プリンセス・プリンシパル PROFESSOR(完結)   作:ファルメール

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第29話 ロンドンの一番長い日 その7

 

「始まったな」

 

 新王室寺院の大広間を一望出来るブースから、ドロシーとベアトリスはひょっこり顔を出して様子を伺っていた。

 

 既に、他より一段高い場所に設置された玉座に鎮座した女王の前には、王国の高位文武官が整然と列を成して並んでいる。

 

 戦勝祈願の式典はたった今のドロシーの言葉通り、予定通りの時間に開始された。

 

「どうするんですか?」

 

 暗殺計画を阻止する為にここへ来ている二人であるが、まさか共和国側のスパイである自分達が「女王陛下の暗殺計画が進んでいます、すぐに避難して下さい」と訴える訳にも行かないだろう。

 

 と、なれば……やはり力尽くで、アグレッシブにやるのが良いだろう。また、それしか無い。

 

「式典自体をぶっ壊せば、暗殺計画もおじゃんだろ」

 

 にやっと、意地の悪い笑みを見せたドロシーは懐をまさぐって、掌大の金属球体を取り出した。

 

「それは……」

 

 ベアトリスにも見覚えがあった。

 

 部室に隠されていたスパイ道具の一つで、煙幕弾だ。

 

「それっ」

 

 ぽい、と大広間にスモークグレネードを投げ入れるドロシー。と、同時に二人はもうここには用は無いとばかり離脱にかかった。

 

 手榴弾が大理石の床に当たる硬質な音が聞こえるとほぼ同時に、煙が噴き出して大広間のあちこちから悲鳴が上がるのを、二人は背中越しに聞いていた。

 

 客観的には女王が列席する式典でテロ行為が行われたのだ。これで式典は確実に中止。女王を最優先にして、順次避難誘導が開始されるだろう。

 

 任務達成せり。

 

 ドロシー達が出来る事は、これで全てだった。

 

 少なくとも、暗殺計画の阻止はこれで成った。

 

 後は、プリンセスを助けられるか、どうか。

 

 これはもう、ドロシーにもベアトリスにもどうにもならない。それに今から向かった所で、もう間に合わないだろう。

 

 そちらに向かった3人を、信じるしか無い。

 

「ちせ……プロフェッサー……アンジェ……頼んだぞ」

 

 

 

 

 

 

 

「アンジェ……しっかりして……アンジェ!!」

 

 プリンセスは、自分を庇って撃たれ倒れたアンジェを抱き起こして、悲愴な声でかつて自分のものだったその名前を叫び続けていた。

 

 プリンセスの腕の中で、アンジェはぐったりとしたまま、まだ動いていない。

 

「落ち着け、あまり動かすでない。どこを撃たれた?」

 

 ぶち破って出て行った窓から、またゼルダが戻ってくるかも知れないと警戒を緩めずに、刀を構えたままじりじりとちせが近付いてくる。

 

 逆にプロフェッサーはちせが警戒してくれている限りは大丈夫だと確信を持っているのだろう。大胆な足取りでつかつかと歩み寄ってくる。

 

 そして、ぐいっとアンジェの胸ぐらを掴んで上体を起こすと、ばしばしと往復ビンタを数発お見舞いした。

 

「お、おいプロフェッサー?」

 

「何を……」

 

<……問題無い、アンジェ。いつまで寝ている?>

 

 そう、プロフェッサーが言った時だった。

 

「う……うん……」

 

 アンジェがうめき声を上げて、そうして閉ざしていた目を開けた。

 

「アンジェ……良かった、大丈夫なの?」

 

 プリンセスが、感極まってアンジェを抱き締める。

 

「しかし……撃たれたのでは……」

 

 ちせがまだ警戒を緩めずに、しかしこちらも気遣わしげな視線を送ってくる。

 

 そして当のアンジェ自身をして、狐につままれたような顔を見せた。

 

「私は、撃たれた筈なのに……どこも痛くない?」

 

 腹部をさすりつつ、怪訝な表情を見せる。

 

 あのタイミング、ゼルダほどの腕のスパイなら絶対に外さない距離だった。

 

 そして確かに、何かが当たってくるような感覚が左下腹部にあって……

 

 そうしてその感覚があった辺りに手をやった時だった。

 

 かちん、と冷たい音を立てて何か小さな物が床に落ちた。

 

「これは……」

 

 ちせがそれを摘まみ上げて調べてみると、発射された拳銃弾ということが分かった。

 

