鉄と血のランペイジ   作:芽茂カキコ

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お待たせしましたm(_)m



6-1. 67番目の悪魔

▽△▽―――――▽△▽

 

―――――いつかの記憶。

 ああ、と思い出す。小学……5、6年の頃だったか。いや、3、4年だったか?

 

 

 

 

『じゃあ、行ってくる。帰ってくることはないと思うが、生活については何も心配しなくていい。おじいちゃんにたまには様子を見るよう頼んであるし、後見人も指定してある。困窮させることはないからな。役所とレクサスの人が来たら、おじいちゃんの所に行くように言ってくれ』

『分かった』

 

 

 

 

 それじゃあ、と父は振り返ることなく、小さなキャリーバッグを引いて家を出て行った。

 それから――――父の顔を見ることは二度となかった。母に至っては、何も言うことなくある日突然いなくなってしまった。日本での生活に嫌気が刺して、ヨーロッパのどこかの国にある日本語学校で教師として働くことにしたらしい。

 

 父は、祖父から受け継いだ商社を大きくして、海外を飛び回りながら働くことにしたという。子育てしながら仕事をする気は無い、邪魔になる、と真正面から言われた。母は、祖母に育児を任せて、自分の仕事や友人付き合いで忙しい様子だった。まともに会話した記憶すらない。

 

 

――――おそらく俺は、父方、母方それぞれの祖父と祖母の言葉を聞、様子を見る限り、両親が義務的に結婚し、出産した結果生まれた子供らしい。

 子供を愛するよりも、自分の仕事や趣味の方が遥かに大事。自分の両親がそういう人種であることは明らかだった。

 

 

 生活に困ることは無かった。家事は大抵、お手伝いさんか父方の祖父、母方の祖母がやってくれるか、来ない日は自分で普通にやっていた。毎月結構な額の生活費も貰っていた。

 子育てよりも自分のことを優先する両親に生まれた以外は、小中高と、何ら問題なく生活できていたと思う。

 

 

 

『――――まったく! どこであの子の育て方を間違えたのか………。すまないね、あんな父さんで。やはり留学なんてさせたのが間違いだったね。駆留は、日本でちゃんと大学院まで出て、国外までフラフラしないお嫁さんを貰って、ちゃんと子育てもしなさい。あんな父さんみたいになってはいけないよ。あれのことは忘れなさい』

 

 

 

 父方の祖父は家に様子見に来るたびによくそう言っていた。母方の祖母も似たようなことを言っていた。

 結局の所、高校生になるまでに俺が知ったのは、世の中にはそういう人種もいるということ。社会人や血族の義務として子供を産んで、育てる。手がかからなくなれば生活だけ保障してさっさと見捨てる。

 

 他人から見れば『高校生が気楽に一人暮らししている』だけ。事実その通りだ。孤児でもなければ困窮している訳でもない。俺が他人の同情を誘うなんて、まずありえないだろう。

 

 自分が苦しんでいたとしても、その苦しみは自分にしか観測できない。

 結局は自分一人で苦しんで、自分の力で割り切るなり

解決するしかない。

 

 

 俺は―――――――――――

 

 

 

 

 

*******************

*********

 

 

 

 

『……ケルさん! カケルさん! 火星からのシャトルが〝方舟〟に到着しました!』

 

 通信越しに自分に呼びかける声。そこでようやく俺は〝カガリビ〟の自室、その机の上で突っ伏している自分に気が付いた。書類データに目を通している途中で寝落ちてしまったらしい。

 

 俺は、手元の端末を操作し通信回線を開いた。

 

「ああ、悪い。了解した。団員の受け入れと物資の搬入を進めてくれ。俺も現場に出る」

『了解っ!』

 

 まだ、頭の片隅がハッキリしないまま、俺は立ち上がって自室から出た。とにかくも今は自分がやるべきことをやる。夢の内容で思い起こした苦い気持ちを切り替えて、俺は格納デッキに向かって通路を歩く。

 

 テイワズ本部〝歳星〟を離れた鉄華団実働三番隊所属艦〝カガリビ〟は、数日の宇宙航行の後に火星の民間共同宇宙港〝方舟〟に到達。火星から上がってきた団員や物資を乗せ、地球行きへの出発準備を着々と進めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 火星の民間共同宇宙港〝方舟〟。

