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翌日、〝ハンマーヘッド〟の応接室に再びモンタークが姿を見せた。
「まずは我がモンターク商会とお取引いただき、誠にありがとうございます。商会の全力を挙げて、クーデリアさんに協力することをお約束いたしましょう」
「ありがとうございます。こちらも、火星ハーフメタルの件についてはご心配なく。つきましては、これから必要になるリストを作成しましたので」
モンタークの向こう側のソファに座るクーデリアは、そう言いながらスッとタブレット端末を差し出した。俺とオルガはその後ろで立って控え、名瀬はクーデリアの隣のソファに座している。
クーデリアが差し出した端末には、
「なるほど………地球降下船2隻と武器弾薬、モビルワーカーを相当数。地球での移動用の船舶と揚陸艇、移動手段を運用する人員、可能であれば〝マン・ロディ〟の地上活動用換装パーツにモビルスーツも………」
おおよそ、モンタークが挨拶にて提示した物品全てが、要求品目として挙げられていた。
「いかがでしょうか? 私たちが目的を達成するためには蒔苗氏の政界への復帰は不可欠です。そのためには蒔苗氏がアーブラウに帰国する必要があり………戦闘は避けられないかと」
ふむ………とリストに羅列された要求品目の山をモンタークは丁寧に見やりながらわずかに思案したが、
「承知しました。ご所望の品については直ちに手配いたしましょう。降下船2隻と追加の武器弾薬、新型モビルワーカーについては明日までに。地球での移動手段やモビルスーツ等のご要望につきましては、地球降下後でどうでしょう?」
「そ、そんなに早く………」
クーデリアは思わず驚いた様子を見せたが、対するモンタークはフッと仮面越しに笑みを浮かべて、
「我がモンターク商会の実力を甘く見てもらっては困りますな。地球は我が商会の倉庫も同然。揃わないものはございません」
「では、よろしくお願いいたします」
クーデリアが深く頭を下げると、モンタークは鷹揚に頷いてソファを立った。
彼が去った後、
「………いよいよ、地球ですね」
「ふ、どうした? 怖くなったか?」
からかうような名瀬に「まさか」と笑い返すクーデリア。
「もう、引き返す道はありませんから。後は、前に向かって進むだけです
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「いっぱいになったランチはすぐに出発させろ! 積み込み順の確認、忘れんなよ!」
「はいっ!」
「モビルスーツも出すぞ! 〝ラーム〟のチェックは………」
「私物どうすんの?」
「最低限だって」
「うへ、まじかよ」
地球降下を控え、誰もが慌ただしく駆け回る〝イサリビ〟。必要な物資をランチに移し、団員も手の空いた者から次々飛び乗っていく。物資と人員で満杯になったランチは続々、〝イサリビ〟から発艦していった。
〝バルバトス〟らモビルスーツ隊も、ランチ護衛のため、整備の年少組たちが出撃準備に追われていた。そんな中、真っ先に三日月が〝バルバトス〟に飛び乗り、数分後には作業用クレーンが〝バルバトス〟を下部のカタパルトデッキへと降ろしていく。
俺も、パイロットスーツを着込み、愛機である〝ラーム〟へと取りつく。
と、せり上がっていたコックピットに、フェニーが座って手元のタブレット端末を操作しているのが見えた。
「よう、フェニー」
「ん」
差し出された手を取り、その慣性で俺はコックピットに、フェニーは外にそれぞれ立ち位置を交換する。
俺はシートに腰を下ろすと、すぐにメインシステムを立ち上げた。沈黙していた端末に光が灯され、表示されるデータに目を落としつつ、
「整備は大丈夫そうだな」
「ふふん、万全よ。もう世界に20機と残ってない貴重な機体なんだから、整備不良で落とす訳にはいかないわ」
「フェニーも地球に降りるのか?」
「もちろん。タービンズのメカニックたちと一緒に降下船で降りるから、命預けたわよ」
「心配しなくていいさ。命に代えても降下船は………っで!?」
