鉄と血のランペイジ   作:芽茂カキコ

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4-1.火星の牙

▽△▽―――――▽△▽

 

「では、契約書データの確認と署名をお願いします」

「分かりました」

 

 火星、クリュセ市にあるオフィスの一室。

 簡素ながらも品のある応接室で、ビスケットは手渡されたタブレット端末をスクロールして〝契約書〟の内容を確認した。

 

 ビスケットに正対するように、ビスケットの反対側のソファに座している女性………フミタン・アドモスも同様に端末に視線を落としてタブレット用ペンで表示をスクロールさせていく。

 

 

 契約書の内容は―――――ハーフメタル採掘事業における鉄華団のハーフメタル部門と、フミタンが立ち上げ中のハーフメタル事業組織の資材・人材提携契約について。

 

 

 契約書データの精査が終わり、ビスケットは同行してもらった団員に【BISCUIT GRIFFON】の署名を入力したタブレット端末を渡す。フミタンも、部下であるスーツの男性に自分の端末を託した。

 団員とスーツの男が、それぞれの端末を交換して内容を確認。面倒この上ない手順ではあるが、ビジネスではこういった手順一つとっても会社としての品格に関わってくるので無下にはできない。

 

 やがて、確認を終えた団員とスーツの男はそれぞれ頷き合った。

 

「確認しました」

「こちらも確認完了です」

 

 フミタンが立ち上がり、ビスケットも慌ててそれに続いた。そして、差し出されたほっそりとした手を慎重に握りしめる。

 

「あ、ありがとうございます、フミタンさん。お陰で僕たち鉄華団も本格的にハーフメタル採掘事業に関わることができます」

「お礼を申し上げるのは私の方です。優秀な人材の確保は喫緊の課題でしたので」

 

「僕たち鉄華団からは人材を。フミタンさんの………アドモス商会からは機材と専門家を。お互いにとって利益のある契約ができたと思います」

「同感です。ですが、『アドモス商会』はお嬢様がお戻りになられるまでの暫定的な名称ですので、後日正式名称をお伝えします。そちらは鉄華団………いえ、新たにハーフメタル事業部門となる子会社、〝鉄華団ハーフメタル〟でしたね?」

 

 はい! とビスケットは力強く頷いた。

 いつかはまっとうな商売だけでやっていく………オルガとの約束、その第一歩として鉄華団の下に、新たにハーフメタル採掘事業を専門とする子会社を設立することに決めた。名は、〝鉄華団ハーフメタル〟。代表はビスケットが務める。

 志願した年長、年少の団員や、一度はCGSを離れた元少年兵にも声をかけて、それでも総勢19名の小さな会社だ。

 だが阿頼耶識持ちで重力下・無重力下を問わずモビルワーカーを扱うことができ、体力にも自信がある者たちばかり。先日の火星ハーフメタルの規制解放により需要過多で労働力が払底し始めた今、新たに事業を立ち上げるアドモス商会の即戦力になれるはずだ。

 

 

「ビジネスとは信頼が命です。一刻も早く、他社に先んじてハーフメタル採掘・加工・流通体勢を整備し、地球圏での顧客の信頼を勝ち取る。これが軌道に乗ればあなた方鉄華団の主要な事業となる日も遠いものではないでしょう」

「ですね。これから、よろしくお願いします」

 

 

 フミタンとビスケットは早速、今後の採掘計画について話し合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 桜農場は、火星トウモロコシの収穫時期を迎えた。

 広大な農場の一角では早速、桜農場唯一の古いトラクターを使った機械による収穫が始まり、その後、機械では取り切れずに残ったトウモロコシを人力で収穫していく。

この時期には桜ばあちゃんや、クッキー、クラッカーの幼い姉妹では到底人手が足りず、CGS時代から少年兵たちが手伝いに来るのが習慣となっていた。農場は収穫期の人手が手に入り、少年兵たちは駄賃と、日頃食えない食材を持ち帰らせてもらえる。持ちつ持たれつの関係だ。

 

 特に三日月は、まだスラムにいた幼い頃からの縁もあり、暇さえあればしばしば農場を訪れていた。

 今日も、

 

