プリンセス・プリンシパル PROFESSOR(完結)   作:ファルメール

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第04話 初任務 その1

 とある一室で、しかめっ面をした男女が顔を付き合わせている。

 

 彼らは「コントロール」と呼ばれる組織で、アルビオン王国へと潜入した共和国側スパイを統括する役割を担っていた。現在、コントロールではある作戦が進められている。作戦名はチェンジリング(取り替え子)、チェンジリング作戦。

 

 作戦概要はその名の通り、人間の入れ替えを行うというものだ。つまり王国側の要人であるプリンセス・シャーロットを共和国側のスパイであるアンジェ、通称「A」と入れ替えてしまって、情報収集を容易にするという狙いがある。

 

 その為にアンジェとドロシー、「A」と「D」がプリンセスと接触した、までは良かった。

 

 しかしそこで予想外の事態が起きた。

 

 どういう訳かプリンセスにアンジェ達の正体が露見し、しかしプリンセスは二人の素性を暴露せずに、代わりに取引を持ち掛けてきたのである。

 

 自分が共和国側に協力する見返りとして、共和国側は自分の継承順位を押し上げて女王になる為に力を貸す事。ギブアンドテイクである。

 

 プリンセスが取引してきた時点では、時間を掛けていてはアンジェとドロシーが捕まるだけでは収まらず、モーガン委員が持ち出した空中戦艦の設計図がノルマンディー公の手に渡って、下手をすれば世界大戦にまで発展する危険があった。選択の余地は無かった。

 

 そうして半ばなし崩し的にプリンセスの提案を受け入れる事になったコントロールだが、目下の所、問題は二つ。

 

 

 

 ① プリンセスは何故、スパイを発見出来たのか? 独力である可能性は考えにくいので、内通者が居るのではないか?

 

 ② そもそもプリンセスは信用出来るのか? あるいは二重スパイではないのか?

 

 

 

「現在、動けるチームを動員して内通者の洗い出しを行っていますが……今の所、疑わしい者は見付かっていません」

 

 分析官である妙齢の女性「7」が、手にした書類を読み上げる。机上には、情報部や軍の有力者は勿論、その親戚縁者に至るまで最近の動向や言動に不審な点は無かったか、行動に不透明な時間帯は無かったかなど、克明に調査された資料が広げられていた。

 

「もし裏切り者が居るとしたら、これからもこちらの動きは王国側に筒抜けということになるねぇ」

 

 小太りの男性、技術担当のドリーショップは他人事のように笑いながら言った。

 

「それより問題はプリンセスだろう!!」

 

 苛立った声を上げるのは情報部と不仲である軍から、調整役として派遣されている大佐だ。

 

 しかし彼の言葉も正論である。

 

 チェンジリング作戦は、開始してすぐのこの段階でプリンセスという特級の不確定要素を抱え込む事になってしまった。

 

 この場合、選択肢は大きく分けて二つ。

 

 多少強引ながらプリンセスを殺害してしまって、アンジェがより確実に彼女に成り代わるか。

 

 もう一つは、プリンセスをこのまま自陣に取り込んで、彼女の立場を利用して諜報活動を有利に進めるというものだ。

 

 どちらの選択肢にもメリットとデメリットがある。

 

 前者を選べばこの作戦が孕む最大の問題点である入れ替わりがバレるリスクを、ほぼゼロにする事が出来る。しかしその代わり、プリンセスと通じている組織の内通者を炙り出す事がほぼ不可能になってしまう。

 

 後者のメリットは、プリンセスの立場を使う事が出来るようになるという点だ。王位継承権第4位の空気姫と言えど王族は王族。彼女はその存在それ自体が、様々な場所に入る事が出来る「合い鍵」に等しい。これを得る事によって諜報活動がどれほど捗るかは想像に難くない。また、それと平行してプリンセスの動向をチェックして、内通者の捜索も進める事が出来る。

 

「現時点では、情報部としてはプリンセスの提案を受け入れても良いと判断しています」

 

 組織の長である壮年男性「L」は、手にしていた資料を机に投げ出した。

 

「こちらの工作員が救急車に乗り込んだ時、モーガン委員は既に殺されていて、同乗者は全員気絶させられていました。これは、プリンセスが手を回したと考えられます」

 

「売国奴を始末するのにこちらの手を煩わせない。協力関係を結ぶ為の手土産代わりって事かな」

 

「それに、後ろ盾を持たない空気姫などと揶揄される事もありましたが要人が乗った車両を襲撃し、委員を殺害した事からプリンセスはある程度の武力を保持している事が分かります。その点でも、こちら側に取り込む価値はあるかと」

