鉄と血のランペイジ   作:芽茂カキコ

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6-6.

▽△▽―――――▽△▽

 

『く、くそぉっ! こいつら………』

「焦るなよ皆っ! どの道俺たちの勝ちは決まってるんだ! 無理せず1機1機倒していくぞッ!」

 

〝カガリビ〟と〝ローズリップ〟に襲いかかってきた5機の〝グレイズ〟。

 アストンら〝ランドマン・ロディ〟隊は艦の盾になりつつ、撃ち返し、陣形に隙あらば突撃をかまして敵を仕留める戦術で………ようやく1機の〝グレイズ〟を撃破した所だった。

 

 だが敵の陣形は強固だ。むやみに突っ込めば敵の集中砲火を浴びてこちらがやられる。

 アストンは仲間と共に〝グレイズ〟隊に撃ち返しつつ、チラリとスラスターガスの残量表示に目を落とした。

―――すでに残量は半分を割り込んでいる。ここまで減ると、重装甲の〝ランドマン・ロディ〟が動ける時間は残りわずかだ。

 それに、アストンはさほど動かなかったが、ビトーのように何度も突撃をぶちかまそうとした機体は………

 

 

『くそ………俺の〝ランドマン・ロディ〟もうガスがヤバい!』

『援護する、ビトー! 一旦下がって!』

『大丈夫だ! こんな奴らに………!』

 

 

 その時、それまで〝ランドマン・ロディ〟隊目がけ広範囲に撃ちかけていた〝グレイズ〟隊の銃火、その射線が1機に―――――スラスターガス切れ寸前で動きが鈍りつつあるビトーの〝ランドマン・ロディ〟に集中し始めた。

 

 分厚い装甲が何度も激しく着弾で打ち叩かれ、うち数発がビトー機のマシンガンに直撃。ビトーが反射的に放り投げた直後にマシンガンは爆散した。

 

『うぐ………っ!』

「ペドロ! ビトーを連れて下がれッ!」

『りょ、了解!』

 

 

 アストンらが前に出て敵を引き付け、その隙にペドロ機がビトー機に近寄って撤退させようとする。

 が、こちらの陣形が乱れたことを察知した〝グレイズ〟隊は………今度はアストンに銃火を集中させ始めた。

 

「うっ………!」

『アストン!?』

『ちくしょ……やらせるかよっ!』

 

「だ、ダメだ! 無理に前に出たら……!」

 

 

 着弾に堪えつつ僚機に突出し過ぎないよう指示を飛ばそうとするが、その後の敵の動きは余りにも迅速で、こちらの動きを効果的に抑えつつ、2機の〝グレイズ〟がビトーとペドロの〝ランドマン・ロディ〟へと迫る。

 

 

『な………ッ!』

「逃げろビトー!!」

 

 

 咄嗟にアストンは叫ぶが、ペドロ機は着弾によって正確な射線が取れず、ビトーはマシンガンを失ったばかりだ。

 1機の〝グレイズ〟が、無防備なビトーの〝ランドマン・ロディ〟に肉薄し、バトルアックスを振り上げた―――――

 

 

 

 が、次の瞬間、横から降り注いだ射撃によって〝グレイズ〟は吹き飛ばされ、次いで、飛び込んできた白銀の機体の強烈な蹴りが〝グレイズ〟の胸部にめり込む。

 

 

 

「え―――――?」

 

 訳が分からず、アストンも、他の機体もポカン、と動きを止めてしまう。

 同じく唖然としたように立ち止まってしまったもう1機の〝グレイズ〟にも、今度は巨大な剣の刃が突き立てられた。

 瞬く間に2機を葬ったその機体は………

 

 

 

『――――鉄華団のモビルスーツ! こちらはゼント傭兵艦隊所属〝グレイズX〟、アイン・ダルトン大尉だ。モンターク商会の依頼を受け、君たちの援護のため、参上した!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 状況はあっという間に一転した。

 腕を掴まれ、身動きが取れなくなる〝アムドゥシアス〟と、あらん限りのパワーで締め上げるクランクの〝フォルネウス〟。

 

 だが、〝アムドゥシアス〟は腕部の装甲をパージして〝フォルネウス〟から逃れると、ショートライフルを連射モードで撃ちまくってきた。

〝フォルネウス〟はすかさず飛び上がり――――まるでサメのような形態へと変形した。

 

 目にも止まらない機動で自在にデブリの海を泳ぐ〝フォルネウス〟を前に、〝アムドゥシアス〟の射撃は一発たりともそれを捉えることができない。

 

 

『ちょこまかとォ………!』

『ハ! そのような状態でやろうというのかッ!!』

 

 

 舐めるな! と〝フォルネウス〟は次の瞬間、急激な回避機動から一転、〝アムドゥシアス〟へと迫り、変形形態の頭から突っ込んでいった。

 激突した〝アムドゥシアス〟はそのまま後ろへと突き飛ばされて、巨大なデブリへと叩きつけられる。手負いの〝アムドゥシアス〟相手に、クランクの〝フォルネウス〟は優位に戦いを進めていた。

 

 

 その間に――――俺は〝ラームランペイジ〟を駆り、岩塊に食い込んで動かなくなった〝ランドマン・ロディ〟の元へと駆けつけた

 

「クレスト! 大丈夫か!? 返事を………!」

『………カ……カケ……ル……』

 

 ノイズ交じりの返事。

 だがそれは余りにも弱々しく、今にも掠れて消え入ってしまいそうなほど。クレストが潰れた〝ランドマン・ロディ〟のコックピット内で危ない状態になっていることは明らかだった。

 今すぐモビルスーツごと引き揚げて〝カガリビ〟へと運び込めば助かるかもしれない。だが、あの男―――フォーリス・ステンジャを確実に撃破しなければ………

 

 

『カケルっ!!』

 

 

 逡巡していたその時、1機のモビルスーツが。

センサー表示に目を落とすと、

 

 

【FENI RINOA】

【STH-14s】

 

 