「あ! 三日月だ!」

「みかづきー!!」

 

 せっせと地面に落ちたトウモロコシを拾い集めていたクッキーとクラッカーが、あぜ道を歩いてくる三日月の姿に気が付き、駆け寄ってきた。

 桜ばあちゃんも、停めたトラクターから降りて、

 

「何だい、怪我してるのに手伝ってくれるのかい?」

「うん。この身体じゃ、今俺にできる仕事ってこれぐらいしかないから」

 

 片腕を包帯で吊るす三日月を怪訝な表情で見る桜ばあちゃんだったが、当の三日月は平然としたものだ。

 

「それに、暇してる奴何人か集めたから」

「おーっす! ばあちゃん! 元気してたかぁ?」

 

 シノを始め、年長年少合わせて10人程度の団員がトラックや貨物用モビルワーカーからワラワラ降りてきた。

 

「「シノーっ!!」」

「よぉ! クッキーにクラッカー! 見ないうちにデカくなったなぁ」

「シノもでっかくなったー!」

「いつものやってー!」

「よっしゃ! しっかり掴まって………うおりゃーっ!!」

 

 シノのがっしりした腕に幼姉妹がぶら下がり、そのままシノは持ち上げたり走り回ったり。キャーキャー! と腕にぶら下がったままいとけなく喜ぶクッキーとクラッカーの様子を、三日月は少し頬を緩めて見守っていた。

 

「ビスケットも来れれば良かったんだけど、仕事だから」

「ようやるよあの子も。嫁に似たのかねぇ。………これあんたたち。仕事する前に暴れてへばっちゃ元も子も無いんだから、元気なうちにさっさと始めちまうよ!」

 

 桜ばあちゃんの言葉に「「「「はーいっ!!」」」」とクッキー、クラッカーも団員たちもいつものように元気よく応えた。

 

 

 

 

「よっしゃ! デカいの見っけ!」

「俺も!」

「俺の方がでっけぇ!」

 

「埋まった籠からどんどん積んでけよー!」

「モビルワーカーこっちに寄せてくれよ! 一気に運んじまってから………」

 

 数時間かけてすっかりトラクターで収穫され尽くした畑の一角で、少年たちは広い畑中に散り散りに、機械で取り切れなかったトウモロコシを拾い集めて回っていた。拾ったトウモロコシの半分を持って帰っていいことになっており、今日の晩飯のためにせっせと膝を土で汚して、背の低い幹に成っていたり、土に埋もれていたトウモロコシを掘り起こしていく。

 

 

 そんな中、久々の手伝いですっかり足場の感覚を忘れてしまったシノが、

 

「う、おわっと!?」

「足下気を付けてねシノ。結構デコボコしてるから」

「ああ三日月。けど、こんだけ広いと今日中にゃ終わらねーな」

「全部終わらせようと思ったら、1ヶ月ぐらいかかるだろうね。機械は桜ばあちゃんが持ってるあれ一台だけだから」

「へぇ」

 

 桜農場はとにかく広大だ。鉄華団の基地など何個でもすっぽり入りそうな面積全てがトウモロコシ畑になっているのだ。だが、火星トウモロコシの主な出荷先はバイオ燃料の精製業者で、途方もない安値で買われてしまい農家にほとんど収入が入らないのが実情だ。

 

 だからこそ、わずかな駄賃と火星トウモロコシを持ち帰らせるだけで手伝いに励んでくれる子供たちは、桜ばあちゃんのような零細農家にとってかけがえのない労働力であった。

 

「でも、オルガがもうすぐ新しい機械を入れてくれるって。ギョームテイケーがどうとか言ってたけど」

「ギョーム?? ま、さっさと終わらせて昼飯にしちまおうぜー」

 

 今は、気候が安定している火星でもそれなりに暑くなる時期で、燦々とした太陽の下で日陰もなく団員たちは額に汗かいて畑仕事に精を出す。

 その甲斐あってか、瞬く間に畑の一区画がすっきり収穫されつくして、「次行くよー」の桜ばあちゃんの号令の下、三日月らは次の場所へと籠を抱えて歩いた。

 

 と、

 

