プリンセス・プリンシパル PROFESSOR(完結)   作:ファルメール

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第07話 暗殺者を討て

 

「御免、少しよろしいか?」

 

<む……>

 

 車両の最後尾にて、簡単な点検も兼ねて電光剣を軽く素振りしていたプロフェッサーに侵入者ことちせが声を掛けてきた。プロフェッサーは剣の光刃を収納するとちせへと向き直る。

 

 あの後、堀川公の取りなしもあってちせはロンドンまでの同道を許され、アンジェとバディを組んで公の警護に当たるよう命じられていた。

 

 ちせの視線は、プロフェッサーの腰に吊り下げられた剣の柄に向いている。

 

「私は修練の一環として古今東西の刀剣を見てきたが……貴公が使うような剣はついぞ見た事が無い。実に興味深く……後学の為にも少し、拝見させてはくれぬか?」

 

<……>

 

 プロフェッサーの視線が、ちせの肩越しにすぐ後ろに居るアンジェへと動いた。アンジェは言葉を交わさずとも意図を察して、頷きを一つ。これは怪しい動きを見せたらすぐ銃を弾くという意味だ。

 

<分かった。丁寧に扱うように>

 

 プロフェッサーは今は柄だけの剣を、ちせへと差し出す。

 

 この行動を受けてちせは「ふむ」と鼻を鳴らした。

 

 先程の屋根の上での立ち合いで、プロフェッサーは非常に高い実力を持ってはいるものの戦闘のプロではないように感じていたがこれで確信した。プロは、自分の得物を今日会ったばかりの相手に預けるような真似は決してしない。

 

 この考察は当たっていた。実際にプロフェッサーはアンジェやドロシーのように養成所で射撃や諜報など、専門的な訓練を受けた訳ではなくタイプとしては寧ろベアトリスに近い。ベアトリスがどんな人間の声でも模倣出来る人工声帯と機械の知識という一芸を武器としているように、プロフェッサーはその頭脳や研究成果で以てアンジェ達と肩を並べているのだ。

 

 しかし逆に言うと、プロフェッサーは基礎鍛錬と後は天性の才覚だけで、長年剣術の鍛練を積んできた自分と五分に渡り合ったという事になる。

 

「惜しいな」

 

<……?>

 

 ちせの呟きに、プロフェッサーが首を傾げた。

 

 これはちせの賞賛である。

 

 プロフェッサーは自分の剣を全て避けてみせたのは、クセや攻撃パターンを完全に見切る事が出来る目を持っているが故だと語っていた。しかしいくら相手の攻撃が見えていても、体がその反応に追従出来るかどうかは別の問題だ。

 

 体を思い通りに動かすというのは、一般的に想像されているよりもずっと難しい。故にスポーツでも武術でも、一流の域に達するまでには長い反復練習を必要とする。無論、ちせとてそれは例外ではない。それを格闘の訓練など受けていないプロフェッサーは、純粋な才能だけでやってのけたのだ。

 

「もし貴殿が私の国に生まれていて、そして武の道を志していたのなら、確実に武術の歴史を塗り替えていただろう。素晴らしい天稟だ」

 

<それは褒め言葉なのか?>

 

「無論じゃ」

 

<では、喜んで……おっと!!>

 

 プロフェッサーは慌てて手を伸ばし、ちせが持っていた柄の先端の向きを、自分の体からずらした。

 

<危ない。先っぽを私に向けないで>

 

 注意するとちせの脇に回り込んで、柄の中程を指差した。

 

<このボタンを押すと刃がオンオフになる>

 

「うむ……む?」

 

 ちせが示された赤いボタンを親指で押そうとするが、上手く行かなかった。

 

<誤作動を防ぐ為に、スイッチはかなり固くしてある。強く押し込んで>

 

「分かった……おっと!!」

 

 独特の唸るような駆動音が鳴って、紅い光刃が起動した。

 

 アンジェは、二歩ばかりちせから距離を取った。

 

「うーむ……」

 

 ちせは光の剣を何度か試し振りしてみるが、どうにも戸惑っているようだった。

 

<普通の刀剣とは感覚が違うだろう?>

 

「うむ……柄の重さしか無いのに、振ると刀身の反動が伝わってくる……不思議だ」

 

<ジャイロスコープ効果。こうした独特のクセがあるから、この剣は専門に十分な訓練を積まないと、使いこなせない>

 

「そのようだ。私には使えそうにないな。かたじけない、勉強になった。返すぞ」

 

