鉄と血のランペイジ   作:芽茂カキコ

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第1章 鉄と血と2機のガンダム
ガンダムフレーム・ラーム


▽△▽――――――▽△▽

 

 夜明け前の空。

 地平線が、ほんのわずかに明るくなり始めている。

 

――――火星の民間軍事会社〈CGS〉(クリュセ・ガード・セキュリティ)の哨戒ルートで。

 

 歩哨に立ちながらうつらうつら………と睡魔に身を委ね始めていた少年兵は、ヘルメットで守られていた後頭部に襲いかかるガッ! という衝撃に思わず「いっ!?」と意識を覚醒させた。

 犯人である、銃床のストックで少年兵を小突いたのはもう一人の年上の少年兵で、呆れたように、

 

「ほら、もう少しで夜明けだ。そしてら交代………って、おいアレ………?」

「んあ………?」

 

 まだ若干眠気の残る眼で、少年兵は示された上空を見上げる。

 夜明け前の空に紛れるように、「何か」が空を裂くような凄まじい轟音と共に落下してきていた。

 まるで彗星………いや、隕石のように。

 

 そして次の瞬間――――――、

 

 空を切り裂く轟音。

 閃光。

 そして一瞬後の〝ヴアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!〟という凄まじい炸裂音。

 唖然とした少年兵らが目の当たりにしたのは、向こうの丘が破裂したかのように吹き飛ばされ、爆煙と土塊を空高くにまき散らし………そして降ってくる無数の大きな金属片。

 それが、ギャラルホルンのモビルワーカーの残骸であったことなど、その時の彼らに知る由も無かった。

 ついでに、少年兵らを狙撃しようとしていたギャラルホルン兵士が爆発に巻き込まれてMWの残骸と一緒に吹き飛んだことも。

 とにかく彼らにとって大事なのは………それが、自分たち目がけて凄まじい勢いと物量で落下してきたという事実だけ。

 

「や、やば………」

「に、に……逃げるぞっ!」

「どこに!?」

「後ろにだよ!! 照明弾も! 飛ばせェっ!!」

 

 刹那、爆煙の合間を縫うように、一筋の閃光弾が打ちあげられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 その日、ギャラルホルン火星支部、オーリス・ステンジャ二尉に与えられた任務内容は至極簡単なものだった。

 中隊を率いて、零細そのものの民間警備会社〝CGS〟の本部施設を強襲。防衛を打ち砕いて、火星独立運動の象徴である女、クーデリア・藍那・バーンスタインを確保。そして殺害すること。

 CGSを守るのは旧式のモビルワーカーや民兵ばかり。ギャラルホルンの主力MWやナノラミネート装甲によって厳重に守られたモビルスーツ〝グレイズ〟の敵になりうる要素は、どこにもない。

 この任務で成果を挙げれば、元教官の小うるさい男……クランク・ゼントを黙らせることもできる。オーリスは、年長面で、地球人と火星人のハーフである部下や火星やコロニー出身者であってもさも当然に対等に扱うこの男を、心底忌み嫌っていた。

 この任務を成功させて手柄を立て、火星支部長に認められて地位を築き上げ、忌むべき者を権力で排除する。オーリスの脳裏には輝かしい未来予想図がありありと描かれていた。

 

 だが、オーリスの妄想を覆すその混沌とした光景は、遠方で待機していた3機のモビルスーツ〝グレイズ〟のコックピットモニターからもはっきり見ることができた。

 

「何だ………? 地雷原でも踏み抜いたのか!? 無能者どもめッ! もういい………」

『待てオーリス! ここは慎重に………』

「ち………全隊ッ! 攻撃開始!!」

 

 部下……というよりもお目付け役で付き従っていたクランク・ゼント二尉の進言を一蹴し、ギャラルホルン火星支部、オーリス・ステンジャ二尉は鋭く命令を発する。

その瞬間、CGS制圧・クーデリア確保のため展開を終了していた後方火力支援仕様GHモビルワーカーがミサイルの一斉射を開始。

 ミサイルは次々に撃ち出され、小高い丘の上に築かれたCGSの施設を焼き尽くさん勢いで………のはずが、明らかに発射されたミサイルの数は少なく、火力不足だ。

 それに、砲撃の後に前進する通常仕様の大口径砲装備のMWも。主力隊がごっそり抜けているのだ。

 

「な、何をやっているかッ! 攻撃! 撃ちまくれッ!! 主力MW隊は前進………」

『そ、それが………先ほどの、上からの攻撃でMW隊の3割以上が………っ!』

「何だと!?」

 

 攻撃!? だが一度にMW隊の3割を撃破できる攻撃など………

 それに、上からだと?