 

「ん?」

「どした? 三日月」

「あの車………」

 

見慣れない車が一台、舗装されていない道の土煙を舞い上げながら猛スピードでこちらへと向かってきた。

 

「お前らー! 車来るからさっさと渡れよーっ!」

 

 声を張り上げるシノに、うーっす!! と団員たちは小走りに籠を抱えて道を挟んだ向こうの畑へと急ぐ。

 がその時、「わっ!」と最後に渡っていた年少の団員が一人、小石に躓いて転んでしまった。

 おいおい、とシノが引き返してその団員を抱え起こした。

 

 

 

 

「大丈夫かぁ? 気ぃつけねーと………」

「シノ!!」

 

 

 

 

 まだ幼い年少の団員とシノが道の真ん中に残っているにも関わらず、車がブォン!! とエンジンを吠えさせ、加速して突進してきたのだ。

 きゃあ! と双子が悲鳴を上げて

 

「「あ、危ない――――――――っ!!」」

「うおあぁッ!?」

 

 咄嗟にシノは団員を小脇に抱えて道の端へと飛び込む。

 間一髪。すんでの差で車は一瞬前までシノと団員がいた場所へと突っ込み、そこで急ブレーキをかけてようやく停止した。

 

「シノ! 大丈夫か!?」

「シノさんっ!」

「お、俺は大丈夫だぜ。こいつも。………おいこらッ!! 前見てねえのかよ、危ねェじゃねえかッ!!」

 

 その時、バン! と荒々しく車のドアが開け放たれ、黒いジャケットを羽織った男が2人、運転席と助手席から降りてきた。こちらに振り返る前に一瞬見えたジャケットの背に、動物の牙のようなエンブレムがあしらわれているのを三日月は見逃さなかった。

 

「あいつら………」

 

 

「おうおうッ!! クソガキがいっちょ前の口聞くじゃねえか」

「そっちこそ車にぶつかってよォ! 車が凹んじまったら弁償できんのかァ!? お前ら全員デブリにして売っちまっても足りねえんだけどよォ!」

 

 小太りの男と、全身ジャラジャラと装飾品だらけの男。

 人相の悪いその二人がズカズカと、道に転がっていたトウモロコシを踏み潰して三日月らの方へと詰め寄ってくる。

 

「お前らよォ、まさか俺らが〝マーズファング〟ってェ分かっててそんな口聞いてるじゃねえだろうなぁ?」

「へっ! 今なら全員で土下座して謝ってくれりゃ大目に見てやるよ。それとも、2、3人デブリにして売っちまうかァ!?」

 

 装飾品だらけの男の手が、青ざめた表情で立ちすくむ一人の年少の団員へと伸びる。

 だがその腕を次の瞬間、三日月の手が掴み止め、三日月は無表情のままその手に力を込めた。

 ギリギリと………三日月の怪力に掴まれた男は振り払おうと身をよじったが、ピクリとも動かせない。

 

「んで!? で、でででででェっ!?」

「おいッ! このクソガキャ!!」

 

 もう一人、小太りの男が三日月に殴りかかろうとする。三日月は動かない片腕を吊るしており、その手で受け止めることはできない。

が、ひょいと身をかわして男の拳は空回りし、三日月はつんのめったその男のケツを片足で蹴り飛ばした。

 

「ぶぇ!? こ、このガキ………!」

 

 頭から無舗装の道に突っ込み、乾いた砂まみれの恰好で起き上がった小太りの男は、次の瞬間、内側の胸ポケットに手を突っ込む。

 そして引き出されるその手に握られていたのは―――黒光りする1丁の拳銃。

 

「死ねェ―――――――ぎゃ!?」

 

 だが、男が血走った目で引き金を引き絞る寸前………男の頭にガン!! と太い鉄パイプが振り下ろされた。男は目をひん剥いた表情で、地面に伸びる。

 

 

 

 

「あたしの畑でそんな物騒なモン振り回すんじゃないよ」

 

 

 

 

 鉄パイプの持ち主―――桜ばあちゃんは呆れた表情で、伸びたままの小太りの男を見下ろし、次いで装飾品だらけの男を睨みつけた。ひ!? と怪力で腕を掴まれている激痛をも忘れたように、男が裏返った悲鳴を上げる。

