、アイン。して、そのモンターク商会とやらが私たちに何用か」

 

 戸惑いを隠せないアインを庇うように前に進み出つつ、鋭い視線を向けてくるクランクに、エリザヴェラは微笑みを返しながら、

 

 

 

「この度は我が主、モンターク様のご用命につき参りました。お二方がご満足いただける取引をお持ちせよと」

「………取引だと?」

「是非とも、我が主からのお話を聞いていただきたいですわ。………鉄華団やクーデリア様の革命成就のためにも」

 

 

 

 

 

 





特に何も問題無ければ11/26(日)も更新予定です。

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