鉄と血のランペイジ   作:芽茂カキコ

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紫閃

▽△▽――――――▽△▽

 

 

「俺の全て、残さずオルガに賭けるよ」

 

 

〝グレイズ〟のバトルブレードをレンチメイスでへし折り、さらに突き上げて倒れた所へ振り下ろして叩き込む。

 そうして胸部から上が無残に潰れた敵機を後目に、三日月は怯んで後退しようとするもう1機に迫り、同様の運命を与えた。

 

 数機の〝グレイズ〟が遠距離から射撃しようと回り込むが、そこに〝漏影〟の射撃が殺到。続けて襲いかかった〝グシオンリベイク〟や〝流星号〟の攻撃を受け止めきれずに吹き飛ばされ、次々コックピットを潰されて沈黙する。

 乱戦下ではギャラルホルンお得意の陣形攻撃など役に立たず、連携を完全に遮断されてしまえば練度の差で〝グレイズ〟は抗しきれずに撃破される。

 

 

 既に先攻してきた十数機の〝グレイズ〟は点々と草原に横たわり、潰れた機体各所から黒煙を上げてピクリとも動かなくなっていた。

 

 

『く、くそ………せめて、あの青い機体さえ撃破できれば―――――ッ!』

「やらせる訳ないだろ」

 

 

 ギギ………と刃が軋む鍔迫り合いが〝バルバトス〟と〝グレイズ〟の間で繰り広げられるが、次の瞬間には力づくで押し返し、レンチメイスでコックピットを挟み、圧潰させた。敵兵の嫌な断末魔が接触回線を介してコックピットの三日月の耳にも飛び込んでくるが、もう慣れきった音だ。

 

 

 ギャラルホルンの戦いから、目的がカケルの〝ラーム〟にあることは三日月にも分かっていた。だが、三日月や昭弘に阻まれ、運よく潜り抜けられたとしてもラフタやアジー、昌弘が牽制し、何とか数機が鉄華団の囲みを突破できたとしても、直掩に〝ホバーマン・ロディ〟3機を回している。

 カケルの〝ラーム〟は一発も食らうことなく、逆に空に向かって再び、ガトリングキャノンを咆えさせた。遥か遠くの街並みは、着弾に次いで立ち昇る煙でほとんど姿も見えない。

 

 こちらを攻めあぐねる残存の〝グレイズ〟隊は、少しずつ後退を始めていた。

 

 

 

 

『――――た、隊長っ! 陣形が完全に破壊されました! このままでは逆に我らが包囲されます………!』

『ちぃ………敵拠点側面を突かせた部隊はどうした!? 防備は手薄なはずだろう―――!?』

『そ、それが敵モビルスーツ2機に阻まれ、身動きが取れないと………』

 

『ぐぐ………全部隊後退! 合流再編し立て直すッ!』

 

 

 

 

 紫の煙をばら撒く信号弾が上がり、ギャラルホルンがこちらに撃ちかけながら退散していく。

 

『逃がすか! 待ちやがれ!!』

『待つのはあんただよ昭弘! もうこっちも弾薬、スラスター残量がやばい。〝ホバーマン・ロディ〟なんて、大飯食らいだからもう動けないだろ?』

 

『ゴメン兄貴………もうガスがヤバい』

 

 

 一旦うちらも引くよ! とアジーの号令で〝グシオンリベイク〟や〝流星号〟〝ホバーマン・ロディ〟が拠点となる鉄道駅の方角に引き上げていく。〝漏影〟と〝バルバトス〟が殿としてそれに続いた。

 

 と、ラフタから通信が入ってくる。

 

 

『三日月も結構暴れたよね。もうガスやばいんじゃない?』

「うん。残り半分ちょっとだからヤバかった」

『………はぁ!? あんだけ動いて半分しか減ってないの!?』

『アンタ、計器の見方間違えてるんじゃない?』

 

 等々ラフタとアジーに散々言われる三日月だが………何度見ても端末に映し出される機体各部の燃料計表示ゲージはどれも残り半分少々ぐらいだ。

 

 

「別に間違ってないと思うけど」

『………うは、阿頼耶識ずっこい』

『感覚的に最小限のスラスター噴射だけで身軽に動いてんだろうね。よくやるよ』

 

 

 特に呆れられる理由が分からなかったが、三日月は片手で栄養バーを口にしながら、拠点へと機体を駆けさせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「やっとこさ退いてくれたか………」

 