 

『こ、攻撃は上空から行われ………モビルスーツと思しき影が南東、ポイントD55方面へ………!』

「く………クランクッ! その不埒者を探してこい!」

『待てオーリス! この状況で隊を割るのは……! ここは一体退いて態勢を………』

「黙っていてもらおう、指揮官は私だッ! クーデリアの確保は、こちらに一任してもらおう。……アインッ! 貴様も行けッ!」

『りょ、了解っ!』

 

 ややうわずった応答は、地球人と火星生まれのハーフである部下、アイン・ダルトン三尉のもの。オーリスにとっては不愉快なことに、アインは誇り高きギャラルホルンのモビルスーツパイロットなのである。

 その声すらオーリスにとっては不快極まりなく………任務終了後〝グレイズ〟に傷一つでもついていれば厳罰に処してやる、と胸に誓いつつ、離れていく2機の〝グレイズ〟を見送った。

 

 

 

 これで、CGS施設の制圧とクーデリア確保の功績は、自分一人のものだ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 

「3班、すぐ応援が到着するッ! もう少し耐えてくれ……! 5班突っ込み甘い! 当たり負けるぞ!!」

 

 撃ち交わされる砲火の煙に包まれるCGS基地、そして陣地。

 次々飛び込んでくる自軍不利の報告……仲間たちの断末魔に歯ぎしりしながらも、CGS参番組隊長オルガ・イツカは仲間たちへ矢継ぎ早に発破と指示を飛ばし続ける。

 夜明け前に突如として襲撃してきたのは………この世界を支配する組織〝ギャラルホルン〟。彼らの目的はおそらく、火星の独立運動の旗頭たる少女、クーデリア・藍那・バーンスタイン。

 奇襲に近い攻撃を受けたものの、辛うじて防御ラインの構築には成功。突っ込んでくる敵MWも数は多いながらも何とか抑え込める規模で、参番組のエースである三日月や昭弘が敵陣に食い込もうと突出していた。

 一通り命令を飛ばし終えると、オルガは「ユージン、移動ッ!」と、乗っていたMWのパイロット…ユージン・セブンスタークに怒鳴る。

 当のユージンは苛立たしげに、

 

『移動はいいけどよ、このままじゃジリ貧だぜ………っ!』

 

 次々沸いてくるギャラルホルンMW。

 一方のこちら側はギリギリの状況で、奮戦しつつも1機、また1機と数が減っていく。

 それでも、誰もが必死に……この地獄から生き残ろうと戦っていた。

 いつものように。

 

『来るぞォッ! 着弾集めて………お、コラッ! 何やってるダンジ!!』

『………向こうの方が硬いんだ! 近づかなきゃ、手柄はっ………うわあっ!?』

 

 シノの制止も聞かず、敵目がけて無謀な突撃をかけたのは、まだ幼い少年兵、ダンジ・エイレイ。だが未熟な技量が祟ったか、至近弾による衝撃を制御できず、そのまま乗っていたMWが窪みに引っかかり、動けなくなる。

 その光景を目の当たりにしたオルガは唇を噛む。助けに行きたいのは山々だが、この状況下では………

 

『動けッ! 足止めたら死ぬぞ!!』

 

 だが、その時には既にギャラルホルンのMWがダンジ機目がけて砲口を………

 

『う、うわあああああっ!!』

 

 ダンジの悲鳴。

 だが次の瞬間、2発の砲弾が的確にギャラルホルンMWの急所を直撃。敵機は姿勢を崩して沈黙した。

 

『あ、あぁ………!』

『ゴメン。待たせた』

 

 泥臭い戦場に似合わず、颯爽と現れた白いMW……三日月・オーガスの専用機が迫る敵MWの一隊に突っ込み、至近距離から砲火を浴びせかける。次々と直撃を食らい、爆散するギャラルホルンMWだったが………

 

『み、三日月さんっ!』

『……っ!』

 