 その一角…鉄華団に割り当てられた桟橋区画にて。

 

「いい? ライドもダンジも、朝はちゃんと起きて、メシもちゃんと食って、なるべく身綺麗にして、シノさんたちの言うことをよく聞いて、えーとそれから………」

 

「わかってるって! 俺たちをガキ扱いすんじゃねえよ!」

「………ホントーに大丈夫ならこんなこと言わないんだけどねー。ダンジも、無茶し過ぎないこと! 訓練の時はシノさんの指示をちゃんと………」

「分かった分かったから! ほら、さっさと行けって!」

 

「うーん。不安だなぁ。エンビとエルガーにも、三日月さんに失礼が無いように言って欲しいのと、アトラさんにちょっかいかけないことと、なるべく炊事選択も手伝うようにして欲しいのと、それから………」

 

「だーかーらー! ソレ全部、火星本部出る前に聞いたって!!」

 

 

 地球に発つタカキと、それを見送るために〝方舟〟までついてきたライドやダンジたちがギャーギャー言い合っている。

 と、

 

 

「お兄ちゃん! お待たせっ!」

 

 

 向こうの通路から大きなカバンを背負った女の子―――タカキの妹であるフウカ・ウノが駆け寄ってきた。

 これまで、タカキの後押しもあって火星では比較的まっとうな孤児院で過ごしてきたフウカだが、タカキの地球行きに合わせて施設を退所し、一緒に暮らす運びとなったのだ。

 

 

「フウカ! お別れはもう済んだ?」

「うん。………施設の皆と別れるのはちょっと寂しいけど、地球に着いたらお便り送る約束したから」

「あ。船に乗ってる間も、火星とは連絡が取れるよ」

「ホントに!?」

 

 

 兄妹の何気なく、微笑ましいのどかな光景に、ライドとダンジは互いに顔を見合わせて「じゃあな」とその場を離れることにした。

 

 

「あ、ちょっと待った二人とも! 三日月さん、よく動力室で昼寝するから毎日ちゃんと掃除………」

「「それも火星で全部聞いたっての!!」」

 

 

 

 

 一方、その向こうでは、

 

「それじゃあ、その………気を付けてな」

「頑張れよ」

 

「昌弘もな。デルマも」

「俺らがいねー間にくたばるんじゃねーぞ!」

「………ビトーの方が先にくたばりそうだけどね。無茶しすぎて」

「そ、そんなことねーよっ!!」

 

 地球行きが決まったアストン、ビトー、ペドロ。それを見送る昌弘とデルマ。

 それ以外、特に何か言うべきことがある訳でもなく、互いの間に沈黙が流れ、アストンから「それじゃ」と踵を返そうとしたのだが――――

 

 

「ここにいたのか」

 

 大柄な体躯……近づいてきた昭弘に、5人の〝弟〟たちは一斉にそちらを見上げた。

 

「昭弘さん………」

「すまんな。他の〝兄弟〟たちから回っててな」

「そんな、その……面倒だったら別に………」

 

 気まずげに言い淀むアストンの頭を、昭弘はその大きな手を置いて軽く撫でた。

 

「地球での仕事は、これからの鉄華団の、家族のためになる大事な仕事だ。頼んだぞ………アストン・アルトランド」

「! は、はいっ!」

 

「無茶するんじゃないぞ。ビトー・アルトランド」

「お、おうっ!!」

 

「気を付けて行くんだぞ。ビトーを頼む。ペドロ・アルトランド」

「はいっ!!」

 

 ブルワーズの元ヒューマンデブリたちの多くは、オルクス商会の元デブリ達とは異なり、メリビットの尽力を以てしてもその身元や苗字すら見つけ出すことができなかった。ブルワーズはヒューマンデブリのデータを粗雑に扱っており、IDや売買履歴に至るまで散失させていたのだ。

 そういった身寄りの無い者たちを、昭弘は、昌弘と相談し彼らを〝弟分〟として受け入れ、アルトランドの苗字を分けることに決めた。

 

 アストン・アルトランド。

 ビトー・アルトランド。

 ペドロ・アルトランド。

 デルマ・アルトランド。

 

