奥さん、貸した金が払えないなら身体で払ってもらおうか! 作:筆先文十郎
あのスケベとは無縁だった厳格な親父がこんな所に隠していたんだ。これは相当なエロビデオに違いない。
そう思った俺に一つの難題があった。それはビデオデッキが母や姉がいるリビングにあるという点だった。
このエロビデオは俺が引き継ぐ!そのためには一刻も早くこのエロビデオの中身を確認しなければならない。
その崇高な使命を実現するため俺の戦いが始まった。
夏休みが始まろうとするある日。
とある建築会社に勤めて40年。付き合い程度の酒しか飲まず、一日も遅刻も欠勤もしなかった真面目を絵に描いたような親父が死んで三か月目の朝のことだった。
「ん?」
俺が本棚を雑巾がけしているとポチッと何かを押した音が聞こえた。次の瞬間
プシュッ!カタッ
空気が漏れる音と何かが開く音。振り返ると真っ白の壁が扉のように開いていた。
「な、何だ!?」
俺はゆっくりと扉となった壁を開ける。そこには一番上の棚の隅から一番下の棚の隅までびっちりと入れられたビデオが収められていた。ビデオに付けられた全てのラベルには『AV特集№○』と貼られていた。
「やっぱり親父も人の子だったんだな」
俺は嬉しさと怒りが入り混じった笑みを浮かべる。
俺の親父は厳格、そして禁欲の権化というべき存在だった。
『18にもなっていないお前が何でこんなものを持っている!!』
14の時に河原で拾ったエロ本が見つかった時にはこれでもかと病院に行く寸前までボコボコにされた。
おかげで性に興味を覚える年頃でありながら家に18禁物を置くことにトラウマを植え付けられた俺は、友達の家でエロ本やエロDVDを堪能してから布団の中で見た内容をオカズに自分を慰める生活を余儀なくされた。
俺にとって親父はエロさえ絡まなければ勉強や進路の相談に乗ってくれる良い父親だった。
(でももう親父はいない。トラウマに関する怒りはこのエロビデオで水に流してやろう。さて問題は)
「どうやってこのビデオを見るか、だ」
俺は考える。
「DVDはおろかブルーレイの時代になった昨今、ビデオデッキを売っている所なんて見たことがないぞ。ということはやはり……」
俺の脳裏にビデオデッキがある映像が浮かび上がる。そこは俺の家のリビング。
ビデオの時代が終わった今でも、俺の家のビデオデッキは主力として活躍し続けていた。その理由は簡単だ。
俺はリビングに行く。そこには
「あぁ、ソン様♥」
そこには一昔に
「母さん。それが終わったら次私が戦隊物見るんだからね」
一昔の戦隊ヒーローシリーズのビデオを持った姉が居座っていた。
この二人が家にいる限り俺は安心してエロビデオを見ることは出来ない。
自分の部屋に帰った俺はあの二人をいかにして家から追い出すかを思案する。
「……よし!」
方法を思いついた俺はスマホを取り出し電話をかけた。
「あ、先輩。俺です。以前言っていたバイトの件なんですど――」
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夏休み最終日の朝。
プルルルルッ、プルルルルッ、プルルルルッ
「はいはいもしもし……あ、みっちゃん!久しぶり~、どうしたの?……え、ソン様主演の『夏のドナタ』の聖地観光ツアーの券が当たったから一緒に行かないかって?えぇ!?ウソでしょ!……いや行く行く行く!!待って急いで準備するから!!」
「あ、母さん。もしかして『ソン様主演の『夏のドナタ』の聖地観光ツアーの券が当たったから一緒に行かないか』って友達から誘われたの?そんなこともあるかなって思ってパスポートや服、携帯、財布、トランク、デジカメなど旅に必要な物を用意しておいたよ」
タイミング良く階段から降りた俺はそう言って準備していた物を三段腹の母親に渡す。
