我はエムラクール   作:恋塚灰羅

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久遠の闇/未知の世界

 目が覚めた時、わずかの先も見通せぬ闇だった。黒より黒く、ともすれば白より白い不可思議な闇であった。しかし私はその闇を知っていた。自らが望んだ闇だった。

 ここは月。地上から遥か遠く、互いに干渉が出来ない不毛の地。花が咲くことは無く、土すら存在せず、終末を体現した地。私が封印された大地。

 封印されたとはいえ、抜け出すのはそう難しくはない。封印はすべて私が仕組んだものだった。一人の女性と巻物一つ。それさえあれば封印は簡単だった。

 称賛のつもりだった。運命に抗った次元渡りの彼らへの手向けの花だった。全力を尽くして永劫を相手取った彼らへの私の解答だった。

 私が生まれた時から私は終末だった。私は永劫に引き裂かれていて、終末を約束する者であり、私は静かなる絶望の具現だった。一方で俯瞰する私もいた、意識を持ち私の行いを眺める私が。

 私には善悪の感情はなかった。絶望に踏みにじられる命を見、絶望を崇める命を見、絶望に抗う命を見、それでも無感動のままだった。だが彼らは違った。あの小さな命はその中に無限の可能性を秘めた灯火を抱いていた。誇らしげに芽吹く灯火は私に憧憬を与えた。私も花開きたいと思った。彼らを見て私はまだ種でしかないことに気づいた。

 新たな次元へ。私を受け入れ育む土を求めたのは当然のことだった。その前に彼らとの決着をつけなければならなかった。私には彼らという花を摘むことは出来なかった。故に私は封印された、この月へと。彼らに対しての義理立てと御礼は終わった。あとは私が好きにするだけ。

 

 その日、月に刻まれた封印の刻印は消え去った。永劫に引き裂かれしものが、約束された終末が解き放たれた。

 

 

  ◇  ◇  ◇

 

 

 生物がいかに脆弱であるか私は知っていた。私の持つ久遠の闇の一端に触れるだけで常人ならば発狂し、次元渡りすら狂気へ誘う。前まではそれでよかった。終末をもたらすに相応しく、絶望であることに満足していた時は、まったく問題にすらならなかった。

 だけれども現状では邪魔でしかなかった。次元渡りたちに種が芽吹くところを見せつけられてしまった今、この力への不満が上回った。生命の中で生きている彼らの花は、生命との関わりあってこそ。私も生命の中で過ごしたかった。生命との繋がりこそが、土であり、水であり、肥料であり、陽光であった。

 私は狂気を抑えた。難しい試みだったが不可能ではなかった。時ならば無限にあった。この次元の人間や生物をいくらか死や狂気に追い込んだが、幾度とない挑戦は達成された。

 改めてこの次元を眺めた。ゼンディカーともイニストラードとも全く異なり、自然が駆逐され人工物に溢れ、一方で未開地が遥か彼方に広がっていた。

 一方は他方の存在を知らず、対して他方は一方の存在を知る一方的なかかわりがあった。両者を知る者はハンターと呼ばれ、念という力を用いていた。

 どちらに属するべきか。両者を知った私はハンターとなるべきだろう、解答はすぐに決まった。

 しかし私は問題に気づいた。私はエルドラージだ。この次元の生命ではない。姿を変えることは問題ないが、生命たちの生活を知らない。何もかも知らない――破壊だけが私の中にあった。

 私はエムラクール。しかし私はエメリア。暈(かさ)の翼は不可視にすればよい。

 エメリアとなった私は人という生命が暮らす場所に出た。彼と同じ種族だ――私を変えた次元渡りの彼。しかし彼とそれらは全く違った。花どころか種ですらないただの雑草に見えた。どれもが代わり映えせず、輝きの片鱗すらなかった。彼の持つ知識も彼の持つ知性も、彼の持つ決意も彼の持つ思慮も無かった。危うく壊してしまいかけて、わずかに狂気が漏れだしていた。隣を歩いていた人間が発狂して鉄の塊にぶつかり、肉片と化した。逆側にいた人間は狂ったように笑って壁に何度も何度も頭を叩きつけた。手は変質して十ほどに枝分かれしていた。

 これではいけない。私は狂気を抑えた。阿鼻叫喚の悲鳴から逃げるように路地裏へと向かった。

 それを見る老人が一人。

 

