プリンセス・プリンシパル PROFESSOR(完結)   作:ファルメール

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第27話 ロンドンの一番長い日 その5

 

「どうぞプリンセス」

 

「ありがとう」

 

「いえ……よろしければ……」

 

 そう言ってスコーンが乗った皿を差し出したのは、まだ若い、いや幼いという表現が適切であろう少年兵であった。恐らくはプリンセスよりも年下であろう。

 

 まだ新しい王国軍の軍服は、少しばかり彼の体より大きくて着こなせていない感がある。顔は、自分が王族とこんなに近付ける事など昨日までは想像もしていなかったのだろう。興奮と緊張で紅潮していた。

 

 こんな子供までクーデターに参加している。つまりはそれほどまでに今の王国がそこまで植民地出身者を追い詰めてしまっているという事実を突き付けられているようで、プリンセスは胸が苦しくなった。

 

 そうして僅かに彼女の顔色が陰ったのを、自分が何か無礼を働いてしまったからだと受け取ったらしい。その少年兵は姿勢を正す。

 

「し、失礼しました」

 

 彼の反応を見たプリンセスは僅かにポーカーフェイスが崩れてしまった事を読み取り、すぐに修正していつもの笑顔に戻した。

 

「気にしないで。そうだ、一緒に食べましょう。皆さんもご一緒に」

 

 プリンセスが視線を向けた先に立っていた数名の兵士はそれぞれ顔を見合わせる。

 

 全員、年の頃はスコーンを持ってきた少年兵とさして変わらないようだ。少なくとも成人はしていないだろう。

 

 このクーデターの構成員の平均年齢は、思いの外に低いらしい。

 

「プリンセス、お気遣い無用です」

 

 ずいと進み出て話を切ったのはゼルダだった。

 

「たかが数人の空腹を満たした所で……」

 

 これは正論である。

 

 万人が飢えないようにする事こそ為政者の責務であり、この場でプリンセスが行っているのは要するに自己満足でしかない。

 

 そしてこれから自分達が行おうとする事こそ、王国をそのように変える為のクーデター、聖戦なのだから。

 

「……」

 

 ほんの僅かに、プリンセスが答えを返す迄に間があった。

 

 視線を動かして、ゼルダの挙動を観察する。

 

 今の時点でゼルダは『目の前のこのプリンセスがアンジェだと思っている』のだろうか?

 

 それとも『プリンセスと入れ替わったアンジェの振りをしているプリンセスで、それを知った上で見て見ぬ振りして目的の為に利用している』のだろうか?

 

 ゼルダ、引いては共和国側からすればこのクーデターの成否それ自体は、表裏のどちらが出ても構わないコイントスでしかない。(まず失敗するだろうが)どちらにしても王国内の混乱は共和国軍が壁を越えて侵攻する為の口実となるからだ。

 

 同じ理由で、プリンセスが必ずしも生きている必要も無い。生きているなら傀儡として動かせば良いし、死んでしまったならそれはそれでクーデターは弔い合戦という名目に差し替えれば良いだけの話だ。要するに必要なのは神輿であって、大勢の民衆の歓声に応えて手を振るだけの存在がいればそれで良しなのだ。

 

 だから目の前にいるのが結局『アンジェ』であろうが『プリンセス』であろうが、究極的にはどちらでも構わないのだ。

 

 付け加えるなら、アンジェの方も飛行客船で聞いた話では、彼女もあのショッピングモールでプリンセスを殺す任に就いていたという。

 

 ……つまりあれは踏み絵だったのだろう。もし情に流されてプリンセスを殺せないようならば、ゼルダはアンジェも諸共に始末するつもりであったのだ。

 

 よってゼルダは殺す相手がアンジェでもプリンセスでも構わない。

 

 もし、まだゼルダが自分を『プリンセスと入れ替わったアンジェ』だと思ってくれているとしても、それで殺されないだろうと思うのは楽観が過ぎるというもの。

 

 いずれにせよ、何とか隙を見付けて彼女やイングウェイ少佐を出し抜かねばならない。

 

「いいえ、これは私の為です。みんなで食べた方が、楽しいでしょう?」

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

<……図面が正しければ、そろそろ開けた空間に出る筈だけど……>

 

 猛スピードで爆走する車の助手席では、壁内部の構造が描かれた図面を広げてまるでバカンスの目的地の話でもしているかのようにのんびりとプロフェッサーが言った。

 

「ああ、そこからは車では行けないから歩きで……」

 

 ドロシーが、言い掛けたその時だった。

 

「みんな、掴まれ!!」

 

 思い切り、ブレーキを踏み込む。

 

 加速が付いていた所からの急停止にベアトリスは吹き飛ばされそうになったが、締めていたシートベルトとアンジェが支えてくれたお陰で何とかシートに留まる事が出来た。

 

 ピカッ!!

