鉄と血のランペイジ   作:芽茂カキコ

9 / 78
第2章 宇宙へ
赤い空の向こう


▽△▽――――――▽△▽

 

「アイン………」

 

 鉄華団本部の医務室。

 診察ベッドの上で、昏睡状態のアイン・ダルトンが横たえられている。

 頭や身体中に包帯やメディカルバンドを巻かれたアインの痛々しい姿に、その傍らに立つクランクはギュッと拳を握りしめていた。

 

「………俺たちの現状ではこれが手一杯です。医者に連れて行こうにも、途中で襲撃される恐れがあり、連れて来ようとしても同様です。外傷はほぼ癒えているので、後は意識の回復を待つだけかと」

 

「感謝する。アインの命が助かっただけでも………」

 

 捕虜になった後、クランクは物置を片付けた即席の独房に、一軍を追い出した後はその寝ぐらの一つに、外から鍵をかけて閉じ込めていた。一日何度かの外出と用足し、三度の食事にシャワー。オルガ達はこのギャラルホルン士官に、可能な限りの待遇を与えていた。

 そして今日、ようやく鉄華団の立ち上げ騒ぎがひと段落し、クランクのアインへの面会が叶ったのだ。監視付きだが。

 まさか「じゃあ、カケル頼むわ」と言われるとは思わなかったが………

 

「だが………このままで済むはずがない。ギャラルホルン火星支部は、クーデリア確保を諦めていないだろうからな」

「クーデリア嬢が安全に地球まで辿り着けるようにするのが、今の俺と……鉄華団の仕事です」

「………子供たちだけで、か? 少年兵だけで一体何ができると………」

 

 そこにあるのは子供への侮蔑はなく、危険な道を進もうとする鉄華団ら少年兵を、ただ純粋に心配しているのだろう。

 俺は、背の高いクランク二尉の面立ちをじっと見上げた。

 

「できるできない、じゃなくてやるしかないんです。今の俺たちにはそれ以外の選択肢はない」

「それは違うぞ! こんな危険な仕事などしなくても他に………」

「ここにいる連中はみんな、家族に捨てられたか死別し、地球の植民地同然の火星の経済難や教育インフラの未整備のせいでまともな仕事にも就けずに、ここに来るしかなかった奴らばかりです。そういう世の中なんですよ。ギャラルホルンと、4大経済圏が立て直した〝世界〟というのは………」

 

 く………! とクランクは歯噛みするが、反論することができないのだろう。

 だがそれは、クランク一人に責任があるわけではない。

 

「だから俺たちは行くんです。こんな日々に終止符を打つために、自分の未来を変えるために………希望を、見つけるために」

「………」

 

 握りしめた拳を震わせるクランク。そのまま俯き、しばらく沈黙する。

 

「………できることなら、今すぐお前たちの力になりたい………! だが俺はギャラルホルンの人間だ。俺には原隊に復帰する、責任がある」

「軍人としての良心に忠実であるべきだと、俺もそう思います。ですがここであなたを解放する訳にはいきません。………今あなたを解放したら、きっと殺されますよ?」

「だろうな。火星支部長……コーラルならきっと、いや必ず俺を殺すだろう。だが部下に責任が行くぐらいなら………! それに俺の存在が火種になるようなら………」

 

 俺は首を横に振った。

 

「今はむしろ、あなたを解放した方が火種になりかねない状態です。ギャラルホルン火星支部は今、部隊の多くを失ってこちらの出方を伺っている状態です。どんな形であれ刺激すれば、そこからまた戦闘が始まる………大勢の死者が出る」

 

 クランクは、何も答えようとしなかった。

 軍人として厳格で、それでいて人間としての良心に忠実なこの士官は、自分の古巣が為した不正義に、今はただ身体を震わせて耐え忍ぶしかないのだ。

 彼と、アインの処遇については、もうオルガと話がついている。

 

