鉄と血のランペイジ   作:芽茂カキコ

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第1期最終章、
全2話構成です。


動き出した世界

▽△▽――――――▽△▽

 

『――――私はクーデリア・藍那・バーンスタイン。火星から前代表である蒔苗氏との交渉のためにやってきました。その蒔苗氏に時間を頂き今この場にいます』

 

 

 その演説は、議場への立ち入りを許されたマスコミによって世界中へと報道されることとなった。

 火星と地球の関係改善を図りたいクーデリアの意思を汲んだ蒔苗老の計らいによって、そして彼女を抱える自身の正当性を訴えるために、蒔苗は彼女を論壇へと立たせたのだ。

 生き残った議員たちは、辛うじて原型を留めるものの天井が大きく崩落した議場で、彼女の言葉に耳を傾けた。

 

 

『ここに来るまでの間、私は幾度となくギャラルホルンからの妨害を受けました。そして、私の仲間たちは、その妨害を退けました。

 火星と地球の歪んだ関係を少しでも正そうと始めたこの旅で私は世界中に広がるより大きな歪みを知りました。そして歪みを正そうと訪れたこの地もまた………その歪みと、それによって生じた暴力によって飲まれようとしている』

 

 

 破壊された議事堂が、それを雄弁に物語っていた。ギャラルホルンの武力を前に、その手綱を握っていたはずの経済圏がいかに無力であったか、この場にいた誰もが思い知らされていた。飼っているはずの番犬に襲われ、殺されそうになったのだから。その恐怖、危機感は全ての議員の表情に現れている。

 

 クーデリアは議員一同を見渡して、続けた。

 

 

『しかし、ここにいるあなた方は今まさにその歪みと対峙し、それを正す力を持っているはずです! どうか選んでください。誇れる選択を。………希望となる未来を!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 クーデリア・藍那・バーンスタインの地球への旅は、これで終わりを迎えた。

 エドモントンでの激闘によって、鉄華団はモビルワーカー隊の三分の一に被害を受け、数十人もの重軽傷者を出した。そしてモビルスーツ隊も、〝フォルネウス〟を除きほぼ全機が中破もしくは大破。

 

 しかし、損傷したモビルワーカーは直ちに下がらせたオルガの采配とドクター・ノーマッドの尽力、そして類まれな幸運によって、鉄華団の死者は0人となった。

 

 

 ギャラルホルン側は――――主に〝ラーム〟の超遠距離精密弾道射撃によってモビルワーカー隊の三分の二以上が破壊され、〝バルバトス〟や〝グシオンリベイク〟らの活躍によってモビルスーツも30機以上が撃破される。加えてボードウィン家のガンダムフレーム〝キマリス〟による暴走により………200人以上の死傷者を出す結果となった。鉄華団機によるものかは断定されていないがエドモントン近郊に位置するギャラルホルン基地も破壊され、その結果を合わせると500人以上の死者が出たことになる。

 

 そして、ギャラルホルン、それもセブンスターズの象徴的なガンダムフレームによるアーブラウ議事堂破壊はその場にいたマスコミの生き残りによって大々的に報道され、ギャラルホルンの権威は失墜。議員にも多数の死者を出したこの事件は瞬く間に地球圏、いや火星や木星圏にまで伝わり、アーブラウ国内、いや世界中で反ギャラルホルン運動が勃興・激化した。

 

 

 火星ハーフメタルの規制解放における重要人物である蒔苗東護ノ介氏の復権がかかったアーブラウ代表指名選挙は、十数人の議員が死亡した状況で、一時は開催が危ぶまれたものの――――――

 

 

 

『――――アーブラウ代表選の速報をお伝えします。先日お伝えしました通り代表指名選挙は中止され、議員選挙以後に再度開催される運びとなりましたが、その期間までの臨時代表として蒔苗東護ノ介氏が選出されました。蒔苗氏は一時政界を退いていましたが、ギャラルホルンが経済圏の政治に介入している現状を受け、多くの議員の支持を受けて復帰。自身の派閥のみならず対抗馬であった故アンリ・フリュウ氏を支持していた議員にも呼びかけ挙国一致内閣を結成すると宣言しています。議員選挙後は正式に代表として指名されると有識者の意見も一致しており―――――』

