魔法のお城で幸せを 作:劇団員A
待ちに待った土曜日がやってきた。授業以外の時間はとても退屈で、チョーク劇について調べたりしていた。といっても一昨年できたばかりなので文献もなく、上級生に聞いたり写真を見せてもらったりしただけだけど。
会場と指定されたのはホグワーツ城から離れた屋外であった。昨日まではなかった特設ステージがある。なんでも最初は中庭でやっていたが、規模が大きくなり観客数も増えたことで即席のステージを作ることになったらしい。宿題も終えてやることも特になくなってしまった私は早めに行こうと開始一時間前に着いたが会場はすでに人だかりで賑わっていた。その様子に私は改めて劇の人気というものを再認識した。
がやがやと人の声で騒がしいあたりの中で私は一人で本を読んでいたが、騒がしさにあまり集中できずにいた。いや、集中出来ていないのは騒がしさだけではない。なんとなく寂しさとも苛つきとも取れるような感情が浮かんでいる。
大して集中もできないで文字をただ目で追う作業を続けていると、打楽器の音が大きくあたりに響いた。本から目を上げてステージの方を見ると一人の男子生徒が白い帽子に白いローブを身に纏っていた。
『レディースアンドジェントルメン!!!』
魔法で大きくされた声が会場に響く。私にはその声に聞き覚えがあった。これは、兄の、アイクの声だ。なんでアイクがこの場に。いや、確か初日にアイクに対して感想などもあった。もしかして……。疑問が次々浮かんでいき、氷解していく。
『皆さまにお集まりいただき感謝感激、恐悦至極でございます!さぁさぁこれより私たちがお見せ致しますのはひと時の夢物語。激しく、切なく、儚い。そんな幻想をお楽しみください……』
ばさりとローブを翻し、ステージの裏にアイクは消えていった。次に舞台裏からまるで生きているかのように粉が蠢き、瀑布のごとくステージに広がる。
《昔、昔ある所に一つの国がありました。そこにはとても綺麗なお姫様がいました。彼女にはとても仲の良い友達がいました。ですが、彼は平民でお姫様とは身分が違いました》
白い粉が蠢いていき、お姫様として人型と柔らかなドレスを型取り、少年として貧しそうな衣服を纏った人型が現れ、パステルカラーに色づいてく。
《少年とお姫様はひっそりと町の外れにあるお花畑で会っていました》
真っ白いチョークが泡立つようにして彩り豊かな花畑へと変わる。あたりにまるで本物の花畑がそこにあるかのようにステージから様々な花の香りが流れ出る。
二人はそこで鬼ごっこをしてみたり、花冠を作ったりして仲睦まじく遊んでいる。
《ふたりは成長したある日、一つの約束をしました》
花畑の上で二人がゆっくりと立ち上がる。体をあげると少し二人の背は伸びていた。
『もっとぼくが大きくなったら君を連れてどこかに行くよ』
『ありがとう。私、嬉しいわ。それじゃあ七年。七年後のここに来てね、私待っているわ。ずぅぅっと待っているから』
二人が体を寄せあうようにしてハグをすると、花畑から大量の花びらが逆巻き、二人の姿が空気に溶けるようにして消えていった。客席から口笛が聞こえる。
《ですが、この二人の約束の様子を見ていた人物がいました。悪い魔女です》
色とりどりの花畑とは対照的に黒一色の衣服を見に纏った顔の醜い魔女がいた。身の丈ほどの杖で腰の折れた体を支えている。
《彼女は昔国王に敗れて醜くなってしまいました。彼女は憎き王の娘と少年、幼い二人の約束を引き裂いてやろうと考えました》
花畑が消えてさぁっと動いてボロボロな家の形をつくり、少年が中で生活している。その家にひっそりと魔女が現れた。家の扉をこんこんとノックして少年に声をかける。
