奥さん、貸した金が払えないなら身体で払ってもらおうか!   作:筆先文十郎

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勇者ミレイアと相反する魔王軍の中核を担う四天王。その実力が今明かされる。


デスランスの恐るべき技(という名前の黒歴史)

 人間が様々な国に分かれてしのぎを削っているのと同様に、優れた身体能力と未知なる魔法を駆使する存在もいる魔物も一枚岩とは言えなかった。

 自分こそが! と頂点に立とうと魔物同士で血で血を洗う闘争を繰り広げられていた。

 数こそ人間に劣るもののそれを凌駕する能力を持つ魔物。しかしそんな彼らが人間をせん滅、もしくは支配出来ていなかったのにはそういう理由があった。

 後に現れる魔王の存在によって魔物は一つにまとまるのだが……これはその魔王が自らを『魔王』と名乗り魔物を統率し始めようとした矢先の話である。

 

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 魔王軍本陣。

「ふむ」

 勢力を表す駒が置かれた地図をじっと見る魔王四天王筆頭にして反乱鎮圧軍の総大将を務めるガイコツ(死神)、デスランスは顎に手を置いて考えていた。

「敵は我が主である魔王様が成敗した賊軍の息子で竜の血を引くウォーラウォン。その竜の血の名に()かれて賊軍に加わった者は我が軍の五倍。……どうしたものか……」

 デスランスは自分がいる本陣より先にある三つの旗に目を移す。

「幸い魔王様の妹君であるブンメーラ、百喰野獣の異名を持つ狼男のリングス、目にも映らぬ速さで刀を振るう神剣の直刀(なおと)を恐れてか敵は総攻撃をする気配はない。……この状況を利用して敵に圧迫をかけつつ調略によって切り崩していくのが最上の策……しかしこのままでは中立を保つ者が反乱軍に加わる恐れがある……しかし決戦を挑んで大被害を受ければ第二、第三の反乱軍が生まれる危険性がある……。またこちらの犠牲を最小限に反乱を鎮圧したとしても後に勢力として組み込むことができる反乱軍の犠牲が大きければ人間どもを活気(かっき)づけることにもなりかねない……」

 魔王軍、反乱軍双方ともに損害を少なくしかつ迅速に事態を収束させる。

 その難しすぎる問題に悩むデスランス。

 

「よし、ここは敵の前線にいる部隊に『お前らは捨て駒。仮にこの戦いに勝っても用済みにされ濡れ衣を着せられて皆殺しにされる』という情報を流させよう。そうやって反乱軍全体を動揺させウォーラウォンの首を素早く奪う。これでいこう」

 デスランスが自分の考えた作戦を実行に移そうと部下を呼ぼうとした、その時だった。

「で、デスランス様!!」

 副官のスケルトンが転がるようにデスランスの前に現れた。もし人間ならば大量の汗を流しているだろう状態にデスランスは「何事か!?」と声を荒らげる。

「も、申し上げます! ブンメーラ様、リングス様、直刀様が敵の挑発に乗りわずかな部下と共に敵陣に突撃! 伏兵に包囲されました!!」

「ッ!!」

(抑えろ、デスランス!! 敵の挑発に乗ったあいつらに怒りを覚えるのは後だ!!)

 自らに言い聞かせ、デスランスは(かたわ)らに置いていた愛用の大鎌を手に取った。

「あいつらを見殺しにする訳にはいかん!! (ただ)ちに救援に向かう!!」

 

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 デスランスが救援のため出陣した同時刻。

 最前線。

「リングス、アンタのせいだからね! こんな状況になったのは、アンタが『目の前にネギ咥えたカモがいるんだぜ。これを食わない手はないだろ!』って言って突撃したからよ!!」

 流れる金髪に輝く碧眼(へきがん)、透き通る白い肌の美少女と言っても過言ではないヴァンパイア、ブンメーラが二メートルを超える筋肉質な肉体を持つ狼男に怒鳴る。

「はぁ!? 俺のせいにする気かよ!? 大体、敵の挑発に真っ先に乗ったのは直刀だろ!!」

 そう言ってリングスは平均的な中学生女子よりも背が低い、旧日本軍のような格好をした灰色の肌に左の眼球がえぐれたゾンビ、直刀に言い放つ。

「何を言うか! そもそも『敵を倒してさっさと帰りましょうよ』と勝手に部隊を前に出したのはブンメーラだろう!!」

 敵に包囲され引き連れたわずかな部下は戦死、もしくは逃亡という危機的状況にもかかわらず三人は自分以外の仲間に責任を(なす)り付けあっていた。

「ククク、こんな奴らが魔王軍の重鎮(じゅうちん)とはな」

 黒い鱗に覆われた巨大な竜、反乱軍の首領のウォーラウォンは侮蔑の笑みを浮かべる。

 敵の大将が現れても言い争う三人を見てウォーラウォンは首をクイッと動かす。その意図を()んだ部下は一斉に三人に向けて魔力を溜める。

 ウォーラウォンも口に魔力を溜める。

「死ね!」

 ウォーラウォンの口から禍々(まがまが)しい巨大な赤黒い光線が三人に向けて放たれる。ウォーラウォンの攻撃を合図に魔力を溜めていた部下も各々の魔法を発射させる。

 