 他にも10人の元デブリがアルトランドの名前を分け与えられた。他にも元デブリ団員や年長の団員も、身元引き受け人として名乗りを上げて元ヒューマンデブリはほぼ全員が身元を確定することができた。残りも目途がついている。

 

「アストン、ビトー、ペドロ、デルマ、それに昌弘。お前たちは俺の、大事な弟だ。だがそれ以上に………鉄華団という大きな家族の一員だ。それを忘れないでくれ。3人とも必ず、全員無事に戻ってくるんだぞ」

 

 はい!! と弟たちの小気味よい返事に、昭弘は満足げに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

――――ブルワーズにいたヒューマンデブリの生き残りには、苗字のないヤツが多くてな。

 

 原作2期、第33話【火星の王】での昭弘の言葉だ。

 元ヒューマンデブリの団員が苗字を持たない経緯はそれぞれだ。幼い頃にデブリとなり、親の顔を覚えていない者。デブリとしての過酷な重労働、主人からの虐待、戦いの中で昔の記憶を失った者。………メリビットの話によると、圏外圏にはデブリとして〝出荷〟することを前提に娼婦に子供を産ませる業者まで存在するらしく、そういった者は最初から身元も、IDも存在しない。

 

 ブルワーズから譲渡され、団員として鉄華団に迎え入れられた元ヒューマンデブリたち。半数以上は身柄と一緒にIDや身元に関わる情報も抽出されて、苗字を探し出し、確定することができた。オルクス商会の元デブリはほぼ全員だ。

 

 それでも、どうしても身元が見つからなかった者も多い。そういった者たちは、昭弘が率先して〝弟〟として引き取ることにしたという。火星に着いた時俺は、アストン、ビトー、ペドロ、デルマがアルトランド性を与えられたことを知った。

 

 だが、苗字を失った子供はまだいる。到底昭弘一人では引き受けきれない程に。

 

 

 

『頼みがある。クレストを引き取ってくれないか?』

 

 

 

〝方舟〟に到着した時、現れた昭弘からの言葉に、俺は一瞬返す言葉を失った。

 クレストは、ブルワーズから保護したヒューマンデブリの一人だ。〝イサリビ〟での騒ぎ以降、何かと行動を共にする機会も多く、華奢な見た目に反して頼れる歴戦のモビルスーツ乗りだ。

 

 俺が………? 驚く俺に、今度は隣にいたメリビットが一歩進み出た。

 

『昭弘さん一人では到底、身元の分からない元ヒューマンデブリの子供たち全員を引き取り切れないの。でも、もし難しいのなら………』

『いえ。大丈夫です』

 

 すぐに頭の中を整理し―――実働三番隊隊長としての仕事をこなしつつ+1人の生活の面倒を見ることができるかを計算し―――少なくとも自分の能力を過分に超えている訳ではないと判断。

 だが………

 

 

『俺としては問題ありません。ですが、クレスト本人と話をさせてください』

 

 

 

 

 

 

――――そして現在に至る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

鉄華団実働三番隊の元ヒューマンデブリ、クレストにとって一番古い記憶は、一番思い出したくない記憶………母さんと一緒に乗っていた客船が海賊に襲われて――――崩落した通路に呑み込まれて目の前で、母さん………だったものが潰れた時。

 

 持ち物も全部無くなった。買ってもらったバイオリンも、地球の家から持ってきた荷物も全部。

 

 どこにも逃げ場所なんて無くて、怖くて、悲しくて、心の何もかもがグチャグチャになって、その場でうずくまっていた所を、海賊の兵士に捕まった。

 着ているもの全部を奪われて、汚い袋の中に押し込められて、殴られて……お前はもう人間じゃない、デブリだ。と何回も、何回も耳元で怒鳴られて―――――

 

 助けて、と何度も祈った。

 その度に……お前はデブリだ、と罵られ、何度も殴られた。

 デブリは助からない、とすぐに理解した。

 

 

 ヒューマンデブリが売られる先は、どこもまともな所じゃない。阿頼耶識を埋め込まれて輸送業者の荷役用デブリとして。次はコロニーの外壁修理、クズ拾い、物乞い、売春宿の下働き。どれだけ働いても残飯をぐちゃぐちゃにしたような食事しかもらえず、大人たちに毎日殴られ、蹴られ、周りの仲間もすぐに死ぬか、自分の境遇を考えすぎるヤツは自分から命を絶った。

