鉄と血のランペイジ   作:芽茂カキコ

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鉄華団

▽△▽――――――▽△▽

 

「ぐ………っ!」

 

 振り下ろそうとした太刀は〝キマリス〟のマニピュレーターによって抑え込まれ、次の瞬間、あらん限りのパワーで〝バルバトス〟ごと投げ飛ばされてしまった。三日月はすかさずスラスターを噴射して姿勢を回復するも、

 

 

『なめるなアアアアアァァァァァッ!!!』

 

 

 一気に肉薄され、その拳が迫る。三日月はすかさず太刀でそれを弾き、幾度となく〝キマリス〟からの打撃を退けるが―――――最後の一手を防ぎきれず胸部をしたたかに殴り上げられた。背後のビルに叩きつけられ、機体の手から太刀が弾き飛ばされてしまう。

 

「が………っ!」

『なめるなァ………! これが俺の……本当の力だ………卑しい貴様らを一匹残らず滅ぼす………!』

 

 

 弾き飛ばされ、道路に突き刺さった太刀を抜き、一歩また一歩と〝キマリス〟が迫る。

 三日月はサッと視線を端末に走らせた。示される情報が阿頼耶識システムを介して三日月に直感的に伝わり、あとわずかしか戦えないことを悟る。食らったダメージも大きく、駆動部が異常な負荷によって歪んでいた。

 

「まだ………足りない………」

『どうした宇宙ネズミぃッ!!』

 

 奪われた太刀による一閃をすんでの所で回避し、三日月は素早くレンチメイスが転がっている地点まで引き下がった。再び得物を獲得し、〝バルバトス〟は………足下の地面を一気に抉り飛ばした。凄まじい土煙が舞い上がり〝バルバトス〟〝キマリス〟双方の姿が互いの視界から消える。

 

 三日月はすぐに行動に打って出た。土煙を一気に突破し、相手の気が逸れている今のうちにその懐へ――――――

 

 

『舐めるなと言ったはずだッ!』

 

 

 だがその動きは既に〝キマリス〟に読まれていた。レンチメイスの一撃は………次の瞬間、太刀の一閃によって報われる。

 レンチメイス―――その巨体は半ばから切断され、切断面から先がゴトリ、と落下して下の舗装を潰した。

〝キマリス〟の怒涛はそれだけでは終わらない。〝バルバトス〟の一瞬の硬直を逃さず、鋭くその胴を太刀で斬り裂こうとした。リミッターを解除した三日月の反射的な挙動で間一髪、それをかい潜るが、今度は強烈なキックが待ち構えている。

 

 次の瞬間、〝バルバトス〟はまたしても別のビルへと叩きつけられた。

 

 

「………っ!」

『もう動けまい。これで………終わりだアアアアアァァァ―――――――!!!』

 

 

 のろのろ、と起き上がろうとするが、〝バルバトス〟の頭上には振り上がった敵の太刀が。

 もう、間に合わない。

 

――――――行くんだよ。ここじゃない、どこか。

 

 ごめん、オルガ。

 俺はもう………

 

 

 

 

 

『――――――何やってんだミカあああああああアアアアァァァァァァァァァァ!!!!!』

 

 

 

 

 

〝キマリス〟は〝バルバトス〟を両断した。

………その片腕部だけを。

 

 

『なにィッ!?』

 

 

 肉を切らせて骨を――――〝バルバトス〟はその背後に一瞬にして回り込んだ。

 

 

『舐めるなと言った!! 丸腰の貴様など………!』

 

 

 すぐさま立ち直り、再び襲いかかろうとする〝キマリス〟。

 だが三日月に力を与えたのは、オルガだけではなかった。

 

 

 

 

『受け取れッ! 三日月!!』

 

 

 

 

 ビルを飛び越えてきた〝ラーム〟……いや、鈍重な二重装甲を剥ぎ取った〝ラームランペイジ〟が次の瞬間、持っていたコンバットブレードを三日月めがけて投げ放った。

〝ラームランペイジ〟の得物を受け取った〝バルバトス〟は、再び〝キマリス〟の眼前へと躍り出る。

 同時に〝キマリス〟も全力で突撃を仕掛けてきた。

 

 

『ぬうおおおおおおおおおおおおおオオオオォォォォォォォォ―――――――!!!!』

「ッ!」

 

 

 刹那、交錯する閃撃。

 静寂。

 

 

 瞬間的な剣戟を制したのは〝バルバトス〟だった。バトルブレードのように重量があり、なおかつその扱いに開眼すれば太刀同様に鋭い斬撃を繰り出すことができる武器…コンバットブレード。