 言い争いを続ける三人はこの攻撃に対応できず跡形もなくこの世から消える。

 

 そう考えウォーラウォンをはじめとする反乱軍は笑みを浮かべる。だがその笑みが絶望へと変わる。

「ふふ、本当にバカって可愛いわね」

 背中まであるふわりとした金髪のヴァンパイア、ブンメーラが閉じていた背中の翼を広げた瞬間、三人に命中するはずだった魔法は魔力に変換されて彼女の翼に吸収された。

「……………………」

 山一つ吹き飛ばす自分の魔法光線と氷、炎、電撃といった部下の魔法攻撃が瞬く間に吸収されてしまった信じられない絶望的な光景にウォーラウォンを始めとする反乱軍は言葉を失った。

 しかし。本当の絶望はこれからだった。

防御強化呪文(シェルダ)! 攻撃増幅呪文(ステルド)! 速度強化呪文(シュピル)!」

 ブンメーラは瞬時にかつ同時に複数の魔法を自分と仲間二人にかけていく。

 三人の体に防御力、攻撃力、速度が上昇したことを表す緑、赤、青のオーラが立ち昇る。

牙の(クロ・)旋風(トゥールビヨン)!!」

 狼男のリングスの長い爪が縦横無尽に振り回る。彼の強靭な腕から発せられる幾つもの巨大な旋風が包囲している敵に襲い掛かる。

 突然襲い掛かる旋風に魔物は竜巻に巻き込まれた木の葉のように高々と舞い上がり、地面に激突していく。

 それでも何とか耐えきる魔物を

千人(せんじん)両断(りょうだん)!!」

 目にも留まらぬ速さで戦場を駆けるゾンビ、直刀の刀から放たれる目にも映らぬ刀身によって瞬く間に切り伏せられていく。

「く、くく……クソがァッ!!」

 数十秒前までは勝ちの動かない絶対的優位からの絶望的敗北を受け入れることができず、巨大竜ウォーラウォンはスタミナのことを考えず口から強力な魔法弾を発射した。

「悪あがきなんて……見苦しいわね」

「そう言うな。絶望的(こんな)状況になれば誰だってこうなる」

「ならば偉大なる竜の血を引く者へのせめてもの手向(たむ)けだ」

 ブンメーラは苦も無く迫りくる魔法弾を吸収するとリングスの爪、直刀の刀に吸収した魔力と自身の魔力を乗せた。

 

「「「三天王の断罪!!」」」

 

 リングスの爪と直刀の刀がウォーラウォンめがけて振り下ろされる。次の瞬間、巨大竜の身体はまるで包丁で豆腐を切ったかのように切断され、崩れ落ちた。切断された所から血の雨が降り注ぐ。

 

 マダダ……マダ……オワランゾ!! 

 

 だがまだ終わってはいなかった。ブツブツという音を立てて腐りながらも切断された箇所がミミズのような糸状のものを出して互いの切断箇所をくっつけていく。

 

 uloooolololo!! 

 

 理性を失い、自分が何者かすら分からなくなった破壊衝動のみのバケモノ……ドラゴンゾンビになったウォーラウォンは不気味な緑色の(よだれ)を垂らす。

 

 ジュゥウゥッ! 

 

 涎が落ちた先にあった大岩が溶けて消滅する。

 

 uloooolololo!! 

 

 つい先ほどまで戦っていた敵すら忘れてしまった屍巨大竜は、岩をも溶かす涎をまき散らしながら三人めがけて突進する。が、すぐにその足は止まる。

 なぜならそこには自分を遥かに超える、下半身のないフード付きのローブを纏った巨大な死神が突如として現れたからだ。

 

 巨大な死神の鎌!! 