「フェニー!?」

『カケル無事!? こっちの敵は全部撃破したわ。あとはアイツだけ………』

 

 

 見上げれば、2機のガンダムフレームが未だ激しく斬り合っている。

 その力量はほぼ互角。〝アムドゥシアス〟は損傷しているにも関わらず〝フォルネウス〟相手に一歩も引いていない。

 その均衡を崩さなければ―――――

 

 

「フェニー。クレストを頼む」

『わ、分かったわ。………ここまで来て死なないでよね』

 

 

 通信ウィンドウ越しに俺はフェニーに頷き、フットペダルを踏みつけ頭上の激闘目がけて飛び上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

「ぬんッ!!」

 

 クランクは気迫と共に振り上げたバトルランスを〝アムドゥシアス〟目がけて叩き付ける。

 だが〝アムドゥシアス〟はすんでの所で回避。返す一撃でショートライフルを叩き込まれ、クランクはすかさず〝フォルネウス〟を高速航行モードへと変形させて銃撃をかいくぐる。そして再びモビルスーツ形態へと戻り、ミサイルを撃ち放つが、〝アムドゥシアス〟は悠々と泳ぐように飛び回るデブリを盾にしながら回避していった。

 

 

「何という手強さだ………! 傷ついた機体でこうまで………」

『はは、戦いに集中したまえよ!』

 

 一瞬にして〝アムドゥシアス〟は〝フォルネウス〟の眼前へと迫り、クランクはその斬撃をバトルランスの柄で受け止めた。

 互いに繰り出される鋭い斬撃。

だが機体性能・力量は互いにほぼ互角。決め手を欠く状況にクランクはただ攻めあぐねていた。

 

 

「く………! 敵ながらよくやる」

『君との戦いもなかなか楽しいがね! ただ、少々中だるみし過ぎたかな? そろそろフィナーレといこうじゃないかッ!!』

 

 

 息つく暇もないほどに次々と斬撃が繰り出される。〝アムドゥシアス〟のバトルアックスを交わし、バトルランスで受け止め、〝フォルネウス〟の腰部キャノン砲を跳ね上げようとしたが――――トリガーを絞った瞬間に砲身が半ばから斬り飛ばされ、同じく真っ二つにされた弾体が爆発。飛びずさる2機の合間を激しい爆発で彩った。

 

 

『はァ―――――ッハハハハハハハハァ!!!』

 

 

 絶叫と共に爆発を引き裂き、〝アムドゥシアス〟が突っ込んでくる。

 クランクはすかさずバトルランスを振り上げようとするが………敵の突進の勢いがわずかに優る。

 

 避けきれない―――――〝アムドゥシアス〟のバトルアックスが、がら空きの〝フォルネウス〟の胴へと………

 

 

 

 が、次の瞬間。激しい弾幕が〝アムドゥシアス〟を一瞬飲み込み、その機体は横へと吹っ飛ばされた。

 荒れ狂うデブリの間から、巨砲を構えて飛び込んできた機影は、

 

 

【ASW-G-40】

 

 

「〝ラーム〟………カケルか!」

『こいつを潰せばッ!!』

 

 ガトリングキャノンをばら撒きながら敵機の動きを牽制しつつ、カケルの〝ラームランペイジ〟は着弾によってよろめいた〝アムドゥシアス〟へと肉薄。

〝アムドゥシアス〟のバトルアックスと〝ラームランペイジ〟のコンバットブレードが幾度となく斬り結ばれ――――その背後にクランクは回り込んだ。

 

 そして残ったもう一門の腰部キャノン砲を跳ね上げ、〝アムドゥシアス〟目がけて撃ち放つ。激しい鍔迫り合いの最中。敵機に回避する余裕は無い。

 大型の砲弾が〝アムドゥシアス〟へと叩き込まれ、瞬間的に姿勢制御を失って弾き飛ばされた。

 

 

『おのれ………ッ!!』

 

 

 敵の眼前には〝ラームランペイジ〟が。

〝アムドゥシアス〟は飛び上がろうとスラスターを噴き上げるが………ワンテンポ遅い。

 だが敵はしぶとく、残った腕を犠牲に〝ラームランペイジ〟のコンバットブレードを脇へと受け流す。

 

 

『まだだァよ! まだ………っ!』

『終わらせるッ!!』

 

 

 カケルは迅速に動いた。

 受け流されたコンバットブレードから手を離し〝ラームランペイジ〟の片手で〝アムドゥシアス〟の頭部を掴むと、もう片方の手で拳を作り、

 

 

 

『―――――――――ッ!!!』

 

 

 

 強烈な拳の一撃を〝アムドゥシアス〟の胸部全体に叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

――――どうだ!?

 

〝ラームランペイジ〟の前面コックピットいっぱいに、拳を叩き込まれて押しつぶされた〝アムドゥシアス〟の胸部が大写しとなっていた。………正確にはコックピットがある部位よりやや下よりだが。

 

 すでに〝アムドゥシアス〟はほとんど全ての戦闘能力を失っていた。ビームキャノンは使用不能。両腕部は破壊され、もはや武器を保持することもできない。おそらくスラスターガス残量も残りわずかだろう。俺の〝ラームランペイジ〟同様に。

 

 

「これで………ッ!」

 

 

 俺は再び〝ラームランペイジ〟の拳を振り上げて、今度こそフォーリス・ステンジャをコックピットごと叩き潰そうと―――――

 だが、

 

 

 

【CAUTION!】

 

 

 

『カケルッ!』

 

 警告音とクランクの喚起はほぼ同時だった。

 デブリの陰から一発の、大型ミサイルが撃ち出され〝ラームランペイジ〟へと迫る。

 すかさず〝フォルネウス〟が割って入り、装備していた対艦ナパームミサイルを発射して撃ち落とすが―――――その瞬間にミサイルが爆散。ピンクの輝きを放つ莫大なスモークが一瞬にして周囲の何もかもを飲み込んだ。

 

 

 よく知っている兵器……ナノミラーチャフだ。

 