〝キマリス〟の両腕が半ばから断ち切られ、地に落ちた。

 

 

『バカな………!』

「あんたが腕を斬ってくれたおかげで、斬り方が分かった」

『バカな………ッ!! 俺はギャラルホルンのッ! 正義を執行し! 秩序を守る!! マクギリスッ! カルタッ!! 俺は――――――!!』

 

 

 ガリガリの絶叫は最後まで続かなかった。

 振り返り、がむしゃらに飛びかかろうとした〝キマリス〟、そのコックピットに三日月はコンバットブレードを突き立てる。

〝キマリス〟は沈黙した。

 

 

「うるさいな………オルガの声、聞こえないじゃないか………」

 

 

 散々手こずったけど、やっと殺せた。

 三日月はコンバットブレードを敵機のコックピットから引き抜こうと―――――

 

 

「!?」

 

 

 その時〝キマリス〟のコックピット部分が、爆ぜた。

 周囲の装甲が内部の小爆発によって弾き飛ばされ、吹き飛ぶ。その奥にあるのは………〝キマリス〟の無傷のコックピット。

 

 

「………リアクティブアーマー!?」

 

 

 まさか返し手を食らうことになるとは思わず、三日月は愕然とした。

 直後、コックピット部分周囲のリアクティブアーマーを分離した〝キマリス〟は、踵を返し、まだ大量に保っているのだろうスラスターを全開に、凄まじい速度でその場から駆け去っていった。

 

 逃がすが! 三日月は咄嗟に追撃に移ろうとしたが………噴き上がったスラスターがすぐに静まり返ってしまう。

 スラスター残量ゼロ。いつの間にか警告音が響いており、端末上で【CAUTION!】【OUT OF FUEL】の文字が躍っていた。

 

 敵は……ガリガリの〝キマリス〟は逃げ去った。だがまだ戦いは………

 

 

 

『よくやった、ミカ』

 

 

 

 オルガの声が、通信装置越しに聞こえてきた。

 

「オルガ?」

『敵さんは撤退した。上を見てみな』

 

 上――――見上げると、いくつもの発光弾が規則的な明滅を放ちながら何発も打ち上げられていた。戦いに関わる者なら誰でも知っている、停戦信号だ。

 そこでようやく三日月は、自分の目や、鼻から止めどなく血が垂れ流れていることに気が付いた。少し痺れる片手でそれを拭いながら、戦いが終わったことを示す上空の光の明滅を眺める。

 

 戦い。仕事が終わった。

 ガリガリを殺し切れなかったのは気にかかるけど、もうこの仕事を邪魔しにくることはないはずだ。また邪魔しに来るなら、その時潰せばいい。

 安堵が少しずつ、身体中に染み広がっていくのを感じる。キツい仕事を終えて、ひと段落着いたらいつも、三日月はこの不思議な感覚に身を委ねていた。

 

 

 と、いつの間にか佇む〝バルバトス〟の足下にオルガが立っているのに気が付いた。三日月がラダーを下ろすと、オルガは片足を引っかけ、ラダーがその体を胸部コックピットの外側まで引っ張り上げる。

 コックピットハッチを開けると、冷たい外気と、オルガのニヤリとした表情が三日月の赤みのかかった視界に映り込んだ。

 

 

「――――ねぇ、オルガ」

「ん?」

 

 三日月は問いかける。つい先程まで明るかった太陽は、気付けば地平線の向こうに沈み始め、淡い夕日を三日月たちに投げかけていた。

 

「ここが、そうなの? 俺たちの本当の居場所」

 

 戦って、たくさん血を流して辿り着いたこの場所。

 オルガが目指していた場所に、一番近いのかな、と三日月はそう感じていた。飯もあって、寝床もちゃんとあって、それ以外のことはよく分からないけど、今まで見たこともない世界が、三日月の周りには広がっていた。

 

 ああ。オルガは首肯した。

 

「ここも、その一つだ」

 

 その答えが、三日月には何となく嬉しかった。まだ辿り着いていないということは、まだまだオルガと一緒に戦えるということ。一緒に見たことのない世界を見られるということ。

 

「そっか。………きれいだね」

 

 それでも、ここがオルガと一緒に目指した場所の一つなら。

 火星でいつも見る夕日より、地球で見る夕日の方が少しだけ鮮やかで、綺麗に見えた。

 

 

 

 

 

 

 そして、その光景を背後で見守っていた〝ラームランペイジ〟は………

 

 

『これで、やっと1期が………』

 

 

 力を失い………驚く三日月やオルガの前で背部から地面へと倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

