▽△▽――――――▽△▽
代表指名選挙を3日後に控えたアーブラウ中枢議会議事堂。
その議員控室の一つで、バン! とアンリ・フリュウは掌をテーブルに叩きつけた。
「――――どういうことですか!? 蒔苗がエドモントン郊外まで来ているなどッ! ギャラルホルンは一体何を………」
激高するアンリに、「落ち着け」とイズナリオは一言発し、ティーカップに注がれた紅茶を優雅に嗜んだ。
「網は張ったと言っただろう? エドモントンには、私が投入できる全戦力を配備した。モビルスーツ50機、モビルワーカー100機以上。郊外からエドモントン入りするために通らなければならない橋架4つのうち3つを爆破し、彼奴らは残った一つから市内入りしようとするだろう。そこに主力を投入し―――――押し潰す。
そうだな? テオール?」
スッとイズナリオが視線を向けると「ハッ!」と傍に控えていたイズナリオ親衛隊隊長テオールが、ギャラルホルン式敬礼を示し応えた。
「鉄華団の戦力も把握済みです! 旧世代のモビルスーツ十数機と民間のモビルワーカーが30機程度。3日も頂ければ叩き潰せるかと」
「頼むぞ。現場の指揮はお前に一任する」
「はい! 吉報をお待ちください」
そのまま、きびきびとした動作で控室を後にするテオール。それをしばしアンリは目で追っていたが、
「本当に、アテになるのでしょうね? あなたの私兵など………」
「テオールで抑えられないなら諦めることだな」
冷淡なイズナリオをキッとアンリが睨む。諦める、その言葉はこの女が何よりも嫌う単語だった。どこまでも飽くなき権力欲を持つこの女をイズナリオが焚きつけることによって、ここまで計画を進めてきたのだ。
そしてその欲望は、イズナリオとて同じこと。
アンリ・フリュウを介しアーブラウを手中に収めることによって政治力を、さらにはギャラルホルンの武力をも併せ持てば、最早イズナリオを抑える勢力は存在しなくなるだろう。目障りな月のエリオン公でさえ。その時こそ、ファリド家最盛の時。
華々しい未来は、すぐそこまで来ているのだ。ここで挫ける訳にはいかない。
だが、強烈な感情を剥き出しにするアンリとは対照的に、イズナリオはあくまでもエレガントに、紅茶を嗜み、争いは下々の者に任せて事態を静観する構えだった。
▽△▽――――――▽△▽
凄まじい爆発音とその衝撃がエドモントンをわずかの間揺さぶった。
埋め込まれた無数の爆薬が同時に炸裂し、エドモントン郊外と市内を繋ぐ3つの橋が爆破・崩落していく。
「隊長ッ! 3つの橋の爆破、完了しました!」
「うむ。では手はず通り、残った1つに戦力を集中するぞ。モビルワーカー隊発進!」
モビルワーカー隊隊長の指示が飛び、市内に展開していたギャラルホルンモビルワーカー隊が続々と橋の市内側に集結。その数、40機。
その周辺にも点々と十分な兵力が配置され、まさしく「ネズミ一匹漏らさぬ布陣」が敷かれる。
ギャラルホルンがマークする蒔苗東護ノ介、そしてクーデリア・藍那・バーンスタインと行動を共にする鉄華団なる武装組織は、偵察部隊の報告によればこの橋に向かって進軍しているとのこと。だがその数は、ギャラルホルンの防御を突破できるほどではないという。
そして、
「来ました! 奴らです!」
「よし。この数の差だ。突破されることなどあり得ぬ。――――有効射程内に入り次第各個砲撃を開始せよ! 落ち着いて1つずつ潰して………」
刹那、頭上から薙ぐように降り注いだ重砲の雨により、モビルワーカー隊隊長はその肉体と自部隊ごと爆散した。
「な、何だ!?」
遅れて集合場所に近づきつつあったモビルワーカー隊の間近。つい先刻まで40機近い自軍のモビルワーカー隊が布陣していた地点―――――無数の重砲による弾痕が穿たれ、その内部にいたモビルワーカーは1機残らず、無残な鉄くずとなり果てていた。