 

「どこから………っ!?」

 

 周囲は重力場の崩壊により、嵐のように荒れ狂うデブリ帯。

 長距離ミサイルなど撃った所でデブリに激突して終わるはず。だが、ミサイルは突然に俺の前に現れたのだ。

 センサーは全て使用不能となりコックピットモニターにもノイズが走る中、俺はナノミラーチャフを放った敵を見出そうと――――

 

 

 

 

 

 

 

 1機の黒いモビルスーツが、チャフの煙幕の奥から………こちらを見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

「!」

 

 今封じ込めている〝アムドゥシアス〟でも〝フォルネウス〟でもない。

 チャフの煙幕越しに薄っすら見えた黒を基調としたシルエット。そして、瞬間的に瞬いた頭部の双眸。

 示される答えはただ一つ。

 

 

「ガンダムフレーム………!」

『く……! また新手とは厄介な』

 

 

 隣接した位置にいる〝フォルネウス〟が、チャフ諸共黒いガンダムフレームを焼き尽くすべく残る対艦ミサイルを構えるのが見えた。

 が、その瞬間に黒いガンダムフレームは、煙幕の奥底へと引き下がって姿を消してしまった。

 

 構わず〝フォルネウス〟の対艦ミサイルが撃ち放たれ、次の瞬間、対艦用のナパーム弾頭が炸裂して周囲をチャフごと焼き払う。

 だが視界がクリアになったその時には、黒いガンダムフレームはその姿を完全に消し去っていた。

 

 

「逃げた………?」

『む、カケル! その機体を見ろ!』

 

 クランクに促され、俺は締め上げているはずの〝アムドゥシアス〟の方へと振り返った。

 その機体は変わらず〝ラームランペイジ〟に掴まれたまま。

 

 だが、コックピットハッチがいつの間にか開け放たれていた。ハッチからせり上がっていたパイロットシートには、もう誰も座っていない。

 

 

「逃げられたか………」

『口惜しいがここまでのようだ。だが、もうギャラルホルンに戦闘能力は無い』

 

 は………、と小さく息をつく。

 そこで俺は、コックピット中に細かい汗の粒が漂っていることにようやく気が付いた。空調が効いているはずのパイロットスーツの中も汗だくで、まるでびしょ濡れなのに厚着をしているかのような気分だ。

 

 ようやくパイロットスーツ内の空調が効き始めて、汗が急速に冷やされていく心地よい感覚に、俺はゆっくり自分をクールダウンさせていった。

 

 

『我々も撤退だ。ガスの残りはどうだ?』

「大丈夫ですクランクさん。艦に帰るぐらいなら」

 

 スラスターガス残量は既に危険域に差し掛かりつつあったが、帰艦には問題ない量だ。

 予想外の戦利品――――乗り手が去った〝ガンダムアムドゥシアス〟の重量を加えると、少し心もとないかもしれないが。

 

 

「あ、クランクさん………」

『分かっている。俺が受け持とう』

「助かります」

 

 まだガス残量に余裕のあるクランクの〝フォルネウス〟が〝アムドゥシアス〟を代わりに抱えて、先に離脱していく。

 その後を追うように、俺は〝ラームランペイジ〟を飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて、どこからか停戦信号が打ち上げられた。撃沈したハーフビーク級から辛くも脱出したランチから打ち上げられたものだ。

 その煌めきに引き寄せられるように、クランク率いる〝ゼント傭兵艦隊〟のモビルスーツ〝フレック・グレイズ〟隊が集まる。そして戦意、戦闘能力、それに荒れ狂うデブリ帯からの脱出手段を失ったギャラルホルン将兵を救出していく。

 

 

 かくて、鉄華団とギャラルホルン、それに宇宙海賊を交えたデブリ帯での激闘は、

 

 ギャラルホルン――――ハーフビーク級戦艦2隻、宇宙海賊の強襲装甲艦1隻の撃沈。

 モビルスーツ〝グレイズ〟〝ジルダ〟の大半が撃墜。残りが鹵獲。

 

 襲撃者であるギャラルホルンと宇宙海賊がほぼ全滅する甚大な犠牲を残して、終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 太平洋上を優雅に航行するギャラルホルン地球本部〝ヴィーンゴールヴ〟。

 人類圏全体をその武力によって監視―――実質的に支配―――するギャラルホルンにとって最大の意思決定機関である7大名門〝セブンスターズ〟が本拠を構え、彼らは帆を思わせる巨大なビルディングの最上層にて、ギャラルホルン全体の運営そして政治的な方針を合議によって決定する。

 

 今日、それ以前と変わることなくセブンスターズ各当主が集う。最近の情勢変化による新たな顔ぶれを揃えつつ。

 

 

 ファリド家新当主――――マクギリス・ファリド。亡きイズナリオの正統な後継者として、監査局特務三佐から地球外縁軌道統制統合艦隊総司令官准将へと昇進。そして、ボードウィン家長女アルミリア・ボードウィンとの婚約が決定しており、新参でありながらも政治的存在感は計り知れない。セブンスターズ当主として、落ち着いた物腰でファリド家の席へと座していた。

 

 クジャン家新当主――――イオク・クジャン。先代クジャン公亡き後、親交の深かったエリオン家が庇護・後見してきたが、この度セブンスターズの一席として正式にお披露目となる。エリオン家が統括する月外縁軌道統制統合艦隊アリアンロッドにおいて1個艦隊指揮官としての地位と権限を与えられているものの、若輩者故に目立った功績を上げることができておらず、今も、緊張した面持ちでクジャン家の席へと腰を下ろしていた。

 

 

 そんな彼らを、ファルク家当主…エレク・ファルク。バクラザン家当主…ネモ・バクラザン。ボードウィン家当主…ガルス・ボードウィン。エリオン家当主…ラスタル・エリオンが隣席にて悠然と見守っている。長年セブンスターズの一員としてギャラルホルン全体の意思決定に関わってきた彼らは、その老練さと、そして老獪さを以て、互いに微笑み合いすら交わしている。