 その時、三日月機を狙撃しようとしていた敵MWが次々と砲撃を食らい、破壊された。

 その横を、鋭い機動で青いMWが疾駆する。

 三日月に負けない機動力と戦闘力を見せつけるその機体を駆るのは、三日月とエースとしての双璧を担うといっても過言ではない、ヒューマンデブリの昭弘・アルトランド。

 

『お前にばっかり、いいカッコさせるかよッ!!』

 

 白と青、2機のMWが競うように次々敵を屠っていく様に、それまで押されていた少年兵の誰もが勇気づけられる。逆に敵は、規格外の強さを誇る相手を前に、じりじりと後退していく。

 オルガはその好機を見逃さなかった。

 

「よし、ミカと昭弘が食いついた! 混戦ならあいつらに勝てるのはそうはいねェ……!」

 

 宇宙ネズミの本領発揮ってトコだ。

 

 ギャラルホルンのMW隊は、陣形に食い込み次々僚機を潰してくる2機相手に気圧され、瞬く間に連携を寸断される。

 オルガは鋭く指示を飛ばした。

 

「今のうちに立て直すぞッ! 負傷者もなるべく下げろ!」

 

 隊長機たるオルガのMWも、ユージン操縦の下30ミリ砲を次々撃ちまくる。

 耳元で凄まじい砲声が轟いても、それに慣れきったオルガの鼓膜はびくともしない。銃声も砲火も、彼ら少年兵にとっては日常の雑音に過ぎなかった。

 そんな少年兵らの命がけの健闘とは裏腹に、大人達……CGS一軍や社長らは裏口から逃走を図る。オルガや参番組参謀のビスケット・グリフォンの予想通りに。

 

 それより本隊は!? 一軍はどうしたんだよ………! と下で喚き散らすユージン。

 その時、『オルガッ!』とビスケットからの通信が飛び込み、オルガは振り返った。

 

「ビスケットか! どうだ!?」

『オルガ。悪い方の読みが当たったよ………! 一軍は今、社長と一緒に裏口から全速で戦闘域を離脱中!』

『!? おいおいどうすんだよ!? 俺らこのまま犬死にかよォっ!』

「いーや。それじゃあ、筋が通らねえ。なあ、ビスケット?」

 

『だね!』

 

 その時のオルガには見えていなかったが、ビスケットは片腕を伸ばし、その手に握っていたスイッチを押し込む。

 発せられたレーザー通信は、通信中継ドローンによって一軍の、とあるモビルワーカー内の装置へと到達する。

 ビスケットによって、あらかじめとある〝仕掛け〟が施された装置に。

 刹那、数発の信号弾が高々と夜明けを迎えた空へと打ち上げられた。

「な、何だありゃ、一軍か?」とコックピットハッチから顔を覗かせたユージンに、オルガはニヤリと笑う。

 

 

 

「ああ………どうやら俺たちのために、〝囮〟になってくださるみてぇだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 

 その信号弾は、着陸想定ポイントより遠く離れた地点でようやく着地・停止した〝ラーム〟からも見ることができた。

 

「てて………って、あれは………」

 

 ビスケットが一軍のMWに仕込ませていた信号弾じゃないか?

 ということは、もう第1話の終わり辺りだ。

 くそったれ。とりあえずギャラルホルンのMW隊にはガトリングキャノンを浴びせることができたが、〝グレイズ〟の方はどうなかったか分からない。

 とにかく、すぐにでも駆けつけなければ。

 

 だがその時、2機のエイハブ・リアクターの反応を〝ラーム〟のセンサーが捉えた。

 

「2機………まさか」

 

 クランク二尉とアインか!? 