〝グレイズ〟隊が土煙をまき散らしながら撤退していく。その光景をコックピットの側面モニター越しに見やりながら、俺は小さく息をついた。

市内の方も、ギャラルホルンモビルワーカー隊が退き始めたようで支援射撃の要請は上がってこない。これで、わずかな休憩時間だろうが落ち着いて飯が食える。栄養バーだけど。

 

 

『カケル! 俺らもガスがないから一旦退くからな』

『クレストが援護に残るんで! すぐ戻ります!』

「分かった。腹ごしらえもしっかりしとけよ」

 

 うす! とビトーとペドロ、2機の〝ホバーマン・ロディ〟が三日月らの後を追って〝ラーム〟を直掩する配置から離れていく。ただっ広い草原に、俺とクレスト、〝ラーム〟と〝ホバーマン・ロディ〟1機が寂しく残された。

 とりあえず、サイドポケットのフタをスライドさせ、中に詰められていた栄養バーを一つ取って口にする。味の濃いバーベキュー味だが、やっぱり腹に溜まる感じがしない。

 

「クレストも何か食っとけよ。これから長丁場になるから、持たないぞ」

『べつにいいよ。お腹減ってない』

 

 そうか。と、俺は俺で二本めの栄養バーを一気に口に詰め込んだ。腹には溜まらないが、一応は満腹感が感じられて無いよりはマシだ。

 周囲に敵影無し。だがクレストの〝ホバーマン・ロディ〟は油断なく周囲を警戒しているようだった。

 ブルワーズから譲渡され、人間として鉄華団に迎え入れられた元デブリ組の少年たちは、戦士として誰もが優秀だ。それは、三日月のような鍛錬の結果ではなく、ゴミ同然に使い潰される中で粗く研磨された結果だろうが。

 

 三日月らが戻ってくるまで1時間もかからないだろうが、それまで沈黙し続けるのも、何となく辛い。

 

「鉄華団には慣れたか?」

『うん。みんないい人ばっかりだから。俺たちみたいなデブリにもちゃんと飯出してくれるし、寝床ももらえるし』

「この仕事が片付いたらボーナスが出るそうだぞ。よかったな」

『………ぼーなす? なにそれ?』

「給料に上積みして報酬が出るってことだ」

 

 

 鉄華団の給料に、出自は関係ない。その仕事と役どころに応じた給料が支給されているらしい。当然、元デブリ組であろうとだ。俺はクーデリアの傭兵ってことになってるので、クーデリアからの前金以外はもらってないが。

 だが、クレストにはピンと来なかったようで、

 

 

『………なんで?』

「何でって、会社のためにたくさん働いて、利益が増えたらその分給料が増えるのが当たり前だろ」

『デブリの俺たちでも?』

「団長はお前らを、一人の人間として鉄華団に迎え入れるって言ってたんだろ?」

 

 

 その場にはいなかったが、事の経緯はダンジや他の団員から聞いていた。原作通りヒューマンデブリの鎖から解放したとも。

 しばらく、クレストからは何も応答が無かったが、

 

 

『デブリじゃないって、団長とか他の人にもいわれたけど………どういうことなのか分かんない。俺ら、ずっとデブリだったから。昔は、もっとましな生活をしてたかもしれないけど、もう覚えてないし』

「そうか………」

『鉄華団に入って、まともな飯食って、寝床で寝て仕事があって………それで死ねたら、文句ない。デブリの中では、俺たちまともに死ねると思う。こういう風にデブリを使ってくれる所って、他にないと思うから』

 

 

 クレストは周囲を警戒しながら何の気なしに、そう言った。

仲間の死を踏み越え、自分自身の心を殺して生きてきたヒューマンデブリにとって、道具として使われることが生きること、道具として消耗されることが死ぬこと、なのだろうか。

 

 それが当然で、身体にも心にも染み付いた彼らに「もうヒューマンデブリじゃない」「自由だ」なんて言ったところで、結局のところそれは「今までとは違う生き方」だ。受け入れるのには時間がかかるだろうし、何より受け入れるのは彼ら次第だ。

 俺にできることと言えば、いつぞやの日のようにさりげなく寄り添って、そしてぶつかってやることぐらい。

 

 俺には誰の運命も決められない。

 ただ彼らが生きるチャンスを掴めるよう、なけなしの力で後押ししてやるぐらいだ。

 

 

「クレスト」

『?』

「楽しくやろうな。これから」

 

 

 せめてその生の中で、一つでも多く、楽しい思い出を残してやれるように。

 戦って死ぬ運命を受け入れる少年兵たちを前に、俺には、それぐらいしかできない。

 

 クレストは、少し戸惑った様子だったが『うん………』と心なしか嬉しそうに頷いてくれた。

 