―――――敗北した。

―――――世界を守り、人類を秩序で統制するギャラルホルンが、卑しく汚らわしい、人道と人心、人倫を知らぬ火星の宇宙ネズミ共に、してやられた。

 

〝キマリス〟の両腕部が半ばから断ち切れ、時折火花が散る他、フレーム部のチューブから多機能オイルが漏れ出ている。だが、満身創痍となりながらも〝キマリス〟は、そしてガエリオは健在だった。

 

「く………いいだろう。ここは勝ちを譲ってやる。だが、次に勝つのはこの俺、そしてギャラルホルンだと忘れるな………!」

 

 全ての戦闘手段を失い、敗走するガエリオだが、未だその闘志は衰えてはいなかった。整備修復を終え、戦力を整えれば再び奴らの前に立つ。今度は宇宙ネズミ共では決して抗えぬ戦力を投入する。

 落ち延びる〝キマリス〟が目指すのは、エドモントン郊外にあるギャラルホルン基地。周囲に展開させた補給拠点より遥かに堅牢で十分な戦力があり、再起の拠点として最もうってつけの場所だ。空軍基地も併設されており、その戦力を糾合すれば陸と空から一気に鉄華団……宇宙ネズミ共の寄せ集めを踏み潰すことができる。奴らは大いに消耗しているだろうがギャラルホルンにはまだ十分な、十分すぎる数の兵と装備、物資があるのだ。

 

 このまま引き下がるものか! ………阿頼耶識システムによって使命感が歪められたガエリオが思考し続けるのは次の―――――――

 

 

 

 

 その時〝キマリス〟のコックピットモニターに映されていたのは、天高くどこまでも炎と黒煙を噴き上げる、ギャラルホルン基地の姿だった。

 

 

 

 

「バカな………!」

 

 ありえない! ここは戦場となった地点からあまりに離れている。宇宙ネズミ共にここを強襲するだけの余力などあるはずがない。

 だが現に基地は徹底的に破壊され――――〝グレイズ〟の残骸や倒壊した基地施設、飛び立つことも許されずに駐機場に並んだ状態で潰された戦闘機の無残な光景が、どこまでも続いていた。

 

 そしてそこにポツリと佇む、激しい炎に照らされながらも尚、鮮やかな紅色に輝くモビルスーツの姿。

 

「貴様ッ!! 何者だ!? 何故こんな………」

『――――何故? 簡単なことだよ、ガエリオ』

 

 

 

 飛び込んできた声音に、ガエリオは愕然とした。

 

 

 

「その声………貴様まさかっ!?」

『彼らには、我々の追い求める理想を具現化する手助けをしてもらわねばならないからね。ここの部隊はその邪魔だったので、排除した』

 

 

 

 マクギリス………?

 何故、ギャラルホルンの一員であり、その使命に誰よりも……ガエリオよりもずっと忠実であったはずの親友が………?

 

 

「ま、マクギリス………? い、意味が分からない。理想? お前は何を―――――?」

 

 

 その時、何故かガエリオの目には、マクギリスが乗る赤いモビルスーツが、まるでほくそ笑んでいるかのように見えたのだ。

 それとも、マクギリス自身が………?

 

 

『ギャラルホルンが提唱してきた人体改造は悪であるという思想を真っ向から否定する存在を、ギャラルホルン自らが生み出した。………君は組織の混乱した内情を示す生きた証拠だ。君の姿は、多くの人の目に忌むべき恐怖と映ったことだろう』

 

 

 ガエリオは悟った。

 心が拒絶しても、理解せざるを得なかった。

 マクギリスが………この男がこれまで自分に示してきた友情や信頼が、全て偽りのものであったということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 V08-1228〝グリムゲルデ〟。

 厄祭戦末期に、ガンダムフレームと並んで開発された高出力機ヴァルキュリアフレームの1機で、その優れた戦闘能力を評価され、現代のギャラルホルン主力モビルスーツ・グレイズフレームの開発ベース機となった機体。

 

 マクギリスは闇市場に流出させたこの機体をモンターク商会が入手するよう手配し、自身の乗機として運用していた。そして今、対鉄華団戦のために手薄となったこのギャラルホルン基地を強襲、完全に破壊し、やがてここに落ち延びてくるだろうガエリオを待ち構えて………今に至る。

 

 マクギリスは語った、ここまで綿密に描いてきた――――策謀の真相を。

 ガエリオに阿頼耶識手術を施し〝キマリス〟にセッティグした阿頼耶識システムに細工を加えて暴走するよう仕向けたのも、全てはギャラルホルンの名声を地に叩き落し、その強大な権力に空白を生じさせるため。