 

 

 

 臨時代表としての蒔苗老の最初の仕事は、戦闘によって破壊されたエドモントン中心部のインフラ復旧と復興だった。高層ビルのいくつかがギャラルホルンのモビルスーツによる砲撃によって倒壊。中心部は戦闘から遠いことから避難指示が行き届いておらず、多くの市民がビルの倒壊に巻き込まれてしまっていた。

 ギャラルホルンは、政治的事情や部隊再編のために一時撤退しており、市内の消防団や市民の有志によって瓦礫の撤去や怪我人の救助、行方不明者の捜索が行われようとしていたが、明らかに手が足りない。

 

 そこで名乗りを上げたのが鉄華団だった。団長のオルガ・イツカは無傷の団員やモビルワーカーを引き連れ、率先して瓦礫の撤去などの力仕事や時間との勝負になる根気強さが求められる行方不明者の捜索作業に取りかかった。

彼らは少年兵としての体力を遺憾なく発揮して朝から深夜、そして明け方になり消防団や有志の市民たちが疲弊し始めてもなお懸命の復興作業を続け、戦闘終了から2日後には寸断されていたインフラが復旧。そして30人以上の行方不明者の発見・救助にも貢献した。

 

 そしてこの出来事が、クーデリアが目指した地球と火星の関係改善の一助となり、そしてこれから、鉄華団自体も助けることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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【阿頼耶識システム 解除完了】

 

 

―――――カケル! カケルっ!!

―――――とにかくメディカルナノマシンに! まだ息はある………!

 

 

 

―――――治るんだよな!? ドクター!

―――――身体機能がわずかに維持できているだけでも奇跡だ。通常なら死んでいる。とにかくナノマシン治療を………

 

 

―――――カケル……俺たちがヘマしたから………!

―――――俺たちが身代わりになってれば……!

 

―――――それは違うぞクレスト、ビトー。あのミカが何とか倒せた相手だ。むしろ、よくここまで被害を抑えてくれた。

 

―――――団長っ………!

―――――でもっ!

―――――お前らも怪我してるんだから、少し休め。

 

 

 

 

 

 

―――――カケル!!

―――――お願い、カケル………っ!

―――――生きて………!!

 

 

 

 

 

 

 

 

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――――――――観測せよ。

 

 

 

 

 

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▽△▽――――――▽△▽

 

『う………?』

 

 重力を感じる。

 身体の感覚が、徐々に朧げながら戻ってくる。

 目を、2、3回瞬かせると、視界も明白になってきた。広い空間のようだ。視線をぎこちなく左に向けると、何台ものメディカルナノマシンベッドが並んでいるのが見える。

 そして視線を右に移すと、

 

 

『………フェ……ニー………』

 

 

 まだはっきり感覚が戻っていないが懸命に口を振るわせて、ベッドに寄りかかるようにして眠る彼女の名を口にした。

 フェニー。もう一度そう呼んでやると、先ほどまですっかり眠りこけていたフェニーがハッと身を起こした。

 

 

「………カケル?」

『俺は、生きてるのか……?』

 

 

 俺の口元には酸素マスクが当てられて、言葉が雲ぐった形で発せられる。

 とにかく全身がだるい。時折チクチクと走る痛みは、コックピットをやられた時に圧し潰された所だ。

 フェニーの、泣きはらしたように少し赤くなった目から、大粒の涙が流れ始める。ひくっ、と嗚咽を漏らすフェニーに、自分は無事だとその頬に触れてやりたくて腕を動かそうとしたが、全身麻酔のせいか上手くいかない。

 

 

「ドクタ………! もうダメだって……っ! 意識戻らないかも……って………!」

『はは。こんなの……かすり傷だろ………?』

「ばかっ!!」

 

 

 そうしているうちに、周りで他の仕事をしている団員たちも俺が目を覚ましたことに気が付いたようで、

 

「お、おい! カケルさんが………!」

「団長呼んで来い!」

「ドクターもだ! 早く………!」

 