「重砲だと!? や、奴ら市内にモビルスーツを………!?」
「で、ですがエイハブ・ウェーブの反応はありません! LCS以外の通信も正常です! モビルスーツらしき姿も肉眼では確認できませんっ!」
「ではこの状況は何だと言うのだッ!? まさかエイハブ・ウェーブの影響を受けない超遠距離から正確に撃たれたとでも――――――!?」
そのような芸当、ギャラルホルンの最新鋭モビルスーツでも不可能なはず………。
混乱により停止したギャラルホルンモビルワーカー隊は、超遠距離からの狙撃者にとって、いい的だった。
数秒後、彼らの頭上にも重砲の雨が降り注ぐ。凄まじい爆発と黒煙に、市内は激しく震動。徹底的な破壊に前線のモビルワーカー隊が晒された結果、
『おい! 何があった!? 報告しろっ!』
後方に布陣していた友軍からの通信に、答えられる者はいない。
▽△▽――――――▽△▽
市内から遠く離れた平原上で、天高く構えられた〝ラーム〟のガトリングキャノンが火を噴き、数百のガトリング弾が次の瞬間、空彼方へと消えていった。
それらはすぐに、深い弧を描いて地上目がけ落下する。………エドモントン市内へと。
「3………2………着弾っ、今! どうだ!?」
『命中! ドンピシャリだッ! これで橋の周りのギャラルホルンは壊滅だ』
「次の目標をLCSで指示してくれ」
『了解。データを送る』
モビルワーカー隊を指揮しているオルガからのLCSを受信。今度は橋の右側から近づきつつある部隊だ。
〝ラーム〟の端末上にマップが表示され、前線のモビルワーカー隊から送信された敵位置データがマップ上に点々と追加されていく。先の射撃でかなりの数を撃破したが、それでも確認できるだけで、残存のギャラルホルンモビルワーカー隊は鉄華団のそれの倍以上だ。
ガンダムフレーム〝ラーム〟が持つ精密射撃能力を駆使した、既存………というより常識的なモビルスーツでは実現不可能な――――超遠距離精密弾道射撃。
これが市内を守るモビルワーカー隊を撃破するための、要の一撃となる。
初期案を発案したのは俺。
ビスケットがモビルワーカー隊とのLCSデータリンクを提案し、
フェニーが〝ラーム〟の精密射撃システムをセッティングした。
全員で、生きて帰るために。
【TARGET ROCK】
【射撃管制システム調整………完了】
【データリンク受信 評価開始】
【弾速再計算――――終了】
【弾道再調整 再計算――――終了】
【重力偏差修正 完了】
前線のモビルワーカー隊から送られる敵位置・射撃評価データをLCSを経由して〝ラーム〟が受信、射撃管制コンピューターが弾速と適切な弾道を計算し、最適な射撃角度を導き出す。
そしてその情報は………阿頼耶識システムを介して直感的に俺の神経へと伝達され、微妙な操作によって俺は〝ラーム〟の砲口角度を微調整する。
狙うは【TARGET-002】、橋の右側に集結しているギャラルホルンモビルワーカー隊だ。
「射撃準備完了! 付近に味方は!?」
『いねぇよ! 対岸で観ててやるから、派手に決めてやりなッ!』
「頭下げてろよ―――――発射ッ!!」
トリガーを引き絞り、再び〝ラーム〟のガトリングキャノンが天に向かって炸裂した。
『よォし!』
『いいぞ! 橋の向こうの奴らは全滅だっ!』
『橋を確保するぞッ! 爆薬が無いか、ガットとディオスの隊は下から警戒しつつ進め!』
『了解!!』
いくつもの黒煙が、もくもくと遥か遠くで立ち昇っているのが、よく見えた。
「………団長。街に被害は?」
『川沿いのビルにいくつかヒビが入ったぐらいだな。戦闘なんだ、これぐらいはしょうがねぇ。民間人の死人は一人も見えねえ』
