鉄と血のランペイジ   作:芽茂カキコ

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第10章 選ぶべき道
辿り着いた地


▽△▽――――――▽△▽

 

 ミレニアム島。

 地球経済圏の一つ、オセアニア連邦領内にある小さな島で、古い空港や蒔苗東護ノ介というアーブラウ政財界の重鎮が別荘を構えているだけで、住人はほとんどいない。

 アーブラウ代表蒔苗東護ノ介氏に指定されたこの地。鉄華団の地球降下船2隻は無事、島の浅瀬に降り立つことができた。

〝グシオンリベイク〟〝流星号〟、それにタービンズの〝漏影〟2機が周囲の警戒に当たり、残りは手作業で物資の荷下ろしだ。昌弘の〝マン・ロディ〟は宇宙専用機で、モンターク商会から地上換装用パーツが届くまで降下船の中に横たえるしかなかった。

 

「よいしょっと」

 

 ビスケットは降下船に乗る団員から小型コンテナを受け取り、両手でがっしり抱えて陸地へと歩いた。軽々と片手で一つ、もう一つを担ぐ雪之丞もその後に続く。

 

「………ったく、足錆びちまうぜ」

 

 両足義足を海水に浸し、ガシャガシャと鳴らしながら雪之丞はぼやいた。

 一方、〝流星号〟のコックピットシートから飛び出したシノは、

 

「くぅ~っ! これが地球かぁ! ホントに着いたんだなぁ! やっほーい!!」

「うるせえぞシノ! しっかり周り見張ってろ。こっちの位置はもうギャラルホルンに掴まれてるんだからな!」

 

 オルガにどやされたシノは「へへ、悪ぃ悪ぃ」と悪びれない表情で座席をコックピットブロックに降ろした。

 と、「うわぁっ!」と無理して重いコンテナを運んでいたライドがバランスを崩して尻もちをついてしまう。バシャ! と頭から海水をひっかぶってしまい、

 

「うぇ、しょっぺっ! 何でこの水こんなしょっぺぇんだ?」

「あはは! ライド兄ちゃんだっせぇ!」

「うるせー!!」

 

 一人でも人手が必要とのことでクーデリアも率先して荷下ろし作業を手伝っていた。降下船からコンテナを運んできた団員から砂浜でそれを受け取り、手際よく集積している場所に積み上げていく。

 

「三日月、モビルスーツはいいの?」

「バルバトスはメンテ終わるまで動かすなって」

「へぇ」

 

 アトラや、モビルスーツパイロットである三日月も荷下ろし作業に加わっていた。その様子が微笑ましく、ふと笑みをこぼしてしまったクーデリアだったが、

 

「あ………」

「ん?」

 

 三日月の背後の夜空に………弓状に輝く月が、真夜中の海や島をわずかに明るく照らしていた。

 

「見ることが、できましたね」

 

 感慨深く呟くクーデリアに、「うん………」と三日月も、心なしか表情をほころばせているように見えた。

 

「えっ? あれが?三日月とおんなじ名前のやつ?」

「うん」

「へぇ~」

 

 着いたんですね、私たち。

 まだ行くべき道は半ばだが、ようやくここまで辿り着いたのだ。そしてここからのことは、自分の双肩にかかっている。

 感慨と共に覚悟を決め、クーデリアはしばし、三日月らと共に夜空で自分たちを見守ってくれる〝三日月〟を見上げた。

 

 

 

 

 

 

「よっと………」

「とりあえず、休むためのキャンプを作らないとね」

 

 オルガとビスケットが見る先には鬱蒼とした密林が広がっている。とりあえずは砂浜に沿うように野営地を作るしかないだろう。

 

「ギャラルホルンがいつ来るかも分からねぇからな。カケルと離れ離れになったのはちょいと痛かったな………」

「でも、無事で良かったよ。あの状況じゃ死んでもおかしくなかったし」

 

