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「フェニーさーん。〝ラーム〟のリアクター調整なんですけど」
「あ、カケルが作ったマニュアル少し変えるから、ちょっと待ってて! とりあえず接続部分の調整お願い」
「あのー! ガトリングキャノンの交換パーツも………」
「う、そうだった………。とりあえず交換が必要な部分をリストアップしといて!」
「フェニーさん! スラスターガスの………」
次から次へと舞い込んでくる質問や頼み事の数々。
取り外した〝ラーム〟の兵装製造自動工場バックパックに取りついていたフェニーはいよいよ堪えきれなくなり、
「フェニーさん。あの………!」
「ああ~もうっ!! 一度に言われても全部対処できないったら! とにかく問題点は細かくリストアップと報告書いて後で出して! 本格的な修理と整備は2時間後!」
んがー! と荒れ狂い出したフェニーを前に〝ラーム〟の整備を割り当てられた団員らは「りすとあっぷ………?」と困ったように顔を見合わせていたが、
「おーい! お前ら〝バルバトス〟の方に回ってくれや! 人手全然足りてねーんだよ!」
奥の〝バルバトス〟の腕を蹴ってこちらへと飛んでくる雪之丞。それに〝ハンマーヘッド〟から訪れたエーコも。
新しい指示を受けて「うーっす!」と団員たちはこぞって〝バルバトス〟の方へと無重力を蹴って飛んでいく。
代わって、雪之丞らが〝ラーム〟の兵装製造自動工場バックパックに取りついた。
「どうしたフェニー。こいつの調子もおかしいのか?」
「でもさぁ、これって弾薬を合成してくれる装置なんだよね。弾はストックがあるし後回しでいいんじゃないの?」
雪之丞やエーコの問いかけに、「そうじゃなくて」と装甲板を取り外した部分から内部に顔を突っ込みながらフェニーは、
「この兵装製造バックパック………分子レベルまで分解されたベースマテリアルをガトリングキャノン専用弾に再構成するって仕組みなんだけど、ガトリングキャノンのパーツも部品単位で合成できるみたいなんだよね。だから、もしかしたら………」
「あ! もしかして〝ラーム〟の壊れたコックピットブロックもこれで作り直せるかもしれないってこと!?」
フェニーはこくん、と頷いた。
「だけどそのためには、どういうメカニズムとプログラムの下で弾丸やパーツが合成されているのか解析する必要があるのよね。何とか艦のコンピュータと繋げられる部分があればいいんだけど………」
「〝ラーム〟とのドッキング部分は? ここから情報伝達されてるんでしょ?」
「試したけど〝ラーム〟本体の接合パーツ以外はシステムのセキュリティが働いて指令がシャットダウンされるみたいなのよね。やるとしたら〝ラーム〟側の………」
メカニックの女二人、話が盛り上がる中雪之丞は「俺の出る幕じゃあねえな……」と頭を掻きながら〝バルバトス〟へと戻っていってしまった。
何にせよ〝ラーム〟の完全復活はフェニーにとって最優先事項だった。先の模擬戦の戦闘ログも確認したが………システム上の誤差を阿頼耶識システム越しに感覚的に補正することで命中精度を底上げしていた。阿頼耶識持ちだからこそできる芸当だが、本人にかかる負担は大きい。
オリジナルのコックピットであれば、精密射撃管制システムが完璧に働き、必要最小限の負担だけでその機能を全うさせることができるのだ。〝グレイズ〟のコックピットブロックで代替する期間はなるべく短くしなければならない。
その機体性能の低下が、いつかカケルの命を奪うかもしれないのだから。
「………あ、そういえばさフェニーちゃん」
「んんー?」
「カケル君にはもうチョコあげた?」
ゴン、とバックパックのアクセスパネルを開けて中を覗き込んでいたフェニーは、思わず内部の配線に頭をぶつけてしまった。
「え、え………へ!?」
「今日バレンタインだよー? フェニーちゃんは、カケル君にはあげないの?」
「え……い、いや別にっ! わ、私は………」
「カケル君、すっごい楽しみにしてると思うんだよねー。………あ!」
噂をすれば! とエーコが指さした先………カケルが格納デッキの出入口からひょっこり姿を見せた所だった。
「あ………っ」
「おーい! カケル君、こっちだぞー!」
「ちょ………っ!」
呼び寄せようとするエーコを慌てて押し留めようとするフェニーだったが………すでに声はカケルの耳に届いており、その目がこちらを向いた。
思わず胸が高鳴った。
………用意してない訳じゃない。地球を発つ前、宇宙港で買ったバレンタイン用のチョコを、フェニーは自分の部屋に置いたままにしていた。
ドルト6では、上司や同僚向けの義理チョコばかりで、何の気なしに放って渡すぐらいだったのだが、いざカケルに手渡そうと考えると、何故か………
「あれ?」
「?」