 

 薄暗かった壁内空間が、無数のライトに照らされてアンジェ達は思わず目を細めた。プロフェッサーだけは、義眼がオートで採り入れる光量を調節した。

 

「撃て!!」

 

 逆光の中で、指揮官としてガゼルが立っていて彼女の周りには大勢の王国軍の兵士が、ライフルをこちらに向けている。

 

 数十の銃口が一斉に火を噴いて、しかしアンジェ達は間一髪の所で車体の陰に隠れて銃撃をやり過ごした。

 

 プロフェッサー謹製の積層防弾装甲に改造された車は即席のバリケードとなって弾丸を防いでくれたが、しかしそれとて絶対の強度を持つ訳ではない。いつまでもこうしてはいられない。

 

「万事休すか……!!」

 

 愛銃を手に応戦しようとするドロシーだが、しかし向こうは兵士が数十人でほぼ同数のライフル。こっちは4人で拳銃ぐらいしか持っていない。

 

 頭数でも火力でも話にならない。

 

 進むもならず、さりとて引き返す事も出来ない。今頃は出口は王国軍の兵士がびっしり詰め掛けて塞いでいるだろう。

 

 このままでは殺されるか捕縛されるか。悪い結果にしかならないに決まっている。

 

「捕らえますか?」

 

「いや、死体の方が都合が良い」

 

 ガゼルが部下にそう指示した時、この広場に配置していた装甲車両が、突然爆発した。

 

「何っ!?」

 

 驚いたのも束の間、数個の煙幕弾が空間に投げ入れられて、煙で視界が利かなくなる。

 

<これは……>

 

 今この場には、アンジェ達とガゼル率いる王国軍の他に、もう一人闖入者が居る。

 

 その闖入者は、すぐに姿を見せた。

 

 小さな影が、アンジェ達の前に降り立った。

 

「ちせ!!」

 

「一宿一飯の恩義じゃ」

 

「みんな、私に掴まって。上に行くわ」

 

 既に付き合いの長いチーム白鳩の面々は、多くのやり取りは必要とせずにアンジェの意志を読み取った。全員が自分に掴まったのを確認すると、アンジェはCボールの機能を作動させる。翠色の燐光に包まれて、彼女達は重力の軛から解き放たれて空中へと浮き上がった。そのまま、天井の梁に着地してそこを走り始めた。

 

 走りながら、アンジェはちせに自分が知る限りの情報を伝えていく。

 

「女王暗殺か。穏やかではないな……」

 

「プリンセスがゼルダと一緒に寺院に居るらしいんだけど……」

 

「ゼルダなら吹き抜けの部屋の上に居るのを見たぞ」

 

「本当か?」

 

「嘘は言わん。礼拝堂から見えた」

 

<……チームを二つに分けるべきね。プリンセスを助けに行くのと、暗殺を阻止するチームに>

 

「よし、じゃあアンジェ、お前はプリンセスの所へ行け。暗殺の阻止は私とベアトで行く」

 

 ドロシーの提案にアンジェは頷くと、再びCボールに手を掛ける。

 

「私も連れて行け」

 

 ちせが、再びアンジェに掴まった。

 

<私も同行する……と、その前に……>

 

 プロフェッサーもアンジェに掴まろうとして、しかし不意に何かを思い出したように足を止めた。

 

 例によって懐から取り出したリモコンを、先程まで自分達が居た方向にかざすとスイッチを押した。すると……

 

 ズガン!!