 

 ここは、駅舎のエントランスに敷物とメディカルナノマシンベッドを置いた簡易的な野戦病院のようだったが、怪我人らしき人影は一人もなかった。

 

 

『皆、どうしたんだ………? 鉄華団は………』

「ぜ、全員無事よ。怪我した人は多かったけど、誰も死んでないわ。今は戦闘が終わって、街の復興の手伝いをしたり………て、撤収の荷造りをしている所よ」

 

 

 自分の目に涙があふれていることにようやく気付いたフェニーが、慌ててそれを拭いながら答えてくれた。

 そうか。

皆、無事なんだな………。

 

 と、遠くからバタバタと慌ただしい足音が聞こえてくる。

 ゆっくり首を向けると、まずすっ飛んできたドクターが、そしてオルガと三日月の姿が。

 

 

「し、信じられんな。まさかこれほど早く昏睡状態から脱するとは。医学上失血死していてもおかしくなかったのだが………」

「よう、カケル。ったく心配かけやがって」

 

 

 気さくに片手を挙げてきたオルガに俺は軽く笑いかけ、

 

 

『クーデリアさんは………?』

「ああ。蒔苗と交渉中だ。上手く行きゃあ明日には話がまとまるらしい。俺たちの仕事はこれで終いだ。後のことは俺たちに任せて、しばらくゆっくりしてな」

『ありがとうございます………』

 

 

 思わずふぅ、とため息が漏れてしまった。

 一つの終わりを迎えたのだと、ようやく実感を覚える。ギャラルホルンの妨害を退け、クーデリアをアーブラウまで送り届けたことによって、鉄華団の名は大いに知れ渡ることになるだろう。これから鉄華団はさらに大きくなり、事業の成長と共に困窮から抜け出すことも夢ではなくなる。

 

 そして彼らを取り巻く世界も変わる。火星ハーフメタルの規制解放によって火星の経済は上向き始める。雇用が生まれ、貧困が徐々に解消されていき、孤児院や病院、学校などの福祉医療施設も充実し始めるだろう。

 

 

『フェニーも………悪かったな、心配かけて』

「べ、別に! アンタの雑な操縦のせいでガンダムフレーム1機がぶっ壊れたんだから文句言いたかっただけよっ!」

『俺がやった訳じゃないんだけど………』

 

「あ、あんたの腕が悪いからでしょうが! もう! 完全に直そうと思ったらアングラ市場駆けずり回って予備パーツ探さないといけないじゃないの! コックピット周りとかすっかり滅茶苦茶だし、精密射撃管制システムも………」

 

 

 ブツブツ文句を言いながら、少し頬を赤くしてフェニーはどこかに行ってしまった。

〝バルバトス〟の方が遥かに重傷だと思うけど………片腕ぶった切られてるし。

 そんな光景を前に、オルガはニヤリと笑っていた。

 

「………ま、とりあえずお大事にな」

「ん。腹減ったらこれ食っていいから」

 

 

 そう言って三日月がメディカルナノマシンベッドの縁に置いていったのは、何粒かの火星ヤシ。

 片腕は包帯に巻かれている。

 それに片目の光彩も………

 

 

『三日月、それ………』

「ん? ああ。何か動かなくなった」

『………』

「まあ、〝バルバトス〟に繋いでいる時は動くし。大丈夫でしょ。ドクターは治るって言ってるし」

『………え!?』

 

 治す方法あるの!?

 思わずベッドに満たされたナノマシンジェルが揺らいでしまった。

 うむ。とドクターが補足するように進み出る。

 

「おそらく情報交換量を増幅させるために肉体側の神経が機体の阿頼耶識システムに対して最適化されたことによる副作用だろうね。本来の神経伝達物質が機械的・電気信号的なものに置き換えられ、損なわれているんだ。脊髄に埋め込まれた阿頼耶識システム端子を介し、脳からの信号に対して本来のように活動できるよう疑似神経となるナノチューブと疑似信号発信チップを適切な部位に埋め込むことができれば、この処置に前例は一切無いが短期間での治療は可能だ。高度な医療施設が必要だが、歳星に行けば何とかなるだろう。理想を言わせてもらえば更なる情報交換量の突然の増加に対応できるようにだね………」