 

 

 

「………ほぅ、離反部隊とな?」

 

 

 

 何ら危機意識を感じさせない穏やかな雰囲気を漂わせつつ、エレク・ファルクはマクギリスの方を見やる。

 本日最初の議題。それは、新参者であるマクギリスから発せられたものだった。

 マクギリスは、ファルク公、バクラザン公らを見渡しつつ口を開く。

 

「はい。全ギャラルホルン部隊はここ、ヴィーンゴールヴによって統括され、そして各家が地球外縁軌道統制統合艦隊総、月外縁軌道統制統合艦隊といった各部隊を統制しているのはご存じの通り。ですが、セブンスターズの指揮権は地球から離れれば離れるほど………特に圏外圏においてはその制御を受け付けない傾向にあり、圏外圏に属する支部や部隊では地球の意思によらない独自の動きを見せている者もおります。以前の火星支部のように」

 

「しかし、そのような動きがあれば監査局が適宜摘発していくのであろう? そのための監査局ではないか。それは、監査局の出である貴公がよく知っておろう?」

「はい、バクラザン公。ですが監査局と言えども圏外圏において十分な監査能力を有しているとは言い難いのが実情です。圏外圏部隊の統制の乱れは航路の不安を引き起こし、火星・木星圏といった圏外圏市民の困窮に………」

 

 

「何だと!? あろうことか貴公はラスタルさ……エリオン公の統制能力を疑っているというのかッ!」

 

 

 椅子を蹴飛ばさん勢いでイオクが立ち上がった。「はは、落ち着いてクジャン公」とボードウィン公がその場を取りなし、イオクも熱くなり過ぎたことを自覚したのか、肩を怒らせつつも再び席に座る。

 だが、場の空気を変える好機だ――――マクギリスは内心ほくそ笑んだ。

 

 

「私としてはそのようなことを申すつもりは無かったのですが。ですが申し上げた状況からクジャン公がそう発言なされたのは尤もなこと」

「な、貴様………っ!」

 

「圏外圏の治安維持は、月外縁軌道統制統合艦隊の管轄です。ですがここ最近、圏外圏での事件が酷く目立っている。責任問題云々以前に、世界の治安を維持するギャラルホルンとして看過すべきではないかと」

「それを言うなら地球外縁軌道統制統合艦隊とて、独断による地球への降下! 各経済圏との改善悪化! 先代ファリド公の経済圏政治家との癒着問題! ギャラルホルンの地球での信用を地に落とすような………」

 

「先の問題を起こしたカルタ・イシュー、そして亡き父上を後継する者として組織の一新と透明化、監査局と連携しての腐敗の一掃を進めて行く所存です。………では月外縁軌道統制統合艦隊はいかがなさるおつもりでしょうか? 先日――――鉄華団なる圏外圏の民間組織に対しアリアンロッド艦隊の一部隊が攻撃を仕掛け、行方をくらましたとの情報が私の耳に入っておりますが」

 

 

「―――ほう、父上にも勝るとも劣らない見事な情報収集力だ」

 

 

 なおも激高しようとするイオクを目配せだけで抑えつつ、隣席のラスタル・エリオンは昼行灯めいた微笑みをマクギリスに投げかけた。

 

「ファリド公の指摘の通り、我がアリアンロッド艦隊も現状、全部隊の全てを完璧にコントロールしているとは言い難い。各所に綻びが生まれつつあるのは事実だ」

「な、ラスタルさ………エリオン公! それは………」

 

「私も、この改革の機運を機に組織の健全化をより一層推し進めていこう」

 

 

 おお、なんと頼もしい。と、ファルク公やバクラザン公が気楽な表情で互いに顔を見合わせた。

 

「先の一連の事件で、世論のギャラルホルンへの風当たりは一層強まっている」

「気鋭のファリド公と熟練のエリオン公が並んでギャラルホルン改革の旗手となってくれれば安心じゃ」

 

 

 結局、セブンスターズが一堂に会したこの会議は――――新参のファリド公とクジャン公の顔見せ、組織改革への意見の一致、を成果に幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

「何故ですラスタル様!? なぜあの場でマクギリスを糾弾せず………」

「はは、落ち着けイオク。糾弾しようにも今の我々には弾が無い」

 

 セブンスターズ会議は解散し、所変わってエリオン家の執務室。

 ゆったりとした椅子に腰を下ろしたラスタルは、なおもマクギリスへの怒り冷めやらぬイオクをたしなめた。

 

「先代ファリド公も中々の曲者だったが、あのマクギリス・ファリドもな。楽しませてくれる」

「ファリド家の正統な嫡子でもないあの男が、ラスタル様の顔に泥を塗るよな真似をするなど………!」

 

 マクギリス・ファリドはイズナリオが妾に生ませた子供である。社交界で囁かれる陰口のことはラスタルも十分承知していた。

 今のギャラルホルンでは血統こそが全てだ。地球で、いい家柄に生まれた者は苦労せずに家柄に見合った高位につくことができ、逆もまた然り。

 秩序、という一点において、家名の世襲は極めて有効であった。特定の家門に権限を集中させ続けていれば、それだけ実務のノウハウも蓄積し、コネクションも強固となる。300年かけて培われてきた血の繋がりこそ、ギャラルホルンが厄祭戦後今日に至るまで世界に秩序を保ってこられた原動力と言える。

 

 だが、体制や階層が硬直すれば、腐敗が始まる。貧富貴賤に関わらず。

 

 だからこそギャラルホルン支配下の硬直した体制下においては定期的に〝膿〟を取り除く作業が必要だった。長年蓄積してきた貧困層の不満と暴動、経済圏上層部やギャラルホルン内部の腐敗。それがもたらす経済の悪化と治安維持能力の低下。長年かけて蓄積する〝膿〟を定期的に除去し、世界の秩序を保ち続ける。それこそがアリアンロッド艦隊、そしてエリオン家の使命であったのだが―――――

 

 