 地球軌道上でのギャラルホルンとの戦い。その際にカケルはギャラルホルンの妨害で降下船から弾かれてしまい、救援に向かったクレストら〝マン・ロディ〟3機ともう1隻の降下船………モンターク商会が所有する降下船に保護される形となったのだ。通信が完全に断絶する寸前、2号降下船はカケルを収容したモンターク商会の船から連絡を受け、ミレニアム島への降下コースが取れないため、一度近隣の宇宙港に降ろしてそこから合流されると、そう伝えられたという。

 

「まずはギャラルホルンがいつ来てもいいように、態勢を………」

「団長ー!」

 

 と、周囲で見回りをしているタカキの呼びかけに、オルガは「何だ?」と振り返った。

 見れば、その背後には太い杖をついた一人の老人が立っている。

 

「ん? おい、誰だそいつは?」

「いや……何かこの人が話があるって」

 

 タカキも困惑を隠せない様子で、オルガの判断を仰ぐしかないようだった。

 と、老人が口を開き、

 

 

「ほっほ。………お前さん達だな?〝鉄華団〟というのは」

 

 

 これが、元アーブラウ代表蒔苗東護ノ介氏と鉄華団の初対面となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 ようやく厳戒態勢が解かれ、徐々に民間船も戻りつつある地球軌道上。

 地球外縁軌道統制統合艦隊の尽力によりようやく元の軌道に戻り施設の修復作業が開始されたギャラルホルン宇宙基地〝グラズヘイム1〟では―――――

 

 

「ガエリオッ!! ああ、何てこと………」

 

 

 地球軌道上において最も高度な治療を受けることができる〝グラズヘイム1〟の特別集中治療室。

 警備兵を押しのけて中に飛び込んだカルタの目に飛び込んできたのは、メディカルナノマシンジェルで満たされたカプセル型ベッド、そしてその中に沈められたガエリオ・ボードウィンの姿だった。

 端末の前で容体を逐一確認していた医師がカルタへと振り返り、沈鬱な表情を浮かべる。

 

「私どもも、あらゆる手立てを講じておりますが………」

「言い訳は聞かないわっ! 今すぐガエリオを治しなさいッ!」

「し、しかし全身の壊死が既に始まっており………! 臓器の大半が機能不全に陥った以上は………」

「何か方法があるはずよ! 答えなさいッ!」

 

 強情に詰め寄るカルタに、医師は「ですが………」としどろもどろになりながらも、

 

「延命をお望みの場合は、機械的・工学的………」

「ふざけないでッ! ガエリオを機械仕掛けの化け物にでもするつもりなの!?」

 

 

 身体に異物……特に機械を埋め込む行為は、地球で生まれ育った人間にとって禁忌中の禁忌だ。身体部位が欠損する事故が多いコロニーや火星、木星圏では神経と機械を接続した義手義足がよく使われているというが、そんなもの、地球や地球圏では下民の代名詞に過ぎない。

そんなものを地球、それも由緒正しきセブンスターズの一員に埋め込もうなんて………!

 

 

「バカなことは言わずに! 五体満足で! 機械を埋め込むなんて真似をせずにガエリオを元に戻すのよッ! できないとは言わせない………」

「そ、そんなこと………! ここの設備では不可能ですっ!」

「ならどこならできるの!?」

「地球、ヴィーンゴールヴなら………」

 

 

 確かに、ギャラルホルン総本山であるメガフロート…ヴィーンゴールヴなら人類最先端の医療技術と、人類最高峰と言われる名医が揃っている。ボードウィン家の人間の治療とあらば、最高の治療を受けられることは間違いない。

 

「ガエリオは移動に耐えられるのね?」

「地球に降ろすだけなら問題ないかと………」

「ならすぐにシャトルを用意なさい! イシュー家の名を出して構わないから、何を置いてもガエリオに地球で治療を………!」

 

 とその時だった。恐る恐る、といった体でギャラルホルン兵士が集中治療室に立ち入ってきた。

 

「い、イシュー一佐! ヴィーンゴールヴより最優先通信が入っておりますが………」

「イズナリオ様なら後にするよう伝えなさい! 今は手が離せないの!」

「で、ですがファリド特務三佐からなのですが………」

「………マクギリスが?」

 

 思わずカルタはピクリ、と動きを止めてしまった。――――あの男、いつもはまるでこっちを避けているクセに何で………よりにもよって今この時に!?