「あぁ準備がいいのね!ちょうどよかったわ♪じゃあお母さん、みっちゃんと韓国で行われる三泊四日の『夏のドナタ 聖地観光ツアー』に行ってくるから後よろしくね!!」
そう言ってお袋は急いで化粧と外出用の服に着替えると飛び出すように家を後にした。
「上手くいったな」
だれもいなくなった廊下で俺は一人笑みを浮かべる。
お袋の友達から『夏のドナタ 聖地観光ツアー』に行かないかと誘われたのは偶然ではない。俺が仕組んだものだ。
エロビデオを見つけた俺は『今バイト人がいなくて困ってんだよね』とぼやいていた先輩に電話をかけて夏休み限定のバイトを始めた。汗水たらして稼いだ金で『夏のドナタ 聖地観光ツアー』のチケットを買い、お袋の友達に『これでお袋を誘って行って下さい。あと俺が用意したことは秘密にして下さい』と頼んだのだ。
「よし、あとは姉一人」
お袋を家から追い出すことに成功した俺はある家に電話をかけた。
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数分後。
「あ、はいはい……あれ優子?どうしたの?……え?ええぇっ!?あのホームランもヒットも量産するけど日本記録を塗り替えるほどゲッツーも量産するプロ野球選手がヒーローとなって悪と立ち向かう幻のアニメ『ゲッツー戦士アライダー』のDVDを手に入れたから優子の家で見ないかって?行く行く!行くに決まってんじゃん!!……え?『明日から学校なのに『ゲッツー戦士アライダー』を全話見ると私の家で朝を迎えちゃうよ』って。……バカねぇ、優子。学校が怖くてアニオタやってられますかって。……じゃあすぐに行くから!!」
「あれ、姉さん。どっか行くの?」
タイミング良く俺は階段を下りて受話器を置く姉に話しかける。
「うん、私これから優子の家でアニメの勉強会するから。明日学校で会いましょう!」
そう言って姉は制服と鞄一式、パジャマを持って飛び出すように家を後にした。
「ふふ、上手くいったな」
誰もいなくなった廊下で俺はニヤリと笑う。
お袋同様、姉が友達から『ゲッツー戦士アライダー』という超マイナーアニメを見ようと誘われたのは偶然ではない。
『夏のドナタ 聖地観光ツアー』のチケット代を稼ぐバイトを始めたのと並行して、俺は古本屋などで姉が見たくて見たくて仕方がない幻のアニメ『ゲッツー戦士アライダー』を探していた。
全国展開する大型の店から個人がやっている小さな店までバイトで疲れた体に鞭打って探し続けた。探しに探して探しぬいた結果、俺はついに『ゲッツー戦士アライダー』を手に入れた。
ただし『ゲッツー戦士アライダー』はビデオ。姉の友達の家にはビデオデッキはない。
そこで俺は学校の備品を使ってビデオからDVDに複製。姉の友達に『俺の家にDVD見れる機械がなくて、姉がこのアニメ見たがっていたので今夜見るように誘ってくれませんか?』とお願いしたのだ。
お袋は韓国。姉は友達の家でDVD観賞するため明日までいない。
「これで、これでエロビデオが見れる!!」
邪魔者がいなくなり俺は一人廊下で狂喜乱舞すると親父の部屋に直行、両手いっぱいにビデオを抱えてリビングに飛び込んだ。
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「よ、よよよ、よ~し……見るぞ、見るぞ、見ちゃうぞ……」
家でエロいものを見る。
そのトラウマに震えながら、俺はビデオをビデオデッキにセット、再生する。
『ニャー♪』
テレビには可愛らしい子猫がよちよちと歩く姿が映し出された。
「あぁ、かわいいなぁ」
愛らしい姿に俺は釘付けになる。その後俺は猫が気持ちよさそうに土鍋で寝ていたり高いところに登って降りられなくなって困り果てる猫の姿を見て心が癒された。
ビデオが終わったのか、カチッという音と共にテープが巻き戻される。