 

 

 オルガや三日月は、うんざりした表情で互いに顔を見合わせていた。多分、これ以前にも聞かされたんだろうな。この長話を。

 

 

「要は治してくれるんだろ?」

「厄祭戦後前例の無い手術だが技術自体は完成している。私のように高度な医療技術を持った人物が処置すれば問題ないだろう。阿頼耶識システムについてデータを蓄積する貴重な機会になるはずだ。むふふ………」

 

 

 最初会った時、ヒポクラテスの誓いがどうとか言ってたような気がするけど………

 と、団員の一人がオルガに駆け寄ってきた。

 

「団長! 明日の積み込みなんですけど………」

「おう、どした? ………すまねえな、また来る」

 

 団員に連れられるように、オルガは踵を返した。三日月もそれに続く。俺も、黙ったまま姿が見えなくなるまで見守ろうと思ったのだが、

 

 

 長い旅だった、と今更ながらに思う。

 それに見合った実りはあった。

 だけど、まだだ。まだやらねければならないことがある。

 得体の知れない流れ星に願ったことを実現するためには――――

 

 

『団長………!』

「ん? どうしたカケル?」

 

 

 引き止める俺の声に、エントランスゲートの向こう側に消えようとしていたオルガが振り返った。

 

 

『ちょっとお願いが………』

 

 

 その後、俺の頼みをオルガは快諾してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「ふむ。ハーフメタル資源についてざっくりした草案はこんなものだろう。あとは追々詰めていくとして………」

「はい。ご多忙の中いろいろとお取り計らいいただきありがとうございます。鉄華団のことも」

 

 アーブラウ代表官邸。

 その、やや手狭な一室でクーデリアと蒔苗老はテーブルを挟んで向かい合い、互いにタブレット端末上の情報に目を落としていた。内容は、火星ハーフメタルの規制解放について、議会に提出するその草案だ。議会を通れば正式に火星・クリュセ自治政府に通達が行き、自治政府の了承を経て晴れて火星ハーフメタルの規制は撤廃される。

 

 蒔苗老はエドモントン中心部の復興の指揮を執り多忙を極める中、時間を作ってはクーデリアを官邸に招いて規制解放についての交渉と談話を続けていた。それに鉄華団のことも、金銭的な報酬のみならず―――――

 

 

「なに、正当な報酬だ。経済圏の軍事顧問となれば定期的な収入となるだろうし、名を上げる上でも不都合はあるまい。………もう一週間か」

 

 

 ふと、窓の外を眺める蒔苗。つられるようにクーデリアも外の庭園の風景を見やった。

 クーデリアにとっても、アーブラウにとっても問題は山積している。アーブラウは、まず欠けた議員分の選挙を行い、正式に蒔苗が代表として認められなければならない。火星ハーフメタルの規制解放はその後だ。

 クーデリアの仕事も終わった訳ではない。そもそも火星ハーフメタルの規制解放は火星の経済的独立と経済成長のための第一歩に過ぎないのだ。自治権の拡大や火星経済を圧迫している、高額な正規航路の利用料の減額要求。ギャラルホルンの信用が失墜し、クーデリアの名前が大々的に知れ渡っている今、一気に主張を通す絶好のチャンスと言えた。

 

 そのために………

 

「ヤツらは明日にはここを発つのだろう。―――お前さんはどうするんだ?」

 

 火星ハーフメタル規制解放を巡るクーデリアの仕事は、これでひと段落となった。

 だがクーデリアにはまだまだ、地球でやるべき仕事がある。例え仲間―――いや、家族と一時離れ離れになったとしても。

 

 

「私は――――」

 

 

 蒔苗老に対する答えは決まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 エドモントンでの、アーブラウ代表選を巡る騒動から一週間が経過した。

 アーブラウは緊急議員選挙を行い、世界各地もギャラルホルンに対する反発で一致しつつも少しずつ落ち着きを取り戻そうとしている。

 そんな中、事件の発生から未だ混乱から抜け出せない場所が一つある。

 