 

 自分が昔どこで何をしていたのか。

 何でこんなことをしているのか。

 すぐに分からなくなって、自分はただの〝道具〟だと考えるようになった。

 

酷使されすぎて働けなくなったデブリは、宇宙に捨てられるか、裏路地に繋がれたまま飢え死にして野良犬の餌になるか、まだ動ける者はヒューマンデブリの行先として最低と言われる、宇宙海賊の捨て駒としてひと山何ギャラーという安値で売り飛ばされていく。クレストも、何日過ぎたか数えるのを止めてしばらくした後、飼い主に「もうコイツは使えない」と殴り飛ばされて、また汚い袋に詰められて………行きついたのがブルワーズだった。

 

 

 最初に銃を持たされて、襲った船の乗組員を撃つよう命令されて、引き金を引いた時。

 陸戦隊に回されて、薬を嗅がされて、訳が分からないまま襲撃した貨物船で戦った時。何十人とデブリが突撃させられて、生き残ったのはクレストと数人。

 モビルスーツの人手が足りなくなって、阿頼耶識のショックに耐えられたクレストが予備のパイロットに選ばれた。

 

 襲って、

 殺して、

 剥いで、

 奪って、

 

 殴られて、

 働かされて、

 毎日腹が減って、

 喉も乾いて、

 海賊の捌け口にさせられて、

 

 

 

―――――今日まで過酷な世界で生きてきたお前らは、宇宙で生まれ、宇宙で死ぬことを恐れない、誇り高き………選ばれた奴らだ!

 

一緒に行くぞ。鉄華団は、お前たちを歓迎する。ヒューマンデブリとしてじゃねえ。鉄華団の新たな一員として。仲間として

 

 

 

 その言葉で、オルガ団長はブルワーズのヒューマンデブリ全員を、鉄華団に迎え入れてくれた。

 鉄華団での日々は、今までの生活とは真逆だった。腹いっぱい、それも1回だけじゃなく1日に3回も食べさせてもらえる。野良犬も食わないような骨と皮だけだった身体に、ちゃんと筋肉がつくようになった。

 殴ってくるような大人もいなくなった。鉄華団に入ってからは一度も、おやっさんや鉄華団の大人たち、それにカケルのような兄貴分から殴られるようなことは無かった。逆に、鉄華団での仕事を教えてくれ、忘れていた食事の仕方、勉強だって教わった。

 

 それは、自分がゴミであることを忘れてしまいそうなほど、温かくて優しい毎日だった。

 それだけでもバチが当たりそうなのに、今度は………

 

 

 

 

 

 

 

「クレスト、お前を引き取りたい。お前の身元は………分からなかった。だから俺が面倒を見たい」

 

 身元が分からなかったのは、クレストもメリビットさんから聞いていた。当然だ。ゴミクズを金を出して探そうとする奴なんているはずがない。

父さんが地球にいるはずだが、顔も思い出せない。きっと、向こうだってそうだろう。

 ヒューマンデブリは、一生ヒューマンデブリだ。昔がどうだったなんて関係ない。小銭で売り買いされて、使い潰されて、死んだら宇宙に捨てられる。それだけの存在。

 

 なのに―――――

 

 

「おれ、カケルの………?」

「弟、ということになるな。………つまり、今までの自分の苗字から離れることになる」

 

 自分の苗字、そう言われて思い出せるデブリは多くない。クレストもそうだった。自分がどこの誰かなんて、ブルワーズでは必要ない。昔話をする余裕なんて無かったし、毎日働かされて、戦わされてそれどころじゃなかった。

 

「おれ、自分の名前、しらない」

「母親がいたんだろ? つまり………俺に引き取られるということは形の上で、母さんとは関係の無い他人になるということだ。俺には無理強いできない。選んでくれ」

「………?」

 

「もし俺に、他の奴にも引き取られるのが嫌だ、って言うなら、独自の身元を作れるようにする。その時でも、俺にとってお前は、鉄華団という家族の一員だ」

 

 選ぶ………今日まで〝選ばされた〟ことしかないクレストには、一体どうすればいいのか分からない。

 

「カケルが選んで………」

「選べない。お前の将来に関わる大事なことだ。今決めなくてもいい」

 