 と、その時、センサー表示ウィンドウに〝バルバトス〟ら補給と整備に戻った鉄華団モビルスーツ隊一同の反応が一斉に表示された。

 

 

『待たせたね。これから市内のモビルワーカー隊共々、一斉攻勢に出るッ! ビトー、ペドロ、クレストの3機は〝ラーム〟の直掩。残りは敵陣に殴り込みするよッ!』

 

『カケル! これから送信する地点に攻撃頼む! 敵モビルワーカー隊のお出ました!』

 

 

 アジーらを戦闘に〝バルバトス〟〝グシオンリベイク〟〝流星号〟、昌弘の〝ホバーマン・ロディ〟が草原を駆け去っていく。

 俺は、再びマップ表示画面上にマーキングされたポイントへ向け、〝ラーム〟の砲口を調整した。

 

 

 

【TARGET ROCK】

【射撃管制システム調整………完了】

 

【データリンク受信 評価開始】

【弾速再計算――――終了】

【弾道再調整 再計算――――終了】

【重力偏差修正 完了】

 

 

 

 発射準備完了を前に、トリガーに指を添えた。

 

「モビルワーカー隊は半径100m以上離れてろよ。――――発射!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

【ALAYA-VIJNANA】

【ASW-G-66】

【GUNDAM FRAME - KIMARIS GAELIO】

【CONNECTION COMPLETE】

 

 

 毒々しい赤で彩られたコックピット。

 

 モビルスーツからの情報が、直接体内へと注がれていく。とくん、と心臓が小さく波打つ。

 その瞬間、ガエリオと〝キマリス〟は、一体の存在となった。

 モビルスーツのシステムと、思考が機械的に結び付けられ、空間認識能力の増大。感覚が人間の限界を超えてどこまでも研ぎ澄まされていく。

 モビルスーツ輸送機のハッチが開かれた。眼下に、どこまでも続く草原が見える。

 

 

 

 ここに、ガエリオが倒さねばならない敵がいる。

 世界の秩序を乱し、世界秩序の守護者たるギャラルホルンに戦いを挑み………ガエリオに、禁忌の冒涜を強いた、世界の真の敵が。

 

 その名は、クーデリア・藍那・バーンスタイン。

 鉄華団。

 そして………忌々しい火星の宇宙ネズミが操る〝バルバトス〟。

 

 

 

 薄汚い宇宙ネズミを完全に始末するため、元々は宇宙でその性能を最大限発揮する仕様であった〝キマリス〟は徹底的に改修された。

 地上でも〝キマリス〟得意の高速戦を実現する四脚スラスターユニット、そしてリアホバースカート。その姿はまるで、昔語りに登場する誇り高き騎兵のよう。

 そう。敗戦し、禁忌に身をやつしてもなおガエリオは、そしてボードウィン家は誇りを失っていない。ギャラルホルンと、世界秩序を守る大儀がある限り。

 

 

 

『………ガエリオ・ボードウィン。〝キマリス〟、出るぞ!』

 

 

 

 ガンダムフレーム〝キマリスガエリオ〟………厄祭戦時の力を取り戻したその機体は、カセウェアリー級輸送機のハッチから彗星のように飛び出し――――眼下の地表へと殺到する一筋の鋭い軌跡と化した。

 

 

 

 阿頼耶識システムに仕込まれた、思考を冒す〝毒〟を彼は知らない―――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

〝バルバトス〟ら鉄華団のモビルスーツ隊は、戦場から遠く離れた平原の一角に陣取るギャラルホルンの拠点目がけ、強襲を仕掛けた。

 圧倒的な数的優位に酔い、まさか拠点が直接攻撃を受けるなど予想もしていなかったのだろう。補給整備中の〝グレイズ〟はどれも無防備に膝をついて佇み、その足下にはパイロットスーツを着たギャラルホルン将兵の姿も。

 

 

『敵が混乱している今のうちに、数を減らすよッ!』

『おらおらァッ!! 行くぜぇーッ!!』

 

 

そこに〝漏影〟のバズーカ砲弾が殺到し、パイロットが乗っていない〝グレイズ〟が次々と、直撃弾をもろに食らい足下のパイロットを巻き込みながら倒れ込んでいった。

 さらに〝バルバトス〟〝グシオンリベイク〟〝流星号〟も各々の近接武器を駆使し、まだパイロットが乗っていない敵機を矢継ぎ早に潰していく。

 

 運よくパイロットが乗ったままの〝グレイズ〟がゆっくりと起き上がるが、昌弘の〝ホバーマン・ロディ〟がそこに肉薄。敵機はコックピットをハンマーチョッパーで殴り潰されて沈黙した。