「クランクさん。貴方には、俺たちと一緒に地球に来てもらいます」

「何? 地球だと?」

「はい。このまま火星にいればどうなるか分からない。まともな形で原隊復帰することも叶わないと思います。ですが地球に行けば………少なくとも火星支部長コーラル・コンラッドの影響外です。そこで話を聞いてくれるギャラルホルン部隊に、貴方を引き渡す。もしまともな部隊が残っていればの話ですけど」

 

 クランクとアインを火星から引き離してしまえば、これから手薄になる鉄華団火星本部がクランクを原因に戦いに巻き込まれることは、まず無くなるだろう。

 

「よかろう。この身柄………すでにそちらに預けた身だ。だがせめてアインだけでも……無事に復帰させてやりたい。ギャラルホルンには彼のような清廉で優れた人材が必要なのだ」

 

〝グレイズ・アイン〟で大暴れするアレが………? と一瞬、ずっと先のことを思ってしまったが、さすがに口には出さない。上手くいけばグレイズ化を阻止することだってできる、かもしれないのに。

 

「じゃあ、そろそろ部屋に戻ってもらってもいいですかね?」

「ああ。アインの無事も確認した。後は捕虜として、大人しくしていよう」

 

 診察室の外には、念のため団長命令で待機している二人の少年兵が。

 彼らが持つアサルトライフルに目を落とし、クランクはまた、表情を暗くした。

 

「………やはり、子供ばかりなんだな………」

「そういや、クランクさんってお子さんとかいらっしゃるんですか?」

「軍人一筋。嫁も子もいない。無粋不器用とよく言われたものだ。それに軍人は常に死と隣り合わせだ。おいそれと身を固めることなどできん」

「もったいないですね。クランクさんみたいな人がバンバン子供を育てたら、相当まともな世の中になるでしょうに」

 

 鉄血世界では数少ない正気な大人なんだから。

 やがて会話も少なくなり、クランクを再び一室へと入れ、外から鍵をかける。

 

「さて………」

 

 おそらく明日かそこいらに、火星から火星共同宇宙港〝方舟〟へと向かうことになるだろう。

 CGSが所有していた強襲装甲艦〝ウィル・オー・ザ・ウィスプ〟を接収し、次の戦いに備えるために。

 

 

 それまで………トレーニングとモビルスーツの整備と、やることは山ほどある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 日暮れ前。

 鉄華団本部から離れた、ある岩場で。

 

『何の用だ? 昭弘』

『こいつは、お前が?』

『ああ。お前らの契約に関するデータなんだろ? ビスケットが見つけてよ』

『これを俺に渡すってのが……! どういう意味かわかってんのか?』

『ヒューマンデブリ。お前たちがマルバの持ち物だって証。そいつが無くなれば自由になれるんだろ?』

『だからそれがどういう意味かって聞いて………っ!』

 

『お前たちはもう誰のモンでもねぇってことだ。恩を売る気もねェし………どこへ行くなり好きにしな』

『………』

『けどよ、残るってんなら俺が守る』

『……守る? ゴミクズ同然の俺らをか?』

 

 自嘲し、声を荒げる昭弘に、オルガは変わらずフッと気取った笑みを投げかけた。

 そして昭弘へ、その右手を差し出したのだ。

 

 

 

 

『一緒によ。でっけぇ花火、打ち上げようぜ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「花火、ね………」

 

 昭弘のその口元からは、自然と笑みがこぼれていた。

 

「おい! ………気合入れていくぞ」

 

 突然発破をかけてきた昭弘に、背後にいた二人……ヒューマンデブリ仲間のダンテ・モグロとチャド・チャダーンが「お、おう……」と戸惑ったように応える。

 彼らを先導していた鉄華団会計士、デクスターは、自分がどやされた訳ではないと安堵しつつも、

 

「事務手続きと、資材の搬入をするだけですけどね………」

 

 やがて、1機の定期シャトルが火星の民間共用宇宙港〝方舟〟へと打ち出される。

 そのカーゴデッキの大半が、鉄華団の〝資材〟のスペースで占められていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 その数日後、クーデリアら地球行きの面々もチャーターしたシャトルへと乗り込む。