 

「は、離しやがれクソガキ! クソババァッ!! 俺たち〝マーズファング〟にこんなふざけた真似しやがって、どうなるか分かって………」

「あ?」

 

 その瞬間、周囲の温度が下がった………気がした。

 クソババ………昔、当時年少だったユージンという団員がふざけた桜ばあちゃんをそう呼んでしまい、その数分後にその子がどのような目に遭ったが、当時を知る三日月やシノは思い出す。

 

 桜ばあちゃんの―――鬼の形相を目の当たりにした男は、

 

「ひ、ひぃ~っ!?」

「三日月、ちょっとそいつを抑えときな。少し灸を据えておかないとねェ」

「はい」

 

 珍しく従順に返答した三日月は、怪力を緩めることなく男の手を捉え続ける。

 振りほどこうにも叶わず、三日月を殴ろうにも怪力の激痛で力が出ず、ザッザッ……と鉄パイプを片手に近づいてくる桜ばあちゃんを前に、装飾品だらけの男には逃れる術は無い。

 

 

 

 数分後。

 

 

 

「それじゃ、この男と車、街に置いてきな」

「は、はいっ!」

「分かりましたっ!!」

 

 自動車を運転できる年長の団員が2人、緊張した面持ちに加えギャラルホルンもかくやという直立で応え、その足下に転がされた――――鈍器のようなものでボコボコにされ伸びきった男二人を引きずって、車の荷台に押し込む。

 その後に運転手である団員を回収するためのモビルワーカーが続き、2台は法定速度ピッタリで街へと走り去っていった。

 

 

 桜ばあちゃんを甘く見るとどうなるか、年少の団員にもよく分かったことだろう。年少組にとっての大人たち、これまで年少の子供でも虐めてきたハエダやササイとは………格が違う。

 

 

「何ボーっとしてんだい。まだ仕事は残ってるんだよ」

「「「「「「はい!!!!」」」」」

 

 

 団員たちは大慌てで畑へと飛び込んでいく。

 三日月もそれに続こうとしたのだが、

 

「待ちな三日月」

「はい」

「………柄にもない態度してんじゃないよ。あの〝マーズファング〟ってのは面倒くさい相手なのかい? これまであんな連中がここに来るなんてことなかったんだけどねぇ」

 

「俺たちの間じゃ結構有名な傭兵会社だよ。CGSなんかよりもずっとデカい。まあ、悪い噂も多いけど」

 

 

〝マーズファング〟というCGSと同じような仕事をする業者の名前は、三日月もよく知っていた。何度か一緒に仕事をしたこともある。新しめのモビルワーカーに兵士も多いが、CGSの一軍のようなクソみたいな大人しかいなかったのを三日月はよく覚えていた。結局前線は参番組のような少年兵にやらせて、自分たちは後ろにいるだけだった。

 

だが、確かCGSと違って少年兵は使ってなかったはずだ。

 

 

「やれやれ………。自警団呼んで、しばらく警備についてもらうとしようかねぇ」

「いいよ、オルガに頼んでしばらく何人かでここを守らせるから。今の俺たちならマーズファングとも十分やり合えるし」

 

 農家同士で銃器程度を持ち寄ってできた自警団程度では、万が一向こうがモビルワーカーでも出してきた時に太刀打ちできない。

 それに、農場手伝いは鉄華団にとって大事な収入源だ。オルガが放っておくはずがない。

 

 

「つくづくアンタたちも、よく面倒事に巻き込まれるみたいだね」

「それが仕事だから」

 

 三日月はおくびも見せずに答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

「ほらほら! 夜には歳星から〝バルバトス〟が届くんだから! さっさと〝ランドマン・ロディ〟の調整終わらせてスペース空けるよ!」

 

 発破をかけるフェニーに、うっす!! と整備班の団員たちが唱和して応えた。

 鉄華団火星本部基地。その地上部分に建てられたモビルスーツ格納庫にて。

 ブルワーズから鹵獲し、エドモントン戦や先のオルクス商会との戦いでも活躍した〝マン・ロディ〟は、テイワズに発注したロディ・フレーム用地上活動ユニットを取りつけ―――――〝ランドマン・ロディ〟として生まれ変わりつつあった。