 

 空間全体が震えるような衝撃が走ってきて、後方から爆炎が見えた。

 

 爆発の元は、間違いなく自分達が乗ってきた車だろう。

 

「「…………」」

 

 ドロシーとベアトリスは蒼白になった顔を見合わせて、その後でプロフェッサーに向き直った。

 

「プロフェッサー……自爆装置は積んでなかったんじゃないのか?」

 

 じろりと、ドロシーがプロフェッサーを睨む。

 

<そうよ>

 

 動揺した様子も無く、プロフェッサーは応じる。

 

<そもそも、そんな物を積み込む必要それ自体が無いのよ。忘れたの? あの車の主動力は水素エンジン。通常時は気体水素を加圧してシリンダー内に送り込む事でバックファイアを封じ込めてあるけど、そのギミックを外してしまえば引火しやすい水素と酸素の混合気体が燃焼しているエンジンの近くに撒き散らされる事になる。そうすれば後は、見ての通り……ドカン!! という訳よ。まぁ、機密保持の為にやむを得ず、という事で、ね>

 

「「「……」」」

 

 ドロシーもベアトリスも、アンジェですらもが呆れ果てた顔になった。

 

 確かに自爆装置を積んでいないというのは嘘ではなかった。何故なら操作一つで、車それ自体が走る爆弾に早変わりするのだから。わざわざ爆薬など積み込んで余計なスペースやウェイトを生じさせる必然性が無かったのだ。

 

「……このペテン師め……!!」

 

<褒め言葉と受け取っておこう>

 

 いやはや参ったという視線を向けるドロシー。プロフェッサーはこの反応を柳に風とばかり受け流すと、「付き合ってられない」と言わんばかりに飛んでいってしまったアンジェとちせを追って、義手に仕込まれたエレクトロギミックとケイバーライトの機能を作動させて飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「いよいよなのですね……」

 

「ご安心下さい、手筈は万全です」

 

 階下から女王が寺院に到着したという報告が来て、クーデターの実行は秒読み段階に入りつつある。

 

「イングウェイ少佐、天井を落とすとはどのようにするのですか?」

 

「鍵を使い私が仕掛けを……」

 

「少佐、心中をお察ししろ。プリンセスにとって女王は身内なのだ」

 

 イングウェイの言葉は、ゼルダの鋭い声によって遮られた。

 

 プリンセスは心中で舌打ちすると同時に、肌から吹き出そうになる冷や汗を抑えた。あるいは掻いていたとしても気取られないように振る舞った。

 

 先程からゼルダは、的確にこちらの手を潰してくる。

 

 やはり、仮に自分が『アンジェ』だとしても、アンジェをそもそも信用していないのだ。誰も信用しないのは、ある意味ではスパイとして非常に優れた適性と言える。タイプこそ違えど優秀なスパイであるアンジェが味方の時は頼もしかったが、それを敵に回すとこれほどまでに恐ろしいものかと、改めて思い知らされた気分だった。

 

 そしてこうなると……もう事実がどうあれ自分が『本物のプリンセスである事がバレている』と思って動いた方が良いだろうと結論が出た。

 

 その上で、次に採るべき行動は……そう多くない。

 

「確かに……とんだご無礼を」

 

「いえ、女王になる為に話に乗ったのは私の方です。なのに自分だけ手を汚さずにいるなんて許されませんわ。鍵を、私に任せてくださいませんか?」

 

「いや、それは……」

 

 言い淀んだイングウェイの左手が、彼自身意識しての動きではなかったのだろうがベルトに付けられたケースに動いたのをプリンセスは目敏く見て取った。

 

 鍵はそこだ。後は……

 

「プリンセス、個室を用意させます」

 

 再び、ゼルダのインターセプトが入った。

 

「私は別に……」

 

「お下がり下さい」

 

 口調こそ穏やかではあるが、有無を言わせない強さがあった。

 

「……」

 

 これ以上、ここで押し問答をしても埒が開かない。

 

「では、お言葉に甘えて。スコーン、美味しかったわ」

 

「光栄です」

 

 この時、プリンセスの手は音も無く動いて、気取られずにイングウェイの腰へと伸びていた。

 

 そのまま、この部屋を退室しようとするプリンセス。背中越しに、声が聞こえてくる。

 

「少佐、鍵は私が預かる」

 

「はい……む? 鍵が無い?」

 

 それを受けて、プリンセスは自分の歩調が早くなったのを自覚した。

 

『早く、人目に付かない所で鍵を始末しなくちゃ……』

 