 

「しかし、二重スパイの可能性も捨て切れまい? 確証はあるのか?」

 

 大佐の意見を受けて、「L」は吸っていた葉巻を灰皿に押し付けた。

 

「諜報活動に絶対の保証など有り得ません。ただ現段階で開示されている情報を総合的に判断して、プリンセスが我々を裏切るメリットは少ないと判断出来るという事です」

 

「それにしても……」

 

 モーガン委員の死の状況について書かれたレポートを「7」が手に取った。

 

「委員は一体、どうやって殺されたのでしょうか……」

 

 レポートには、モーガン委員の死因は胸部にコインぐらいの穴が開けられて、それによって心臓を破壊された事だとある。

 

 しかし、犯行現場である救急車の中には一滴の血も飛び散ってはいなかった。通常、硬貨ぐらいの大きさの穴が体に開いたのなら、部位に関わらず大量に出血する。それが無かった。傷口は、高熱で焼却処理を行われたようになっていたがしかし火傷があったのは胸に開けられた風穴の断面だけで、その周りには殆ど焦げ目も火傷も無かったとある。

 

 これらは「7」やドリーショップをして頭を抱える難問だった。

 

 まるで傷口の一点だけが、膨大な熱量によって焼き切られたようだ。

 

「刃物や爆発物ではない……一体、どんな武器を使えばこんな風に……」

 

 

 

 

 

 

 

 メイフェア校の地下室。

 

 幽霊と噂される怪人にしてこの学校の生徒であるプロフェッサーの住処。

 

 幾つもの機械が生み出す色とりどりの光によって地下でも昼のように明るくなるこの部屋には、今はたった一つの光しか点っていなかった。

 

 紅い光。

 

 部屋の主であるプロフェッサーが手にしている、電光剣の実体無き刀身が発する、長さ1メートルぐらいの血の色の光。それが今のこの部屋の、たった一つの光源となっていて、部屋に居る二人の姿を不気味に浮かび上がらせていた。

 

 一人は勿論プロフェッサー。彼女は今は、部屋の除塵装置を作動させてマスクを外し、不健康な美貌を露わにしていた。手にした機械の調子を確かめるように様々な角度から柄を眺めたり、軽く素振りしたりしている。振るわれる度、光刃は唸り声のような独特の音を立てる。

 

 もう一人は、プリンセスの侍女であるベアトリスだった。彼女は不安げな表情で、落ち着き無く勧められた席に座っている。

 

「……それで……」

 

 調整を終えたプロフェッサーは光刃を収納した。

 

 一瞬だけ部屋の中が真っ暗闇になって、すぐに機械が動き出していつも通り明るくなった。

 

 電光剣の柄を懐に仕舞うと、プロフェッサーはベアトリスの対面の席に腰掛けた。

 

「今日は、私にどんな用なのかしら?」

 

「えっと……」

 

 もじもじして、言いづらそうなベアトリスは体を揺すった。どうにも居心地が悪そうである。

 

「当ててみせようか? あの二人……アンジェとドロシーだったわね。彼女達……引いては共和国に、プリンセスが協力を申し出た事でしょう?」

 

「!」

 

 図星を言い当てられたからだろう。ベアトリスの表情が変わる。プロフェッサーは分かりやすいなと感想を持った。

 

 王位継承権を引き上げ、女王となる為に共和国の助力を取り付ける条件として、アンジェとドロシーに協力して共和国のスパイとして働く。プリンセスがそう言い出した時には、ベアトリスは思わず主の正気を疑ったものだ。

 

 プリンセスにはプリンセスの考えがあるとは信じているが……だが……

 

「私、あの人達の事は信用出来ません。だって、スパイなんですよ? 人を騙したり、欺いたりする人達で……」

 

「ふむ……」

 

 プロフェッサーは背もたれをギッ、と軋ませると軽く溜息を一つ。

 

 他にそれが出来る人が居ないというのもあるだろうが、ベアトリスがこうした相談を持ち掛けてくる程度には信用されていると分かって、彼女としては面映ゆい気分だった。

 

「私も、彼女たちを信用出来るかどうかと問われるのなら……答えは「ノー」ね」

 

「! 良かった、プロフェッサーもですか!!」

 

 プロフェッサーから同意を得られた事を受けて、ベアトリスは笑みを見せる。

 

「じゃあ、プロフェッサーからも一緒に姫様を説得してもらえませんか? 今からでも遅くないから、あの人達や共和国と手を組むのは止めるようにと……」

 

「それは、出来ないわ」

 

「!! どうして!!」

 