「まあいい。これを機にマクギリスは地球外縁軌道統制統合艦隊の活動範囲拡大を主張してくるだろうが、現状こちらとしては様子見もやむ無しだろう」

「そんな、ラスタル様………!」

 

 心配するな、イオク。とラスタルは椅子から悠然と立ち上がった。眩い陽光が差し込む窓へと近寄り、エリオン邸の壮麗な前庭を見下ろしつつ、

 

 

 

「なに、既にこの一件のタネは承知している。――――〝厄祭教団〟。これがあ奴、マクギリス・ファリドが操る〝影〟の正体だ。タネと仕掛けさえ分かっていれば恐るるに足らんよ」

 

 

 

 マクギリスは上手く〝厄祭教団〟との繋がりを隠蔽しているつもりだろうが、エリオン家が代々培ってきた地球での情報網から逃れることは容易ではない。

 それでも、厄祭教団についての情報はラスタルや〝あの男〟の力を以てしても、そう多くを手にすることはできなかった。だが、セブンスターズの政争に絡んできた以上、全てが詳らかになるのは時間の問題だ。

 

「………ラスタル様ッ!」

「うん?」

「厄祭教団なる不埒者を討伐する任、どうか私にご命令ください!! 必ずや首魁の首を討ち取ってご覧に入れて見せますッ!!」

 

 そうだな、とラスタルは思案した。

 イオク・クジャン。クジャン家新当主としてセブンスターズ会議への出席を許されたが、その重責を担うに足りる実績を、まだ上げることができていなかった。

 影から社会の混乱を誘う厄祭教団を討伐すれば、クジャン家の名にもさらに箔が付き、イオクを御曹司だ何だのと陰口を叩く連中にも、いい一撃になるだろう。だが、若く実戦経験も無いイオクとその取り巻き達では心もとないのも事実だ。

 

 

「そうだな………ならば〝奴ら〟も連れていけ」

「奴ら………最近、月基地に出入りするようになった例の奴らのことですか?」

「ああ。モビルスーツ乗りとして腕は確かだ。私が保証しよう」

「ら、ラスタル様が力量を保証される程の………」

 

 

 執務机にあるコンソールのタッチパネルコマンドを叩くと、二人の人物データが壁面ディスプレイに表示された。

 

 

【JULIETA JULIS】――――20、いや10代の少女のボーイッシュな面立ちとブロンドのショートヘア。一見すると可憐な少女だが、〝あの男〟が自ら手ほどきし、ラスタルに推挙した戦闘のプロフェッショナルだ。

 

【VIDAR】――――ファミリーネームの無い、ただ〝ヴィダール〟とのみ。

 さらにはフルフェイスマスクによって素顔をすっぽり覆い隠してしまっており、ラスタルや一部の者を除き、その正体を見抜ける者はいないだろう。こちらも、ことモビルスーツ戦においては役に立つ。

 それに―――――彼の専用機も間もなくロールアウトする予定だ。

 

 

 入念な下準備、根回しを徹底すれば失敗の可能性を限りなくゼロに抑えることができる。イオクにも常々言い聞かせている、いわば家訓だ。

 圧倒的武力と正確な情報。ギャラルホルンだからこそ有することができる二大武器があれば、大抵の敵は脅威にはなり得ない。

 

 マクギリスはこちらを追い込んでいる――――と思い込んでいることだろうが、事はそう単純に進むことは無い。

 エリオン家に、ひいてはギャラルホルンに挑む者は、すべからずその報いを受けることになるのだ。

 

「ありがとうございますラスタル様! 必ずやクジャン家の誇りにかけて………」

「だが、まあ準備には時間がかかる。すぐに出陣することは不可能だ。古くからこう言われているではないか。―――――果報は肉を食って待て、とな」

 

 

 

 肉だ! 肉を食いに行くぞッ!! とマントを翻し、ラスタルは足早に執務室を後に。一拍遅れて「わ、私もッ!」とイオクがそれに続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 煌びやかなヴィーンゴールヴの水面下では、セブンスターズや名門に連なる各家が互いを食み合う権謀術数が繰り広げられている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 4隻の艦――――鉄華団の強襲装甲艦〝カガリビ〟、タービンズのコンテナ船〝ローズリップ〟、それに救援に駆けつけたゼント傭兵艦隊のハウンドフィッシュ級戦艦2隻――――は、ようやくデブリ帯を脱出しタービンズが使用する輸送航路へと復帰した。

 

 

「我々ゼント傭兵艦隊は、モンターク商会専属の航路護衛部隊として発足したものだ。主に地球圏で活動していた傭兵や、出自を理由に火星支部で冷や飯を食わされている者を呼び寄せてな」

 

 何というか………、一瞬どこぞのファースト・オーダーの軍服と見紛うほどの黒い制服を着たクランクが俺たちに説明してくれた。

〝ローズリップ〟の応接室。〝ハンマーヘッド〟のそれと比べるとやや手狭だが、俺たち―――俺とキャンベラ船長、それにクランクが会合するに十分なスペースが用意されていた。

 

「元々はモンターク商会が採掘したハーフメタルの輸送護衛のため火星に向かう途中だったのだが、モンターク氏から急遽通報を受けてな。鉄華団がギャラルホルンの部隊に襲撃されていると。何とか間に合ったのは幸いだった」

 

「はい。ありがとうございます、クランクさん。クランクさんたちが駆けつけてくれなかったら俺たちは―――――」

「少なくとも死人が出ていただろうね。実際、ギリギリの所だったし」

 

 

 俺も、キャンベラも疲れ切った表情を隠せない。長時間に及ぶ戦いは否応なく俺たちを疲弊させていた。

 負傷者もそれなりにいる。特に酷いのは俺を援護して機体が大破した、クレストだ。だが幸いにして一命は取り留めており、〝カガリビ〟医務室のメディカルナノマシンベッドで治療を受けている。2、3日には回復できるそうだ。

 

 

 何とか誰一人仲間……家族を死なせることなく、難局を突破することができた。

 

 