 今は鉄華団の手元にある5機だけだが、さらに5機……オルクス商会から賠償金として譲渡されたロディ・フレームを歳星でも改修し、こちらも〝ランドマン・ロディ〟として〝バルバトス〟と共に火星に降ろされる手はずとなっている。これで、鉄華団の保有モビルスーツ総数は13機を数える。

 

「フェニー! 俺に用があるって聞いたんだけど」

 

 ガンガン! と騒がしい格納庫の中に飛び込み、俺は作業の陣頭指揮を取るフェニーに声をかけた。

 

「あ、やっと来たのね。〝ラーム〟をちょっと外に出しといて欲しいんだけど。もうすぐテイワズから〝バルバトス〟と追加の〝ランドマン・ロディ〟が届くからさ」

「〝バルバトス〟、修理終わったんだな」

「ふふん。テイワズの新型パーツで組み立てた最新仕様よ。予算をマクマードさんが肩代わりしてくれたから………歳星整備長の最強仕様よ!」

 

 そういや、フェニーは歳星整備長の直弟子なんだっけか。得意げなフェニーからタブレット端末―――原作アニメでは登場しなかった第7形態にあたる〝バルバトス〟の新形態図―――を受け取って目を通してみる。

 

 いや、名前欄をよく見れば〝BARBATOS〟の名前に続いて―――――〝LAMINA〟の文字が。

 

 

「バルバトス………ラーミナ?」

「歳星でしか錬成できないモビルスーツ用太刀二振りを主武装にした、近接斬撃特化のモビルスーツよ。射撃管制システムも最新型に置き換えたから、武装を持ち替えれば射撃戦でもバッチリ活躍できるわ」

 

〝ルプス〟の前に〝バルバトス〟はこう変わるのか………

 

「んじゃ、〝ラーム〟移動させてもらえる? あと隣の〝ランドマン・ロディ〟も、最終調整まで終わらせたから」

「ん。了解」

 

 モビルスーツ格納庫は整備班の団員ばかりだったが、アストンやビトー、クレストといったパイロットの姿はどこにも見当たらなかった。

 キャットウォークを駆け上って、愛機〝ラームランペイジ〟のコックピットへ。二重装甲でしっかり着膨れした青いモビルスーツを、俺は素早くシステムを立ち上げて動かした。

 

 整備班の退避を確認して格納庫の外へ。隣の空いた空間へと〝ラーム〟を歩かせて、安全な駐機のために機体を跪かせる。いちいち阿頼耶識に繋がずともこの程度なら一切問題ない。

 

 

 それにしても――――〝バルバトスラーミナ〟か。「ラーミナ」とは、ラテン語で「刃」の意。

三日月は太刀を振り回すのが得意じゃないと言っていたが、先のオルクス戦を見る限りその扱い方にはバッチリ習熟している。エドモントンでの〝キマリスガエリオ〟との戦いで開眼したのは間違いなかった。

 

 きっと、原作では観れなかった新しい戦い方を見ることができる。もしかしたら〝ルプス〟や〝ルプスレクス〟への影響も………

 

 

「……んん?」

 

 

 新しい〝バルバトス〟に思いを馳せていると、基地に続く道を一台の車が走ってくるのが見えた。いつか地球で蒔苗老を乗せた、鉄華団の装甲車だ。元は地球で入手したものだが、火星まで持ち帰って社用車として使用していた。

 

「そういや、ビスケットがクリュセに行くって言ってたな………」

 

 一仕事終えて基地に戻ってくる所なのだろう。

 だが………それにしてはやけに、車の速度が速すぎるような。

 

 しかし、車は基地前の検問でしっかり停車。守衛係の団員がゲートを開けると、ゆっくり中へと入ってきた。

 俺も、〝ラーム〟のメインシステムをオフラインに、コックピットから地上へと降りる。

 

 と、車は決められた駐車場ではなく、敷地の半ばで急停車。助手席からビスケットが慌てた様子で降りてきた。こんな様子は始めて見た気がする。

 