こればかりは、事前の避難を徹底してくれたギャラルホルンに感謝だ。
鉄華団のモビルワーカー隊は、続々と橋を渡り始めたようだ。『向こうの陣地を確保した!』と嬉しい報告も上がってくる。
問題はここからだ。
【CAUTION!】
【AHAB WAVE SIGNALS】
【EB-06j】
【EB-06j】
【EB-06j】
【EB-06j】
【EB-06j】…………………
20機以上の、〝グレイズ〟の大群だった。
『おいでなすった! すげェ数だッ!』
『こっちまで下がりなシノ! 撃ち合いながらジリジリ近づいて………乱戦に持ち込むよッ!』
『あいよ姐さんッ!』
小高い丘の向こうに斥候として出ていたシノの〝流星号〟が背後の追撃をかわしつつこちらへと合流。追撃のために先行していた数機の〝グレイズ〟は、ラフタやアジーの〝漏影〟や昭弘の〝グシオンリベイク〟、昌弘の〝ホバーマン・ロディ〟の集中砲火を食らい、たまらず前進を止めて応射し始めた。
『ちっ! 数が………!』
『怯んでないで撃ちまくりな! 昌弘に負けてるよッ!』
『―――――前には行かせないッ!』
背後側面からの急襲を経過して別地点に配置していたクランクの〝フォルネウス〟やアインの〝アクア・グレイズ〟も、
『こちらにも敵が来た! 行くぞアインッ!』
『はいっ!』
できればモビルスーツ隊の援護に回りたいが………市内の鉄壁を打ち破るには〝ラーム〟のガトリングキャノンによる支援砲撃が不可欠だ。おいそれと射撃位置を変える訳にはいかない。
実質、〝ラーム〟はギャラルホルンのモビルスーツ隊にとって的同然、動けない砲台の状態にあった。
互いに鋭い回避機動を繰り出しながら激しく撃ち合う鉄華団、ギャラルホルン双方のモビルスーツ隊。と、〝グレイズ〟の1機が昌弘の〝ホバーマン・ロディ〟の射撃を避けきれず、まともに食らって後ろへと打ち飛ばされた。
『今だッ!』
『一気に食い込むぞ三日月ッ!』
『うん』
〝ホバーマン・ロディ〟〝グシオンリベイク〟〝バルバトス〟が、敵陣が崩れた一瞬を突いて一気に突貫を仕掛ける。〝グレイズ〟隊は即座に対応できず、整然とした陣形は瞬く間に乱戦による混沌へと塗り替えられていく。
だがそれは………
『ちょ、ちょっと待ちなッ!』
『今出たらウチらの陣形も………!』
刹那、乱戦下から2機の〝グレイズ〟が飛び上がり、先ほどまで昭弘らが守っていた地点をすり抜け、こちらへと迫ってきた。
すかさずアジーの〝漏影〟が回り込み、格闘用兵装である重棍棒を〝グレイズ〟1機に叩きつけて地に沈み潰す。
だがもう1機はラフタの射撃を掻い潜って――――――3ヶ所目の市内への精密射撃を続ける、この〝ラーム〟目がけ真っ直ぐ突進してきた。
「………っ!」
だが急迫する〝グレイズ〟は、―――次の瞬間、横から飛び込んできた〝ホバーマン・ロディ〟が突き出すハンマーチョッパーをもろに食らい、胸部を潰されて沈黙した。
そして〝ラーム〟をその身で守るように、3機の〝ホバーマン・ロディ〟が盾のように並ぶ。
『行かせるかよッ!』
『ここから先には!』
『カケルには近づけさせないっ!』
ビトー、ペドロ、クレストが操る〝ホバーマン・ロディ〟は次の瞬間、脚部の高出力ホバースラスターを駆使して地面を滑るように駆け、乱戦から漏れ出た〝グレイズ〟目がけて襲いかかった。コントロールに熟練を要する脚部高出力ホバースラスターを、阿頼耶識システムによって生身同然に制御し、敢然と目まぐるしい挙動で斬り込んで1機、また1機と敵を潰していく。
乱戦の中、特に三日月の戦いぶりは凄まじかった。瞬く間に1機の〝グレイズ〟をレンチメイスで沈め潰すと、回り込もうとしたもう1機に投げつけて頭部を潰し、肉薄してそれを握り直して、胸部コックピットに叩き込んで留めを刺した。