 その光景を発着場のロビーで、残留する年少組の面々が見送っていた。

 地球に向かうのはクーデリアとメイドのフミタン。鉄華団の主要メンバーがほぼ全員。年少組も、タカキやヤマギ、ダンジに、エンビやエルガーといった幼くても整備や雑用で使える者たちが同行を許された。そして新たに鉄華団に加わった、三日月の幼馴染の少女、アトラ・ミクスタ。

 地球行きの手順は、まず低軌道ステーションまでチャーターしたシャトルで上がり、案内役オルクス商会の船で静止軌道上へ。そこに待機させている鉄華団の強襲装甲艦〝イサリビ〟に乗り換え、オルクス商会先導の下、ギャラルホルンの監視下にない「裏」の航路で地球へと向かう。

 

 一見すると順調そのものに見えるが、すでに案内役のオルクス商会はこの情報をギャラルホルンへとリーク済み。

原作通りなら低軌道上では裏切ったオルクス商会の強襲装甲艦とギャラルホルンのハーフビーク級とモビルスーツ部隊。それに同伴する監査局のビスコー級クルーザーが待ち構えているはずだ。

 それを見越して、先日昭弘たちが〝イサリビ〟へと乗艦するのに合わせ、俺と〝ラーム〟。それにクランクや昏睡状態のアインも〝積荷〟としてシャトルに紛れ込む。俺は〝ラーム〟に搭乗した状態で。クランクやアインは生命維持機能が取り付けられたコンテナに入って。

 そしてクーデリアや鉄華団の面々がシャトルで宇宙へと上がった今日。昭弘らは、前々からの段取りに従い〝イサリビ〟を低軌道上へと進めていた。オルガはすでに、オルクス商会やトドの裏切りを見抜いていたのだ。

 

 今、俺は〝イサリビ〟に収められた〝ラーム〟のコックピット内で、出撃準備を進めている。

 

「昭弘。シャトルとの合流は?」

『もうすぐだ』

「俺は〝ラーム〟で先行する。シャトルは任せたぞ」

『ああ』

 

〝イサリビ〟の艦体下部カタパルトデッキが展開。ハッチが開き宇宙空間がポッカリとその姿を現す。

 カタパルトに寝そべった状態で固定された〝ラーム〟に乗り、発進準備完了の時を待つ。

 

『いいぞ! カケル!』

「ああ。………〝ガンダムラーム〟、蒼月駆留で出撃するッ!!」

 

 カタパルトが凄まじい勢いで打ち出され、〝ラーム〟の巨体が瞬間的に猛加速し宇宙空間へと射出される。

 そのまま推力全開でシャトルが航行している地点へと飛ぶ。そろそろ、オルクスが掌を返してきた頃だろうか………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 宇宙へと上がったシャトルの中で。

 

「あ。あれがオルクスの船じゃないですか?」

 

 ほら、あそこあそこ! とタカキが指さした先。誰もが船窓を覗き込むと、オルクス商会の強襲装甲艦が小さくその姿を現していた。

 だが、オルガは怪訝な表情で、

 

「予定より少し早いな。………ん?」

 

 オルクス商会の船の端で何かが輝く。

 艦船に比して小さな機体のスラスターの光だと、その時気づかない者はいない。そしてその姿が大きくなるにつれて………。

 

「あれは………!」

「ギャラルホルンのモビルスーツ!?」

「お、おい………。その奥にもまだ何かいるぞ!?」

「何ィっ!?」

 

 オルクス商会の船が移動を始めた。まるでこちらの頭を押さえようとするかのように。

 そしてその背後に視線を移せば………ギャラルホルンの軍艦2隻と、さらにモビルスーツの影が………。

 

「はぁ~~~~っ!? どうなってやがる!?」

 