 

『正面は俺がやる! アイン! お前は背後に回り込め!』

『了解!』

 

 クランク二尉の低い声と、アイン・ダルトン三尉のまだ若い声音が飛び込んできた。

 くそ………! ここで足止めさせる訳には。

 ガトリングキャノンを構え直し、眼前に迫るクランクの〝グレイズ〟目がけ、引き金を引く。

 だが放たれた無数の弾丸は『遅い!』と目まぐるしい回避動作を受けて一発も当たらない。逆に〝グレイズ〟からライフルの射撃を食らい、ガトリングキャノンの重量と重装甲により重力下での機動力で劣る〝ラーム〟は、全弾を食らってよろめく。

 

「ぐ………っ!」

 

 反撃とばかり撃ち返すが、右へ左へと細かい回避を繰り返されてまた一発も当てられない。

 だが接近戦を挑まれれば間違いなくこちらが不利だ。

 故に、〝ラーム〟の銃口を下に向けて、発射。

 

『何!? 悪あがきを………!』

 

 足下の地面にガトリング弾が着弾した瞬間、凄まじい土塊が舞い飛ばされ土煙が瞬く間に立ち込める。

 クランク機は前進を止め、〝グレイズ〟の頭部センサーを露出させて周囲を………

 

「………今だ!」

 

 ガトリングキャノンを右肩に格納し、近接兵装であるコンバットナイフを抜き放ってクランク機へと迫る。

 

『ぬぅ………!』

「もらったッ!」

 

 だが流石は歴戦のクランク・ゼント二尉。

 素早く手持ちのバトルアックスでコンバットナイフの刃を受け止める。

 ガンダムフレームは厄祭戦時代の、いわば骨董品。

 対して〝グレイズ〟は、今日までのモビルスーツ技術の粋を凝らして製造された、最新鋭機。当然、性能は〝グレイズ〟の方が遥かに勝る。

 ただ一点、リアクター出力を除いては。

 

 フットペダルを全力で踏み込む。

 その瞬間、〝ラーム〟のバーニアスラスターが、爆発に近い壮絶な噴射を見せ、〝グレイズ〟を押し返した。

 

『ぬ………ば、バカな………ッ!』

『クランク二尉ッ!!』

 

〝ラーム〟の背後に回り込んだアインの〝グレイズ〟がこちら目がけてライフルを撃ち放つ。

 だが、着弾の寸前で素早く躱し、クランク機を押し飛ばして、次の瞬間、全スラスター全開。

 地面が爆ぜ、〝ラーム〟の巨体が高々と飛び上がった。

 ガンダムフレーム特有の、ツイン・リアクターがもたらす大出力。

 そして〝ガンダムラーム〟の、高出力スラスターによる強引な瞬発力。

 それらが噛み合った時、〝ラーム〟は爆発的な推進力を発揮する。瞬く間に2機の〝グレイズ〟を置いてけぼりに、〝ラーム〟は信号弾が放たれた方角………CGS本部施設目がけて全速力で急行した。

 

『は、速い………!?』

『何という出力だ。あの重装甲で………!』

 

〝グレイズ〟2機も遅れてこちらを追撃にかかる。

 だが、その時点で既に〝ラーム〟とは距離が開きつつあった。

 CGS本部が再び視界に入ってくる。しかし………

 

「! ガスが………!」

 

 重装甲による機動力の低下を強引に補う大出力バーニアスラスター。

 それ故に推進剤の消費量は従来機を遥かに凌駕しており、火星からの降下でもかなりスラスターを酷使したこともあり………残量表示は間もなくレッドゾーンにさしかかりつつあった。

 今、CGS本部を強襲しているだろうオーリス機は何とかなるかもしれないが、残り2機は………

 

「だが、やるしかないだろ」

 

 保たせるッ! 再度フットペダルを蹴り押した瞬間、その反応に呼応して〝ラーム〟はさらに爆発的な推進力で、小高い丘を一つ、飛び越えた。

 CGS参番組とギャラルホルンの激闘が、ようやく視界に入ってくる。おそらく、オーリスが『全く……この程度の施設制圧に何を手間取る。MW隊は全員………減給だッ!!』と喚き散らした後なのだろう。突出した〝グレイズ〟が1機、手持ちの100ミリライフルを激しく………CGS本部施設に撃ちまくり、管制塔を破壊していた。

 

『やめろーっ! そこには俺の仲間があァッ!!』

 

 見ればCGSの旧式MWが1機、無謀にも〝グレイズ〟目がけて突撃を仕掛けていた。

 あれは………!

 

「間に合うかッ!?」

 

 勢いよく着地し、減速する手間も惜しんでガトリングキャノンを構える。

 重力偏差修正OK。

 

 トリガーを引いた。

 

 

 

〝ヴアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!〟 という壮絶な発射音が、荒廃した火星の大地に響き渡る。

 

 

 


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