 刀と電光剣は用途こそ似てはいるがその実全く違う武器だ。特に刀を自らの手足と変わらぬ域にまで操れるよう修練を積んでいるちせにとって、電光剣の感覚を体に覚え込ませる事は無益を通り越して有害だ。

 

 刀身を消して、再び柄だけになった剣を差し出すちせ。プロフェッサーはそれをベルトに付け直した。

 

「黒蜥蜴星とやらでは、皆がこの武器を使っているのか?」

 

「いいえ、最近の黒蜥蜴星では銃が主流になっていて、この剣は滅多に見られなくなっているわ」

 

<……急造にしては、良いコンビのようね>

 

 アンジェとちせのやり取りを見たプロフェッサーはそうコメントすると、車内へと戻っていく。

 

 護衛が乗っているこの車両には銃で武装した王国軍の兵士が50人から詰め掛けている。生半可な襲撃ではプリンセスや堀川公に危害を加える事は出来ないだろう。

 

 しかしちせは言っていた。藤堂十兵衛は生半可ではないと。

 

 ロンドンまでの停車駅は、30分程前に停まったメイドストン駅一つだけ。故に襲撃があるのならここだと思われていたが……しかし結局、そこで襲撃は行われなかった。

 

 しかしちせはこうも言っていた。

 

 十兵衛は必ず来ると。

 

 シュコーッ……シュコーッ……

 

 油断無く周囲を見渡しながら、車内を練り歩くプロフェッサー。

 

 と、その時だった。

 

 パン!!

 

 乾いた音が聞こえてくる。

 

 銃声。前方から。

 

<!!>

 

 プロフェッサーは駆け出すと、車両前部の入り口を開けて連結部に出る。

 

 そこでは銃を構えたドロシーと、肩から血を流してうずくまっている男がいた。

 

「プロフェッサーか」

 

<敵か?>

 

 この光景を見て、何が起こったかを推測するのは難しくない。この男が藤堂十兵衛かあるいはその手先の者で、車両に何かしようとしていた所をドロシーが取り押さえたのだろう。

 

「くそっ!!」

 

 プロフェッサーが現れて僅かにドロシーの集中が乱れた一瞬、それを狙って王国軍兵士の制服を着た男は、ズボンの裾から伸びていた紐を引いて足首に付けられていたギミックを作動させた。

 

 

 

 

 

 

 

 ズガン!!

 

 爆音。

 

 車両が揺れる。

 

 爆発で連結部が破壊され、護衛が乗っている後部車両とプリンセスや堀川公が乗っている前部車両が切り離されて、車間距離がどんどん開いていく。

 

 しかも時を同じくして、防犯目的の為に運行が中止されている筈の下り車線を逆走して黒塗りの機関車が並走してきた。

 

 敵だ。間違いない。

 

「何があったの?」

 

「敵襲か!?」

 

 アンジェとちせが、爆発が起きた連結部に駆け込んできた。

 

<……見ての通り>

 

「どうやら藤堂十兵衛は、最初からここで襲撃を掛ける計画だったらしいな」

 

 爆発に最も近い位置にいたプロフェッサーとドロシーだったが、二人とも傷一つ負っていなかった。着衣に焦げ目すら付いてはいない。

 

 プロフェッサーが右手をかざしていて、空間に時々ばちっと火花が走っている。

 

 良く見ると、プロフェッサーの周囲の空間には細かな金属片がいくつも重力に逆らって浮遊しているのが見えた。

 

「助かったよ、プロフェッサー。この壁も、電気の力なのかい?」

 

<その通り、これは電磁バリア。爆圧や熱はローレンツ力でシャットアウトし、飛び散る破片は磁場で止めた>

 

 頷いたプロフェッサーがかざしていた右手を下ろすと、破片を止めていた磁場が切られたのだろう。その動きに連動するようにして金属片はぱらぱらと落ちた。

 

「プリンセスは?」

 

「御料車だ」

 

<……!!>

 

 プロフェッサーが体を震わせる。これは動揺の所作だった。

 

 先頭車両は今も走り続けているから、こうしている間にもプリンセスと自分達との距離はどんどんと離れている。

 

「行け、アンジェ!! Cボールなら、まだ追いつける!!」

 

 ロンドンまでのコースは、ここからは丘陵地帯の高低差の関係でS字を描いて走行するようになっている。故に重量をゼロにして、S字の始点から終点へドルマークの縦線のように直線で移動出来るCボールなら追いつく事も可能だった。

 

