魔法のお城で幸せを   作:劇団員A

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アイクとステフ視点です。


吸魂鬼とパジャマ

「そういえば私監督生になったんですよ」

「そうなの?」

「あ、そういえば僕もなったんだ」

「二人とも監督生かすごいな」

「ということはセドリックはクィディッチのキャプテンも兼任ですか」

「俺の親友たちが優秀すぎてつらい……」

「まあまあ、ホグワーツ特別功労賞を取ったのはアイクだけだよ」

 

よよよと泣き真似をする俺にセドリックが慰めるように声をかける。ステフがぽつりと「アイクは監督生を名乗るには威厳が無いですよね」とこぼした。聞こえてるからな。身長は結局そんなに伸びなかったのだ。悲しいことに二個下のハリーと同じくらいである。でもそこそこイケメンにはなった気がする。前よりも幼さが抜けた感じである。

 

「……ここいいかしら?」

 

出発してからしばらくして俺たちのコンパートメントに一人の女子生徒が現れた。劇団にも所属しているフレデリカである。

 

「やぁフレデリカ」

「久しぶりです」

「……久しぶり」

 

挨拶を交わしながら彼女の荷物をみんなでコンパートメントの中に運ぶ。中にはよくわかない動物の死骸や見るからに危険そうな薬品などが目に入ったがそっと頭の中から記憶を消した。

 

「……それがステフの犬?」

「はい、ノワールです。かっこいい男の子ですよ」

「オスなんだ」

 

フレデリカはそういっておずおずと犬に触れる。何事にも躊躇いがないフレデリカにしては珍しい行動である。

 

「フレデリカ犬苦手なのかい?」

「……違う」

「にしては恐る恐るだね」

「……生きている動物を優しく触る経験があまりないから」

 

OK、俺は何も聞いてない。

 

「……もふもふ」

「はい、柔らかい毛並みでしょう。最近一緒に寝たりしてるんですよ。もふもふして気持ちいいのですよ?」

「……うらやましい」

 

ノワールを優しい手つきでフレデリカは撫でる。そんな様子をステフが微笑ましそうに見ていた。普段の無愛想な表情とは裏腹に優しげな顔をしている。これはレアだな。

 

「良かったらフレデリカも今度添い寝してみますか?」

「……流石に寮に連れて行くのは」

「なら部室でみんなでパジャマパーティーをしましょう!楽しいですよきっと」

「おー、いーねー俺も行きたい」

「男子禁制ですよ」

「ですよねー」

 

なんてふざけた会話をしてると突然電車が止まった。慣性の法則に従って俺は正面のセドリック、ステフはノワールとフレデリカにダイブする。

 

「のわっ」

「いっ」

「……うっ」

「きゃっ!?」

「わふっ」

 

それぞれが短い悲鳴をあげて抱きつき合う。一体なんだと思っていると突然列車の電気が消えた。

 

「あれ停電かな」

「今までこんなことってあったっけ?」

「……電車が止まることも停電も初めて」

「とりあえず灯りをつけますね、ルーモス」

 

ステフがそういうと杖先から白い光が照らす。薄明かりの中にみんなの顔が浮かび上がった。おお!なかなかに怖いなこれは。全員美形なのがなお恐怖を強めている気がする。

 

「ソノーラス」

 

暗がりの中でセドリックは辺りを見渡してから、首に杖を当てて立ち上がる。

 

『僕はハッフルパフの監督生、セドリック・ディゴリーです。これから運転士のところに向かい調査してきます。みなさんそのまま待機していてください』

 

そう言い終わると杖をしまった。

 

「それじゃ僕は運転士のところに向かってくるよ」

「おーけー」

「……気をつけて」

「私たちは大人しく待ってますね」

 

去って行くセドリックに声をかけながら俺たちは談笑していた。他のコンパートメントからは不安そうな声や人同士がぶつかり合うような音が聞こえたが俺たちはいたっていつも通りである。というか停電やら爆発やらは部室で過ごしているとたまに起きることなので、劇団員は総じて事故に慣れている傾向がある。今までで一番酷かったのは部室で誰かが練習していた双子の呪文が暴発して近くにいた虫に運悪く命中して、B級ホラーのように虫が部室に大量発生した時である。あの時のことは今思い出しても悪寒が走る。

 

「そういえばギルデロイ先生の脚本読んだ?」

「……読んだ。彼に顔面以外に秀でていた部分があるとは驚いた」

「アイクも天才だと思っていましたが、脚本に関しては彼はそれを上回っていると思いましたよ」

「はっきり言うのね、ステフ……。まぁ俺もそう考えたからいいけどさ」

「……演出に関してはアイクが考えたの?」

「ん、そこらへんは先生には難しそうだしね。そこに関してはまだ負けないから」

 

なんて話していると急にノワールが低い声で唸り始める。まるで見えない何かがそこにいるようかに一点を見つめて唸る。

 

「どうしたんですか、ノワール」

「……犬は霊感が強いと聞く。幽霊でも出たのかもしれない」

「今更ゴーストじゃビビんないけどね」

「ひぃっ!!」

 

みんなで軽口を叩いているとドタバタと大きな音を立てて誰かが怯えたように慌てて俺らのコンパートメントに入ってきた。どうしたのだろうか。

 

「君大丈夫かい?」

「……尋常でない脅えよう」

「違う……奴が来る……なんだあれは……」

 

恐怖に滲んだ声で誰かが言う。ステフがそっと杖灯りを誰かに向けるとスリザリンの少年だった。あれ、この子たしか、ドラコ・マルフォイ君だよな?プライドの高いマルフォイ少年がこんな風になるとは一体どうしたのか。そう疑問に思っていると答えは直ぐにやってきた。