 

 

「禁忌の技術を施されたギャラルホルン、セブンスターズの機体の暴走。ギャラルホルンが守るべき議事堂は破壊され、政治中枢に属する多くの議員が虐殺された。………その唾棄すべき存在と戦うのは革命の乙女を守り、英雄として名を上げはじめた〝鉄華団〟。そして乗り込むのは伝説の〝ガンダムフレーム〟」

 

『あぁ………あぁあ………!』

 

「同時に行われる代表選で蒔苗が勝利すれば、政敵であるアンリと我が義父イズナリオの癒着が明るみになる。世界を外側から監視するという建て前も崩れ去り、ギャラルホルンのゆがみは白日の下にさらされる。………劇的な舞台に似つかわしい劇的な演出だと思わないか?」

 

 カルタ・イシュー。

 ガエリオ・ボードウィン。

 マクギリスにとって重要だったのは、「イシュー」「ボードウィン」という家名が、マクギリスが立身する上において単なる障害に過ぎなかったということ。ファリド家よりも多大な実権と軍権を握る両家は、マクギリスがギャラルホルンにおいて過分な権力を握ることを許さないだろう。だからこそ排除し、その力の空白に食い込む必要があった。

 

 

 ガエリオが唾棄していた政争、権力争い。いつの間にか彼はそのただ中に放り込まれていたのだ。マクギリスが出世するための踏み台として………

 

 

『マクギリス……お前はギャラルホルンを陥れる手段として、俺を……俺の誇りを………ッ!?』

「………」

『そんなことが……このような外道、許されない………許されるはずがァッ!!』

 

 

 ガエリオは咆えた。獣のように。

〝キマリス〟の、ガンダムフレーム特有のツイン・アイが煌々と輝き、次の瞬間、マクギリスが乗る〝グリムゲルデ〟目がけて突進してきた。両腕を失っても尚〝キマリス〟には十分なスラスター燃料が残っており、そして怒りを原動力とする闘志も十分だった。

 

 

「――――ではどうする?」

 

 その罪を許されないと断ずるお前に、俺を止めることができるのか?

〝グリムゲルデ〟は腕部シールドに内蔵されていたヴァルキュリアブレードを閃かせ、軽く〝キマリス〟からの突撃を脇にいなした。

 

『ぐぁっ! まだだ! マクギリス――――――――ッ!!』

 

 

 

【ASW-G-66】

【ALAYA-VIJNANA】

【CONNECTING OFF-LINE】

 

 

 

 その瞬間〝キマリス〟が、まるで時が止まったかのように停止した。

 

『がぁっ!? 機体……が………?』

「お前は軌道上での戦いで重傷を負った身。阿頼耶識システム無しでは機体を動かすことも叶うまい。――――ああ、そうだ。〝キマリス〟の阿頼耶識システムと照準システムに予め細工させてもらった。敵機のコックピットに致命傷を与えられないようにな。鉄華団にはこれから私のために大いに働いてもらわなければならないのだから、悪くおもわないでくれ」

 

 

 糸が切れた人形のように、ガエリオは何も答えなかった。無理もない。阿頼耶識システムによる神経補助が無ければ指先一つ動かすことも、唇を震わせることすらできないのだから。

〝グリムゲルデ〟によるLCS遠隔操作によって〝キマリス〟は阿頼耶識システムの主要システムをオフラインに。パイロットの生命維持機能だけ残して停止させた。ガエリオは、マクギリスが伝える真相を、ただ沈黙して聞き続けるしかない。

 

 

「君という跡取りを失ったボードウィン家はいずれ娘婿である私が継ぐことになるだろう。セブンスターズ第一席であるイシュー家も、先の失態で実権の多くを削られることになる。アーブラウ議事堂を破壊するという暴挙を働いたボードウィン家もな。こうしてギャラルホルン内部の力関係は一気に乱れる………そこからが私の出番だ」

 

 

 ガエリオはただ沈黙するのみ。だがその怒り、絶望が〝グリムゲルデ〟のコックピットにまで伝わるようだった。

 そしてマクギリスは、言い放った。

 

 

「――――アルミリアについては安心するといい。彼女の夫として、その幸せは保証しよう」

 

 

 そしてマクギリスは端末上のコマンドを叩いた。

 

 

【ASW-G-66】

【ALAYA-VIJNANA】

【CONNECTION COMPLETE】

 

 

 阿頼耶識システムが復活した〝キマリス〟は、ぎこちなく再び動き始めた。

 