「カケルは……?」

「俺は、お前を引き取って、自立できるまで面倒を見てやりたい。それが、ブルワーズからお前を譲り受けた鉄華団として、俺としての責任の取り方の一つだと思ってる。それが兄弟としての形でなくても構わない。………だがもし俺がお前を引き取っていいのなら、兄としてお前を全力で守る」

 

「ゴミクズのおれ、を?」

 

「昔どうだったかは関係ない。俺だって人のこと言える程じゃないしな。それでも、未来は変えられる」

 

 

 未来を変える………

 また、ヒューマンデブリに馴染みのない言葉が出てきた。デブリに未来なんてない。働かされるか、戦いに駆り出される明日しかなかった。

 

 

「おれ………」

 

 

 カケルの〝弟〟になる。それがカケルの望みならそうする。カケルの望むことなら何だってする。こんな汚い身体でもカケルの役に立つのなら………

 でも、どうすればいいのか分からない。どうすればカケルが喜んでくれるのか。

―――カケルの思い通りにいかなかったら? おれが、余りにもバカすぎて、カケルを失望させたら………?

 

 

 それに、「母さんと他人になる」という言葉がクレストに答えを詰まらせた。もう顔も覚えていない、最後に見た時、白い服を着ていたような気がする。それぐらいの記憶しか残っていない。正直、言われるまで自分にも家族がいたことすら忘れていたぐらいなのに………

 

 それなのに――――――

 

 

「おれ………」

 

 

 

 格納庫の片隅で。

 結局、クレストはその場で答えを出すことはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

「各デッキの物資の積み込み、終わりました!」

「機関異常なし! いつでも出れます!」

 

 クレストと一旦離れ、ブリッジに足を踏み入れると、火星から上がってきたチャドとタカキが先にブリッジ入りしていた。

 それに、メインスクリーンには火星とのLCS画面が表示されており――――火星本部のオルガの姿が映し出されている。

 

『よぉ、カケル。どうだ調子は?』

「問題ないですね。間もなく出発予定です」

『そうか。――――鉄華団地球支部はテイワズ、それに俺たち鉄華団が地球に進出するための足掛かりだ。稼ぎがデカくなりゃ、その分団員の給料も増やせる。頼んだぜチャド、タカキ、それにカケル』

 

 チャドは「分かってる」と気を引き締めて見せ、タカキも「は、はいっ!」と緊張した面持ちで応える。俺は小さく頷き、

 

「アーブラウ防衛軍顧問の任務を全うすることができれば、アーブラウ政府とも良好な関係を築くことができる。いずれは戦闘以外の分野でも………」

『そういうこった。今ビスケットが進めているハーフメタル事業、それを軌道に乗せて地球に卸す手はずが整えば、もっと楽に稼ぐことができるからな。ドンパチに頼らねェで、大金が手に入る』

 

「最善を尽くします。団長も、お気をつけて。圏外圏は………鉄華団の躍進を快く思っていない者ばかりですから」

 

『ああ。ここはお前らの帰る家だからな。団長としてキッチリ守ってやる』

 

 

 気を付けて行けよ、とそこで火星本部との通信は終了した。

 いよいよだ。地球に向けて俺たちは出発する。

 道中無事に過ごせればそれに越したことはないが―――――オルクス商会、マーズファングと一連の戦いを経験した今、それは難しいに違いない。

 

 それに、クレストとはこれからのことについて、道中しっかり話し合いたい。それだけの時間が確保できればいいのだが。

 

 さらには厄祭教団か………

 地球に行って何か手がかりが掴めるといいのだが。1期と2期の間では原作知識がほぼ役に立たない以上、少しでも情報は欲しい。

 

 まあ、とにかくも――――俺は前面のメインスクリーンを見据えた。

 

 

「〝カガリビ〟、発進する。微速後退し回頭ポイントで25度右舷回頭。その後は推力60%で前進。〝ローズリップ〟の前に出ろ」

「了解っ! 繋留クランプ解除!」

「〝カガリビ〟発進します!」

 

 宇宙港の区画に艦首から突っ込む形で繋留されていた〝カガリビ〟が、クランプから解き放たれ背後の宇宙空間へとゆっくり身を投げ出す。隣の区画からタービンズの〝ローズリップ〟もそれに続いた。