そんな激しい挙動を、息を切らすことなく立て続けに繰り広げているのだ。〝バルバトス〟の周囲には、無残な残骸同然の〝グレイズ〟が何機も放置されている。
『カケル、次の目標だ! 送ったデータの4番目の敵部隊を攻撃してくれ! 今十字路の所で釘付けにしてる!』
「了解。付近に障害構造物なし。――――位置確認、弾速、弾道再計算、重力偏差修正完了!」
発射ッ! とトリガーを引いた瞬間、ガトリングキャノンの多銃身が高速回転、炸裂し、数刻前同様に天空目がけて数百ものがガトリング弾が瞬間的に撃ち出されて蒼穹に吸い込まれていく。
そして十数秒後、着弾の衝撃が、わずかにここまで届いてきた。
▽△▽――――――▽△▽
次の瞬間、空から降り注いだ重砲弾の雨に晒され、市内の交差点に陣取ったギャラルホルンのモビルワーカー隊は、着弾で舞い上がる爆煙の中に消えた。
そしてそれが晴れた後――――オルガの目に映ったのは、徹底的に舗装がめり上がり破壊された十字路交差点と、陥没した地面に沈んだギャラルホルンモビルワーカー……と思しき構造物の残骸。それも数機、十数機では収まりがつかない。
だが、道路の周囲を囲むビル街に被害はほとんどない。多少窓が割れるなどの損傷は見受けられるが、この攻撃で倒壊した建物は一つも無かった。
『なんてこった………』
『すげぇな。これ』
「おいおいなにボサっとしてやがる! 今のうちに陣地を確保するぞッ!」
既に橋は鉄華団の制圧下に。周囲も次々と押さえられ、蒔苗が議事堂に辿り着くために必要なルートが確保されていく。主力のモビルワーカー隊を失ったギャラルホルンは散発的に抵抗を繰り返すが、1機また1機と破壊されて後退せざるを得ない。
『ポイント1、制圧完了っ!』
『ポイント2もいいぜ!』
『ポイント3、周囲に敵影無し』
『ポイント4制圧………ま、待ってくれ! ギャラルホルンが来やがったッ! すげぇ数だ!』
「ポイント4、ガット! 後退して後ろの交差点に引きつけろ! そこじゃカケルが撃てねぇ!」
『よしきた!』
レーダー表示を見れば、5機でポイント4を制圧するはずだった団員ガット率いる一隊が、10機以上のモビルワーカー隊の攻撃を受けていた。致命傷を食らう前に応戦しつつゆっくりと後退。敵が押されている、と調子づいたギャラルホルンが果敢に前に前に出張ってくる。
『よし! いいぞ!』
「カケル! ポイント4、交差点に敵を引き付けた! 今すぐ撃て!」
『了解。位置確認、弾速、弾道再計算終了。重力偏差修正――――――発射!』
そこから十数秒ほどは何も起こらない。
だが次の瞬間、反転攻勢に打って出たガット隊に攻めあぐね、停止したギャラルホルンモビルワーカー隊の真上に………壮絶な重砲弾の雨が容赦なく注がれる。
着弾による凄まじい地響きに、「うおっ」と遠くにいるはずのオルガさえ、震動に揺さぶられてすかさず手すりを掴んだ。
『こりゃあ………最高だぜ!』
『ギャラルホルンの奴ら全滅だ!』
『いや待て! 1機残ってる。やっちまえ!』
攻撃してきた敵モビルワーカー隊最後の1機は瞬く間に撃破され、かくてポイント4も鉄華団の手に落ちた。
オルガの指揮用モビルワーカーを操縦するユージンも『へっ! 楽勝だな!』と得意げに笑いかけたが、
「油断するなよユージン。これだけやって、まだギャラルホルンは俺らの倍以上の戦力だ」
『わ、分かってるさ!』
「次は………ビスケット! 道はできたぞ! 蒔苗の爺さんを送ってくれ!」
オルガは通信端末をオンラインに、後方の鉄道駅にいるビスケットに通信を繋いだ。『了解!』とすぐにビスケットからの返事が飛んでくる。