「では……私も連れて行け。あそこには、十兵衛が居る。ヤツと戦えるのは、私だけだ……頼む」

 

「……戦力は、多い方が良い」

 

 土下座して懇願するちせ。これを受けて、アンジェも了承した。今何より惜しまれるのは時間。長々と問答している暇は無かった。

 

<よし……では、アンジェとちせは上から。私とドロシーは、下から攻めよう。同時攻撃だ>

 

「……それは構わないが……どうやって追い付く? 確かにプロフェッサー、あんたもケイバーライトを使った重力制御は出来るだろうが……」

 

 と、ドロシー。彼女の言葉通り、プロフェッサーも義手に仕込まれている高濃度ケイバーライトによって無重力を発生させる事は出来るが、しかし彼女が専門なのはあくまでも電磁力の扱い。Cボールを使った無重力機動に於いてはアンジェには及ばない。通常時ならまだしもこのような状況では、制御を誤って飛び移り損ねるのがオチだ。

 

<私達は線路に沿って走って行く。いや、正確には走らないが……>

 

「……? 大丈夫なの?」

 

 プロフェッサーの言葉の意味を図りかねて、少し不安そうにアンジェが尋ねてくる。プロフェッサーは<勿論>と頷いて返した。

 

<……それに>

 

「?」

 

<……私はプリンセスに賭けている。研究成果、頭脳……いや……私という存在そのものをチップにしての一点買い……プリンセスが死……いや、何かあった時には……私もお終い。だから、行く>

 

 そう言ってプロフェッサーはおもむろに頭に手をやると、マスクに手を掛けた。

 

 プシュッと空気の抜ける音を立てて、二重構造になっているヘルメットとマスクが外れ、青白い顔と色素の抜けかけている髪、プロフェッサーの不健康な美貌が露わになった。

 

「……アンジェ、あなたは今ひとつ私を信じられないようだけど……そういう事なら少しは信じられるんじゃないかしら? 私があなた達に協力するのは、プリンセスを守る為で……ひいては自分の為。一蓮托生ほど、この世界で比較的信用出来るものもそうは無いと思うけど……? せめて今この時だけは、チームとして……私を信じてもらえないかしら?」

 

「……」

 

 キュイッと義眼が動いて、自分にピントを合わせている音がアンジェに聞こえた。

 

「向こうで会いましょう」

 

 アンジェはそれだけ言い残すと、先頭車両に飛び移るべく屋根に上っていく。ちせもそれに続いた。

 

 残されたのはプロフェッサーとドロシーだ。プロフェッサーは、外していたマスクとヘルメットを急いで付け直した。だが、付け終わった時、

 

<グ……ゴホッ、ゴホッ……!!>

 

 咳き込むような音がマスクの内側から聞こえてきて、掻き毟るように胸を押さえてうずくまった。

 

「だ、大丈夫か?」

 

 慌てたドロシーが、プロフェッサーの背中をさする。

 

<あぁ、あぁ……大丈夫……少し、肺に煙が入っただけだから……>

 

 よろよろと立ち上がるプロフェッサー。ドロシーは二重の意味で不安そうな視線を送っている。

 

<大丈夫だ。では、ドロシー。私の体に掴まって>

 

「こうか?」

 

 おんぶするように、ドロシーがプロフェッサーの両肩に手を置く。

 

<結構……>

 

 プロフェッサーはそう言うと、右手をかざす。

 

 エレクトロギミックが施された義手、その指先から電光が走って線路に敷かれたレールに落ちた。

 

 鼻を突くような匂いがして、レールに稲光のような火花が走って帯電しているのが見えた。

 

<では、行こう>

 

 プロフェッサーはそう言うと、ふわりと線路への一歩を階段を降りるように踏み出した。

 

 ドロシーは当然、すぐに線路に着地する事になるだろうと考える。

 

 しかし違っていた。

 

 プロフェッサーとドロシーの体は、線路の上10センチくらいの空間に、浮遊していたのだ。

 

「これは……ケイバーライトの重力制御か?」

 

 プロフェッサーは首を振った。

 

<いや、根本的に違う。これは磁気浮上>

 

「磁気浮上……?」

 

<同じ極の磁石を近づけると、反発するのは知っているでしょう? あれと同じ。さっきの電気で、私は一時的にレールを磁石に変えた。その上で私達の周囲にもレールと同極の磁場を発生させて、その反発で浮かんでいる>

 

「……何と……」

 

<そしてもう一つ……違う極の磁石は……引き合う>

 

 プロフェッサーは再び、右手から電撃を発射してレールへと落とす。

 