 

「あやつ……」

 路地裏に走る女性を見て老人は眼を鋭く細めた。総毛立った己の感覚を確かめ、わずかなりとも恐怖を覚えたことに驚いた。

 老人は自身がこの世で最も強いと思ったことなどない。慢心せず何十年も研鑽し続けた。ゆえに老人は最強であった。老人は自らを超える存在が数少ないことを知っていた。

 女性は老人を容易く上回った。老人が反射的に念をその身に纏わねば今頃は狂気に己を委ねていただろう。念を纏いてなお狂気は抗いがたく、圧倒的なまでの威は恐怖すら覚えた。恐怖する己に驚愕したほどに、恐怖は久しいものだった。次いで澱のような懸念と燃え立つ焦燥が襲った。常人があれほどの狂気を発するなんて出来ない。牙を剥けば町一つは崩れ落ちるだろう――あるいは国一つか、世界一つか。己に止められるか、止めねばなるまい。それこそが長年の修練の集大成にして、生き永らえている己の使命に違いない。

 老人は女性を追った。遠くに離れておらず、すぐに追いついた。女性はまるで老人を待っていたかのように立ち止まっていた。

「どうしたの。私に何か、用?」

 女性の声は軽く清らかだった。フードで隠れていて、表情は窺い知れなかった。だが嫌悪や苛立ちといった悪感情は声に乗せられていなかった。

「用というか、なんというかのう。美しい女性には声をかけねば失礼じゃろ」

 軽い調子で冗談。人柄を掴むには一番で、あるいは侮ってくれるかもしれない。老人は警戒を絶やさずに、一方でおくびにも見せずに女性の答えを隙だらけで待つ。

「そう、まあいいけど」

「名前を聞かせてもらってもよいかのう」

「エムラクール、エメリア、カムサ。どれも私に与えられた名前。現象としての名前、人格としての名前、空を揺蕩う風としての名前。どれも私でどれも私じゃない」

「何と呼べば――」

「どれでも。この身体の名前はエメリアだから、わからなければそう呼ぶといい」

 女性――エメリアは捉えどころがなかった。言い回しから態度から、飄々として実態は推せず、まさしく風のような存在だった。

「エメリアじゃな。ワシはネテロと言う。これも何かの縁じゃ、よろしくのう」

 握手をしようと手を出す。エメリアは応えずネテロを見続けていた。不機嫌だから、警戒しているから。そういうわけではなかった。そもそも握手という行為を知らないようだった。

 ネテロは手を引っ込めた。話題は無かったが何にもならない会話を適当に繰り返しては、エメリアの人柄を掴もうとした。自分のこと、エメリアのこと、この街のこと、この国のこと。何を知っていて何を求めていて何を芯に据えているのか。

 分かったことは、エメリアの視点は超然としていて、エメリアの思考は逸脱していて、計り知れない存在だということだけだった。一歩も二歩も踏み込まなければそれ以上を知ることは出来ない。

 しかれど先に踏み込んだのはエメリアだった。

「私から聞きたいことがある」

「ほう、なんじゃ?」

「ネテロは知る者? 未開の地を。力を。狩人を。私は知る者。狩人を望む者。あなたが狩人ならば、どうすればなれるのか教えてほしい」

「――ふむ」

 エメリアの問はネテロの問だった。聞こうと思っていたことそのものだった。ネテロは小さくため息をついた。ハンターとなるには試験を受けなければならない。その中で彼女の人となりを知ることは出来るだろう。ハンターとなれば彼女の監視は容易いだろう。あるいは彼女の力がハンター協会に利することも大いにあり得る。安堵のため息だった。

「まあ大丈夫じゃろう。ザバン市から試験は始まるからそこに行けばよい。受付はこっちで済ませておこうかの」

「分かった。ザバンにはどう行けばいい?」

「ザバンまでの地図なら用意しておくが、会場は自力で見つけ出すようにの。第ゼロ試験じゃよ」

 ほっほっほと、飄々と奇っ怪な笑い声をあげる。いかにも楽しそうで、いかにも老獪である。エメリアに気にした様子は無く、ネテロにありがとうと感謝の言葉を告げた。




続きません。続きを書きたい方は自由にこの設定のままこの続きで書いちゃって構いません。むしろそのための蔵出し……(他人任せ
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