 

―――――ギャラルホルン地球本部、メガフロート〝ヴィーンゴールヴ〟。

 

 

「亡命先の用意が整いました、父上」

 

 ヴィーンゴールヴ高層にある地球本部長の執務室。

 ほんの数時間前までこの場の主であった男……イズナリオ・ファリド。戦場と化したエドモントンから辛うじてここまで逃亡することができたが、既にヴィーンゴールヴではイズナリオとアーブラウ議員、アンリ・フリュウの政治的癒着が白日の下に晒されており、彼は全ての職と実権を捨て、中立国へと亡命せざるを得なくなっていた。

 

 父上―――いけしゃあしゃあとしたマクギリスのその物言いに、イズナリオはキッと憎々しな眼を向けてきた。今や、力関係は完全に逆転し、それ以外にイズナリオができることは無かった。

 

 

「マクギリス貴様………分かっているぞ。貴様が………!」

「ここで父上が身を引かねば監査局も黙ってはいない。実刑はおろか家の断絶もありえます」

「どの口が抜かすかッ!! 貴様のために………」

「今は忍耐の時です」

 

 

 マクギリスは恭しく首を垂れた。しかしその口元が若干つり上がっていることを見逃さないイズナリオではない。

 イズナリオ・ファリドとアンリ・フリュウの癒着。例え監査局であっても見破れぬほど慎重に慎重を重ねてここまで進めてきたのだ。外部がイズナリオの暗部を知るはずがない。

 情報が漏れたとすれば身内――――ファリド家の、それこそ家の秘密にもアクセスできるイズナリオ以外のもう一人、養子であり次期後継者であるマクギリスのみ。そして彼の養父に対するこの物言い、態度こそが全てを物語っていた。

 

 裏切られていたのだ、実の息子のように可愛がっていた、この男に――――――!

 

 

「ここで一度身を引かねば、再起も望めなくなります。後の始末は私にお任せを。………必ずファリド家を守ってみせます」

 

 

 その一言一言が、イズナリオの怒りに油を注ぎ続ける。だが、もはや選択肢は残されていない。ヴィーンゴールヴ内が混乱している今のうちに脱出・亡命しなければ、令状を手にした警察局がイズナリオを捕らえるだろう。

 

 今は――――――。

 

「………分かっているのだろうなマクギリス。絶望から救い上げてやった恩義を忘れ、お前の先にもまた絶望しか待っていないぞ………!」

 

 怨嗟を吐き、イズナリオは足早にその場を立ち去った。かつて、己の権力の象徴であったその場所を。そして後釜に据わるのは………。

 裏切り者…マクギリスは慇懃な姿勢を崩さず、イズナリオをその場で見送り続けた。

 

 

 

 

 

 

 ファリド家専用の空港ラウンジから駐機場へ。既にマクギリスの手配によって1機の小型旅客機が発進準備を整えていた。

 

「お待ちしておりました。イズナリオさ………」

「よい。すぐに出せ」

 

 整列する乗務員らを一顧だにせず、怒りに肩を震わせながらイズナリオはその機体に乗り込む。

 席に座りしばらくすると女性乗務員がウェルカムドリンクのシャンパンを持ってきたが、「よい。構うな」と追い返す。

 悠長にシャンパンを嗜む気になどなれなかった。マクギリスが毒を仕込んでいるかもしれないのだ。

 だがこれで終わりではない………イズナリオはそう自分に言い聞かせ、砕けた自尊心をかき集めようとした。万一失脚した際に備えて、世界中に隠し財産を用意してある。とにかく今はこの場を離れ、やがてはマクギリスの監視からも逃れて安全な場所へ向かうことができれば………

 

 

「このままでは済まさんぞ。マクギリ………」

 

 

 その時、離陸し始めた機外に目を向けていたイズナリオは、自身が人影によって陰っていることに気が付いた。

 

 

「………何だ貴様。構うなと言ったはずだ」

 

 