 するとそれまでは空中に浮いていた二人の体が、前方へと滑るようにして動き始めた。

 

 しかもその加速はドライバーで荒っぽい運転も日常茶飯事なドロシーをして驚く程に速い。二人はあっという間に風圧で肌が痛くなる程の速度にまで到達した。

 

<……私達の前方の磁力を違う極に。足下の磁力を同じ極に。これによって、私達はこのレールの上を滑空している。これも天才たる私の発明の一つ。どうだ素晴らしいだろう、電気の力は>

 

「いや……凄いな。あんたには勝てないよ」

 

 ドロシーは、付けていたカチューシャを外すと銃を取り出し、装弾数を確認する。

 

 上体を斜め45度に前傾させたままで足も動かさず電磁誘導で浮遊移動するプロフェッサーの速度は速く、ものの数分で先頭車両に追い付いた。

 

「な、何だあれは!?」

 

「人間か?」

 

「バカな、速すぎるぞ!!」

 

「それよりも上の敵だ!!」

 

 追い付いた先頭車両では藤堂十兵衛の手のものだろう和装の一団が二人の姿を見付けて、攻撃するよりも動揺している。まぁこれは当然の反応と言える。走る列車に生身で追随してくる人間など想像の埒外の存在。衝撃を受けて当然だ。

 

 しかもちょうど良いタイミングで、アンジェとちせも屋根に飛び移って攻勢を仕掛けていたのだろう。そちらに注意が分散していたのも幸いだった。

 

 パン!! パン!! パン!!

 

「ぎゃっ!!」

 

「ぐわっ!!」

 

「うわっ!!」

 

 プロフェッサーの背中でドロシーが発砲する。彼女の射撃の腕は超一流、それに磁気浮上による走行は振動が殆ど無いのも手伝って全ての銃弾が、狙いを過たず襲撃者達の急所に命中した。

 

 追い付いたプロフェッサーとドロシーは、爆発によって開いた風穴から先頭車両へと乗り込んだ。

 

「く、くそっ……!! お前達一体どうやって……!!」

 

 車両内にはまだ何人かの襲撃者が居て、彼等は二人の姿を認めるとそれぞれ腰の刀を抜刀したり拳銃をドロウする。

 

 しかし。

 

<ふん!!>

 

 プロフェッサーが右手をかざして電磁力のツタを伸ばす。

 

 見えない力の先端が襲撃者達が持つ刀や銃に接続されると、プロフェッサーはそれを自分の手元に引き戻す。

 

 すると金属製である刀や銃は全て襲撃者の手からもぎ取られて、空中を滑ってプロフェッサーの手に収まった。

 

<……こいつらは、シロオビだな>

 

 ちせならば、プロフェッサーが磁場を発生させる意図を感じ取って発動を潰してきただろう。鍛錬が足りないようだ。

 

 プロフェッサーが、光刃を起動する。室内が照り返しによって、刃と同じ紅い色に染め上げられた。

 

「く、くそっ……!!」

 

 武器を取り上げられた襲撃者は破れかぶれとばかり飛びかかってくるが、プロフェッサーは一刀の下に斬り捨ててしまった。

 

 すぐ後ろにいた二人がひるまず突進しようとしたが、後ろから飛んできた銃弾によって倒された。

 

<ありがとうドロシー>

 

「いいって事さ」

 

 まだ数名の襲撃者が残っていたが、3名が簡単に倒された事もあって反応が鈍い。

 

 プロフェッサーは再び、右手から磁力線を放つ。

 

 すると、一番彼女に近い位置に居た男の体が宙に浮いて天井に叩き付けられた。

 

「う、うわっ!!」

 

「な、何だこいつは!?」

 

「妖術か!?」

 

 無論、妖術などではない。

 

 堀川公の護衛は、刀を装備している。襲撃者達はそれと対決する事を想定して鎖帷子を着込んでいたのだが、金属を自由にコントロール出来るプロフェッサー相手ではそれが仇になった。プロフェッサーは電磁力を鎖帷子に作用させて、男の体を持ち上げたのだ。

 

 そのまま前進しつつ、腕を回して光の剣を振るうと天井に貼付けられている男の腰を焼き切った。

 

 そうして電磁力を切ると、上半身と下半身が泣き別れになった男の死体が、しかし傷口が電熱によって焼却されているので出血などはまるでせずに床に転がった。

 

 ドロシーが援護射撃の構えを崩さぬままで、死体の傷口に目を落とす。

 