テイワズの鉄道駅は今、鉄華団モビルスーツやモビルワーカーの修理補給、負傷した団員の後方用拠点として機能していた。ビスケットがリーダーとして駆け回っている。
「負傷した奴らはどうだ?」
『ドクター・ノーマッドとメリビットさんのお陰で何とか。だけどこれから戦況が厳しくなったら………』
「そうなる前にさっさと蒔苗爺さんを送り届けて俺らは退散しねえとな」
『限界まで物資を持ってきたけど………持って2日だ。そこは気を付けて』
団員やモビルスーツ、モビルワーカーの頭数が多い分、消費される物資の量も半端なものではなかった。特に拠点後方を守って戦っているモビルスーツ隊のスラスター燃料や弾薬は、すぐに尽きてもおかしくない。
『オルガ、何とか今日1日で勝負をつけないと………』
「心配すんなよビスケット。俺たちならやれる。俺たち鉄華団なら、な」
音声通信越しだが、ニッと笑いかけたオルガに『そうだね』とビスケットも応えた。
『この仕事が成功したら、俺たちの状況もずっと良くなる。みんなで火星に帰ろう』
「ああ。―――――っし! 皆、あともう少しだッ! この仕事をきっちり片付けて火星に帰るぞ!」
応ーッ!! という団員たちの力強い応えを耳に、オルガは遥かエドモントンの中心市街を見据えた。
あそこに、あそこに蒔苗を送り届ければ俺たちの勝ちだ。
こんな所で死ぬんじゃねえぞ。一人も………!
▽△▽――――――▽△▽
「ほらほら急げ! 補給にメンテ、やることはいっぱいだよ!」
声を張り上げるエーコに「はいっ!!」と年少組団員たちの応えが重なる。後方支援に徹する彼らは、戻ってきたモビルワーカーの修理と補充、負傷した団員の手当などに追われ、広大な鉄道駅の敷地内を慌ただしく駆け回っていた。モビルスーツが来ない間は、
「フェニーさん! こっちのモビルワーカーなんですけど、被弾してシステム周りが………」
「ちょ、ちょっと待って! ………もう、私モビルスーツ専門だからモビルワーカー弄ったのって6歳の頃以来なんだよねぇ」
フェニーもモビルワーカー隊の補給整備支援にあたり、整備ログを表示させたタブレット端末片手にパーツの交換や修理に取りかかっていた。
臨時の野戦病院となった鉄道駅のエントランスでも、
「………よし。これで一安心だ。止血と消毒、鎮痛剤も打ったからしばらく安静にしていなさい。メディカルナノマシンが空いたらすぐにナノマシン治療を受けさせよう」
「は、はい。ありがとう……ございます………」
ドクター・ノーマッドは、乗っていたモビルワーカーが被弾し操縦席で跳ねた破片が太ももに突き刺さった団員に応急処置を施し、それが済むと隣の腕が負傷した団員の検診に取りかかった。
戦況は、鉄華団優位に進んでいるそうだが………それでもギャラルホルンの散発的な抵抗に少しずつ団員の負傷も重なっていき、今、また二人ほどが担ぎ込まれてきた。
「メリビットさん! 先生! こいつもお願いします」
「分かったわ。さ、こちらに。ドクター、この子は私が診ます!」
「うむ、任せよう」
比較的軽傷の団員はメリビットが、高度な医学的スキルが要求されるほどの重傷者はメディカルナノマシンベッドに沈めるか、間に合わない団員はドクター・ノーマッドが昔ながらの外科技術を駆使して治療して回っていた。
医療……と言っても現代の医療はメディカルナノマシンベッドに依存することが多く、医者といえどもメディカルナノマシンの使い方に習熟しただけの、ただの技術者同然の者も多い。厄祭戦以前の古い高度な医療技術を持つ者はそう多くなく、ドクター・ノーマッドはその貴重な医者の一人だった。
だがそれでも、いかんせん負傷者の数が多すぎる。まだ死んだ者はいないが戦況が激しくなれば人の手も………何より医療物資が底を尽きかねない。