 味方だと思っていたプロフェッサーが、しかしプリンセスを説得してくれない事に抗議の声を上げるベアトリス。プロフェッサーは片手を上げて、彼女を制する動きを見せた。

 

「……理由は、二つあるわ」

 

「……二つ?」

 

「……一つには、こうでもしないとプリンセスが女王になれないという事」

 

「む……」

 

 これについては、ベアトリスも客観的に見て同意見らしい。見るからに渋々とではあるが頷く。

 

 プリンセスの王位継承権は第4位。要するに本命が第1位として、いつかプロフェッサーが言ったようにその予備の予備の予備というのが現状だ。

 

 継承権を押し上げるには派閥を作って発言力を高め、彼女が女王になる事にメリットがあると国内外に示さなければならない。しかしながらプリンセス・シャーロットはこれまで大した地位も財も後ろ盾も実績も持たない空気姫。

 

 今から新しく派閥を立ち上げようにも、既に王国内の有力者は殆ど1位から3位いずれかの息が掛かっている。彼らは誰もが、1位の地位を盤石にする為に、あるいは2位または3位の継承順位を押し上げる為に多額の投資を行っている。いずれ自分が担ぐ王族が、王位を継いだ時に甘い汁をすする為に。

 

 彼らに鞍替えさせるのはこれまでの投資をドブに捨てろと言うに等しく、現実的ではない。

 

 現状、プリンセスの派閥に属する者は幼い頃からの友人であるベアトリスを除けば、若輩者の分際でとんでもない論文をぶち上げて学会のお歴々からは爪弾き者にされたプロフェッサーたった一人という有様である。零細派閥にも程があるというものだ。

 

 要する国内には、プリンセスを担ぎ上げる事の出来る派閥は存在しない(民衆からの支持はあるが、彼らには実際的な力は無い)。

 

 それでも女王になりたいと欲するのなら、その為の力を国外に求めるしか道は無い。

 

「だから、共和国に協力を……話は分かりますが……でも、危険過ぎますよ。プロフェッサー、あなたが見抜かれたようにあのアンジェって人は姫様そっくりで……きっと、姫様と入れ替わるつもりなんですよ!! 実際に、パーティー会場では姫様になりすましていたっていうじゃないですか……」

 

「……確かに危険だけど。でも継承権4位のプリンセスが女王になろうと言うんだから、元より安全な道などある訳が無いでしょう? 堅実なだけでは未来は拓けない。危険を承知で、一歩踏み出す勇気を持たなければ」

 

「う……」

 

 ベアトリスは言葉に詰まる。

 

 確かに、プリンセスが女王に成れるなどとは侍女である彼女をして本気では思っていなかった。と、言うよりも現実的には不可能だろうと考えていた。

 

 それでも尚、女王になろうと言うのなら危険を冒さなければならないのは道理ではある。

 

「寧ろ、私としてはプリンセスには感心したのよ? あの方は、どんな手を使っても女王になろうとしている。壁を壊し、世界を変えると言ったあの言葉は青臭い理想論などではなく……必ず実現せねばならない重要な政策だと、認識して下さっている……つまり、本気だという事だからね……」

 

「う……うん……まぁ、その理由については納得は出来ないですが、理解は出来ました。じゃあ、二つ目の理由は?」

 

「……これが、一番問題なんだけどね……」

 

 プロフェッサーは、少し言いづらそうに言葉を濁した。ベアトリスは何か話をはぐらかした気配を感じて首を傾げる。

 

「どうしたんです??」

 

「既にノルマンディー公に、プリンセスが共和国に通じている事がバレてしまっているのよ」

 

「な!?」

 

 ベアトリスは思わず椅子から腰を浮かせて、プロフェッサーに詰め寄った。

 

「そ、それはどういう事ですか!?」

 

 信じられないという表情である。あのパーティー会場では、結局ノルマンディー公が行ったボディーチェックで会場の誰からも怪しい物は出なかったし、証拠は何も残っていない筈なのに。

 

 それにあの時、プリンセスがアンジェから預かった鍵は後で、確かにアンジェへと返却されている。物的証拠を押さえられる心配だって無い筈なのに。

 

 なのにどうして、プリンセスが共和国へ内通しているのがノルマンディー公にバレるのか。

 

 第一、バレているのならとっくの昔に彼女を取り押さえるなり告発して良い筈なのに。

 

 ベアトリスの疑問も、尤もではあった。

 

「ベアトリス……私には、探偵をやっている友人が居るのだけどね……」

 

「はぁ、探偵……ですか?」

 

「えぇ、それで彼から、こんな考え方を聞いた事があるのよ…………『考えつく可能性を一つずつ消していって、最後に残った答えがあったのなら、どんなに有り得ないと思えるようなものであったとしても、それが真実である』…………ってね」