「な、何かありましたか? ビスケ………」

「か、カケルさん! 団長は!?」

「え? 確か今は団長室―――――」

 

 ありがとう! それだけ言うとビスケットはバタバタと建物の中へ駈け込んでいった。横に広い図体の割には結構機敏に動くんだな………なんて失礼な感想は置いといて、

 

「な、何なんだ一体………?」

 

 

 その後。全体放送で団長室に呼ばれた俺はその原因と、事態の重大さを知ることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

「………〝マーズファング〟?」

「この辺りじゃ一番デカい民間警備会社だ。兵士だけで500。モビルワーカーも優に100台以上。モビルスーツを持ってるって噂もある」

 

 放送で集まった俺に、昭弘、ユージン。それに桜農場から戻ってきた三日月やシノを前に、オルガは神妙な顔つきで口を開いた。ビスケットの表情も心なしか緊張している様子。

 

 俺の問いかけに答えたオルガを引き継ぐように、今度はビスケットが、

 

「CGSみたいに少年兵を使ってない。訓練された大人だけの警備会社なんですが………火星中のゴロツキが集まってて、とにかく評判が良くないんです」

「CGSの頃に何回か一緒に仕事したことがある。雇い主が違ってぶつかったこともな。味方にすりゃ捨て駒にされ、敵にすりゃ数で潰しにかかってくる。ロクな相手じゃねえよ」

 

 昭弘、ユージン、シノ、それに三日月を見回してみても、一様に厳しい表情だ。少なくともまっとうで善良な組織ではないことは確かだ。

 それに、

 

「そういや、農場でも奴らに会ったよ」

「何!? 本当か三日月?」

「うん。年少組にちょっかいかけようとしたから、追い払った」

「俺たちのこと、見張ってるのかもしれねえな………」

 

 農場から東に行った小高い丘の上、遠くに鉄華団の基地が一望できる場所がある。団員の哨戒ルートから遠く離れているから、基本目につくことはない。

 

「ビスケットさん。〝マーズファング〟が襲ってくるって情報はどこから?」

「アドモス商会、フミタンさんからです。俺たち鉄華団を潰すために地球からモビルスーツを取り寄せたって。それも大量に………」

「地球から?」

 

 火星でモビルスーツを調達しようと思えば、厄祭戦時代のモビルスーツ…ロディ・フレームやヘキサ・フレームのレストア・販売を専門としている圏外圏の業者か、テイワズ製のモビルスーツを購入するのが一般的だ。それを、わざわざ地球からというのは………

 

 

「………ギャラルホルンの〝ゲイレール〟か」

「え?」

「俺たちが散々やり合った、ギャラルホルンの〝グレイズ〟の前世代機だ。マーケットで手に入る機体の中で一番新しく、性能も高い。ギャラルホルンから退役した機体が地球圏でスクラップ処分されずに横流しされてるって話は聞いたことがあるが………」

 

 原作知識と、それに脳の情報チップから検索したデータから、俺はそう結論づけた。

 

「圏外圏からじゃなくて地球からモビルスーツを取り寄せようとしているのなら、ギャラルホルン製の旧式機である可能性は高い、と思います。団長」

「ああ。だが、何にせよ突っかかってくるなら………潰し返すしかねぇ」

 

 オルガの言葉に「おうよッ!!」とシノが豪快に応え、昭弘も小さく頷いた。

 

「今の俺たちにもモビルスーツはある………!」

「ああ。今日中に〝バルバトス〟と〝ランドマン・ロディ〟も戻ってくるからな。今ウチにあるモビルスーツを合わせたら―――計13機だ」

 

「へっ! 何だよ、俺たちの方が圧倒的に有利じゃねえか。むしろ、今から俺たちの方が攻めにいってやるかぁ?」

 

 シノはそう笑い飛ばしたが、ビスケットは持っていた端末を団長室のテーブルの上に置いた。

 

「でも、そうも言ってられないかもしれない。これを見て」

 