エーコや雪之丞、フェニー、それに年少組を中心とする整備班やドクター・ノーマッドとメリビットによる医療チームがギリギリの所で奮闘している中、
「ほほぉ。ギャラルホルンの囲みを破ったとな? こんな短時間に?」
駅の応接室で悠然と待ち構えていた蒔苗は、入ってきたクーデリアやビスケットの言葉に、意外そうに片眉を上げた。
はい。とクーデリアが頷く、軽く解説するためにビスケットが一歩進み出た。
「エイハブ・ウェーブの影響外から、精密射撃能力に優れたカケルさんの〝ラーム〟で弾道射撃し、ギャラルホルンのモビルワーカー隊を排除して要所を制圧しました。今なら議事堂まで何とか行けそうです」
「ふむ………街の被害は?」
「道路が陥没したのと、周りのビルの窓が破損したと報告が」
「うむ。ま、そのぐらいなら戦闘であればどうしようもあるまい。結構結構」
よいしょ、と蒔苗は杖をついて立ち上がった。
「では、行くとするかの」
蒔苗老の護衛のために、モビルワーカー隊5機が回されることになった。
年長組はほとんど前線に出払っているため、年少組からシミュレーターの経験がある者、そして阿頼耶識システムに慣れた元デブリ組から選ばれる。
「っし! いよいよ実戦だぜ!」
「調子乗るなよ、ライド。まだシミュレーターしかやったことないんだから」
「お前だって1回乗っただけじゃん!」
言い合うライドとタカキ、ダンジは得意げに、
「俺は1回実戦を経験したからな。俺が隊長な!」
「何だよー! シノさんの後ろに隠れてただけじゃん!」
「なっ! ちゃんと前で身体張ったっつーの!」
いつものように口喧嘩しつつもモビルワーカーが駐機してある広場に向かう3人。
と、すでに2人……元デブリ組のアストンとデルマが待っているのが見えた。3人を前に、何をすればいいのか戸惑ったように、2人は顔を見合わせている。
「よっす!」とダンジが片手を挙げて声をかけてやるが、「おう………」「っす………」と反応は暗い。
「何だよー。気合い入ってねえなあ」
「アテになるのかよ?」
「ちょっとダンジ! ライド! ………ゴメンね、バカな連中で」
ば!? とぎゃんぎゃん喚くダンジとライドをよそに、タカキはアストンたちに笑いかけ、片手を差し出した。
「俺はタカキ。こっちはダンジとライド。これからよろしくね!」
「お、おう………」
「……ろしく………」
アストンとデルマは戸惑ったようにタカキが差し出した手を見下ろす。いつまで経ってもタカキの手を握り返してこないアストンらに我慢できなくなったダンジは、
「おいおい。新入りのクセに舐めてんじゃ………」
「やめなってダンジ。ゴメンね。すぐにこんな馴れ馴れしくしても困るだけだよね?」
手を引っ込めて気まずそうに笑うタカキだったが、「い、いやそうじゃなくて………」とアストンが戸惑った様子で、
「今の………何?」
「へ? 握手のつもりだったんだけど」
「アクシュ?」
その単語の意味が分からないという風に首を傾げるアストン。
ああ、とそこでタカキは合点がいった。幼い頃からヒューマンデブリとして、ほとんど道具同然として生きてきたアストンたちにとっては、タカキたちがごく普通のこととして感じている習慣ややり方ですら、生まれて初めて見ることだったりするのだ。
「えーと、初めて会ったり、挨拶したりする時に、こうやって手を握ってお互い仲よくしようって確かめ合うんだ」
「俺たち、タカキに会ったの初めてじゃないけど………」
困ったような表情のアストンに「うーん。そうなんだけど………」と上手く説明する言葉が見つからないタカキ。
しばらく、お互いにどうすればいいのか分からず困惑し合っていたのだが、
「ああもう! つまりこーするんだよ!」
焦れに焦れたライドが2人の間に割り込んで、「ん!」とアストンとタカキの腕を掴み、強引に互いに手を近づけさせる。