 

 

『――――――ッッッッッッッッッアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ!!!!! マアアアアアァァァァァァクギリスウウウウゥゥゥゥゥウ!!!! オオオオオオオオオアアアアアアアアアァァァァァァァァァ!!!!!』

 

 

 

〝グリムゲルデ〟に迫るは、怒涛の如く全ての怒りをマクギリスへと叩きつけんと襲いかかる〝キマリス〟そしてガエリオ。

 マクギリスは対する〝キマリス〟の阿頼耶識システムを復活させ、そしてコックピット直撃を回避させる照準システムへの細工プログラムを消去した。

ここから先は本当の死闘だ。マクギリスが死ねばこれまでの策謀は全て水泡と化す。そして今のガエリオには、それだけの力が与えられている。

 

 だがマクギリスは微笑みを崩さなかった。

 

「届くかな? その怒りが」

 

〝キマリス〟は断ち切れた腕部を何度も激しく、〝グリムゲルデ〟に叩きつけてきた。がむしゃらに、最早そこにあるのは騎士の姿ではなく、復讐に燃える獣。

 だが〝グリムゲルデ〟は、腕部にマウントしたシールドやブレードで受け流し、逆に鋭い一閃を叩きつけた。さらに一閃。

 

………足りない。マクギリスの胸中から、全ての恐怖が拭い去られた。―――これでは俺を殺すのに足りない。

 その程度の怒りでは。

 

 

「もっとだ、ガエリオ。私への憎しみを、怒りをぶつけてくるといい」

 

――――友情。

――――愛情。

――――信頼。

 

 そんな生ぬるい感情は私には残念ながら、今の私には届かない。

 

 

 

 

怒りと絶望の中で生き、ただ一つの〝救い〟のみに縋って生きてきた、私には。

 

 

 

 

 次々と繰り出される〝グリムゲルデ〟の斬撃の前に、遂に〝キマリス〟は地に膝をついた。

 友が泣いている。何故裏切ったのだ、と。

 

――――違う、ガエリオ。

――――俺はお前を裏切ってなどいない。

――――お前を心の底からと友と呼ぶために、お前から心の底から友と呼んでもらうために………この世界にはあまりにも障害が多すぎた。

 300年にも及ぶ腐敗がもたらした歪んだ秩序が、誤った観念が、失われた道徳や人道が、忘れ去られた愛情が、今日、この事態を引き起こしてしまった。

 

 故に、全てを正さねば、全ての過ちを正し、失われたもの全てを取り戻さなければ。

 

 

 

 サングイスは世界に秩序を回復させると言った。

 あのモビルアーマー………〝ザドキエル〟は、人々が再び人としての正道を取り戻し、互いを愛せる世界を蘇らせると、誓った。

 

 

 

〝グリムゲルデ〟は、〝キマリス〟の胸部コックピットにヴァルキュリアブレードを突き立てた。

 ガエリオが沈黙する。

 そしてパイロットによる制御を失った〝キマリス〟は………バランス制御を失って力なく倒れた。

 全てが終わり、残されたのは無数の残骸と遺骸、用を為さない廃墟――――。

 

 

「許せ、とは言わない。ガエリオ」

 

 

 ガエリオは、まだ生きているだろう。阿頼耶識システムによって辛うじて神経が生き、最低限の生命維持機能を果たしているはずだ。しばらくの間は。

 

 

「お前に語った言葉に嘘はない。ギャラルホルンを正しい方向に導くためにはお前や、カルタが必要だ。だから俺は――――――いや、後は任せたぞ。ラスタル・エリオン」

 

 

 しばらくすれば周辺のギャラルホルン基地から救援部隊が殺到する。そうすればガエリオも救出されるだろう。

 

 

 

 

 

――――もし、〝原作通り〟に進むのであれば、彼はラスタル・エリオンによって保護されるでしょう。そして貴方への復讐に燃え、力を蓄えるでしょう。

 

 

 

 

 

 事の顛末を知るあの男――――サングイスはそう語った。そして、ここまでの出来事全てが、彼によって予言されていた。

 そしてこれからのことも………

 

「ガエリオ………!」

 

 フットペダルを踏み込み、〝グリムゲルデ〟が炎上するギャラルホルン基地から離れる。

 マクギリスは一切振り返らなかった。

 

 

 

 

 ギャラルホルンによる停戦信号発信後、鉄華団は直ちにそれを受諾。

 エドモントン各所や郊外で繰り広げられていた戦闘は、これで完全に停止した。

 

 

 

 

 




次話より、1期最終章に入りたいと予定中です。

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