だがカケルは、近寄ってきた年少組の………確かクレストとかいう年少組の団員に一言二言何かを言い含めると、何やら気まずげな表情でそっぽ向き、そそくさと元来た道を戻っていってしまった。
それを不思議そうな表情で見届けたクレストが、トンッ、と手すりを蹴ってこっちにやってきた。
「あの、フェニー………さん。カケルが部屋に来て欲しいって」
「え?」
「なんでー? カケル君、何か言ってた?」
エーコの問いかけに「ううん」とクレストは首を横に振った。
▽△▽―――――▽△▽
鉄華団からあてがわれた一人部屋で、
「………はぁ」
考えることが色々ありすぎて、溜息しか出てこない。
鉄華団実働隊の隊長として、これからの俺の行動には責任が伴う。無論、今までの行動に責任が伴わなかった訳ではないが………部下となる団員全員の命を預かり、命令して戦わせ、戦況によっては死なせることになる。もしかしたら死ね、と命令するようなことさえ。
オルガはこれから、ドンパチ無しで団員が食っていけるように動いてくれるだろう。だがそんな日が来る前に………幾度となく戦わなければならない。そしてその日が来るまでに、預かった全員の命を全うさせることは、どんな偉業よりも難しいことだ。
そして俺自身、これからどうなるのか分からないのだ。生きて鉄華団が歩む別の未来を見ることができるのか、それとも、どこかで死ぬか。
死なせたくないし、死にたくない。
だがそれは………銃を手にした人間にとって、思い上がりにも等しい願望なのかもしれない。
俺が敵に狙いを定めている時、敵も俺に銃口を向けているのだから。
恐怖は何故か感じない。
だが懸念だけがある。
俺の目の前で、もしくは俺の責任で、もしかしたら俺の手で俺自身の大切な何かが失われた時――――――
その時、ポーン、とドアチャイムが鳴った。きっと、クレストに呼ぶよう頼んでおいた、フェニーだ。
ドアまで歩み寄り、ロックを解除すると、ドアがスライドすると共に………フェニーのムッとした表情がこちらを見上げてきた。
「………もうっ! チョコが欲しいならそう言えばいいのに。〝ラーム〟の調整で今忙しいんだから、ほら」
そう言って差し出されたのは、青い包装紙で丁寧に包まれ、赤いリボンが付けられたちょっと大きめの箱。若干、甘い匂いが漂ってくる。
「ど、どうも………」
「んじゃ! 後で顏出しなさいよ! コックピットのことで話が………」
「良かったら、寄ってかないか?」
へ? と面食らったようにフェニーは目を丸くした。
そりゃ、そうだよな………いきなり誘った所で驚かれて警戒されるのは当然だ。
「あ、いや………何でもない。分かった。後で格納デッキ行くから」
「え、えっと………入って、いいの?」
おずおず、と俺の部屋の中を覗き込んでくる。多少散らかしてはいるが、日頃掃除しているから汚くはないはずだ。
「意外と、私の部屋よりキレイにしてるのね」
「………最後にお片付けしたのは………?」
「えーと………ドルトからこっちに来てから一度もしてない」
「………シーツの交換など」
「最初の仕事で降りる前にアトラちゃんが来てくれた………かも」
決めた。いつかフェニーの部屋に押し入って掃除しに行く。
とにかくもフェニーを部屋に招き寄せて、「とりあえず座っててくれよ」と手近なイスに座るよう促す。
フェニーがそれを引き寄せて座る間に、俺はベッド横の棚を開けて、ボトルを一本とグラスを二つ取り出した。
「………ワイン?」
「いや、クランベリージュース。………バレンタインって、国によっては男から贈り物したり、赤い飲み物でお祝いするって話だからさ」
「へぇ。木星圏じゃ専ら女から男にチョコ贈るけどね」
その辺りは日本文化に準じてるらしい。
俺はグラスをデスクの上に置いて、2つのグラスそれぞれにクランベリージュースを注いだ。赤く透き通ったドリンクがなみなみグラスに注がれ、1つをフェニーに差し出す。
心なしか、フェニーの表情が少し緩んでいるような気がした。
「ん。ありがと」
「とりあえず、今までありがとなフェニー。………これから今まで以上に面倒かけさせると思うけど」
「うへ」
カツン、と軽くグラスを交わして、俺は自分のグラスを仰いだ。甘味と酸味が不思議に交じり合った心地よい味を舌で味わい、すぐに嚥下する。
「………ああ~、酸っぱ」
「甘いもんでも食うか」
「あ、賛成」
早速、フェニーから貰ったチョコの包装箱を開けて見る。12個入りで、一つ一つ形が異なる一口サイズのチョコが仕切り毎に綺麗に並べられていた。フェニー共々、「おぉ……」とまずは見た目を堪能しつつ、
「最初はフェニーが選んでいいぞ」
「じゃあそこのショコラで」
「ん」
俺が差し出した箱から、フェニーはチョコを1個つまんで口に入れる。
途端に女の子らしく表情が綻んだ。
「あぁ~、甘い」
「………もう少し数が欲しかったな~、なんて」
「む。あんたは日頃食い過ぎ。ウチのお父さんみたく生活習慣病になりたくなかったら、少しは暴飲暴食を避けないと」