『もしもし誰かいませんか?美味しいパンを売り歩いています。今なら安く売りますよ』
『本当ですか?ならおひとつくださいな』
少年がドアをあけて老いた魔女に話しかける。すると魔女は醜い顔を更に歪めて笑みを浮かべる。すると何らかの呪文を唱え、杖を少年へと向けた。慌てて逃げる少年だったが間に合わず、淡い水色の光線が少年へと直撃する。
少年の体はメキメキと音を立てて変化していき、体は大きくなっていく。拡大された体に負けるようにして脆い家は崩れ落ちた。急成長が終わると少年の体は一匹の龍へと変化した。赤い鱗に大きな翼、大きく開かれた口に鋭く尖った牙。獰猛な目つき。少年が元々持っていた優しげな雰囲気は消え去り残ったのは一匹のドラゴンだった。急に発生した変化に対しておおっと大きなどよめきが起こる。
ばさりと翼を開いて空を飛んでみると家の残骸は宙に舞い、豪風があたりを襲った。まるで本物の風が吹いたかのように客席にまでも風が吹き溢れて短い悲鳴が上がる。
《少年は泣きました。ですがそれすらも咆哮に変わり、町の人は悲鳴をあげました。やがて国の騎士が彼を退治するために集まり、彼は泣く泣く町から逃げました》
屈強な騎士達が次々と集まり武器を片手にドラゴンを、少年を退治しようと襲いかかる。少年は怯えて口を開くと炎が口から溢れ出て来た。赤くきらめくような粉が口から吐き出されて、まるで本物の炎のようなリアリティである。彼はそんな自身と騎士達に恐怖して慌てて翼で空を掴み、大きく羽ばたいてどこかへと飛んでいく。
《少年、否、ドラゴンは二つ隣の町にある森へと向かい、一人で嘆いていました》
ナレーションの声が響き渡り、ドラゴンは森で静かに変化を嘆いた。
* * * * *
どんどん物語は次に進んでいった。勇ましい姫は側近の騎士達を連れて一人、少年を探すために旅に出る。ドラゴンとなってしまった少年は姫さまと交わした約束の為に呪いをとくための冒険をしていた。姫は次々と魔物を倒していき、少年は他の魔女や魔法使いを探すために色々な国を訪れる。
お伽話が触れたら崩れるような幻想的に映し出され、次々と場面は変わり、物語は進んでいく。
そして場面は最後、約束の花畑にドラゴンと姫は再会した。姫さまは変化した少年を一瞬で見抜き、また少年も全身に纏う鎧の上からでも姫だと気付いた。お互いに武器を放り投げてキスをする。それだけで少年の体は元に戻る。ふたりはお互いの体をぎゅっと抱きしめて沈む夕日と花吹雪の中でそっと手を繋いでキスをした。
拍手喝采の中で二人の姿は消えていき代わりにアイクが舞台に現れる。大勢の人が感動している中で私もその一人となっていた。優しい物語、儚い風景、命を吹き込むような声、劇を構成する全てに心奪われていた。
「さぁさぁ、皆様今回の物語はお楽しみいただけでしょうか?」
アイクが観客に呼びかけるとみんなが「面白かったよ!」「感動した!」「ドラゴンすげぇ!」など大声で感想を叫ぶ。そんなリアクションに対して満足したようにアイクは笑った。
「皆様に楽しんでいただけたようで、私たち劇団エリュシオンの団員全員が喜びで心がいっぱいでございます。さて、此度の物語はこれにてお終い。次の講演をお楽しみください」
そう言ってアイクはぺこりと綺麗にお辞儀をした。するとチョークの粉の波が後ろから流れ出て、登場したキャラクターが現れる。彼らもアイクの後に続いてぺこりとお辞儀をした。
そんなお伽話のような光景に感動しながら私は同時にとても落ち込んでいた。アイクはあんなにこの学校を楽しんでいるというのに、対照的に私はどうだ。友達もできず、成績が優秀なだけである。