左手と左手なので握手にならないのだが………タカキはそっと、アストンの握り拳をその手で包んだ。
「よろしく、アストン」
「おう………」
アストンは一瞬、エメラルドグリーンの双眸で上目遣いにタカキを見上げたが、すぐに気まずそうに顔を背けてしまった。左手同士の握手も一瞬、すぐに離れてしまう。
「ほら、そこの丸いのも」
「ま、丸いって………」
ライドのあんまりな言いように流石にデルマは呆れたような表情を見せたが、自分からおずおずと手を差し出す。「よろしく!」とタカキはその手を握り返した。
「………いつまで握ってんだよ」
「あ、ゴメンゴメン」
「別に、いいけど………」
握手はほんの数秒、パッとその手がタカキから離れてしまった。
「何だよ、タカキにつれねーなぁ」
「タカキを怒らせると後が怖いぞ~」
「ちょ、ちょっとお前らっ! 変なこと吹き込むなよな!」
と、駅舎からクーデリアと老人……鉄華団の護衛対象である蒔苗氏が出てきた。
すぐに、兵士としてタカキたちの表情が引き締まる。
「俺たちの任務はクーデリアさんと蒔苗さんの護衛だ。皆、モビルワーカーに乗って!」
おうっ!! と5人はパッと散開し、各々のモビルワーカーに飛び乗った。
▽△▽――――――▽△▽
「先生」
「うむ」
秘書が開けた装甲車のドアに、蒔苗は老体を労わるようにゆっくりと乗る。
クーデリアも、蒔苗と同行すべく助手席へ。
ギャラルホルンの防御を突破して市内に、議事堂に入ったとしてもクーデリアの戦いは終わりではない。いや、そこからがクーデリアにとっての戦いの始まりなのだ。
鉄華団の団員、そしてフミタン。一身に背負った期待が結実するかどうか、自分の両肩にかかっている………
「お待たせしましたっ!」
と、元気のいい声と共に一人、運転席に飛び込んできた。それは―――――
「えっ!? あ、アトラさん? 何で………?」
「戦う人の手が足りないんで、運転は私がしますっ。団長さんの許可はもらってきました」
前にかつてのCGSへの商品の納入などで商店の自家用車を運転していると聞いてはいたが、兵士ではないアトラが危険な戦闘地域に………
「で、ですが………!」と思わずクーデリアはアトラの行動を押し留めようとした。だがアトラはそんなクーデリアに静かに笑いかけた。
「三日月の代わりに、私がクーデリアさんを守ります」
「………!」
「それが、私のカクメイなんです」
革命。
そうだ、これからクーデリアが起こすことは、革命だ。
これまで搾取されるばかりだった火星の現状を改め、新たな産業を興し、人々を貧困と飢えから救い出す。
そして、それはクーデリアただ一人では成し得ないこと。
三日月やアトラ………鉄華団の人たち。ドルトコロニーの労働者たち、フミタン………。
誰もがこの世界を変えるために、自分たちの暗く閉ざされた世界に一筋、光を見出すために戦っているのだ。もはや彼らとクーデリアは運命を共にする、一心同体。
自分たちの運命は、自分たちで切り開く。彼らも、そしてクーデリアも。
「さ、行きましょう。クーデリアさん!」
「――――ええ! お願いします!」
クーデリアはシートベルトを掴み、硬く締めた。遅れて秘書も後部座席に乗り込む。
『じゃあ、俺について来てください! あと、議事堂までの道案内もお願いします!』
「了解っ!」
「道案内は儂がしてやろう」
タカキのモビルワーカーを先導に、蒔苗老を乗せた装甲車も発車。さらに4機のモビルワーカーも直掩につく。
――――これはもう、自分だけの戦いではない。
未来を変えるために、明日を手にするために誰もが戦っている。三日月も、アトラも、鉄華団の団員たち。そして………クーデリア自身も。