「俺は………仕事柄食った分はちゃんと消化してるから。見ての通りスマートな身体だろ?」
「カケルってきっと身体のガタが見た目に現れないタイプよね。ウチのお父さんがそうだし」
………そんな所でフェニーの親父さんと共通点があっても全く嬉しくないのだが。
その間にもフェニーは「次はこれで」と3つ目のチョコを取って口に入れてしまった。
何気ない日常風景。
団員たちも無邪気で、笑い合い、力を合わせて働いている。
そんな姿を見ると、つい忘れてしまうのだ。
自分たちが何をしているのかを。
俺たちは今、鉄華団という民間軍事会社にいて、戦い、殺し、そしていつかは殺されることによって金を得る仕事をしている。
「………なあ、フェニー」
「ん?」
「フェニーは、覚悟しているか? こういう仕事だ。いつか身近な誰かが死ぬ。いつかはそうなるって、腹、括れてるか?」
フェニーはしばらく答えなかった。クランベリージュースをくいっと仰いで、窓越しの宇宙空間を眺める。
そして、口を開いた。
「………私にとって一番怖いのは、半端な機体で団員を送り出して、死なせてしまうことよ。もしそうなったら、きっと私は私自身を一生許せない。――――カケルは、生まれは地球だったっけ?」
「ああ」
答える俺に、フェニーは向き直って、少し視線を落とした。俯いた影が、フェニーの目元を暗くする。
「木星圏だとね………家族や友達の死って結構身近なの。住んでたコロニーが流れてきたデブリにぶつかったり、宇宙線に冒されたり、海賊に襲われたり、仕事ができなくなって飢え死にしたり………私は、お父さんもお母さんも生きてるけど、友達にはそういう人が結構多いの。木星圏って結構経済発展してるイメージかもしれないけど、人が住むには酷い所よ。特に何の力も、後ろ盾も無い女にとっては」
木星圏に生きる人間にとっての大地は――――建造されたスペースコロニーや惑星間巡航船だ。濃密な大気に守られた地球に比べ、人の住まいにするにはあまりに脆弱で、わずかな損傷だけで居住する全員が危険に晒される。地球の天変地異とは比べ物にならないほどに。
フェニーは、静かに続けた。
「もう、友達とか、優しくしてくれた親戚のおじさんとか、何人も死んだわ。覚悟なんてできてない。だけど、この宇宙じゃいつかはそういう日が来るって、皆知ってる。
だから、皆、毎日を一生懸命に生きてるの。少しでも長く生きるために。少しでも自分の一生を自分のため、誰かのために輝かせるために、ね。私は、私が調整した最高の機体で送り出してあげるから………カケルはちゃんと、生きて戻ってくるのよ」
そして、フェニーは俺の方を真っ直ぐ見た。
どこまでも真っ直ぐで、強さを感じさせる瞳で。
そして………最初に視線を逸らしたのは俺の方だった。何というか、過酷な木星圏で生きてきたフェニーと、地球の平和で安全な日本で暮らしていた俺の、人間全ての違いや、差というものをまざまざと思い知らされたような気がした。
言われずともフェニーは強く生きているのだ。自らを取り巻く環境に適応して、生き抜こうとしている。
そしてその決意と覚悟は――――そんな世界で生きると決めた俺にも要求されているのだ。
「………悪かったな。ヘンなこと聞いた」
「む。ちゃんと答えなさいよ。生きて帰ってくるって約束できる?」
「ああ。約束する。だから………俺の〝ラーム〟を、世界最強のガンダムにしてくれよな」
少しおどけて見せた俺に、フェニーは「任された!」とニッと笑いかけた。
「んじゃ、あたしそろそろ戻るね。………後で精密射撃管制システムのセッティングで話があるから、後でちゃんと顔出すのよ」
「分かった。すぐ行く」
メシ食った後でな。
そしてフェニーは「よっし!」と立ち上がり、
「んじゃ。ジュース、ごちそうさま」
「おう」
「………で、女の子一人部屋に誘っておいて何もしないで帰すつもりじゃないわよね?」
開けたドアの縁に手をかけながら振り返ったフェニー。
俺は、唾を飲み込んでフェニーの前に立つと、
「………目、閉じてくれ」
「あ。口はダメ」
「………あぁ、そう」
フェニーの前髪を軽く掻き上げて………額にキスした。
「………そこかい」
「いつぞやのお返しで」
フェニーは若干不満そうだったが、「んじゃ!」と軽く走り去ってしまった。すぐに通路の角を曲がって見えなくなる。
「………さて」
残ったチョコでも食うか。メシ前だけど。
デスクの上に置かれたままのチョコの箱を見ると――――12個中5つ残っている。
してやられた………!
その後、特に何事も無く、俺は〝ラーム〟の調整や模擬戦、トレーニングに今後の組織作りのための話し合いにも参加し………一週間後、〝イサリビ〟と〝ハンマーヘッド〟は火星外縁軌道到達する。ここまで来れば火星はもう目と鼻の先だ。
そして一週間後、俺たち鉄華団は予想外の敵襲を受けることになる。