 マクギリスの部下か? 通路側に立っていたのは、やや大柄のギャラルホルン士官の男。

 だが様子がおかしい。制服は着崩れ、髪はボサボサ、目は見開かれて血走っており、涎を垂らしてニタニタと笑う姿はまるで狂人の―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「す……すべ………全ては………ザドキエル様………厄さ………教えぇ………!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の瞬間、男は自身の胸を掻きむしり、力づくで上の制服を引きちぎった。

 そこから覗くのは………身体中に巻きつけられた、爆弾。

 

 

「な………爆だ――――――ァ!?」

 

 

 それが、イズナリオ・ファリド最期の言葉となった。

 

 ヴィーンゴールヴの滑走路から離陸した1機の小型旅客機。

 それが突如として爆発。火の玉と化し無数の残骸をまき散らしながら海へと落下していった。

 その事態にギャラルホルン警察局海上部が直ちに出動。生存者の捜索に躍起になったが、誰一人として原型を留めている者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 その衝撃は、ギャラルホルン貴族の邸宅が並ぶヴィーンゴールヴ表層をもわずかに揺らした。

 

「む。何事だ?」

「はっ! ………離陸した小型機が1機、空中で爆発したとのことです」

 

 控えていた部下が、手元の端末に目を落として素早く答える。セブンスターズにはあらゆる情報に直ちにアクセスできる権限があり、特にヴィーンゴールヴに関わるニュースや情報はまず第一にセブンスターズ各家へと届けられていた。そして各家当主の問いかけ全てに完璧に答えられるよう、専門の情報収集チームと経験豊富な士官が揃えられている。それはエリオン家においても例外ではない。

 

「小型機? 所属は?」

「警察局からの報告によるとファリド家所有のプライベートジェットとのことで、イズナリオ・ファリド公が搭乗されていたと………」

 

 謀殺か………。エリオン家の執務室で、ラスタル・エリオンは軽く顎を撫でた。すでにイズナリオの疑惑はラスタルの耳にも入っており、おそらく亡命を選択するだろうと踏んではいたが………

 

 

「下手人は? 分かっているのか?」

「警察局より駐機場監視カメラの映像をコピーして入手しました。ご覧になられますか?」

 

 ラスタルは頷いた。アリアンロッド艦隊所属の士官はデータチップを手に、壁の端末へと近づく。

 データチップが挿入され、映し出されたのは………早足に機内へと乗り込むイズナリオと、その十数分後に酷く覚束ない足取りでタラップを昇る一人のギャラルホルン士官。

 部下がそこで口を開いた。

 

 

「映像より人員データベースに検索をかけた結果………火星支部の新江・プロト一尉ではないかと」

「………火星だと?」

「はっ。調査しました所、新江・プロト一尉は3ヶ月以上前から行方不明とのことで、火星支部の要捜索リストに」

「動機はあるのか?」

「不明です」

 

 

 つい1週間前にはボードウィン家の御曹司、ガエリオ・ボードウィンが市内で暴走した挙句に〝戦死〟したばかり。

 加えてイズナリオ・ファリドをも失ったとあれば………世界を武力で制圧・監視する超巨大組織ギャラルホルンは大きく混乱することだろう。権力構造には大きな空白が生じることになる。

 

 そしてこの二人の死で最も得をするのは………

 

 

「何にせよ、警察局からの結論が出るまではどうしようもない。至急、弔使等準備手配しておけ。………それと〝あの男〟にこのことを早急に伝えろ。裏ルートで何か分かるかもしれんからな」

「はっ!」

 

 

 命令を受けた部下が直ちに踵を返してラスタルの執務室から駆け去っていく。

 それを後目に、ラスタルは窓の外の光景に目を向け続けた。

 

 

 

 

 

 

 後日、ヴィーンゴールヴ管轄警察局より、イズナリオ・ファリドの死が発表された。遺体は爆発によって四散し、一部の部位しか回収できなかったという。

 下手人として、新江・プロトの名が確定した。3ヶ月以上前に火星支部を密かに離れ、密かに地球入りしていたこの男は、ファリド家専用空港のパスコードや爆薬を何らかのルートによって入手。凶行に及んだ。しかし、動機は一切不明で、協力者や背後関係なども一切掴むことができなかった………。

 

 

 

 

 


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