「捕虜にしたギャラルホルン将兵については、こちらで預かり火星へと送り届けよう。新火星支部長のカルタ・イシュー准将は公明正大で知られるお方だ。こちらの事情をよく吟味くださるだろう」

 

 そうか。カルタが火星支部長になったのか。

 原作との相違に、俺はふと考えを巡らせた。一体、これらの変化が2期にどれだけの差異をもたらすのか。俺の現実世界での知識―――『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』の原作知識がどこまで通用するのか………。

 

 

「む? どうした、カケル?」

「え? あ、いえクランクさん。捕虜についてはクランクさんにお願いしたいと思います」

「うむ。お前も少し休め。戦い詰め働き詰めでは、いかに優れた兵と言えど身体が持たんからな」

「………そうですね」

 

 正直、ほんの30分でもいいから横になりたい。あと、まとまったメシもいい加減食いたい。

 特に喫緊の相談事項もないことを確認して、俺は〝ローズリップ〟の執務室を後にすることにした。

 

 

 

 

 

 

―――――カケルが立ち去った後、クランクは小さく息をついた。

 

「よもやギャラルホルンが海賊紛いの真似をするとはな………」

「ギャラルホルンが宇宙海賊とつるむなんて、アタシも初めて見たよ」

「今、捕虜たちを尋問しているが、どうやら外部からの依頼を受けていたようだ。莫大な報酬と引き換えに鉄華団の艦を襲うようにと」

 

「どこのどいつだい? タービンズに喧嘩を売ろうってバカは」

「依頼主については一部の上級士官しか知らないようだ。だが、生存者の中にはいなかった」

 

 フォーリス・ステンジャなる、鉄華団を襲撃したギャラルホルン艦隊の指揮官を取り逃がしたのはあまりにも痛かった。確保すれば腐敗の根を一掃する好機になったかもしれないだろうに。

 

 キャンベラはフック状の義手をガシャガシャ鳴らして調整しながら、

 

「こんなんで地球行って大丈夫なのかしらねぇ。あっちがギャラルホルンの総本山なんでしょ?」

「いや、地球の方がむしろ安全かもしれん。ギャラルホルンと言えどスポンサーである経済圏の領域内でそう好き勝手はできんからな。それに、ギャラルホルン地球支部を取りまとめているマクギリス・ファリド氏は監査局出身の公正なお方と聞いている。此度の襲撃部隊はアリアンロッド艦隊に連なる部隊であるから、その意味でもファリド家が影響力を持つ地球に行った方が安全は確保されやすいだろう」

 

「ふぅん。………政治ってのは複雑ねぇ」

 

「子供たちに政争の重荷を背負わせる時代になるとはな………。不憫な少年たちだ。大人の争いに子供が巻き込まれることなどあってはならないことだと言うのに………」

 

 

 クーデリア・藍那・バーンスタインの交渉によって、火星はようやく経済成長の契機を得ることができた。だが、それが福祉に結び付くにはまだまだ長い時間がかかる。

 何も知らぬ少年たちが戦場で消耗していく世は、まだ続いているのだ。

 カケルが、そんな運命から子供たちを助け出そうと尽力していることをクランクは良く知っていた。だが現実は、世界の治安を守るべきギャラルホルンすら無頼漢と化して子供たちに襲いかかる有様だ。

 

 一体、子供たちが犠牲にならぬ世が来るまでにどれだけの時間がかかるのか――――

 

 

「私は、大丈夫だと思うけどね」

 

 

 内心のクランクの苦悩を見透かしたように、義手を弄り終わったキャンベラはニッと笑いかけた。

 

 

 

 

「そんな世の中だからこそ、今日まで生きてきたあの子たちは十分に強いのよ。圏外圏の泥沼でもちゃんと生きて、仕事して、しっかりメシも食ってんだから、ちょっとやそっとじゃくたばらないよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

「………なぁ、アストン」

「何だ?」

「俺ら………今、生きてるんだよな。なんか、信じられねえよ」

「当たり前だろ。死んでたらココに座ってメシなんか食ってないって」

 

〝カガリビ〟のロッカールーム。

 汗だくのパイロットスーツを脱ぎ、鉄華団の団員服を着直したアストンたちは、床に胡坐をかいて栄養バーを頬張っていた。こうしているとブルワーズ時代を思い出すが、鉄華団の栄養バーは腐っていない新品だし、ドリンクもフルーツ味やチョコ味など色とりどりだ。

 

 アストン、ビトー、ペドロの他にも、隅でクレストが膝を抱えて、フルーツ味のドリンクを口にしていた。別部隊にいたクレストのことは、ブルワーズ時代からアストン達にとってあまり馴染みのある相手ではないが、モビルスーツ乗りとしてその腕前は全員が知っている。カケルを庇って怪我したらしいが、頭に包帯を巻いている以外はピンピンしたものだ。

 

 だが、特に会話の接点がある訳でもなく、ビトーもペドロもさして気にかけてない様子だ。アストンも、残る栄養バーを一気に食い切ってしまおうと………

 

 

「ねぇ、聞いていい?」

 

 

 おずおず、とした声がクレストの方から発せられた。

 滅多にないことにビトー、ペドロは驚いたように顔を見合わせる。彼らに代わってアストンは頷いた。

 

「ああ。どうした?」

「名前――――〝アルトランド〟の名前を貰うって、どんな感じ?」

 

 唐突の問いかけに、さして地頭が良くないアストンはすぐに答えられなかった。ビトーが、考え込むように呻きながら、

 

「どうって言われてもなぁ………あの昭弘さんが俺たちの兄貴分になってくれて、すげぇ! って感じか………?」

「俺もそんな感じ」

「どうしたんだよ、いきなり」

 

「………おれたちみたいなヒューマンデブリが、名前なんて貰ったら、その名前が汚れる、って思わなかったの?」

 

 それは………とビトーは気まずそうに顔を俯かせた。

 ヒューマンデブリ―――自分たちがひと山何ギャラーかでまとめ買いされただけの消耗品であるということ、その事実を今のアストンたちとて忘れたことはなかった。普通の団員と同じように扱われ、休みも、給料だってもらえる事実に戸惑ってさえいる。