 そこでトドが慌てふためいた様子を見せ、「トド、説明しろッ!」というユージンの責め立てに言い返しながらシャトルのコックピットへと飛び込む。

 その様子を、オルガは内心冷めた目で見やった。

 トドは、コックピットにいたパイロットを押しのけ、オルクス商会の船目がけて通信を繋いで怒鳴り散らすが………帰ってきたのは「我々への協力に感謝する」という一文のみ。

 そこでようやく、ユージンやシノらの目にも、トドの裏切り行為が明白なものとなった。

 

「協力ってのはどういう了見だ! てめ………俺らを売りやがったなぁ!?」

 

 懲りずに言い訳しようとするトドを殴りつけるシノ。

 オルガもコックピットへと顔を出し、

 

「入港はいい!加速して振り切れ!」

「は、はいっ!」

 

 パイロットがすかさずスロットルレバーを押し込む。低軌道ステーションへの入港準備のため緩やかな減速の最中にあったが、このままでは追いつかれて撃墜される。

 だが加速した所で………モビルスーツの速度に叶うはずもない。

 シノやユージンらがトドをメタ殴りにしている最中、微かな衝撃がシャトルを襲った。

 ビスケットが船窓を見、青ざめた表情で、

 

「囲まれてるっ!」

「モビルスーツから有線通信! 『クーデリア・藍那・バーンスタインの身柄を引き渡せ』とか言ってますけどぉ!?』

 

 パイロットの絶叫の後、一瞬、誰もの視線がクーデリアただ一人に集中した。

 ユージンに後ろ髪掴まれたトドが必死に抵抗しながら

 

「さ………差し出せェっ!! そうすりゃ、俺たちの命までは取らねえだろ!?」

「てめぇは黙ってろ!」

「ほかに助かる手があるってのかよオ!?」

「ぐ………それは……!」

「どうすんだ………オルガ!」

 

 シノとユージンに促されながらもオルガは、トドを冷めた目で見下ろしたまましばらく口を開かない。

「えっと……!」とまだ状況をはっきり理解できていないアトラは戸惑った様子でオルガやクーデリアの方に視線を行ったり来たりさせ、タカキやダンジも思わず顔を見合わせるが、妙案など出てくるわけがなく。

 

 クーデリアはサッと前に進み出た。

 

「私を差し出してください!」

「それはナシだ」

 

 だがあっけなく、その申し出をオルガは一蹴した。「! ですが………!」となおも言葉を重ねようとするクーデリアに「俺らの〝筋〟が通らねえ」と突っぱねる。

 

「ばァかかっ! 状況をか………」

「うっせえ!」

「ぶぐ!?」

 

 喚こうとして殴り倒されたトドから視線を離したオルガは、次の瞬間、サッと背後のビスケットの方を振り返る。すでにビスケットは、これから発せられる命令に備えて、ドア前の端末に手を伸ばしていた。

 

「………ビスケット!」

「了解!……行くよっ! 三日月!」

 

「「何!?」」と思わずユージンとシノが、

「「三日月?」」とクーデリアとアトラの声が重なり、二人は顔を見合わせる。

 

「い、一体………」

「何を!?」とダンジとタカキも驚きを抑えきれなかった。

 

 オルガは、不敵に口角をつり上げた。

 

 何かが撃ち出されるような衝撃。

 シャトルの上方で、コックピット部分に大きく穴を穿たれ、漂流する1機の〝グレイズ〟。

 そして、飛翔する〝バルバトス〟。

 そう。すでに三日月をコックピットに待機させ、機体を出撃可能状態に置いていたのだ。

 カーゴデッキからばら撒かれたスモークによって気を取られた先の〝グレイズ〟は、次の瞬間突き付けられた〝バルバトス〟の滑空砲に為す術も無くコックピットをぶち抜かれ、突き刺さった通信ケーブルを支点に力なく漂流していく。

 突然シャトルから現れた〝バルバトス〟の姿に、混乱したギャラルホルンのモビルスーツ部隊は、距離を取って応戦し始めた。

 

「ふ………!」

 

 さらにコックピットの船窓越し。迫るもう1機の青いモビルスーツの姿に、オルガはニヤリと笑う。

 

 

………いいタイミングだぜ、カケル!

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。