 

「…………!! ま、まさか……!!」

 

 決して愚かではないベアトリスは、僅かな時間を要してプロフェッサーの言いたい事を悟った。

 

 共和国のモーガン委員が持っていた鍵は、ボディーチェックが行われなかったプリンセスによって持ち出され、会場からは見付からなかった。

 

 よってノルマンディー公の視点から見れば……

 

 ① モーガン委員の鍵は、本人が持っていなかった。ならば会場のどこかに隠されたか、会場の誰かの手に渡っている。

 

 ② 会場内を隈無く探し、殆どの参加者にボディーチェックをしたが鍵は見付からなかった。

 

 ③ ならば鍵は、ボディーチェックを行わなかったプリンセスが持っていて会場の外に持ち出した。

 

 このような論理が成り立つのだ。

 

「……私でも考えつく事だから、まず間違いなくノルマンディー公も同じ結論に至っている筈よ」

 

「……!!」

 

「ましてや、ノルマンディー公はこの国のスパイの元締め……プロだからね……プロは主観的な物の見方はしない。客観的事実を冷静に見る目だけしか持っていない……よって、もうこの時点でノルマンディー公の中でプリンセスは99パーセントクロ……漆黒……ブラック中のブラック……そう考えていると見て間違いは無い……少なくとも、私達はそう考えておく必要があるわ……」

 

「……!!」

 

 事態は既に想像を超えて深刻である事に今更ながら気付いて、ベアトリスは苦い唾を呑んだ。いつの間にか、口内がカラカラである事に気付いた。

 

「で、でもそんな状況証拠だけで姫様を害する事は……」

 

「確かに直接的には、出来ないでしょうね。空気姫とは言え王族は王族。国家に対する反逆を証明する物的証拠でも出ない限りは、ノルマンディー公であっても直接、プリンセスに危害を加える事は出来ない……けど、自分が手を下さずに、部下に命令を出す事さえもせずに相手を殺す方法なんて幾らでもあるのよ。スパイの元締めであるノルマンディー公は、そうした完全犯罪のやり方についても知り尽くしている筈よ」

 

「そ、そんな……」

 

「既に、プリンセスはルビコンを渡られてしまったのよ……そして今や、私達も。もはや、残された道は……反逆者として処断されるか、ポンペイウスを倒すかしかない」

 

 いずれノルマンディー公に亡き者にされるか、さもなければ女王となって彼の手出し出来ない立場を手に入れるか。二つに一つ。

 

 退路は、もう断たれているのだ。

 

 プロフェッサーは立ち上がると、机に置かれていたマスクを手に取った。

 

<……私達も、覚悟せねばならないわよ……心して、プリンセスに仕え、お守りせねば……>

 

「……!!」

 

 俯いたベアトリスが、ぐっとスカートの裾を握り締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 メイフェア校の部室。

 

 今はどの部活にも使用されていない空き教室には、共和国側のスパイであるアンジェとドロシー、そしてプリンセスとベアトリスが集まっていた。

 

 このメンバーの集まりは、部活動ということになっている。何部なのかは、これから考えるという事だ。この辺は結構行き当たりばったりである。

 

「それで? こんな部屋に姫様を連れ込んであなた達は何を考えているんですか?」

 

 警戒心を隠そうとしない厳しい声で、ベアトリスがアンジェとドロシーに問う。

 

「コントロールから指令が届いた」

 

「指令は、空中戦艦グロスターから共和国紙幣の原版を回収する事」

 

「どうして、王国の空中戦艦に共和国紙幣の原版が?」

 

「盗まれたんだよ。ノルマンディー公は植民地で大量に印刷して、共和国ポンドの信用を落とすつもりだ」

 

「そこでプリンセスの出番……空中戦艦に乗り込んで、私達が潜入する隙を作ってもらう」

 

「初任務、という訳ですね」

 

 流石に緊張を隠せない面持ちながら、やる気を見せているプリンセスとは対照的にベアトリスは言語道断とでも言いたげな剣幕で怒鳴る。

 

「ダメです!! 姫様にそんな危険な事……!!」

 

「ベアト、良いのよ」

 

 そっと、プリンセスはベアトリスの肩に手を置いて彼女を制した。

 

「……二人とも、この場を借りて……もう一人、このチームに加えたい人が居るだけど」

 

「……もう一人?」

 

 アンジェが、ゆっくりと目を大きくして穏やかな驚きを見せる。

 

「……部活動とは言ったが、私達はスパイであって仲良しクラブじゃないんだ。そんな簡単に仲間を増やすというのは……」

 