 

 鉄華団のエースである昭弘から〝アルトランド〟の苗字を分けてもらったことも。

 

 

「昭弘さんが言ってた。………名前は守るもの、なんだって」

 

 

 沈黙を破ったのはペドロだった。

 

「名前は、絶対に無くしちゃいけない、大事なものだって。俺たち………デブリになって無くしちゃったけど、今度こそ、絶対に守る」

「ああ。そのためなら命だって惜しくねぇ」

 

 続くビトーの言葉に、アストンも小さく頷いた。死ぬのは怖くない。ヒューマンデブリにとって、他人の死も、自分の死も大して変わりはない。死ぬのが別の奴か、自分かの違いがあるだけで。

 でももし、こんなゴミみたいな命に意味を与えることができるのなら、誰かのためにこの命を使うことができるのなら………

 

 胸が、とても熱くなる。

 

 

「………そっか」

 

 

 クレストはおもむろに立ち上がった。少しブカブカのブーツで床を踏みしめながら、ロッカールームの外に向かおうとする。

 

「昭弘さんトコに行きたいなら、俺たちが話しとくぞ」

 

 アストンはそう声をかけたが、振り返ったクレストは「ううん」と首を横に振る。

 

「おれのこと、拾ってくれるって………物好きな奴がいるから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

「………ようやくこれで一件落着、か」

 

 被害報告をまとめたタブレット端末を片手に、俺は栄養バーを咀嚼しながら〝カガリビ〟の食堂へと向かった。

 時折行き交う夜勤シフトの団員たちは、さすがに誰もが疲れた様子だ。声をかけてやると、まだ気丈に返事してくれるが、これ以上の戦いは避けたい。

クランクから援助を受けたとはいえ弾薬やガスの残量が心もとなかった。

 

 俺たち鉄華団とゼント傭兵艦隊は敵兵を救助し、残骸同然で漂っていた〝ビッグガン〟を回収し、LCSが繋がった所で火星へ連絡。俺はオルガに事の次第と被害報告をまとめたデータを送った。

 

 あの戦いで俺たちが得たものと言えば――――〝ガンダムアムドゥシアス〟ぐらいか。どうにもギャラルホルンをけしかけた〝依頼主〟がフォーリス・ステンジャに提供したもので正規に登録されたギャラルホルン機ではないらしく、鉄華団が戦利品として頂く流れとなった。

鉄華団5機目のガンダムフレームだ。今頃フェニーは〝アムドゥシアス〟を保管しているモビルスーツ格納庫で大騒ぎ………

 

 

 

「………っへへ……まさか〝アムドゥシアス〟をこの手で………美し………幻のツインリアクターシステムぅ~………」

 

 

 

 夜間時間で照明レベルが下げられた薄暗い食堂。

 

 見ると、テーブルに突っ伏すように、フェニーが寝こけてしまっていた。テーブルに放られたタブレット端末に表示されているのは、鹵獲した〝アムドゥシアス〟の機体データだ。むにゃむにゃ、と寝言でしきりにガンダムフレームだの〝アムドゥシアス〟だの言っており、きっと夢の中で〝アムドゥシアス〟と夢の対面を果たしている所なのだろう。

 

 モビルスーツや艦の修理の陣頭指揮で、フェニーはかれこれ30時間以上は働き詰めのはずだ。

フェニーがいなければ、これほど早く〝カガリビ〟やモビルスーツ隊が復旧することはなかっただろう。クレストのことも〝百里〟の足の速さのおかげで、メディカルナノマシンベッドに入れて一命を取り留めることができた。

 

「お疲れさん」

 

 やや肌寒い食堂。俺はそっと、その肩にジャケットをかけてやった。気づかぬままフェニーは……モビルスーツ鍛冶がどうのと寝言をブツブツ呟きながら夢の中だ。しばらくガンダムフレームを弄り回す夢を見させてやった方がいいだろう。

 

 俺も食うもの食ってさっさと………

 

 

「ん?」

 

 

 食堂の出入口からなにやら視線を感じ、振り返ると、クレストがひょっこりと顔だけこちらに覗かせていた。

 

「どした? こっち来いよ」

「カケル………あの……っ」

 

 気まずそうに、トコトコとこちらに近づいてくるクレスト。俺は、一人分座れるスペースを開けてやった。

 クレストは、恐る恐る俺の隣に座り、俺を見上げて、

 

「おれ………なる。カケルの弟に」

「そうか。いいのか?」

「カケルについてって何が変わるのか、分かんないけど………おれ、カケルの役に立つ」

 

 俺は、そっとその小さな肩を引き寄せた。

 クレストは一瞬目をぱちくりさせるが、すぐに身を預けるようにすり寄ってきた。

 

 

「俺は………名前を分けてやることはできても、本当の家族に、兄貴になってやることはできないかもしれないけどな………」

「カケルは、おれたち皆の兄貴だよ。みんな、カケルのこと兄貴だと思ってる。だから、カケルのこと、守りたい」

「………そっか」

 

 

 責任重大だが、真正面から受け止めるのが俺のやるべきことだ。

 

「俺もだ。お前を………ここでできた家族を皆、守りたい」

 

 そして………

 

 この世界に来た俺の願いは一つ。鉄華団の………家族の、もう一つの未来を見ること。破滅ではない、もう一つの未来を―――――

 

 

 

 これで元ヒューマンデブリは全員、身元を確定してやることができた。

 

 

 

 

 

 

 

「………ん……?」

 

 腕がすごい痺れている。

 意識が少しずつはっきりし始めると、フェニーは自分がテーブルの上に突っ伏して寝こけてしまっていたことに気が付いた。起きようと思うのだが、まどろみが妙に心地よくて………

 

 と、隣が何やら騒がしいことに気が付いた。まだぼんやりする目を凝らすと、カケルが隣の席にいるのだ。それに、ときたまカケルの後をチョロチョロしているクレストという年少の団員も。