 これはつまりアンジェに当たった銃弾は、しかし彼女の体を貫通せずに殆ど衝撃も与える事も無く、服で止まってしまったという事になる。

 

 無論、防弾加工もしていない服でそんな事は通常起こりえない。

 

 起こり得る可能性があるとすれば、それは……

 

「「「…………」」」

 

 アンジェ、プリンセス、ちせ。

 

 3名の視線が、誰からともなくある一人へと集まっていく。

 

 何かをやらかした者。そんな可能性があるヤツとなれば、一人だけ。

 

「プロフェッサー……あなた、Cボールに何かしたの?」

 

<特注のギミックを組み込んだ>

 

 あっさりと、プロフェッサーは認めた。ドロシーの車やベアトリスの喉のように、プロフェッサーは自分が手がけた機械には独自の改造を加えていた。調整を行ったアンジェのCボールとて、例外では無かったのだ。

 

<Cボールに組み込んだ仕掛けは、防弾ギミックだ>

 

「防弾……」

 

 確かにそれなら、拳銃の弾が通らなかったのにも説明は付くが……しかし防弾繊維で出来た服を着ていても、着弾時の衝撃までは殺せないので内出血や骨折などはする筈なのだが、しかしアンジェにはそうした負傷はおろか痛みすらも殆ど無いようだった。

 

<物体の破壊力を決めるのは、大雑把に言えば重量とスピード。ならばどれだけ凄い速さで飛んできた弾丸でも、重量が軽いなら殺傷能力は低下する。アンジェのCボールには、一定以上の衝撃を感知すると瞬間的にケイバーライト重力軽減機能を作動させ、ぶつかってきた物体の重量をゼロにするよう、ギミックを組み込んだのよ>

 

「なんと……」

 

 ちせが瞠目する。これは尊敬の念も込められた眼差しだった。

 

 重力を遮断し重量を軽減するのはケイバーライトの基本特性。アルビオン王国ではこれを空中艦隊や、共和国でもスパイに持たせたCボールによる3次元運動など『移動』に用いられているが、プロフェッサーは全くそこから発想を変えて『防御』の為にこの技術を応用したのだ。使用者であるアンジェに何の違和感も覚えさせないほど、Cボールの大きさや重量に殆ど何の変化も与えずにそれだけの機能を追加搭載する技術力も素晴らしいが、その発想の転換もまた天才を自称するに恥じないものだと言えるだろう。

 

<問題無く、作動したようね>

 

 うむっと、プロフェッサーが頷く。

 

<まぁ、つまりは私は天才だという事よ>

 

「…………」

 

「アンジェ?」

 

 アンジェはプリンセスの腕の中から立ち上がるとプロフェッサーの前までつかつかと歩いて行って……

 

 そして、見事なボディーブローを炸裂させた。

 

<うぐっ……>

 

 プロフェッサーはうずくまってしまう。

 

「これでチャラにしてあげるわ」

 

 ふう、とアンジェは溜息を吐いて、プリンセスに向き直った。

 

「兎に角……プリンセス。ここは危険よ。急いで離脱しましょう」

 

「えぇ……そうね、アンジェ」

 

 プリンセスも立ち上がって頷くと、プロフェッサーの前にまで歩み寄ってきた。

 

<……プリンセス?>

 

「……」

 

 プロフェッサーがプリンセスの視線を追うと、正確にはプリンセスは彼女ではなく、彼女のすぐ傍で倒れているイングウェイに近付いてきたのだと分かった。

 

「イングウェイ少佐……あなたを、あなた達を死なせてしまったのは……私のせいですね」

 

<……>

 

 直接、彼らを手に掛けたのはプロフェッサーだ。しかし、プリンセスはそれを自分の責任だと捉えていた。

 

 プロフェッサーからしてみればこのプリンセス救出劇には、イングウェイと自分つまりシンディ・グランベルとの関係性が露呈しないように彼の口を封じる意図があった。一方でプリンセスの視点から見れば、クーデター部隊が皆殺しにされたのはプロフェッサーが自分を助けに来た際に起こった事なのだ。

 

 プリンセスからすればプロフェッサーを咎める理由など何も無く、寧ろ彼女を賞賛し感謝すべき状況だと言える。

 

 倒れている骸の中には、プリンセスにスコーンを差し出してきた少年兵もいた。

 

「皆さん……私は、あなた方に約束します。あなた達の意志は、私が継ぐ。必ず、私がこの国を変えてみせます。だから、安心して眠って下さい」

 