ガツン! とタブレット端末の角で頭頂部をしたたかに打たれてしまい、「な、何すんだ……!?」と思わず俺は顔を上げると、そこにはムッとした表情のフェニーが仁王立ちしており、
「なーに言ってんのよ。世界に20機とない貴重なガンダムフレームなんだから、傷一つつけずに地球に降ろすのよ!」
「あ……俺の心配じゃないのね」
などと不貞腐れつつ、再びシステムの立ち上げチェックに戻った俺だったが………ふいに前髪を掻き上げられて、
「あ………」
額にキスされた。それに気づいた時にはフェニーは既にトン、と俺の肩を突いてその慣性で〝ラーム〟から離れた後で、
「んじゃ、次は地球で!」
と、背後に近づいた壁を蹴飛ばして、フェニーは悠々と無重力空間を飛び去っていってしまった。
残された俺は………呆然とキスされた額に手をやりつつ、
「………」
「………おお」
「おもしれーもん見ちゃったぜ」
〝ラーム〟の周りで最終チェックのために取りつく年少組の衆人環視の前だった。
「! お、おいっ! 次は〝ラーム〟を出すぞっ! 出撃準備さっさとしろよ!」
う~す! という年少組の応えの中にクスクス………という噛み殺した笑い声があるのを聞き逃すことはできず、俺は憮然とした表情でシートをコックピットブロックに降下させるより他なかった。
そしてその5時間後、〝イサリビ〟はブルワーズ艦と共に、物資や団員を満載したランチの一隊はモビルスーツ隊に護衛されながら、それぞれ地球に向けて発進した。
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モンターク商会所有ビスコー級のブリッジにて、モンタークは鉄華団の出陣を静かに見守っていた。
と、背後のドアがスライドし、トドがその姿を現す。
「旦那。エリザヴェラからですぜ。例の男、こちらに連れてくるそうで」
「そうか」
それだけ答えると、モンタークはまた、消えゆく光点……鉄華団の強襲装甲艦の姿をじっと見つめ続けた。報告以外、特にすることが無くなったのだろう、トドはブリッジの段差によいしょ、と腰を下ろす。
「他者の心を掌握し、その先の行動を操るのは容易だ………過去を紐解く。それだけで対象者がつかむ選択肢の予想は簡単につく」
誰に言うでもなく、モンタークはそう一人ごちた。
「嫉妬」
我が養父イズナリオ・ファリドは、己が権勢を盤石なものとするべく、腐敗に腐敗を重ねる。その強欲は限りを知らない。昔から、欲した物は何が何でも手に入れる主義の男だったそうだ。
「憎悪」
アーブラウ元代表、蒔苗東護ノ介。この男もある意味ではイズナリオと同様だ。飽くなき権力と財力を欲している。だがこの男は祖国アーブラウに忠実だ。祖国のために最大の利益を国際政治の中から引き出そうとしている。火星ハーフメタルの規制解放も、その理念から来ているのだろう。
「汚辱に恥辱」
火星ハーフメタル利権を巡り裏社会で手を組むマクマード・バリストンとノブリス・ゴルドン。火星や木星圏は人類が生存するに過酷な環境だ。その中でも生き地獄、蟲毒のような裏の世界を生き抜き、財と権力を築き上げてきた2人の巨悪は、培われてきた本能が命ずるがまま、さらなる利益の確保に邁進することだろう。
「消えない過去に縛られて輝かしいはずの未来は、すべて愚かしい過去の清算にのみ費やされていく」
それは私とて同じこと。マクギリスは己の過去に思いを馳せ、一人、自嘲した。
人は過去から逃れられない。過去の出来事こそが未来の人格を決め、その後の人生に指針を与える。安全と愛情を一身に受けて育った子供たちには輝かしい未来を、そうでない子たちには泥水の中を這いまわるような汚れた明日を。
「鉄華団。君たちの踏み出す足は前に進んでいると思うか? もし、本気でそう信じているのなら―――――」
光輝が目指す先にある蒼穹の惑星、地球。未来を掴み取るため、子供たちは歩みを止めない。例え、死屍累々の果てに掴む一握りの希望だとしても………
「――――――どうか子供たちの歩む道に、ザドキエル様のご加護があらんことを」
次話より戦闘回に入る予定です。