 

 艦体各所のスラスターが緻密に噴き出して姿勢制御。地球行きのコースに向かって艦首を向けた後、メインエンジン点火。メインエンジンノズルから推力を吐き出して前進していく。何ら細かい命令を出さずとも、幼い歴戦のクルーたちは完璧に仕事を果たしていた。

 

 さあ――――俺はただ眼前の宇宙空間を見やった。

 およそ1ヶ月の航海の果て、目的地となる青い星が俺たちを待っている。蒔苗代表も、創設する防衛軍の戦闘力強化を他の経済圏に先んじて進めるため、鉄華団の到着を待ちわびていることだろう。

 

 

 だが、この針路の先で待っているのは、おそらく味方だけではない………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 無価値な岩塊や人工物の残骸が漂い、蠢くその混沌を、1個の軌跡が疾雷の如く駆け抜ける。

 

 

 

「ふ―――――はははははっ!! 素晴らしいッ! この出力、〝グレイズ〟なんぞとは比べ物にならんな!」

 

 

 

 重力制御も追いつかない凄まじいGに身体が、内臓から押しつぶされそうになる。だがその圧迫すら男……フォーリス・ステンジャ二佐にとっては退屈な日常から解き放ってくれる快感でしかなかった。

 かつての開拓コロニー群――――厄祭戦時に破壊された今となっては民間業者の非正規航路が通るだけの無価値なデブリ帯に過ぎない。エイハブ・リアクターに引き寄せられたコロニー構造物の残骸や小惑星、難破船、兵器の破片等のデブリが無数に浮かぶその宙域を、赤と黒で毒々しくカラーリングされた1機のモビルスーツが凄まじい速度で、まるでデブリ帯を貫くように飛び駆けていた。

 

 

『ステンジャ司令! コロニー付近の宙域は危険です! 直ちにお戻りを―――――』

「構わんさ! この〝アムドゥシアス〟の機動力ならば、この程度のデブリなどッ! ………見ろ!!」

 

 

 遥か背後の安全地帯に留まる母艦〝バルドル〟は、第9パトロール艦隊を構成する3隻のハーフビーク級の旗艦だ。艦に戻ればパトロール艦隊司令フォーリス・ステンジャ二佐という退屈な仕事が待ち構えている。金髪を軽く指で弄り、その事実にフォーリスは一瞬顔をしかめた。

 その軛から一時でも逃れるように、フォーリスはスロットルレバーを限界まで押し込んでフットペダルをも踏みつける。

 

刹那――――ASW-G-67〝ガンダムアムドゥシアス〟の全スラスターが咆え、眼前に迫る巨大なデブリの間を、凄まじい速度で縫うように駆け抜けた。

 

 

 並みのモビルスーツであればエイハブ・ウェーブが発する微妙な重力に捉われてデブリの端に激突していたに違いない。

 だがこのガンダムフレームなら、ツインリアクターが吐き出すその圧倒的なパワーで自由自在にデブリの海を泳ぎ切ることができた。

 

 さらには――――フォーリスは〝アムドゥシアス〟の主砲、大出力ビームキャノンの砲身を跳ね上げ、眼前の小惑星目がけて撃ち放った。ナノラミネート装甲に守られていない単なる岩塊は、容易に太いビームに真っ二つに引き裂かれて、さらに細かい岩を周囲に散らしながら崩壊しフォーリスが進む道を空けた。

 

 

「ははははッ!! まさか私ごときが伝説のガンダムフレームを操る日が来るとはな!」

 

 

 かつての厄祭戦において大功を挙げ、代々セブンスターズの家門に仕える栄誉を得た華々しきステンジャ家………その分家筋に過ぎないフォーリスに与えられる役職といえば、地球から遠く離れた辺境部隊指揮官がせいぜいであった。やがては火星支部長の地位を嘱望されていたオーリスや、カルタ・イシュー直属として仕えたコーリスに比べれば天と地ほどの格差だ。家門や家柄で全てが決まるこの世界では、多少の実力があろうと立身出世もまともに望めない。

 

 このまま一生中央に戻ることなく、辺境の指揮官として文明社会から遠く離れたこの宇宙航路で退屈な一生を終える。それがフォーリスに定められた運命であったのだが………

 