 右手に握り込んだ鍵が、手汗に濡れる感覚が伝わってきた。

 

 そうして後何歩かで、部屋から出ようというその時だった。

 

「プリンセス、お待ちを」

 

 呼び止めるゼルダの声を受けて、プリンセスは奥歯を噛み締めた。

 

「お下がりになる前に、荷物を調べさせていただきたい」

 

「……」

 

 ひやりとした感覚が背筋を走る。

 

 ゼルダが極めて優秀なスパイである事は分かっていたが、まだ過小評価していたかも知れないとプリンセスは思った。ほんの数秒の時間だけで『鍵をプリンセスがスリ取ったかも知れない』という可能性に思い至るとは。しかもそれは、事実と合致している。

 

『こうなったら……!!』

 

 事ここに至ってはもう、選択出来るオプションは一つしか無かった。

 

 プリンセスは先程までの優雅な振る舞いから一転、弾かれたように機敏な動きで窓へと走り出す。

 

「プリンセス!?」

 

 兵士の一人が、驚きの声を上げたのが耳の端に聞こえてきた。

 

 プリンセスは鍵を握ったままの右拳を思い切り叩き付けて、窓ガラスを割った。後はこの穴から、鍵を外に投棄すれば……

 

「あうっ!!」

 

 そうしようとした刹那、ぐいっと後ろに強い力で引っ張られる感覚があって、プリンセスの視界が揺れる。

 

 衝撃が襲ってくる。床に叩き付けられたのだとプリンセスが理解するのに数秒の時間が必要だった。ゼルダだ。鍵を棄てる為には、窓を開ける割るなどして何らかの一挙動が必要となる。そのタイムラグを衝いて、彼女はプリンセスを組み伏せたのだ。

 

 チリンと、乾いた音が鳴る。倒れた拍子に、プリンセスの手から鍵が落ちて床に転がった。

 

 ゼルダはそのまま、うつ伏せになったプリンセスの背中に膝を落とすと体重を掛けて、起き上がれないように動きを封じる。

 

「ゼルダ殿、これは……」

 

「気にするな、女王暗殺の件は伏せていたのでな」

 

 そう言うと、ゼルダの手が床に落ちている鍵へと伸びる。

 

「少佐、やはり貴様が天井を落とせ。自分のやるべき事を……」

 

 拾おうとした指から、鍵が逃げた。

 

「?」

 

 いぶかしみつつ、もう一度手を伸ばすゼルダ。だが、鍵は床の上を滑るように動いて彼女の手から逃げてしまう。

 

 異常は、それだけではなかった。

 

 兵士達が被っていたヘルメットが、ひとりでに脱げて床に転がった。

 

 先程までプリンセス達が使っていたフォークが、誰も触れていないのにテーブルから落ちて、床を動いていく。

 

「これは……」

 

 この部屋にある小さな金属勢品が、見えない力に引きずられるようにして部屋の一点へと集まっていく。

 

 自然に、ゼルダも含めて全員の視線も同じようにそちらへと集まっていった。

 

 この部屋の、入り口へと。

 

 パリン!! パリン!! パリン!!

 

 今度は、部屋中のランプが砕け散って突然の暗闇が視界を覆った。

 

「な、何だ?」

 

「明かりが……」

 

「うろたえるな!!」

 

 動揺してざわめき出す部下達を、イングウェイはぴしゃりと叱咤して統制する。

 

「……」

 

 暗闇で視界が封じられても、それに紛れてプリンセスが逃げ出さないようにゼルダは彼女の背中を押さえ付ける膝に力を込めた。

 

 周りは見えないがこの時、プリンセスも含めこの部屋の全員の視線は入り口の方向へと集中していた。

 

 コー、ホー……コー、ホー……

 

 気付けば、どこからか規則的な呼吸音が部屋に木霊していた。

 

 僅かな時間を置いて赤い光のラインが、わだかまった闇を切り裂いた。

 

 血の色をした光に照らし出されたのは、夜から生み出されたような黒いローブを纏い、ガスマスクを装面した怪人の姿。

 

 その異様に、この場の全員が。ゼルダですら一瞬は目を奪われた。倒れ組み伏せられたままのプリンセスだけが、辛うじてその名を呟く事が出来た。

 

「!! ……プロフェッサー……」

 

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