兄への尊敬と嫉妬という感情が絡み合った複雑な心境の中、私はせめて近いうちに来るハロウィンパーティーまでに友達を一人でも作ろうと決心していた。
* * * * *
そんな妹の決心は露知らずに俺たちエリュシオンは部室にて大いに盛り上がっていた。厨房からハッフルパフ生が貰ってきたごちそうと共にバタービールや各々好きな飲み物を片手にワイワイ喋っていた。
「いやぁ、良かったなぁ!」
「ミスらしいミスもなく終えて良かったです!」
「楽しかったねぇ、相変わらずエリスは悪役が似合うねぇ」
「ありがとう、フローラ。私、悪い子だから」
「おぉ、今の笑顔悪役っぽい」
「それにしてもケビンたちがドラゴンを主役に使うのに苦労してた中で結果としてあそこまで上手くなるとは感動したよね」
「あれ、マジで大変だったんだぞ!!本当に!!」
「「俺たちの新発明の核のおかげだな」」
「お花畑綺麗に出来たよね」
「色付けにこだわったかいがあったよなぁ、あれ」
ぎゃあぎゃあと賑やかに劇の感想を述べてやれどこが良かった、今までどこに苦労したとか、あそこのシーンが綺麗だったとか楽しげに話し合う。がやがやと過ごしている。そんな様子を俺とステフは遠巻きにゆったりと見ていた。
「私、本番よりも劇の練習や今みたく劇の成功を祝うときのほうが好きかもしれません」
ぽつりとステフが溢れるようにそう言った。
「だってこんな光景、この学校の中でここ以外見れませんもの」
ステフの視線の先を見ると俺は同意した。グリフィンドールとスリザリンが肩を組んで一つのことを喜び、ハッフルパフとレイブンクローが一つの議題を論じる。確かにここ以外でやっていたら目を疑うような光景だ。
「最初ハッフルパフ以外の生徒を誘うってなったときに他の人たちは難色を示していましたが、私嬉しかったのですよ」
「あー、確かにあんまり良い顔してなかったよね。だけどみんな良い人だから仕方ないなぁって感じだったけど。にしても嬉しいってなんで?」
「だって寮が違うってだけで不仲になるのは悲しいことですから。寮ではなくて個人で、しがらみも無く仲良くできる場所が欲しかったのです」
そこで一息区切り、ステフは持っていたバタービールをごくりと飲み込む。ジョッキをテーブルに置くとわずかに赤みを帯びた顔で微笑んだ。
「だから、ありがとうございます、アイク。私に、いえ、私たちにそんな場所を与えてくれて」
「いや持ち上げすぎだよ、元はエリスの提案だしね」
「それでもエリスには出来なかったことですから。エリスは自身とその周囲を守るのに必死ですから。なので素直に受け取ってください。ありがとう、アイク」
「……どういたしまして」
「相変わらず褒められるのに弱いですね、顔が赤いですよ。いい加減慣れませんか?」
「イギリス人のストレートな褒め方に弱いことをここ数年で学んだよ」
「あなたもイギリス人でしょ」
はぁとステフが溜息をついた。それから俺たちは顔を見合わせて笑った。
「あ、団長と副団長が良い雰囲気になってるよ!!」
「何ぃ!野郎ども妨害だ!」
「あなた女性なんだからもう少し言葉遣いをちゃんとしなさいよ」
「野郎以外も出動だぁ!」
「団長、髪伸ばしてよ。前の方が可愛かった」
「ステフ!こっちに美味しいお菓子があるから食べに来な!」
「あ、ちょっとそれ私の!」
「一番、オズワルド歌います!」
「いーぞ、もっとやれぇ!!」
急に来た人の波に押し潰されながら確かにこんな風にみんなが仲良くできる団体が作ったのは良かった。俺はとても楽しんでいる。
ハロウィンパーティーは原作通りなので飛ばします。