 

【WARNING!】

 

 

「! デブリの密度が濃くなったな。まあいい」

『ステンジャしれ………LCえ………ロペータ………』

 

 ここまで奥地に入り込むとデブリや粉塵に邪魔されてLCSもまともに通じない。

 母艦からの通信に、フォーリスは間近に迫ったスペースコロニーの残骸を名残惜しく見下ろしたが、やがて〝アムドゥシアス〟を翻した。

 

 危険区域を抜けると、母艦たるハーフビーク級〝バルドル〟と、それに横付けするように1隻の古めかしい強襲装甲艦が並んで航行していた。

と、

 

 

 

 

『――――フォーリス・ステンジャ閣下』

 

 

 

 

 コックピットモニターに通信ウィンドウが開かれ、見慣れた黒フードの男が映し出された。気味の悪い男だが、こういう人間こそフォーリスを退屈な人生から一時解き放ってくれる。

〝ガンダムアムドゥシアス〟の提供者―――を前に、フォーリスはニヤリと笑いかけた。

 

 

「サングイス・プロペータか。計画通りに進めて問題ないかな?」

『はい。こちらも準備が整いましたので。〝鉄華団〟は違えることなく、このデブリ帯へと誘われるでしょう。そしてそれが――――彼らの最期の時』

 

 

 最初、このフードで顔を隠した男が接触してきた時。フォーリスや部下は延々と続く退屈な任務に大いに倦み緩んでいたものだ。だが彼と、〝アムドゥシアス〟が現れた時、フォーリスらの運命は大きく変わった、そしてこれからの運命も。

 

 

「ふ………我々ギャラルホルンと君の手勢の海賊が鉄華団の艦を討つ。私はセブンスターズに弓を引いた宇宙ネズミの幹部の首級を上げて地球へと凱旋。君と君の海賊は、生き残った哀れな少年兵をヒューマンデブリとして売り飛ばす。もしくは死ぬまで使い潰す。美しいウィン・ウィンの関係じゃないか」

 

『先のクーデリア・藍那・バーンスタインの地球行き、その経過としてギャラルホルンが撃破された結果、阿頼耶識使いたるヒューマンデブリの需要は大いに高まっております。全ての証拠はデブリに紛れ、何者も捜査することはないでしょう』

 

「素晴らしい」

 

 この男……厄祭教団のサングイス・プロペータなる人物との接触は、退屈な日々に倦み切っていたフォーリスにとって、まさに僥倖とも言える存在として現れた。

 男がフォーリスにもたらしたのは、1機のガンダムフレーム〝アムドゥシアス〟。そして、横に広い大男が率いるチンケな宇宙海賊。

 

 曰く――――デブリ帯に精通したこの男と共に、かの〝鉄華団〟の艦を討って欲しい、と。

 遥か遠くに、まだ原形を留めている1隻のコンテナ船が漂流している。〝アムドゥシアス〟の小手調べも兼ねて撃沈したテイワズのコンテナ船だ。おそらく正規航路の通行料を節約するためだろう、デブリ帯を突破する独自の航路を進んでおり、そこをフォーリスは、サングイスに紹介された宇宙海賊と共に沈めた。

 

 辺境のパトロール艦隊程度であれば航行記録の改ざんなど容易だ。テイワズ船はどこかのチンケな宇宙海賊に襲われて全滅。救難信号を受信したフォーリス率いるパトロール艦隊が急行したが時すでに遅し………。公式にはそのように記録されることだろう。そして、これからノコノコ現れるだろう鉄華団も。

 

 

 

 

 もう一つ通信ウィンドウが開かれた。大写しになったのは、でっぷりと太った大男の面立ち。

 

 

 

 

『へっ………旦那方ぁ、こっちの準備は万全ですぜ。ただ、デブリのガキを仕入れさせてもらえりゃあ、いい露払いになるんですがねぇ』

「はは………君の旧〝ブルワーズ〟はいつぞやの日に壊滅し、ヒューマンデブリの少年兵たちもその時にそっくり明け渡してやったのだろう? 最近ようやくホームレスから立ち直った君に、デブリに芸を仕込む時間があるのかね――――ブルック・カバヤン?」

 

 