 

 二人はタブレット端末を見て、カケルが何やら書きこんでいた。

 

 

「――――これが蒼月駆留って字だ。意味は、そうだな………青い月、駆留は『走り続ける』って意味だな」

「この字、おれにもあるの?」

「そうだな。クレスト・蒼月だから、最初の一文字目は俺と同じ『駆』で………」

 

 

 二人の………まるで本当の兄弟のような様子に、頬をテーブルにくっつけたままのフェニーは少しだけ微笑みかけて、また眠気に誘われて夢の世界へと旅立った。

 

 

 

 

 

 

 

 その後、〝カガリビ〟〝ローズリップ〟はクランク率いる傭兵艦隊の護衛を受けながら、宇宙海賊の襲撃もなく地球圏へと到達。

無事、アーブラウの宇宙港へと入港したことを見届けると、ゼント傭兵艦隊の2隻のハウンドフィッシュ級戦艦は翻り、再び火星への正規航路へと戻り去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 つい数時間前まで激しい戦闘が行われていたデブリ帯―――――

 戦闘が終結して久しい現在、重力場の崩壊によって荒れ狂っていたデブリもようやく落ち着きを取り戻しつつ、デブリ帯を構成していた核であるスペースコロニーのエイハブ・リアクターが機能を停止したことにより、徐々に霧散しつつある。個々のエイハブ・リアクターが残っている以上デブリ帯が消失することは無いだろうが、ここに航路を設定している業者は再度の探査を求められることだろう。

 

 デブリを縫うように1機のモビルスーツが進む。黒を基調とした暗いフォルムに、ツイン・アイが煌めく頭部。モビルスーツに詳しいものなら、その機体がガンダムフレームの1機であることにすぐ気が付くことだろう。

 

 

 

 ASW-G-38〝ガンダムフレーム・ハルファス〟。それがこの機体の名称だった。

 

 

 

【CAUTION!】

 

 

 デブリ帯の只中に、センサーが何かを捉え、パイロット――――サングイス・プロペータは機体を静止させた。

 そして、1機の脱出カプセルを有視界内に発見する。損傷は少なく、まだ内部の生命維持機能は保たれている状態だろう。

 

サングイスは〝ハルファス〟のマニピュレーターの指先で、そっと脱出カプセルに触れた。接触回線が繋がり、中にいる人物との通信が可能となる。

 

 

 

『う、うお!? な、何だってんだぁ………』

「私です。ブルック・カバヤン」

『ん? お、おお。なんとか教団のサングイスとかいう奴だな? 助けに来たんだな、よしよし………あンのゴミガキども今度こそとっ捕まえて………顔のいいガキは変態共に売りさばいて、残りはまたブルワーズで使い捨てデブリとしてこき使ってやら………』

 

 

 

 

 ぐしゃり―――と〝ハルファス〟のマニピュレーターが、ブルック・カバヤンが押し込まれた脱出カプセルを握り潰した。

 

 

 

 

 ぎゅえぇ! とカエルが潰れたような無残な断末魔が一瞬〝ハルファス〟のコックピットに伝わるが、サングイスは静かに、潰された脱出カプセルを見下ろした。

 

「―――――全てはザドキエル様の御心のままに」

 

 ブルック・カバヤンを始末することは最初から決まっていた。ギャラルホルンが壊滅し、フォーリスに明け渡した〝アムドゥシアス〟が鉄華団に鹵獲されることも。

 もとより、子供たちを酷使し非道な形で死なせ続けてきた海賊を、慈愛深きザドキエル様がお許しになるはずがないのだ。

 

 

―――――たとえ世に理あろうと〝機動戦士ガンダム〟の名を汚す存在を野放しにしてはならないのだ。

 

 

『どうかね? 例の海賊君は見つかったのかな?』

 

 

 指揮官用〝グレイズ〟がサングイスの傍らに降りてきた。ようやく修復が完了したハーフビーク級戦艦〝バルドル〟から発進した機体だ。

乗っているのは、先の戦いで生き長らえたギャラルホルン指揮官、フォーリス・ステンジャ。

〝グレイズ〟はその頭部を、潰された脱出カプセルへと向けた。

 

『………ふむ。どうやら彼は、さほど幸運には恵まれなかったようだね』

「宇宙海賊に生存者は確認できませんでした。ギャラルホルン将兵の方々も、おそらく鉄華団そして途中乱入してきた武装組織に捕獲されたものと」

『そうかね。残念だよ』

 

 

 フォーリスの声音に、さして悲壮さは感じられなかった。

 

 

『さてさて。私も身の振り方を考えなければねぇ。何か堅苦しくない、とことん楽しめる仕事先があればいいのだが』

「是非とも我ら厄祭教団にお越しいただきたいと、ザドキエル様は仰せでございます。よりお楽しみいただけるモビルスーツもご用意できるかと」

 

『素晴らしい。では、お堅い公務員稼業からは足を洗うとしようか』

 

 

 全ては計画通りに進みつつある。

 ザドキエル様の御心のままに、世界はその有り様を変えるのだ。一歩、また一歩と。

 

〝機動戦士ガンダム〟として相応しい、鉄・血・混沌に満ちた世界に――――――

 

 やがて、〝ハルファス〟と〝グレイズ〟はデブリ帯の奥へと―――――溶けるように去っていった。

 

 

 

 

 




【オリメカ解説】

・ASW-G-38〝ガンダムハルファス〟

厄祭教団司祭、サングイス・プロペータが操るガンダムフレーム。
教団としての立場・使命の特性上、隠密を重視した機体に仕上がっており、視界及びセンサーから完全に身を隠すことができる複合遮蔽システムを備える。
しかし、性能の大半が秘匿されており、未だその真価を図ることはできない。

(全高)18.0m

(重量)38.6t

(武装)
不明



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これにて本話【67番目の悪魔】は終わりとなります。
次話については、まとまり次第投稿したいと予定中です。





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