 祈りの言葉が紡がれて、プリンセスは閉じていた目を見開いた。

 

 祈り。だがそれは自分の力では叶いもしない事が他力にて実現してくれと願うような虫の良いワガママではない。必ずや実現させると他者に、そして自分自身に誓う決意。プリンセスはその意味を誰よりも、強く理解していた。

 

 ここまで来る事でさえ、多くの者を誰にも語らぬ自分の理想に巻き込んで、犠牲にしてきた。そしてこれからも更に多くの人間を、あるいは国でさえ巻き添えにして、戦いの渦中に引き込むのだろう。

 

 それでも、成し遂げなければならない事がある。

 

 プリンセスは以前に、日本語を学んだ時の事を思い出していた。

 

 大きな事を成し遂げるという事を、東洋では「大業を成す」というらしい。大業、それは大きな業と書く。この国を、そして世界を変えようという大事業なのだ。その対価に見合うだけの業、カルマを、誰かが背負わなければならない。その役目を果たすのが、きっと自分なのだ。

 

「プリンセス……」

 

 目の錯覚なのだろうが、アンジェは今のプリンセスに重なるようにして、王冠が見えた気がした。荘厳で、侵しがたい気高さ。プリンセスの周りだけが、静かでひんやりと落ち着いていくようだった。

 

 完成された芸術品を目の前にした時のように、いつまでもそれを見ていたいという欲求にも駆られたが……しかし、そうも言っていられない。ここへもいつ、王国軍の兵士が詰め掛けてくるか分からないのだ。

 

「安全な所に退避しなくちゃ……」

 

「ええ、アンジェ。行きましょう」

 

 プリンセスはアンジェに抱えられるようにして、Cボールの重力軽減によって飛び出していった。

 

「プロフェッサー、私達も」

 

<あぁ、分かっている。ちせ……すぐに追い付く。先に行っていて>

 

「……? あぁ、分かった。遅れるなよ」

 

 少しばかりいぶかしんだ様子も見せたが、ちせもそこはプロフェッサーを信頼しているのだろう。それ以上追求する事もなく、この場から離脱していった。

 

 残ったプロフェッサーは、先程プリンセスがそうしたように倒れてもう動かないイングウェイの前にまで来ると、膝を折った。

 

<……少佐、私があなたを殺した事には、悪意も無いし謝意も無い>

 

 それはプロフェッサーの本心だった。そもそも釘を刺していたのに暴走したのはイングウェイの方なのだから。

 

 それにこれは必要な犠牲で許されるとも思っている。彼等を皆殺した事はプロフェッサーが自分の信念に基づいてやった事。より良き未来の為に。ならばその為に死んだ者は自分の全てを許すと、彼女自身は心から信じている。

 

 だが、悪意も謝意も後悔も無くても、残念に思う気持ちはあった。

 

<……何故、待ってくれなかった? あなたには、私が居なくなった後にもプリンセスにお仕えして、あの方を守ってもらいたかったのに>

 

 いや、それも詮無き事なのだろうと、プロフェッサーは分かっていた。

 

 イングウェイにはイングウェイなりに、性急に事に及ばねばならない事情があったのだ。それが何なのかは自分には計り知れないが、そうなのだと理解していた。

 

 もう、彼等とは言葉を交わす事も出来なければ、触れ合う事も出来ない。

 

 生者は死者には何もしてやれない。死者はそもそも生者に何も出来ない。

 

 唯一つだけ、あるとすれば。

 

<私も、あなた達に約束するわ。プリンセスが理想を棄てない限り……この国の夢や希望、愛や信念が死に絶えない限り……私もまた、力の限り生きて、戦い続けると>

 

 それが手向けであり、餞だった。

 

 長く生きられないだろうこの体だから、やれるだけの事はやって、後は次代の者に託すつもりだったが……どうやら、自分にはそんな楽は許されないらしい。

 

 生きて、生きて、生き抜く事。払ってしまった犠牲に見合うだけの未来を創る為に、自分の力を尽くし続ける事。

 

 それこそが、彼女の祈りだった。

 

 別れの言葉を済ませたプロフェッサーは立ち上がると、アンジェ達がそうしたように義手に仕込んだケイバーライトの機能を作動させて、窓から部屋を飛び出した。

 

 散らばっている死体以外は、誰も居なくなった部屋。王国軍の兵士がここに来たのは、この1分後の事だった。

 


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