 見事なまでにバッサリ切断されているのに、一滴の血も流れていない死体。これと同じ手口の殺しを、彼女は最近レポートで見た事があった。

 

『……モーガン委員の死因も、心臓付近だけを高熱で焼き切られたような風穴を開けられた事だったな……その時も、救急車の中には一滴の血も飛び散ってはいなかった……』

 

 コントロールの分析でも、刃物でも爆発物でもない全く別の武器によってなされた犯行だということだった。

 

『刃物でも、爆発物でもない武器……!!』

 

 ドロシーの視線が、プロフェッサーの背中と……彼女が手にする紅光の剣へと動いた。

 

 キキキーーーッ!! ガガガーーーッ!!

 

 甲高い金属音が鳴り響いて、震動が襲ってくる。

 

 一拍遅れて、慣性によってプロフェッサーとドロシーは体が前方に投げ出されそうになったが、シートに掴まって難を逃れた。

 

「これは……」

 

<列車が止まったのよ……!!>

 

 先頭車両、それも最先頭の機関部で何かがあったのだ。

 

 そしてこの先の車両には、プリンセスが居る。

 

<……!!>

 

 プロフェッサーはもう剣を交えるのも面倒とばかり、車内に残っている二人の襲撃者に手をかざす。

 

<そこを、退け!!>

 

 義手の指先から青白い電光が迸って、二人の体に襲いかかった。

 

「ぐわっ!!」

 

「ぎゃああっ!!」

 

 全身に高圧電流を投射された二人は体を引き攣らせて、プロフェッサーが電流を止めるとぴんと手足を伸び切らせた姿勢のままで失禁しつつ床に倒れた。

 

 プロフェッサーは侵入者達にはもう目もくれずに車内を横切ると、御料車へと通じるドアの前でさっと手を振る。電磁力が作用して、金属製のドアはまるで「開けゴマ」と唱えられた千夜一夜物語の扉のように手も触れずにスライドして開いた。

 

 そのまま、歩みを止めずに御料車へと踏み込むプロフェッサー。

 

<うっ!!>

 

 御料車の中では、床にも壁にも天井にもあちこち刀傷が走っていて、高価であろう家具も悉くバラバラに解体されていた。王族が乗る事を想定して調整された豪奢さなど見る影も無い。

 

 そんな散々な有様の室内の、ちょうど中程では……

 

 男女二人が、至近距離で立ち尽くしたまま動きを止めていた。

 

 自分に背中を向けている一方には、プロフェッサーは見覚えがあった。

 

「強くなったな……ちせ……」

 

 男の方……藤堂十兵衛の手が、ちせの頭を撫でて……そして彼の体から全ての力が失せてずるりと倒れた。

 

 十兵衛の胸は紅く染まっていた。そしてちせが手にした刀の刀身には、血が伝っている。恐らくは紙一重のタイミングであったのだろうが彼女の刃は、藤堂十兵衛に致命傷を与えていたのだ。

 

<……終わっているようね>

 

 危険が排除されている事を確認して、プロフェッサーは刃を消した。

 

「ちせ、貴公は……」

 

 声に振り返ると、壁際にはぐったりとして壁に背中を預けているベアトリスと、堀川公がへたり込むように座っていた。

 

 刀を納めたちせは堀川公のすぐ前までやって来ると、跪いて忠を示す姿勢を取った。

 

「ご安心を、堀川公……逆賊・藤堂十兵衛は討ち果たしました」

 

<……>

 

 プロフェッサーは無言で彼女に目をやっていたが……不意に背後に気配を感じて振り返る。

 

 そこにはアンジェが立っていた。

 

<アンジェ、プリンセスは!?>

 

 掴みかかるような勢いで、プロフェッサーが詰め寄る。目下の所彼女には、それが一番の心配事だった。

 

「大丈夫、無事よ」

 

<おお……>

 

 その一言が聞けただけで、随分気分が良くなった。

 

 コー、ホー…………コー、ホー…………

 

 心なしか、呼吸音もいつもより穏やかでゆっくりとしたペースである気がする。

 

<!>

 

 アンジェが、そっと差し出している手にプロフェッサーは気付いた。

 

「ありがとう。あなたやドロシーが来てくれたお陰で、敵の注意も分散して制圧もスムーズに運んだわ」

 

<……>

 

「だから……その……」

 

<……>

 

「……これからもよろしく。プロフェッサー」

 

<こちらこそ、アンジェ>

 

 プロフェッサーの義手が、アンジェの手を握り返した。

 


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