 

コンパートメントの扉の向こうにぼんやりとした人影が見える。しかしそれは人と呼ぶにはあまりにも生気が無く、幽霊と呼ぶにはあまり禍々しかった。その何かがコンパートメントをゆっくりと開けると体の芯から冷えて来るような感覚が生まれる。

 

「……吸魂鬼……」

 

誰かが呻くようにそう呟いた。体に生まれた虚無感と絶望感に抗いながら俺は杖を握りしめて呪文を唱える。

 

「エクスペクト・パトローナム!!」

 

俺がそう唱えると杖の先から銀色の靄が生まれてやがた一匹の穴熊へと変わる。穴熊は空を駆けるようにして吸魂鬼へと向かい、俺たちから吸魂鬼を追い払った。先ほどまで暗くなっていたコンパートメントが明るくなり、空気が温かくなる。

 

「ふぅ……ちゃんと使えた……」

「助かりました、アイク」

「……あれは吸魂鬼。アズカバンの看守が一体なぜここに……」

「う……」

 

あれが本物の吸魂鬼か……怖いもんだな……。幸福が全て無くなり生きる気力が全て奪われていくような感覚が俺たちを先ほどまで包んでいた。練習ではエリスが持ってきた本に封印されていた模倣吸魂鬼を使っていたため、ここまでのプレッシャーは感じなかった。そのため練習ではできていたステフもとっさに守護霊を出さないでいた。

 

「……アイクもステフも凄い。まさか守護霊の呪文が使えるとは」

「練習しましたので。それでも本物はやはり恐ろしいですね」

「これってシリウス・ブラックのためか?わざわざ汽車の中にまで呼んでいたのかな、大袈裟だな」

 

俺がそう言うとノワールもわふと鳴いて肯定した。まったく、フクロウと犬と学生しかいないこのコンパートメントのどこにシリウス・ブラックがいるといるのだ。……ちなみに怯えて入ってきたマルフォイ少年に関しては彼の名誉のため誰も触れなかった。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

新学期も始まってしばらくしたある日、夜中に私たち劇団の女子生徒は全員寮を抜け出して部室で集まっていた。汽車の中でも話していたパジャマパーティーを開催していた。部室にはクッションやらソファやらが大量にあり、寝ることには困らない。私たちハッフルパフ生が運んできた軽食や淹れた紅茶を楽しみながら姦しくパーティをしていた。目下の話題は女子学生らしく恋バナである。例えば恋人にするなら劇団の中で誰が良いかなど。

 

「やっぱりセドリックじゃないの?」

「セドリックかっこいいよねぇ」

「でも完璧過ぎて友達としてはともかく恋人してはハードル高過ぎない?」

「あぁ、確かに。自分とは釣り合わないかもとか考えちゃいそう」

「でも王子様みたいで素敵だよね。去年も頑張ってたし」

「あ、そういえば去年のバジリスク退治今度劇にするらしいよ。アイクとギルデロイ先生が今制作中だって」

「面白そうだねぇ、それ」

「フローラたちは石化してたし知らないでしょ」

 

それぞれが好きなお菓子を摘みつつ話は止まることなく進んでいく。

 

「じゃあアイクはどう?」

「アイクねぇ?可愛かった昔知ってるし弟って感じが強いのよね」

「団長としてしっかりもしてるんだけど、どっか愛嬌あるからかっこいいって感じじゃないのよね。昔よりも断然イケメンになったけど」

「団長!って感じで恋愛対象としては見れないわよね」

「面白くて好きだけどねぇ、箒と喧嘩した話とかぁ」

「ありましたね、そんなことも。それとは対象的にこの前の魔法生物学の授業ではヒッポグリフにとても懐かれてましたけどね」

「ハグリットがビックリしてたよね」

 

残念ながらアイクは劇団女子から恋愛的には興味を持たれていないようだった。

 

「それではギルデロイ先生はどうでしょうか?」

「ギル先生めっちゃイケメンだよね!!」

「前はナルシスト気味で苦手だったけどぉ今の穏やかな感じは好きだよぉ」

「そう?前のギル先生の方が私好きだったな」

「えー?趣味悪いなぁ」

「忘却術の暴発だっけ。あんなに人格変わったのって」

 

やれ誰々はどうだ、誰が誰を好きとかで盛り上がり夜は更けていく。私は少し疲れて一足先に静かに寝ていたり、もう少し落ち着いた会話しているテーブルへと移動する。エリスたちが静かに喋っており、近くでフレデリカがノワールにしがみついて寝ていた。

 

ノワールも随分と活力が湧いたものである。私が見つけたときは雨の中で痩せ細った犬が本宅の近くで横たわっており驚いたものだ。ご飯を食べる気力も湧いていおらず、散歩にも乗り気にならない変わった犬であった。といっても私の弟妹がご飯を与えたり、積極的に遊んでいると次第に気力も回復したのかすっかり元気になった。もふもふした毛並みはとても柔らかくて温かく、撫でたりするのが楽しかった。最初は寝室にいっしょに眠ることを頑なに拒否されていたが、やがて根負けしたのか寝てくれることを許してくれるまで懐いてくれた。

 

そんなノワールをどこか怒気を滲ませながらエリスは睨みつけていた。

 

「どうしたのですかエリス?貴方犬とか嫌いでしたっけ?」

「いえ、動物は好きですよ、本当に動物ならば……」

「?」

「無罪なのは知ってるけど淫行で吸魂鬼に渡してやろうかしら」

 

最後のつぶやきは小声すぎてよく聞き取れなかった。困惑してる私や何故か怒っているエリスもやがてみんなの輪へと戻り夜は賑やかに、姦しく、更けていった。

 

 

 


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