「ん?」
この時俺はあることに気づく。
「あれ、このビデオ……一コマもエロシーンなかったぞ?」
気を取り直して俺は次のビデオをセットする。
テレビに映ったのは足を骨折し動けなくなった主を助けるため村人を呼ぼうと猟犬が村へ助けを求めるドラマだった。
「うぅ、よかった……よかった……」
ボロボロになりながらも村人を引き連れ、主と共に村に帰ることが出来た犬に感動し涙する俺。エンドロールが流れ『完』という文字が表れた所で再びカチッという音と共にテープが巻き戻される。
「んん??」
俺は次のビデオを再生する。しかしいくら見てもビデオの中身は可愛らしい・感動する動物の映像が流れるだけでエロシーンは一秒もなかった。
昼から夜へと変わり次の日の朝を告げる朝日が昇り始めた頃、全てのビデオを見終えた俺は気づいた。
「これって。
こうしてチケット代を稼ぐためのバイトと幻のアニメの捜索に全てをかけた俺の高校生活最後の夏休みは動物動画を見て幕を閉じた。
プロ野球ファンの方なら分かると思いますが、『ゲッツー戦士アライダー』の元ネタは広島東洋カープ(以後カープ)の新井貴浩選手(以後新井さん)です。
なぜ新井さんを元ネタにしたものを登場させたのか。それは筆先文十郎にとって新井さんが命の恩人だからです。
当時、私は某駅で駅員をしていました。駅員という仕事は私に合っていなかったのか、仕事でミスをしてお客には怒鳴られ、先輩後輩に尻拭いをさせてしまい邪険にされる。仕事の時はもちろん休日にも『ミスしたという電話が来るのでは?』と恐怖する日々でした。
心身ともに疲弊する日々に当時の私は『電車にひかれたら楽になる』と半ば本気で考えるほど疲れ果てていました。
そんな時でした。カープをFAで出た新井さんが再びカープに戻ることが決まったのは。
『どの面下げて戻ってくるの?』
それが新井さんがカープに戻ると決まったことを知った直後の私の気持ちでした。その時はそう思ったのですが少し経って私はハッと気づきました。
『カープに戻ると決めた新井さんと私、どっちが辛いだろう』
と。
プロ野球ファンならご理解いただけると思いますが、FAを取るということはそのチームで活躍していたという証。そんな自分のチームで活躍し家族のように応援してきた選手が敵となって現れる。これは本当に腹立たしいことでしょう。例えFAが選手の当然の権利だと理解していても。
阪神タイガースに移籍した新井さんもカープファンに大変なブーイングを受けました。
その時の記憶は覚えているはずです。にも関わらず新井さんは批難&罵声を覚悟した上でカープに戻ることを決断した。その決断にいたるまで、様々な苦悩があったと推測できます。
比べて私は駅員とお客を合わせても私を忌み嫌っているのは数十人程度。対する新井さんは万は超えている。どちらが辛いのはお分かり頂けると思います。
『私より新井さんの方が苦しいに決まってる。新井さんと比べたらこの程度の苦しみ……大したことじゃない!』
そう思った私は仕事でミスをしたり、嫌なことがあってもそのことを思い出して何とか仕事に取り組みました。
その後駅員を退職しましたが、もし新井さんが私に勇気をくれなければ……最悪私は自分の命を絶っていたかもしれません。
『新井さんがまだ現役の時に、新井さんを元ネタにした物を出してみたかった』
本当なら球場に足を運んで応援に行くのが良いのでしょうが、残念ながら私はどの球場にも離れた所に転勤となり応援することが出来ません。それでも応援していることを形にしたくて『ゲッツー戦士アライダー』というのを出してしまいました。
長くなりましたが私の個人的な意見に目を通していただき本当にありがとうございました。
そして新井さん。まだこう言うのは早いのですが
「本当にありがとうございました」。