 大男……かつて〝ブルワーズ〟の頭領として非正規航路で猛威を振るった大海賊ブルック・カバヤンは、からかうようなフォーリスの言葉に『んぁ?』と嫌悪の表情を隠さなかった。

 

 

 宇宙海賊ブルワーズ、そしてブルック・カバヤン。この名を知る者のいくらかは、彼らが鉄華団とタービンズと交戦して大敗し、組織としては瓦解……部下にも裏切られ全てを失ったブルックは往年の勢いなど感じさせない零落した姿を、古びた圏外圏コロニーの片隅で晒している所まで知っていることだろう。

 だが通信ウィンドウに映されているブルック・カバヤンは、大型の艦長席に踏ん反り返り、大いに満ち足りた様子だった。

 

 

『………まァ、その通りではありますがねえ。なーに、また鉄華団のガキを捕らえ直して仕込み直すなんざ、朝飯前でさ。ちょいと薬をかがせて、ボコ殴りにして、顔のいいガキはちょっと犯してやりゃあ………』

「いたいけな少年たちから希望を奪う仕事は君に任せるよ。………私はもっと大いにこのパーティを楽しむつもりだ」

 

 

 このデブリ帯は、モビルスーツ乗りにとって最高の舞台だ。

 一瞬でも気を抜けば荒れ狂うデブリの餌食。鉄と岩塊の轟嵐の中、敵味方のモビルスーツが激突し互いに命を食み合うのだ。これほどの興奮は、ギャラルホルンで雌伏している身では到底味わえない。

 先の戦いも大いにフォーリスの感性を刺激したが――――今度の敵、鉄華団はさらに楽しませてくれるに違いない。

 

 

 

「さあ………早く来たまえ鉄華団の少年兵諸君! このフォーリス・ステンジャと不愉快な海賊君と一緒に、大いに殺し合いを愉しもうじゃないかッ!!」

 

 

 

 サングイスがフードの奥でほくそ笑んでいるのを、見た者はいない。

 

 

 

 

 




【オリメカ解説】

ASW-G-67〝ガンダムアムドゥシアス〟

フォーリス・ステンジャ二佐が所有するガンダムフレーム。
フォーリスに接近する厄祭教団によって提供され、彼の愛機として改修が施された。

ナノラミネート装甲によりビーム兵器が無用の長物と化した現代でありながらビーム兵器を主兵装としたした挑戦的な機体であり、小惑星や大型デブリを一撃で破壊できる大出力ビームキャノンの他、ビームサーベル、〝グレイズ〟用のショートバレルライフルを装備する。

ビーム兵器を直接モビルスーツや艦船に直撃させたとしてもナノラミネート装甲によって無効化されることは明白であり、ビーム兵器に対して無防備なデブリや小惑星を押し出し、もしくは破壊し「デブリによって押し潰す」「デブリをまき散らす」ことで敵機敵艦に損害を与える戦術を取る。そのため、専ら大型デブリの多い廃棄コロニー群や小惑星帯で活動することとなる。

事前に広範囲に小型連携LCSユニット〝マイクロコクーン〟を散布し、マイクロコクーン同士によるセンサーの連携・データリンクによって視界や情報が制限されるはずのデブリ帯において全デブリの位置と運動を把握。それによって大出力ビームキャノンの超精密・超長距離射撃能力を実現している。

(全高)18.4m

(重量)40.11t

(武装)
大出力ビームキャノン×1
ビームサーベル×2

120mmショートバレルライフル×1
バトルアックス×1

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【オリキャラ解説】

フォーリス・ステンジャ

出身:地球・ヴィーンゴールヴ
年齢:35歳

ギャラルホルン・アリアンロッド艦隊所属の高級士官。階級は二佐。オーリス、コーリス、モーリスとは遠い親戚関係にある。
火星―地球間航路パトロール艦隊の一指揮官であり、優れた指揮能力とモビルスーツパイロットとしての実力を有する。
ステンジャ家の傍系出身者として与えられた辺境での任務に倦みきった退屈な日々を送る一方、立身出世と、危険に身を晒す極限の闘争を望んでおり、厄祭教団からの接触に応えて与えられた〝ガンダムアムドゥシアス〟を駆り鉄華団に戦いを挑む。


(原作では)
登場無し。
一生をパトロール艦隊の指揮官として、その任務の継続に費やした。




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