 

 

『機体だけやらせてもらうぞッ!』

 

 

 クランクの〝ガンダムフォルネウス〟もまた、ランスでパイロット搭乗前の〝グレイズ〟胸部を貫き、背後の地面に叩きつけた。整備用トレーラーのそばにいたパイロットらしき兵士が一目散に逃げ出していく。肝心の機体が無ければモビルスーツパイロットは無力。わざわざ人間を殺してやる必要などない。

 

 数分後、ギャラルホルンの残存モビルスーツと補給部隊は、拠点を放棄して撤退。残されたのは、10機以上の〝グレイズ〟の残骸や破壊されたトレーラー、物資コンテナの山だった。

 

 

 

 補給拠点を狙った奇襲は成功。ギャラルホルンは大打撃を被る。

 

 

 

 

 

 

 だが、その数分後に事態は急変した。

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

『ふふーん。やっぱ戦いは数よねアジー?』

「その理屈でいったらあたしら全滅だよ。ま、全員でボコ殴りにしてやったからね。生半可な数じゃあたしらに勝てないよ」

 

 敵機の残骸が点々散らばる、ギャラルホルンが放棄した補給拠点に佇み、アジーの〝漏影〟は周囲を見渡した。脱出した数機の〝グレイズ〟はどこかに立ち去ったようで、戻ってくる気配は無い。

 

『まさかー。このままあたしらの勝ちってことになったりしないよね~?』

「こんだけ殺っても、まだ全体の半分も潰せてないでしょうよ。すぐに再編して反撃してくる」

 

 どこかのチンピラ組織や海賊ならともかく、相手は天下のギャラルホルンだ。モビルスーツなんて、うなるほど用意してるに違いない。

 通信ウィンドウ上で、ラフタはげんなりした表情で、

 

『……うへ。金持ちの物量戦ってホント嫌い。金余ってるなら少しはあたしらに寄こせっての』

 

 

 一方、向こうの三日月、昭弘、シノ、昌弘も、一時の静寂に所在なく機体を佇ませて、

 

 

『どうする昭弘。追いかけてみる?』

『そうだな』

『さんせー』

『よし………!』

 

「なーに言ってんだい。これ以上出張ったらカケルが無防備になるだろうが。さっさと戻って防御陣形整えるよ」

 

 

 これは、元々ギャラルホルンの積極策を封じるためのものでもあった。拠点を強襲すれば、ギャラルホルンは再びその轍を踏まないよう拠点や要所の防御を徹底するだろう。攻撃のために投入されるモビルスーツの数は削られ、陣形への側面攻撃など、少しちょっかいをかけてやれば相手の方で勝手に二の足を踏んでくれる。

どの道、数では圧倒的に不利なのだ。打てる戦術は全て打って、蒔苗とかいう老人がアーブラウ議事堂に到達して権力を回復するまでの時間稼ぎができればいい。

 

「殿はあたしとラフタが行くから。ほら、さっさと――――――」

 

 

 

 

 

 

【CAUTION!】

【AHAB WAVE SIGNALS】

 

 

 

 

 

 

 その時、敵機のエイハブ・ウェーブをセンサーが捉えた。

 

「ん? 新手………」

 

 

 機体のエイハブ・ウェーブ固有周波数を確認する合間すら無かった。

 

 

『………え?』

 

 

 目にも止まらぬ速さで天から降り落ちた何かが―――――ラフタが操る〝漏影〟を直撃した。地面が爆ぜ、直撃の轟音が容赦なく鼓膜を打ち、凄まじい土煙が爆発して〝漏影〟をしばしの間覆い隠す。

 

 そして土煙が吹き払われた時、アジーの目に映った光景は………馬上槍のような長大なランスに機体を刺し貫かれ、だらりと腕部を下げて沈黙した〝漏影〟の姿だった。

 

「な………!」

 

 ラフタはアジー同様の熟練のエースパイロットだ。それが対応できないほどの一瞬で………

 〝漏影〟を貫いた敵モビルスーツは、紫色の、古代の騎兵にも似たフォルムを持つ――――

 

 

 

 

 

 

 

 

『そうか………これが、そうなんだな。考えなくても分かる。感じるがまま………モビルスーツが動く!! これが、世界を平和へと導いた真実の力ッ!!

カルタ、マクギリス。任せてくれ。お前たちの無念は俺が晴らしてみせる。そして――――――ギャラルホルンの未来を、俺たちの手にッ!!』

 

 

 


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