 反対意見を出すドロシーに対して、プリンセスはくすっと笑う。

 

「ドロシーさん、あの時パーティー会場で聞かれましたよね。「どうして私達がスパイだと分かったんだ」って……その質問に答えるわ」

 

「「!!」」

 

 ぴくっと、二人のスパイは顔を見合わせる。

 

「答えは簡単、親切な友達が教えてくれたのよ」

 

「!!」

 

 ドロシーには死角となる位置で、アンジェが顔をこわばらせた。頬には、一筋だけだが汗が伝っている。

 

 ベアトリスは、今はそれどころではない。

 

 プリンセスだけが、アンジェの反応に気付いていた。

 

「良いわよ、入って」

 

 プリンセスが手を叩く。するとそれが合図だったのだろう。ドアが開き……

 

 シュコーッ……シュコーッ……

 

 異様な呼吸音と共に入室してきた人物を見て、ドロシーとアンジェは思わず武器に手を伸ばして身構えた。

 

 メイフェア校の制服を着て、白衣を羽織り、頭にはヘルメットガスマスク。両眼を紅く輝かせた怪人。

 

「学校の幽霊……実在していたのか……!?」

 

 いつ幽霊……プロフェッサーが飛びかかってきても対応出来るぐらいの間合いを確保しながら、ドロシーが少し震えた声で絞り出すように言った。

 

「……この人……? が……?」

 

 アンジェが、戸惑ったようにプリンセスへと視線を動かす。

 

 プリンセスはくすっと悪戯が成功した子供のような笑みを見せた。

 

「えぇ……私の友達の、プロフェッサーよ。彼女が、私に知らせてくれたの。二人をスパイと見破った眼力……メンバーとして、申し分は無いと思うけど?」

 

 

 

 

 

 

 

 こうした一幕を経て、プロフェッサーを加えたアンジェ達の5人は空中戦艦が停泊している基地へと移動した。

 

 結論から言うと、作戦は首尾良く運んだ。

 

 まず、プリンセスが表敬訪問という形で戦艦を訪れ、乗員の注意を引く。その隙に潜入したドロシーが工作を行ってアンジェの潜入をサポートする。

 

 唯一の誤算としては、アンジェにベアトリスまでもがくっついて行ってしまった事だが……

 

「まぁ、想定外ではあるがアンジェなら上手くやるだろう」

 

 とはドロシーの弁である。

 

 楽観的に過ぎる気もするが、それだけアンジェの能力を高く評価しているという事だろう。

 

 ともあれ、ドロシーやプリンセスの仕事はこれで完了。今回はプロフェッサーの出番は無かった。後は、アンジェを信じて吉報を待つのみ……

 

 そう、考えていた。

 

 しかし空中戦艦が飛び立って30分後、事態は思わぬ動きを見せた。

 

「大変だ、コントロールから追加指令が届いた!!」

 

 プリンセスとプロフェッサーから少し離れていたドロシーが、一枚の手紙を片手に急ぎ足で戻ってきた。

 

「どうしたんです?」

 

「別のチームの追跡調査で、既に共和国ポンドの偽札は大量に印刷されていて、王国内に保管されている事が分かったんだ!!」

 

<「!!」>

 

 それだけで、プリンセスとプロフェッサーには事の重大さと事態が急を要する事が、すぐに分かった。

 

 アンジェが任務を成功させて原版を回収した事をノルマンディー公が知ったら、彼は早速温存していたその紙幣を世界中にバラ撒くだろう。そうなったら、共和国ポンドの信用は地に墜ちる。それではいくら原版を回収した所でこの任務は失敗だ。

 

<残された時間は、少ない……!!>

 

 アンジェが原版を回収して、それがノルマンディー公の耳に入るまでが勝負だ。

 

「他に動けるチームは?」

 

 プリンセスの問いに、ドロシーは首を振った。

 

「残念ながら居ない。動けるチームは今は全て、内通者の捜索で各方面に散らばっていて……」

 

 プリンセスは顔をしかめる。これについては、彼女やアンジェの策が仇になった形である。

 

「私達だけでやるしかない」

 

<……兎に角、現地へ向かわねば。話はそれからでしょう>

 

 プロフェッサーの言葉を受けて、ドロシーは頷く。

 

「そうだな。乗れ!! 目的地まで、ぶっ飛ばすよ!!」

 

 愛車の運転席に乗り込むと、キーを回してエンジンを掛けるドロシー。プリンセスとプロフェッサーもそれぞれ後部座席に乗り込み、ドロシーの愛車は見事なターンを決めると、風となって走り始めた。

 


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