 

 巨大死神の叫びと共に振り下ろされる巨大な鎌。自身の涎以上の溶解力を持つ鎌の毒に、鉄の矢すらも跳ね返す鱗を持つ首が宙に舞ってズドン! という音と共に地面に落ちる。

 切断部分から見る見るうちに溶け出し、一分も経たない内に巨大な屍竜の身体は文字通り消滅した。

 

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 反乱軍首領、ウォーラウォンを打ち取り反乱軍残党を捕虜にした魔王軍。

 四天王筆頭であるデスランスからの報告に魔王は『今後我が魔王軍に絶対の忠誠を誓うのならば罪には問わない』という命を下した。

 魔王軍の強大さと魔王の寛大さに反乱軍残党は魔王に忠誠を誓い、また第二第三の反乱を目論(もくろ)んでいた魔物達は現時点で魔王を倒すことは不可能だと悟り恭順(きょうじゅん)した。

「ふう」

 敵味方最小限の犠牲で勝利するきっかけとなったとはいえ、敵の挑発に乗り危うく殺されかけた上に敵の士気上昇&味方の瓦解(がかい)につながりかねない行動をした四天王三人に雷を落とした後、デスランスは自室で一人悩んでいた。

「……私はネーミングセンスがない」

 ウォーラウォンとの戦いを見ていた者たちの噂話を聞き、デスランスは落ち込んでいた。

 しかしこんな個人的なことで悩んでいてはいけないそう思ったデスランスは今後の魔王軍運営の参考にしようと東方の文献を読み漁る。

「ん?」

 そんな彼の目に留まる。それは東方に存在する死神の記述だった。

 デスランスは食い入るようにその資料を読む。

「なるほど。東方にも死神が存在してその中には『卍解(ばんかい)』という必殺技を持つ者もいるのか……」

 おもむろにデスランスは立ち上がると傍らに置いた大鎌を手に取って不必要なほどにクルクル回す。

「卍解! 巨大な死神の鎌! ……う~む」

 デスランスは首をかしげる。

「なんかこう……かっこよさが足りないな。もう少し溜めてみるか。卍解! ……巨大な死神の鎌!!」

 デスランスは小さくガッツポーズをする。

「よしいける! もう少し練習すればよりかっこよく……ッ!!」

 バッ! とデスランスは振り返る。そこには腹を抱えつつ口に手を当てて笑い声を抑える四天王三人の姿があった。

 

 翌日。魔王を始めとする魔王軍で「卍解!」と言いながら決めポーズをするのがブームとなった。

 その間、デスランスは

「…………」

 白骨死体のように無言を貫いていた。

 

 




ミレイアが魔王四天王と激突する前に四天王の実力がどれほどのものなのか読者の皆様にお伝えするべきだろうと思い、今回の話を作りました。

魔王がどのようにミレイアを陥落させるのか思い出したので待って頂ければ幸いです。

(作者よりいい必殺技名を思い付いた方がいらっしゃいましたらメッセージ送って頂けると幸いです)

【キャラクター紹介】
ブンメーラ
魔王軍のトップである魔王の妹でヴァンパイア。160歳(人間換算16歳)。
複数の魔法を同時にかけるなど魔法に長けており、得意技は相手の放った魔力を吸収して放つカウンター。魔法で彼女に勝てるのは魔王と勇者ミレイアしかいない。一方で肉弾戦などの戦闘は苦手とする(トップクラスの実力者と比べて)。
頭は良くない。

リングス
魔王四天王の一人で狼男。330歳(人間換算33歳)。
一度戦場に出れば百の死体を作る『百喰野獣』の異名を持つ巨漢。パワーファイターでブンメーラの魔法で身体を強化された際には腕の振りだけで旋風を作り出すほど。
頭は良くない。

直刀(なおと)
魔王四天王の一人で中学生女子の平均身長を下回る小柄なゾンビ。390歳(人間換算39歳)。
目にも写らぬ速さで抜刀して敵を切り伏せることから神剣の異名を持つ。
ブンメーラの魔法で身体を強化された際には只でさえ速い動きと抜刀の素早さが増して、リングスの攻撃に何とか耐えていた敵を切り伏せる活躍を見せた。
頭は良くない。

デスランス
魔王四天王筆頭を務める死神。550歳(人間換算55歳)。
魔法・戦闘だけでなく軍の指揮・政治・外交にも長けたオールラウンダー。
必殺技は魔力で作った実体ある巨大な幻で攻撃する『巨大な死神の鎌』。
作者と同じく技のネーミングセンスは致命的なほど悪い。

魔王
血で血を洗う魔物の勢力紛争を終息させた魔王軍のトップ。300歳(人間換算30歳)。
魔王四天王を同時に相手にしても勝てるほどの実力と、自分に歯向かった者も忠誠を誓うなら許す寛大さを併せ持つ。
自らデスランスがやっていた卍解をしてデスランスをからかうお茶目な所もある(なおデスランス本人の精神は白骨死体状態……)。

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