 ビスケットはタブレット端末を起動し、一枚の画像を呼び出した。

 それは―――広大な空間、おそらくモビルスーツ格納庫だ。左右にびっしり、もビスルーツが整列して並んでいた。

 

「フミタンさんから、〝方舟〟にあるマーズファングの格納庫の隠し撮り写真をもらったんだ」

「あの人、ホントすげぇな………」

「形状からして、〝ゲイレール〟と、一部は〝ゲイレール・シャルフリヒター〟か………」

 

 それにしても、相当数並んでいる。合計………

 シノが指さして数え、

 

「えーと………ひー、ふー、みー……片側10機の2列だから………ってぇ!? に、20機ィ!?」

「……滅茶苦茶だな」

「どうやって手に入れたんだよ………」

 

 今後の運用を度外視して全機をぶつけられたら、厳しい戦いになることは間違いない。

 ギャラルホルン製のモビルスーツは操縦サポートシステムが整っており、簡単な習熟訓練だけですぐに形程度には戦うことができる。1期で昭弘が〝グレイズ改〟を操ったように。

 

 今、鉄華団の手元にあるモビルスーツは、俺の〝ラーム〟と〝グシオンリベイク〟。それに火星で改修した〝ランドマン・ロディ〟が5機の、計7機。

 ドルトコロニー、地球軌道上、ミレニアム島、そしてエドモントンでギャラルホルンの大軍と戦ってきた俺たちだが、だからと言って事態を楽観することなどできるはずがない。

 

 だが、ふと見るとオルガは「ハッ!」と口元を笑みに曲げて、唐突に立ち上がった。

 

「ちょうどいいじゃねえか。この火星でドコが一番の会社か、ハッキリさせるいい機会だ」

「ま、まさかマーズファングと真正面からやり合う気!? ちょ、ちょっと待った! まだ交渉の余地は―――――」

 

「無いと思います」

 

 オルガを押し留めようとしたビスケットに、俺は静かに言い放った。「へぇ……」と意外そうな表情のシノにユージン。昭弘、それに三日月もジッとこちらを見つめてくる。

 

「マーズファング、とかいう組織が今後の運用を度外視して20機ものモビルスーツを調達した時点で、対立する組織……俺たち鉄華団を潰す意思があることは明らかです。そうでなければマーズファングは大量のモビルスーツを仕入れたコストをペイできない。交渉で解決できる余地があるなら、こんな過激で、会社をコストで傾けるような危険な真似はしないはずです」

 

「そ、それはそうですけど………」

 

「それよりも、すぐに迎撃態勢を整えるべきです。フミタンさんからの情報が確かなら、いつそのマーズファングが攻めて来てもおかしくない。もし、交渉ができるとしたら、最初の攻撃を退けた時………マーズファングが調達したモビルスーツ隊を撃破し、俺たちの武力を誇示してからの方が」

 

「決まりだな―――――ミカ!」

 

 まずオルガは、三日月の方に振り返った。三日月も頷いて、

 

「何をすればいい? オルガ」

「すぐにおやっさんと〝方舟〟に飛んでくれ。谷沿いの裏道を通ってな。あそこならそう簡単に追跡されることはねぇ。カケルと昭弘はすぐにモビルスーツ隊を準備させてくれ。細かい指示は追って伝える。シノ!」

 

「おうよッ!!」

 

「モビルワーカーと人手を集めておいてくれ。頼みたいことがある。ビスケットもいいか?」

 

 向き直ったオルガに、ビスケットは「仕方ないね」といつもの苦笑を見せた。オルガもいつものようにニッと笑いかけて、

 

「圧倒的多数を相手にする、正直、真正面から戦ったらこっちも被害は避けられない。敵を倒しつつ、こっちに被害がなるべく出ねぇ作戦を考えてくれ」

 

 

 ビスケットはこくり、と頷いた。

 そして最後に、オルガは全員一人一人を見回す。

 

 

「それじゃあお前ら。こいつは………俺たちがさらにのし上がるのに絶好のチャンスだ。必ずモノにして、どこの誰がクリュセで一番か、ハッキリさせようじゃねえか!!」

 

 

 

 応ッ!!! と俺たち全員の唱和が一致した。

 

 

 

 

 


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