いつの頃からか、そこで少年が佇む事があった。
大小関わらず、最低でも特異点を一つ攻略する度に、一度はここへ来るようにしているようだ。
彼には沢山の信頼できる仲間がいて、いつも賑やかにしていたが、ここへ来るときに限っては独り静かに訪れる。それも後輩を自称する少女すら供に付けずに。
特に何かをする為という訳ではなく、ただ『それ』を眺めているだけだった。
そんな少年の様子はしかし、『当機』が記憶する、人間のある行動と一致する。
墓参り、である。
親族や友人、想い人等、自分と関りを持ちつつも先に逝ってしまった人を尊ぶ行為。
彼が、そんな墓参りじみた事をするきっかけとなった出来事を当機は記録している。何せ、当機の目の前で起きた出来事なのだから。
そしてそれは彼がグランドオーダーを行うきっかけにもなった出来事でもある。
当機はその旅をずっと見続けてきた。
そして一つの旅を終える毎に、少年は変わっていった。
初めの頃、少年はここに来る度に申し訳なさそうに、後悔の二文字を背負うかのように、『それ』を見上げていた。
それが大きな特異点を四つ超える頃にもなると、幾分険の取れた表情で『それ』を眺める姿が見られた。
そして七つ目の特異点を超えた少年は『それ』を見据え、小さく静かに、しかし確かにこう告げるまでになった。
「必ず人理修復を果たすよ、オルガマリー・アニムスフィア」
当機――近未来予測レンズ・シバはただ黙して少年を見続ける。彼の旅路を、彼の彼女への懺悔と贖罪を。
――そして、人理修復がなされた後、その対象がもう一人増える事になる。
人理修復を成し遂げた後も、彼の旅は続く。一人分の重みが増した悲しみと共に。
結局、最後まで誰も彼女を気にし続ける人は殆どいなかった。それこそロマンくらいだろうか。
確かに、彼女自身は能力が高くとも、運が悪く、高圧的で、ヒステリック、打たれ弱く、どうしようもないところが多かった人だったと思う。
しかし小心者でも、ギリギリのところで踏ん張って、人としての道を外さない、根は善良であったと、その境遇に同情できると、僅かな付き合いでも分かる女性だった。
だからなのだろうか。特異点F――彼女が失われた炎熱の地獄を潜り抜けてから暫くして落ち着き、ふと、疑似地球環境モデル・カルデアスを見たくなったのは。
フィニス・カルデアの所長、オルガマリー・アニムスフィアがレフ・ライノール・フラウロスの手によりこれに放り込まれて、死んだ。
初めて目の前で人が殺されるところを見た。まあその時の所長は既に幽霊のようなものだったらしいが、細かいことは良い。
その後何とか無事に特異点を脱出し、興奮冷めやらぬままグランドオーダーを承諾したのも今となっては良い思い出なのかもしれない。
だが、その翌日から頭に響くものがあった。
カルデアスに飲み込まれる時の、所長の悲鳴だ。
死への恐怖、まだ何も成し遂げていないという悔恨、誰も自分を認めてくれなかったという悲哀、それらが混ざり合った嘆きの悲鳴、それがこびり付いて離れなくなった。
特異点に赴いている時も、カルデアで訓練や休息をとっている時も、召喚した英霊達と戯れている時も、ずっと、ずっと、頭の隅で小さく鳴っていた。
それがあったから、カルデアスを見たくなり、そして習慣になった。
やはり墓参りみたいなものなのだろう。カルデアスに向かって言葉を投げかける事もあれば、一言も喋らず立ち去る時もあった。
そんなある時、ロマンから所長の事を聞く機会が何度かあった。
こちらが感じた通り、所長は精神的にかなり追い詰められていたようで、アルコールに逃げた事も一度や二度ではなかったらしい。
それこそマシュに関する事実を知った時は、復讐されると被害妄想にとらわれる事もあったとか。
加えて、レフの裏切り。
全く自分の所為ではなかったというのに、それはそれは不憫としか言いようがなかった。
更に不憫と言えば、彼女が死に、グランドオーダーが開始されるも、時々ロマンから以外ではほぼ、彼女の事が話題に上がる事はなかったという事実だ。
しかしそれは仕方のない事なのかもしれない。
生き残った職員は少ない人数で俺達のサポートや日々の業務で過去を振り返る暇もなく、英霊達はそもそも所長の事を全く知らないし知る必要もなかったのだから。
それに憤りを感じても、どうしようもないという事は分かっている。
だから、という訳でもないが、代わりに彼女の事をもっと知ってみようと所長室に赴いてみたりもした。
魔術の勉強などに彼女の蔵書を利用させてもらったりもしたが、その時に見つけたメモや、荒れに荒れた私室の様子(中身のない下着に欲情するほど変態ではないとだけ弁明しておく)等から、相当に追いつめられていたというのが痛々しい程に伝わってきた。
成程、確かに彼女は魔術師として一流の腕を持つ人物ではあったのだろう。いかんせん、打たれ弱い人物だったせいもあり、身内のスキャンダルや人類焼却の危機なんて重圧には耐えきれない残念美人だったのは、所長の所長たる所以なのかどうなのか。
だけどそんな内面ボロボロだったにも拘らず、あの冬木の地で俺とマシュを引っ張っていった(かどうかは黙秘)のには、素直に好感が持てた。
……正直に言ってしまえば、好みど真ん中だったし。
もっとはっきり言えば一目ぼれに近いものもあった。
初恋は実らないとは言うがまさか、会ってその日に死に別れなんて冗談がきついにも程がある。
カルデアに召喚された女神系サーヴァントを見ても思うが、どうにも運命の女神というのは中々イイ性格をしているようだ。
だから彼女の悲鳴を思い出す度に溢れてくるのは、助けられなかった後悔の念と、寂しさからくる喪失感なのだろう。
そうであるからこそ、俺は彼女が守ろうとしたカルデアが好きだし、これからも自分が出来る範囲でマスターとしての責務を果たしていくだろう。
この世界線におけるぐだの心境をば。
因みに、今回の草案は二部の情報が出る前なので、何かおかしいところがあっても気にしないでね。