 

「い、いかがいたしましょうか?」

「………ああもう! ここで受けるから回線を回しなさいッ!」

 

 喚くカルタに、兵士は大慌てで治療室内の通信端末を操作する。

 やがて、壁面モニターにあの男………マクギリス・ファリドの顔が映し出された。

 

 

『やあ、カルタ』

「久しぶりね。でも悪いけど今立て込んでて………!」

『ガエリオのことだろう? 私も今知った。すでにヴィーンゴールヴで最高の治療を受けられるよう手配してある。すぐにガエリオを地球に降ろしてほしい』

「ガエリオがあれだけの怪我をしたのによく平然と………!」

 

 

こんな状況であっても尚、澄ました表情を崩さないマクギリスに、思わずカルタは激高しそうになったが、

 

 

『落ち着くんだカルタ。君の動揺はすぐに部下にも伝染する。今は何を置いても、ガエリオを地球に降ろす必要があるんだ。………頼む、君の力を貸してくれ』

 

 

 モニター越し、その真剣な眼差しにカルタはハッと息を呑み、冷静さを取り戻した。

 そう、マクギリスにとってガエリオは盟友中の盟友。その安否を誰よりも、おそらくこのカルタ自身よりもずっと案じているはずなのだ。

 その思いを汲むべく、カルタはサッと医師に振り返り、

 

 

「何をボサッとしているの!? さっさとガエリオを地球に降ろす準備をなさい! これは命令よ!」

「は………はっ!」

「要人最優先輸送のため、ヴィーンゴールヴへの民間航路を全て封鎖! 迅速な輸送のために強襲降下船と護衛モビルスーツ隊の準備! ヴィーンゴールヴへも協力を要請なさい!」

 

 矢継ぎ早に的確な指示を飛ばされ、医師や兵士たちが弾かれたように行動し始める。

 モニターの中で、マクギリスが安堵したように笑みを浮かべた。

 

『カルタ。ありがとう』

「………ふ、ふんっ! 大したことじゃないわ。それよりも、必ずガエリオを助けるのよ」

『最善を尽くすよう、こちらも働きかけるつもりだ。それと………我が父イズナリオが、地球軌道上での事の顛末についてカルタの口から直接聞きたいと言ってきている。差し支えなければガエリオと共に………』

 

「できないわ」

 

 カルタはピシャリと言い放ってマクギリスを黙らせた。

 

「地球外縁軌道統制統合艦隊の顔に泥を塗った上、私の部下をも犠牲に………挙句の果てにはガエリオまでこんな目に遭わせた宇宙ネズミ共を放っておく訳にはいかないわ。この屈辱の借りは必ず返す。イズナリオ様には逆賊の首を討ち取るまでヴィーンゴールヴには戻らないと、そう伝えなさい」

 

 その決然としたカルタの眼差しに見据えられ、マクギリスはしばし沈黙した後、

 

『………分かった。父のことは私に任せてくれ。何とかとりなしてみよう。最高の環境で君が戦えるよう、私も微力ながら手伝わせてほしい』

「マクギリス………」

 

 

 

 

 やがて、昏睡状態のガエリオと、医師の一団を乗せた1隻の強襲降下船がMS降下用グライダーにのった〝グレイズ〟1個小隊に護衛され地球へと降りていく。

 その姿が地球の大気の奥底まで消え去った後、地球外縁軌道統制統合艦隊旗艦〝ヴァナディース〟もまた、僚艦数隻を引き連れてオセアニア連邦領内ミレニアム島への降下コースに向かって発進した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………待っていなさい、宇宙ネズミ共。宇宙での借りは必ず返す。この――――カルタ・イシューの名にかけてッ!!」

 

 

 

 

 


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